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第43話 光明
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四月十四日水曜日。事件発生から四日目。
堤班は朝から会議室に資料を並べ、説明できていない謎に挑んでいた。
堤は、佐藤の供述がずっと引っかかっていた。
「佐藤は『三千代を刺したとき、叫びもせずに口をパクパクさせていた』と言っていたな……」
「あっ、それ、俺も気になっていました。その時点では三千代は立ったままだったんですよね……」
石田が親指で顎を弾きながら同意した。
(いい兆候だ。あいつがああやって考えているのは閃く前兆だ)
「つまり、佐藤は三千代が床に倒れるところを見ていない。そして、部屋もいつもと変わりなかったと言っている……」
石田が独り言のように呟き始めた。
「おそらく三千代は突然の侵入者に驚いているところをあっという間に刺されて、驚きが継続していたんじゃないでしょうか。刺されたことを認識したなら、悲鳴をあげるなり助けを呼ぶなりするはずです。もし助けを呼んだのに階下にいる家族が気づく様子がなければ、自分で119番通報しますよね? そのために子機を手に取ったのならダイイングメッセージが書かれることなどないと思うんですけど……」
「つまり、すぐに助けを呼ぶほどでもなかった――三千代としては余裕があったと考えられるな。姉に嫌がらせをするくらいの時間があるとな」
堤と石田の会話に山田が参戦した。
「それってやっぱり、変異種だからっすかね? ちょっと刺されたくらいじゃ、あ、いやでも、死んだんだから、そこは変わりないか」
自分で言い出して自己解決した山田の言い分を立川が引き取った。
「あれですよね。変異種の研究って、確か国連の採決を受けてどの国も中止したんですよね。差別を助長するし、そもそも研究自体が非人道的だとかで」
「そう、そう、そうっすよ。でも変異種には動物本来の特徴が色濃く出る場合が多いんじゃなかったっすかね?」
山田が立川から奪い返した。
「うーん。それがネットの噂なのか、過去の研究で明らかになったものなのかも、今じゃはっきりしないんじゃなかったっけ? それにしてもミミズクの特徴か……。いや、それとも鳥系全般……?」
石田はまだ顎を弾き続け言っているので、どうやら今日のところはこれまでのようだ。
堤は、佐藤が逃げた後、三千代が死亡するまでの時間が肝だと考えた。
「石山!」
「はいっ」
「はい」
堤の呼びかけに、二人は威勢よく返事をした。
「お前ら、司法解剖を担当した先生のところへ行ってこい。三千代が刺されてから死亡するまで、最長でどれくらいの猶予があったのか、先生の意見を聞いてきてくれ」
二人とも「猶予?」と一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐにその意味を理解し、逆に興奮した様子で返事をした。
「はいっ」
「はい」
◆◆◆
石田の質問に、監察医は弱々しく微笑んで言った。
「……なるほど。あなた方の期待する答えは分かりました。変異種を未知の生物か何かだと考えている人が大勢いますからね」
「先生、私たちは何もそういう偏見でうかがった訳ではありません」
「ああ。いえいえ。私の言い方が悪かったですね。正直、『分かりません』と言いたいところなのですが。変異種といえどもミミズクには違いないのですが、そこはやはり変異種でして……。変異種に対する研究が進んでいないせいで、絶対とは言い切れないという歯切れの悪い言い方しかできないのです。まあまあ。そんな顔をしないでください」
三十代後半くらいに見える痩せた監察医の男性は、穏やかな眼差しで続けた。
「それでも解剖した範囲で申し上げるなら、臓器や血管等はミミズクそのものでした。推測の幅までは申し上げることはできません。絶命するまで数秒だったかもしれませんし、数十秒だったかもしれません。それ以上はない――とも断言はできません。痛みを感じにくい性質を持つ変異種だった可能性も、『ない』とは言い切れません」
「じゃ、じゃあ」
山田が興奮気味に前傾姿勢になったのを見て苦笑すると、監察医は念を押した。
「ですから、推測に『絶対』はないのです。酩酊状態になるアルコール摂取量に個人差があるように、個体の性質については仮説を元に実験してみないことには正確なことは分からないのです。今となっては何もかも推測の域を出ません。ですから、陪審員に、『ナイフが刺さった状態で動けた可能性があるか』と尋ねられたなら、『可能性はあります』としか答えられませんね」
