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第21話 告別式の朝
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四月十二日の高木邸には、数年ぶりに大勢の近親者が集まっていた。
喪主の一夫も妻のしずかも出迎えの挨拶をしたくらいで、後は雑談に興じていた。
妹の告別式だということを忘れているのかと心配になるほど、正子がホステス役をかって出て、仕出し料理や飲み物の采配に本領を発揮していたからだ。
正子の夫の隆は、妻には干渉しない主義らしく、正子から話しかけられない限り、自分からは声をかけようとしない。まるで一夫考案の正子対策を採用しているかのようだ。
一夫は、隆から娘二人が帰国できないことを詫びられたが、次男の頼通からも同様に帰国できないと連絡があったのでお互い様だ。まあ海外にいては、さすがに昨日の今日では難しいだろう。
告別式の会場までは全員がタクシーで移動することになっており、一夫は十二時に七台の車を予約した。
その際、黒塗りのタクシーがテレビ局の連中を薙ぎ払うところを想像してしまった
自分でも相当参っていることは分かっていたが、何を考えているのだと頭を振って、馬鹿な考えを追い払った。
親族たちが互いの近況を伝え合っている最中、玄関のインターフォンが鳴り、室内が静まりかえった。
こんな特殊な状況の家に弔問客など考えにくい。案の定、モニターにはスーツを着た強面のゴリラが映っていた。
「警視庁の妹尾です」
「フン」と鼻息が聞こえそうな妹尾の横から、若い芝犬が、「吉岡と申します。少しだけお話を伺いたいのですが」と申し出た。
気まずい雰囲気の中、しずかが応答した。仕方なく一夫としずかはロビーで二人の刑事と話すことにした。
「お取り込み中のところ申し訳ありません。すぐに済ませますから」
妹尾と名乗った刑事は、口先だけは恐縮しているが、鋭い目つきで有無を言わせない感じだった。
「写真を見ていただきたいのですが」
妹尾がそう言った横で、部下と思われる吉岡が写真を差し出した。
一見すると、真面目な会社員のように見えたが、よく見ると、今年に入ってから何度か三千代を訪ねて来た男だった。
「なあ、これ――」
一夫がしずかに同意を求めると、しずかも認めた。
「三千代さんを何度か訪ねていらっしゃった方ですね」
妹尾の目が光ったような気がして、一夫もその問いかけの意味を察した。
「あの、もしかして、この男が犯人なのでしょうか」
一夫としずかは、昨日はずっと各局のニュースを見続けていた。その中で一番驚いたのが、「警察は殺人事件とみて捜査をしている」という報道だった。
妹尾は認めなかった。
「まだ捜査中ですので。それより、お二人ともこの男に会われているのですね」
几帳面なしずかは、正確に言い直した。
「会ったと言われましても――。刑事さんと同じように、インターフォンを鳴らされて玄関を開けただけですので。初めてお見えになったときは女性とご一緒で、三千代さんがロビーで待っていて、自室へ一緒に上がられました。二度目と三度目はお一人でいらっしゃいました。もうすっかり慣れた様子で、一目散に二階の三千代さんの部屋へ行かれました。三千代さんはお出迎えもされませんでした」
「すると、この男は、合計三回この家に来て、三千代さんと会っているのですね」
「え、ええ」
しずかの顔色が曇ったのを妹尾は見逃さなかった。
「もしかして、この男は、皆さんとも何か揉めていらっしゃったのですか?」
「い、いいえ。まさか」
しずかの口から言わせるのは酷だとばかりに、一夫が口を開いた。
「その――。私たち夫婦は、その男が三千代を訪ねてきたとき、玄関から入ってロビーを抜けて階段を上がるのを見ただけなんです。それが三回目のときだけ様子が変で――」
しずかはいよいよ血の気を失っている。
「三千代と何かあったようで、二階から下りてきたときに、額のあたりを腕で隠すようにされていたのが気になって。あまりジロジロと見るのは失礼だとは思いましたが、腕の隙間から血が見えた気がして。いったい何があったのかと心配になりました。幸い、三千代は怪我もしておらず、その男が帰った後も、特段、いつもと変わらない様子だったので、結局そのままにしていたのですが……」
この家に相応しくないエピソードだ。
「三千代さんは何があったのか、お二人には何も言われなかったのですか?」
「ええ、まあ。あの日は姉が来ていて、三千代と少し揉めてしまって。でも結局、あの男が訪ねて来たので、姉は入れ違いに帰ってしまいましたけど。三千代が姉と揉めた日は、そっとしておくことにしているので――」
長年、そういう風にやり過ごしてきたのだろう。
「話は変わりますが、昨日の三千代さんは、普段と変わった様子はありませんでしたか? 明らかに言動がおかしいというような感じは?」
夫婦はそろってキョトンとした顔をした。何か答えなければと、一夫が精一杯絞り出した答えを言った。
「三千代は感情の起伏が激しい方でしたので。他人からは情緒不安ともとられるかもしれません。一日の間でも、かなり激しく上下するたちでしたから」
「そうですか」
歳を取って気難しくなる獣人は一定数いる。中には暴力的になる者も。だが三千代のヒステリーは若い頃からだという証言ばかりだった。
