身体から始まる契約結婚

高殿アカリ

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それから、浜辺に用意された天蓋付きベッドに誘われた。
そのまま私たちはそこで夜を明かした。

夜になると航はいtも私を抱きしめながら眠った。
一線を超える日もあったが、大抵の場合は何もなく、ただ肌を寄せ合う夜が続いた。

彼の体温を感じ、彼の鼓動を聞きながら眠りに落ちる時、不覚にも彼に愛されている錯覚に陥る。

期待するだけ無駄なのに。
そう言い聞かせても、航の寝顔を見る度に私の心に何かが降り積もっていくのをはっきりと感じていた。

それは決して悪い感情じゃない。
だから、問題なのだった。

そうしてあっという間に帰国する日がやって来た。
空港まで見送りに来た航は私の額に自分の額を重ね合わせた。

アイアンフレームの眼鏡と長いまつ毛が彼の頬に影を作っている。
その流麗な形を永遠に鑑賞していたいと思う。

一向に離さない彼に問いかける。

「……そろそろ離してくれないと、搭乗時間に遅れちゃうわ」
「離れるのがこんなにも名残惜しいなんてな」

「嘘ばっかり」
「来週、俺が帰国したら正式に結婚届けを出そう。それから互いの両親に挨拶にも行かないとな」

「そうね、私も覚悟を決めるわ」
「何の覚悟だ?」

「何ってそりゃあ、NATORIホテルグループの会長夫妻に会うための覚悟に決まっているでしょう」

ふっと航が笑った。
その笑顔はどこか痛みを堪えているようにも見えた。

「好きでもない男の親に会うのに、緊張する必要なんてないだろう?」
「まぁ、それはそうなんだけど……」

「それに、俺はこの契約結婚を誰にも邪魔させるつもりはない。分かったか?」
「ぅ、ん!? 、っん」

彼がキスを落としたかと思うと、いきなり舌を突っ込んできた。
離れる時間が迫っているからか、少々乱暴に彼の舌が私の口内を蹂躙した。

ぼわぁっと頭が酸欠と心地よさにぼやけてきて、ようやく私の唇は解放された。
ひりひりと痺れる唇が彼の激しさの残滓のようで、恥ずかしかった。

ふらつく私の腰を支え、航はそのまま客室乗務員に私を託して去っていた。
帰りの便は生まれてはじめてファーストクラスに乗った。
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