山田があからさまに不服そうな顔で睨んだ。
「まあ、過去には背中を刺されたことに気がつかなかった獣人がいましたけどね。腹の場合はそうはいきません。仮に、あなた方が仮定するように刺された後動けたとしてもですよ、何かの拍子に刃が動けば、一気に大量出血することだってありますからね」
「先生。私たちは、死因に疑念がある訳じゃないんです」
石田は不服そうに文句を言う山田の頭を力づくで下げさして、辞することにした。これ以上は押し問答だ。
堤の指示から三時間後、石山たちが帰ってきた。
石田は務めて冷静に、メモした内容をそのまま報告した。
「――ということらしいです」
堤の想像した通りの答えだった。だが、「可能性がある」という言葉に、一筋の光明を見出した気がした。
「と言うことは、三千代は刺されはしたものの、そのときはそこまで深く刺さっておらず、かつ、そんなに痛みを感じていなかった可能性もないとは言い切れないということか――」
「はい。ちなみに刺し傷は一箇所だけで、佐藤に刺された後、刃物を抜いた形跡はありません。三千代の死因は出血性ショック死なので、刺された当初は痛みを感じなかったとしても、何かのきっかけですぐ側の血管が傷付くなどして大量に出血したのではないかと言っていました。『膝をついたり、よろけたりすれば、あっという間に大量出血したでしょう』と。いずれにせよ、佐藤に刺されたことが原因で、亡くなったことには変わりないとのことです」
石田と山田のみならず、立川までもが目を輝かせている。
堤たちは、佐藤が刺してから三千代が亡くなるまで、数十秒はあったと仮定して、ことの経緯を推察することにした。
堤がホワイトボードに書かれた項目を見ながら指示を出した。
「三千代は刺されて亡くなるまでの間、わずかだが時間があった。窓も、ドアも、内側から鍵をかけられた状態ということは、素直に部屋の中にいた三千代の仕業と仮定しよう。その上で、この項目について、納得のいく説明を考えるんだ」
四人は解明すべき五項目を見ながら、ある者は天井を仰ぎ、ある者は頭を抱えた。
一 窓のロック(下足痕、指紋等検出されず)
二 部屋のドアのロック(佐藤の指紋は検出されず)
三 ダイイングメッセージ
四 遺体の向き
五 手に持った子機
堤班は朝から会議室に資料を並べ、説明できていない謎に挑んでいた。
堤は、佐藤の供述がずっと引っかかっていた。
「佐藤は『三千代を刺したとき、叫びもせずに口をパクパクさせていた』と言っていたな……」
「あっ、それ、俺も気になっていました。その時点では三千代は立ったままだったんですよね……」
石田が親指で顎を弾きながら同意した。
(いい兆候だ。あいつがああやって考えているのは閃く前兆だ)
「つまり、佐藤は三千代が床に倒れるところを見ていない。そして、部屋もいつもと変わりなかったと言っている……」
石田が独り言のように呟き始めた。
「おそらく三千代は突然の侵入者に驚いているところをあっという間に刺されて、驚きが継続していたんじゃないでしょうか。刺されたことを認識したなら、悲鳴をあげるなり助けを呼ぶなりするはずです。もし助けを呼んだのに階下にいる家族が気づく様子がなければ、自分で119番通報しますよね? そのために子機を手に取ったのならダイイングメッセージが書かれることなどないと思うんですけど……」
「つまり、すぐに助けを呼ぶほどでもなかった――三千代としては余裕があったと考えられるな。姉に嫌がらせをするくらいの時間があるとな」
堤と石田の会話に山田が参戦した。
「それってやっぱり、変異種だからっすかね? ちょっと刺されたくらいじゃ、あ、いやでも、死んだんだから、そこは変わりないか」
自分で言い出して自己解決した山田の言い分を立川が引き取った。
「あれですよね。変異種の研究って、確か国連の採決を受けてどの国も中止したんですよね。差別を助長するし、そもそも研究自体が非人道的だとかで」
「そう、そう、そうっすよ。でも変異種には動物本来の特徴が色濃く出る場合が多いんじゃなかったっすかね?」
山田が立川から奪い返した。
「うーん。それがネットの噂なのか、過去の研究で明らかになったものなのかも、今じゃはっきりしないんじゃなかったっけ? それにしてもミミズクの特徴か……。いや、それとも鳥系全般……?」
石田はまだ顎を弾き続け言っているので、どうやら今日のところはこれまでのようだ。
