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第40話 優里②
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堤たちは、十八時四十分頃、畑野家の前に到着した。妹尾たちのアポに後から乗っかる分、待たせる訳にはいかない。
「あ、あれ、佐川です」
十八時五十分を過ぎて、妹尾たちも到着した。
「お疲れっす」
「おーっす」
立川と佐川が車から降りて、互いに簡単に挨拶する。彼らの連携で、それぞれの班が優里に行きついた事情は互いに把握している。
妹尾、佐川、堤、立川の四人が、畑野家の玄関前で顔を突き合わせた。
年齢順なら、堤が一番上だ。階級順でも同じ。だが堤は、ここは先にアポを取った妹尾に譲ると決めていた。
「うちは妹尾班が話を聞いた後で構わんが」
「じゃ、そういうことで」
妹尾はそう言うと、インターフォンを押した。
「警視庁の妹尾です」
「はい。どうぞ」
冷たい女の声がした。優里の母親の景子だ。
優里の父親は一流商社に勤めており、役職は部長。年収も二千万を超えている――石山たちが仲人から聞いた話だが、目黒区に一軒家を建てるだけのことはある。
リビングに通された四人は、家に上がった順に、妹尾、佐川、堤、立川と、上座から順に座った。
畑野家のリビングは、堤の家の倍の広さはあった。二十畳くらいだろうか。
八人は座れる応接セットに、ダイニングテーブル一式を置いても、全く窮屈さを感じさせない。
壁には作り付けの飾り棚があり、趣味の良い調度品が収められている。
妹尾と佐川が座ったソファーと、その向かいにあるソファーは、余裕で三人が座れるほどの幅だった。堤と立川は、コの字型の間にある、二人掛け用のソファーに座ることにした。
妹尾たちのソファーは、見るからに豪華な皮張りだが、堤たちのソファーは布張りで、種類も異なるものだった。
その様子に、何故か立川が申し訳なさそうな顔をしている。
優里は既に帰宅していたらしく、母親が呼んできた。
リビングに入って来た母親と娘はよく似ていた。優里の母親譲りの折れ耳は、男たちの庇護欲を刺激しそうだ。
母娘は、妹尾たちの向かいのソファーに腰掛けた。
「何か飲まれますか?」
母親の口ぶりからは、明らかにもてなすつもりがなさそうだ。
「いえ、結構です。お構いなく」
妹尾が代表して答えた。
母娘共に美人だが、二人ともかなり痩せている。痩せすぎの部類に入るのではないだろうか。
堤は、過去に扱った少年犯罪を思い出し、優里の手首にリストカットの跡がないか、つい確認してしまった。
薄いピンク色のブラウスから覗く白い手首には、そんなおぞましい跡は無かった。良家の子女として名家の息子とお見合いするくらいなのだから当然か。
堤は、またしても自分の勘の悪さに嘆息した。
妹尾が単刀直入に優里に尋ねた。
「畑野優里さん。あなた、四月十一日に高木邸を訪れた際、ご家族の皆さんと一緒に、亡くなられた三千代さんの部屋に入りましたね?」
「はい。あのときは、全員で部屋に入りました」
「部屋の中のものにも、三千代さんにも触っていないと仰っていましたが、本当ですか? もう一度よく思い出していただけませんか?」
「え?」
優里が怪訝そうに妹尾を見て、それから残りの三人に視線を移した。
景子が優里の代わりに答えた。
「どうして、そんなことをお尋ねになるのです? あの日、優里は散々質問されて、全部答えているはずですよ」
「すみません、お母さん。殺人事件の捜査では、何度も確認する必要があるので。どうかご協力ください」
家名や屋敷を背負って立ちはだかる正子を思い出させたが、娘を庇う景子の気持ちは、親であれば理解できるものだ。
「本当に、何も触っていませんか?」
「はい、触っていません」
優里は少し緊張した顔色を見せたが、妹尾の眼力のせいかもしれない。
やはりそうくるか、と、予想していたように、妹尾はとぼけた物言いをした。
「それは、おかしいですね。あのとき、あなたが遺体の側でしゃがんでいるのを見ていた人がいるんですよ」
それを聞いて優里が妹尾を睨んだ。
「その人の見間違いだと仰るんですか?」
