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第一章:竜生始動篇

第9話『意志を託す』

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「――だから、もう手遅れに......」
「やはり切......復帰は......」
「ゴチャゴチャ言ってる暇は......」

 うるさい。静かにしろ。
 ただでさえ割れるように頭が痛いのだ。
 これ以上静かにしないと、うるさい奴ら全員を蹴り上げてやる。

「......タ! リタ!」
「君、下がっていなさい!」
「嘘......だって、究極級の治癒なら......」
「.........!!」

 そして、意識が途絶えた。


  ===


 夢なんて虚構にすぎない。
 現実というのは、冷たい大地に温かい花が咲いているようなもの。
 幸せはその花からしか得られない。

 だから私は信じない。
 ホノンとシンに追いつけなくなり、地面に這いつくばる自分を。
 足を挫いて地面に転げ、悔しさに唇を噛む自分を。

 そして、現実も信じたくない。
 痛みを幾ら遮断しても、その感覚は伝わってくる。

 骨を断つ感覚は、全身に響く不快感なのだから。


  ===


 目が覚めた時、目の端に花が見えた。
 青いアスターは少しばかりしおれている。
 私がその花に手を伸ばそうとした時、頬に水が落ちた。

 ホノンの泣き顔が私の視界を埋める。
 よく見れば、その端にはシンの安堵の表情も見える。
 私は覆いかぶさるホノンを押さえ、ため息をつく。

「ごめん、私のミスだ」
「それをいうなら俺の所為だ」
「いや、ボクが早く気がつけば......」

 ホノンが泣いているのを見たのは初めてかもしれない。
 上擦った声が喉でこごもり、涙がポロポロ零れ落ちる。
 声が上手く出せないホノンの肩に手を乗せ、シンが口を開く。

「ごめん。そしてありがとう。
 リタがいなければ俺もホノンも死んでいた。
 大いに苦戦したが、最終的には勝った」
「そう。ホノンが?」
「......いや、俺が」

 そう言いながら顔に影を落とすシンは、複雑な顔をしていた。
 初めて人を殺した奴の顔をしている。
 私もホノンも、最初はあんな顔をしていたのだろう。

「無事で良かった。上位相手によくやったと思う」
「だけど......」
「シンもだいぶ強くなった。私もいつか抜かされるかもしれない」

 その時、自分じゃ気がつかなかった。
 私の顔は青白く、血の気が引いていたのだ。
 シンはそれに気がつき、慌てて私を止めようとする。

「おっ、おい」
「さて、エドナおばさんに報告しに行かなくちゃね。
 戦闘のことは報告し終えたなら、私の現状を......」

 掛け布団を退け、体を90°回転させる。
 手早く靴を履き、部屋を出て、食堂に行く。
 とても簡単なことのはずだ。

「......あ.........れ?」

 体の重心がズレていた。
 体が妙に軽くなっていた。
 なぜだろうと、下を見る。

 私の右足は、膝から下が無くなっていた。

「......毒が腿に至る前に切るしかないと、医師の判断だ。
 ホノン曰く、究極級の治癒魔術があれば部位破損も......」

 シンの声が遠ざかっていくようだ。
 私の脳は、回り終わるコマかのように揺れる。
 目は大きく見開かれ、乾燥して涙が滲む。

 右足が、無くなっていた。

「おいっ!?」

 シンに肩を押さえられ、私の体は止まる。
 全身の力が抜け、私の思考は停止する。

 部屋全体が揺れているように錯覚し、すぐに気持ち悪くなる。
 どうしようもない吐き気に抗えず、床に吐く。
 そしてすぐにベッドに倒れ、気絶した。


  ★★★


「体調が安定した頃にリハビリを開始し、義足を......」
「いや寧ろ、車椅子を使って生活する方が......」

「究極級を使える治癒術師に依頼しよう」

 暗くどんよりとした議論の中、ホノンがそう言った。

「無理だ。究極級の術師に幾らかかると思っている」
「ボクがどうにかして稼げばいい」
「冷静になって考えろ。選定戦は目前だ」

 エドナの夫、カリフはホノンの意見に否定的だ。
 具体的に幾ら必要なのかは分からないが、復帰は絶望的。
 俺はその事実を噛み締め、苦い感覚に吐き気を覚える。

「そうしなきゃ、リタは選定戦に出ることすらできない」
「3日でどうにかしたとしても、その先がない」
「でも......ボクはッ!」

 打つ手なし。それがカリフの分析。
 俺も頭では理解しているが、感情は反抗している。
 どうにかしてリタを元に戻したい。だが不可能だ。

「......図書館に行ってくる」

 ホノンの考えは明らかだ。究極級治癒魔術を調べに行く。
 治癒魔術はただでさえ難しく、究極級となると言わずもがな。
 俺はふつふつと湧く絶望感に頭痛がし、席を離れる。