堤は、佐藤が逃げた後、三千代が死亡するまでの時間が肝だと考えた。
「石山!」
「はいっ」
「はい」
堤の呼びかけに、二人は威勢よく返事をした。
「お前ら、司法解剖を担当した先生のところへ行ってこい。三千代が刺されてから死亡するまで、最長でどれくらいの猶予があったのか、先生の意見を聞いてきてくれ」
二人とも「猶予?」と一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐにその意味を理解し、逆に興奮した様子で返事をした。
「はいっ」
「はい」
◆◆◆
石田の質問に、監察医は弱々しく微笑んで言った。
「……なるほど。あなた方の期待する答えは分かりました。変異種を未知の生物か何かだと考えている人が大勢いますからね」
「先生、私たちは何もそういう偏見でうかがった訳ではありません」
「ああ。いえいえ。私の言い方が悪かったですね。正直、『分かりません』と言いたいところなのですが。変異種といえどもミミズクには違いないのですが、そこはやはり変異種でして……。変異種に対する研究が進んでいないせいで、絶対とは言い切れないという歯切れの悪い言い方しかできないのです。まあまあ。そんな顔をしないでください」
三十代後半くらいに見える痩せた監察医の男性は、穏やかな眼差しで続けた。
「それでも解剖した範囲で申し上げるなら、臓器や血管等はミミズクそのものでした。推測の幅までは申し上げることはできません。絶命するまで数秒だったかもしれませんし、数十秒だったかもしれません。それ以上はない――とも断言はできません。痛みを感じにくい性質を持つ変異種だった可能性も、『ない』とは言い切れません」
「じゃ、じゃあ」
山田が興奮気味に前傾姿勢になったのを見て苦笑すると、監察医は念を押した。
「ですから、推測に『絶対』はないのです。酩酊状態になるアルコール摂取量に個人差があるように、個体の性質については仮説を元に実験してみないことには正確なことは分からないのです。今となっては何もかも推測の域を出ません。ですから、陪審員に、『ナイフが刺さった状態で動けた可能性があるか』と尋ねられたなら、『可能性はあります』としか答えられませんね」
山田があからさまに不服そうな顔で睨んだ。
「まあ、過去には背中を刺されたことに気がつかなかった獣人がいましたけどね。腹の場合はそうはいきません。仮に、あなた方が仮定するように刺された後動けたとしてもですよ、何かの拍子に刃が動けば、一気に大量出血することだってありますからね」
「先生。私たちは、死因に疑念がある訳じゃないんです」
石田は不服そうに文句を言う山田の頭を力づくで下げさして、辞することにした。これ以上は押し問答だ。
堤の指示から三時間後、石山たちが帰ってきた。
石田は務めて冷静に、メモした内容をそのまま報告した。
「――ということらしいです」
堤の想像した通りの答えだった。だが、「可能性がある」という言葉に、一筋の光明を見出した気がした。
「と言うことは、三千代は刺されはしたものの、そのときはそこまで深く刺さっておらず、かつ、そんなに痛みを感じていなかった可能性もないとは言い切れないということか――」
「はい。ちなみに刺し傷は一箇所だけで、佐藤に刺された後、刃物を抜いた形跡はありません。三千代の死因は出血性ショック死なので、刺された当初は痛みを感じなかったとしても、何かのきっかけですぐ側の血管が傷付くなどして大量に出血したのではないかと言っていました。『膝をついたり、よろけたりすれば、あっという間に大量出血したでしょう』と。いずれにせよ、佐藤に刺されたことが原因で、亡くなったことには変わりないとのことです」
石田と山田のみならず、立川までもが目を輝かせている。
堤たちは、佐藤が刺してから三千代が亡くなるまで、数十秒はあったと仮定して、ことの経緯を推察することにした。
堤がホワイトボードに書かれた項目を見ながら指示を出した。
「三千代は刺されて亡くなるまでの間、わずかだが時間があった。窓も、ドアも、内側から鍵をかけられた状態ということは、素直に部屋の中にいた三千代の仕業と仮定しよう。その上で、この項目について、納得のいく説明を考えるんだ」
四人は解明すべき五項目を見ながら、ある者は天井を仰ぎ、ある者は頭を抱えた。
一 窓のロック(下足痕、指紋等検出されず)
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