四人の刑事の視線を受けても優里は怯まなかった。
「確かにしゃがみましたけど――」
もし、ここで優里が否定するようなら、堤は動画を再生する用意をしていたが、動画の存在を知っていた彼女は、それを見越して認めたのかもしれない。
「しゃがんで何をしていたんですか?」
すごむ妹尾に、「何もしていません」と優里が応じる。
「何もしていない? 本当ですか? 他の四人はショックで立ち尽くしていたそうじゃないですか? なんで家族でもないあなただけが、遺体の側でしゃがんでいたんです?」
動画には優里の手元は映っていなかった。彼女はなんと言うのか。
「だから、何もしていません。触ってもいません」
「じゃ、なんでしゃがみこんだんですか?」
優里は話しながら、だんだん力が湧いてきたようだ。徐々に口調がしっかりしてきた。
「最初は驚きました。ナイフが刺さっていましたから。ご家族の皆さんもびっくりされていました。けど、道長さんだって、スマホを持って、部屋の中をぐるっと回りながら撮影されていたんですよ。立ち尽くしていたという証言は間違っていると思います。正直、誰がどこにいて、何をしていたかなんて、みんな覚えていないんじゃないですか? 私もあの四人がどこに立っていたか、正確には思い出せません」
妹尾はムッとしている。確かに、道長の撮影した動画を見る限り、彼は部屋の中を歩いていることが分かる。
「なるほど。動いていた人もいるかもしれないということですね。いいでしょう。仮にそうだったとして、あなたはしゃがんで何をしていたんですか?」
景子が口を開こうとしたので、妹尾が「お母さんは黙っていてください」と、先に注意した。
「だから、何もしていないんです。本当に亡くなっているのか、口元に近づいて、呼吸を確かめただけです」
堤は、自分でもそう言うだろうと思った。なかなか賢い娘だ。証拠がないのだから、本人の証言を否定することは難しい。
佐川の話だと、目撃したしずかも、ほんの一瞬しか見ていないと言っていた。しゃがんでいたからといって、何かをしていたことにはならない。
妹尾は「本当にそれだけですか?」と言ったきり、優里と睨み合っている。
優里は、他にも何かを隠しているように見えたが、絶対に言うもんかと、覚悟を決めている顔だった。
「あ、あれ、佐川です」
十八時五十分を過ぎて、妹尾たちも到着した。
「お疲れっす」
「おーっす」
立川と佐川が車から降りて、互いに簡単に挨拶する。彼らの連携で、それぞれの班が優里に行きついた事情は互いに把握している。
妹尾、佐川、堤、立川の四人が、畑野家の玄関前で顔を突き合わせた。
年齢順なら、堤が一番上だ。階級順でも同じ。だが堤は、ここは先にアポを取った妹尾に譲ると決めていた。
「うちは妹尾班が話を聞いた後で構わんが」
「じゃ、そういうことで」
妹尾はそう言うと、インターフォンを押した。
「警視庁の妹尾です」
「はい。どうぞ」
冷たい女の声がした。優里の母親の景子だ。
優里の父親は一流商社に勤めており、役職は部長。年収も二千万を超えている――石山たちが仲人から聞いた話だが、目黒区に一軒家を建てるだけのことはある。
リビングに通された四人は、家に上がった順に、妹尾、佐川、堤、立川と、上座から順に座った。
畑野家のリビングは、堤の家の倍の広さはあった。二十畳くらいだろうか。
八人は座れる応接セットに、ダイニングテーブル一式を置いても、全く窮屈さを感じさせない。
壁には作り付けの飾り棚があり、趣味の良い調度品が収められている。
妹尾と佐川が座ったソファーと、その向かいにあるソファーは、余裕で三人が座れるほどの幅だった。堤と立川は、コの字型の間にある、二人掛け用のソファーに座ることにした。
妹尾たちのソファーは、見るからに豪華な皮張りだが、堤たちのソファーは布張りで、種類も異なるものだった。
その様子に、何故か立川が申し訳なさそうな顔をしている。
優里は既に帰宅していたらしく、母親が呼んできた。
リビングに入って来た母親と娘はよく似ていた。優里の母親譲りの折れ耳は、男たちの庇護欲を刺激しそうだ。
母娘は、妹尾たちの向かいのソファーに腰掛けた。
「何か飲まれますか?」
母親の口ぶりからは、明らかにもてなすつもりがなさそうだ。