「とりあえず、リタを看てきます」
「シン」

 カリフとエドナが立ち上がり、心配そうな顔をする。
 カリフの手が俺の頭の上に置かれ、エドナの手が俺の肩を抱く。

「お前の所為じゃない」
「......」

 俺は何も言わず、部屋を出た。


  ===


 俺の所為じゃない。口ではどうとでも言える。
 相手が凄腕だった。3名全員の警戒が足りなかった。
 そんな言い訳はいくらでもできる。

 確かなのは、リタは俺を庇って毒を食らった。
 論理的思考に依らない直感的な解釈はそれだけだ。
 俺の所為で、リタは選定戦に出る道を失った。

 自責の念が胸を締め付ける。
 仕方がなかったと言い訳する自分が、弱い自分が嫌になる。
 頭をかきむしり、洗面所に行く。

「......ひでぇ顔」

 顔を水で洗うと、俺のみすぼらしい顔が浮き彫りになる。
 目の下にはクマが浮き、瞳に光はない。
 顔を拭いて頬を叩き、リタの部屋に向かう。


 リタは何やら書き物をしていた。
 先程のような弱々しい姿は一切なく、淡々と作業をしているようだ。
 俺は扉を静かに閉め、ゆっくり口を開く。

「なあ、リタ」
「ちょっと待って。あと少し」

 リタは片手で俺を制止し、羽ペンを動かし続ける。
 俺は言葉と居場所を失い、呆然と立って過ごす。

 3分後、リタの羽ペンが止まった。

「なに?」
「ホノンが究極級の治癒魔術を習得しようとしている。
 あいつは天才だが、今回はそう上手くいかない。
 俺がリタにできることはあるか?」

 思いつかないから当事者に聞く。我ながら愚かだ。
 しかし、俺の脳がアイデアを編み出すことに不得手なのは事実。
 俺は、リタのためになにができる。

「選定戦の対策をしなよ。もう時間がない。
 強くなったとはいえ、シンはまだまだ弱い」
「違う。そういう話じゃない」
「ホノンを出し抜くには、ホノンの知らない領域で戦えばいい。
 まあ、シンがホノンに勝ちたいと思っているかは知らないけど」
「なあ、俺って......」
「本気で勝ちに行く気なら、一分一秒を惜しんで......」
「違うだろ!」

 思わずして大きな声が腹から飛び出た。
 怒鳴る理由もない、権利もないというのに。
 俺はなぜ、こんなにも心が空回っているのだ。

「出れなくなったから残念だね、じゃ解決しない!
 俺が選定戦に出る理由なんて、曖昧なものしかない。
 ただ言えるのは、リタを含めた3人で出たいと思っていた。そうなるものだと思っていた!」

 リタが唇を噛み、苦い顔をする。
 俺は言い返さないリタに冷静さを取り戻し、口を閉ざす。
 言葉が見つからずにいると、リタが口を開いた。

「今回の塔主選定戦は、一般募集の形をとっている。
 これは当たり前の形式じゃない。
 数年に一度。下手したら十数年に一度のイベントだ」
「私は今回出られない。仮に足をどうにかしてもかなり先の話。
 なら客観的に見て、私のことなんて考える時間はない。
 頭のいいシンなら分かるでしょう?」
「......俺は、頭がいいと言われることが嫌いだ」

 その言葉は、俺を遠ざけるために使われてきた。
 ただ少し凡から外れただけで、あいつらは俺を指差して持ち上げる。
 リタにそんな弱者らしい言葉は使ってほしくない。

 そう言いながら視線を逸らすと、リタが指を弾いた。
 俺の視線がリタに向き直る。

「目を逸らすな、シン=ルザース。
 嫌いでもなんでも、シンの頭脳明晰さは特徴で個性だ。
 冷静になればシンだって分かるはず」

 冷静にならなくたって分かっている。
 理解できても納得できていない。

「でも、俺じゃ選定戦で勝てない」
「だから私がこうやって動いているの」

 リタは俺に紙を渡す。
 羽ペンで端的に書かれたそれは、戦闘技術の知識だった。
 魔術だけでなく体術のコツが書かれている。

「俺じゃ勝てない? 上位倒しといてよく言うよ。
 既にシンには、私とホノンと戦える実力がある。
 そして、私とホノンを倒すポテンシャルさえ持っている」

 リタがベッドの上で体を動かし、俺に近づく。
 そして俺の胸に拳を乗せ、俺を見上げる。
 その紫色の瞳は本気だ。

「シンにその意志があるなら、私は私のすべてをシンに継ぐ。
 ホノンにない私の強さを、全部シンに託す。
 一度でも塔主を志したなら、挑むやるなら本気で挑めやれ

 俺はリタの強い視線を正面から受ける。
 俺にできること。リタができること。
 様々な考えが巡り、結果的には収束した。

 リタはホノンと同じ、俺の友人だ。

「......不要な配慮で軸をズラしてたみたいだな。
 俺らしくない、女々しい物言いだったよ」

 俺は左手でリタの紙を握り、右手で拳を握る。
 リタの目は、足を失っても少しも変わっていない。
 これだけ強い彼女を心配していたのが不思議なくらいだ。

 リタは、強い。

「俺は塔主タワーズドラゴン選定戦で勝つ。
 リタの雪辱を余すこと無く果たすと誓おう」

 次は俺が動く番だ。

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