「いえ、結構です。お構いなく」
妹尾が代表して答えた。
母娘共に美人だが、二人ともかなり痩せている。痩せすぎの部類に入るのではないだろうか。
堤は、過去に扱った少年犯罪を思い出し、優里の手首にリストカットの跡がないか、つい確認してしまった。
薄いピンク色のブラウスから覗く白い手首には、そんなおぞましい跡は無かった。良家の子女として名家の息子とお見合いするくらいなのだから当然か。
堤は、またしても自分の勘の悪さに嘆息した。
妹尾が単刀直入に優里に尋ねた。
「畑野優里さん。あなた、四月十一日に高木邸を訪れた際、ご家族の皆さんと一緒に、亡くなられた三千代さんの部屋に入りましたね?」
「はい。あのときは、全員で部屋に入りました」
「部屋の中のものにも、三千代さんにも触っていないと仰っていましたが、本当ですか? もう一度よく思い出していただけませんか?」
「え?」
優里が怪訝そうに妹尾を見て、それから残りの三人に視線を移した。
景子が優里の代わりに答えた。
「どうして、そんなことをお尋ねになるのです? あの日、優里は散々質問されて、全部答えているはずですよ」
「すみません、お母さん。殺人事件の捜査では、何度も確認する必要があるので。どうかご協力ください」
家名や屋敷を背負って立ちはだかる正子を思い出させたが、娘を庇う景子の気持ちは、親であれば理解できるものだ。
「本当に、何も触っていませんか?」
「はい、触っていません」
優里は少し緊張した顔色を見せたが、妹尾の眼力のせいかもしれない。
やはりそうくるか、と、予想していたように、妹尾はとぼけた物言いをした。
「それは、おかしいですね。あのとき、あなたが遺体の側でしゃがんでいるのを見ていた人がいるんですよ」
それを聞いて優里が妹尾を睨んだ。
「その人の見間違いだと仰るんですか?」
四人の刑事の視線を受けても優里は怯まなかった。
「確かにしゃがみましたけど――」
もし、ここで優里が否定するようなら、堤は動画を再生する用意をしていたが、動画の存在を知っていた彼女は、それを見越して認めたのかもしれない。
「しゃがんで何をしていたんですか?」
すごむ妹尾に、「何もしていません」と優里が応じる。
「何もしていない? 本当ですか? 他の四人はショックで立ち尽くしていたそうじゃないですか? なんで家族でもないあなただけが、遺体の側でしゃがんでいたんです?」
動画には優里の手元は映っていなかった。彼女はなんと言うのか。
「だから、何もしていません。触ってもいません」
「じゃ、なんでしゃがみこんだんですか?」
優里は話しながら、だんだん力が湧いてきたようだ。徐々に口調がしっかりしてきた。
「最初は驚きました。ナイフが刺さっていましたから。ご家族の皆さんもびっくりされていました。けど、道長さんだって、スマホを持って、部屋の中をぐるっと回りながら撮影されていたんですよ。立ち尽くしていたという証言は間違っていると思います。正直、誰がどこにいて、何をしていたかなんて、みんな覚えていないんじゃないですか? 私もあの四人がどこに立っていたか、正確には思い出せません」
妹尾はムッとしている。確かに、道長の撮影した動画を見る限り、彼は部屋の中を歩いていることが分かる。
「なるほど。動いていた人もいるかもしれないということですね。いいでしょう。仮にそうだったとして、あなたはしゃがんで何をしていたんですか?」
景子が口を開こうとしたので、妹尾が「お母さんは黙っていてください」と、先に注意した。
「だから、何もしていないんです。本当に亡くなっているのか、口元に近づいて、呼吸を確かめただけです」
堤は、自分でもそう言うだろうと思った。なかなか賢い娘だ。証拠がないのだから、本人の証言を否定することは難しい。
佐川の話だと、目撃したしずかも、ほんの一瞬しか見ていないと言っていた。しゃがんでいたからといって、何かをしていたことにはならない。
妹尾は「本当にそれだけですか?」と言ったきり、優里と睨み合っている。
優里は、他にも何かを隠しているように見えたが、絶対に言うもんかと、覚悟を決めている顔だった。
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