一夫の顔には、「三千代が聞いていたら『なぜ他所様にそんなことを言うのだ』と烈火の如く怒り狂っただろうなあ」と書いてある。
まあ違うにせよ、よくないことを想像をして、少しばかり萎縮しているように見える。
夫婦揃って俯いているところへ、親族の一人が一夫を呼びに来た。葬儀会社が打ち合わせをしたいと言っているらしい。
「すみません。これから告別式なので、私どもは――」
「お忙しいところお邪魔しました。とりあえず失礼いたします」
妹尾たちは挨拶もそこそこに出て行った。
喪主の一夫も妻のしずかも出迎えの挨拶をしたくらいで、後は雑談に興じていた。
妹の告別式だということを忘れているのかと心配になるほど、正子がホステス役をかって出て、仕出し料理や飲み物の采配に本領を発揮していたからだ。
正子の夫の隆は、妻には干渉しない主義らしく、正子から話しかけられない限り、自分からは声をかけようとしない。まるで一夫考案の正子対策を採用しているかのようだ。
一夫は、隆から娘二人が帰国できないことを詫びられたが、次男の頼通からも同様に帰国できないと連絡があったのでお互い様だ。まあ海外にいては、さすがに昨日の今日では難しいだろう。
告別式の会場までは全員がタクシーで移動することになっており、一夫は十二時に七台の車を予約した。
その際、黒塗りのタクシーがテレビ局の連中を薙ぎ払うところを想像してしまった
自分でも相当参っていることは分かっていたが、何を考えているのだと頭を振って、馬鹿な考えを追い払った。
親族たちが互いの近況を伝え合っている最中、玄関のインターフォンが鳴り、室内が静まりかえった。
こんな特殊な状況の家に弔問客など考えにくい。案の定、モニターにはスーツを着た強面のゴリラが映っていた。
「警視庁の妹尾です」
「フン」と鼻息が聞こえそうな妹尾の横から、若い芝犬が、「吉岡と申します。少しだけお話を伺いたいのですが」と申し出た。
気まずい雰囲気の中、しずかが応答した。仕方なく一夫としずかはロビーで二人の刑事と話すことにした。
「お取り込み中のところ申し訳ありません。すぐに済ませますから」
妹尾と名乗った刑事は、口先だけは恐縮しているが、鋭い目つきで有無を言わせない感じだった。
「写真を見ていただきたいのですが」
妹尾がそう言った横で、部下と思われる吉岡が写真を差し出した。
一見すると、真面目な会社員のように見えたが、よく見ると、今年に入ってから何度か三千代を訪ねて来た男だった。
「なあ、これ――」
一夫がしずかに同意を求めると、しずかも認めた。
「三千代さんを何度か訪ねていらっしゃった方ですね」
妹尾の目が光ったような気がして、一夫もその問いかけの意味を察した。
「あの、もしかして、この男が犯人なのでしょうか」
一夫としずかは、昨日はずっと各局のニュースを見続けていた。その中で一番驚いたのが、「警察は殺人事件とみて捜査をしている」という報道だった。
妹尾は認めなかった。
「まだ捜査中ですので。それより、お二人ともこの男に会われているのですね」
几帳面なしずかは、正確に言い直した。
「会ったと言われましても――。刑事さんと同じように、インターフォンを鳴らされて玄関を開けただけですので。初めてお見えになったときは女性とご一緒で、三千代さんがロビーで待っていて、自室へ一緒に上がられました。二度目と三度目はお一人でいらっしゃいました。もうすっかり慣れた様子で、一目散に二階の三千代さんの部屋へ行かれました。三千代さんはお出迎えもされませんでした」
「すると、この男は、合計三回この家に来て、三千代さんと会っているのですね」
「え、ええ」
しずかの顔色が曇ったのを妹尾は見逃さなかった。
「もしかして、この男は、皆さんとも何か揉めていらっしゃったのですか?」
「い、いいえ。まさか」
しずかの口から言わせるのは酷だとばかりに、一夫が口を開いた。
「その――。私たち夫婦は、その男が三千代を訪ねてきたとき、玄関から入ってロビーを抜けて階段を上がるのを見ただけなんです。それが三回目のときだけ様子が変で――」
しずかはいよいよ血の気を失っている。
「三千代と何かあったようで、二階から下りてきたときに、額のあたりを腕で隠すようにされていたのが気になって。あまりジロジロと見るのは失礼だとは思いましたが、腕の隙間から血が見えた気がして。いったい何があったのかと心配になりました。幸い、三千代は怪我もしておらず、その男が帰った後も、特段、いつもと変わらない様子だったので、結局そのままにしていたのですが……」
この家に相応しくないエピソードだ。
「三千代さんは何があったのか、お二人には何も言われなかったのですか?」
「ええ、まあ。あの日は姉が来ていて、三千代と少し揉めてしまって。でも結局、あの男が訪ねて来たので、姉は入れ違いに帰ってしまいましたけど。三千代が姉と揉めた日は、そっとしておくことにしているので――」
長年、そういう風にやり過ごしてきたのだろう。
「話は変わりますが、昨日の三千代さんは、普段と変わった様子はありませんでしたか? 明らかに言動がおかしいというような感じは?」
夫婦はそろってキョトンとした顔をした。何か答えなければと、一夫が精一杯絞り出した答えを言った。
「三千代は感情の起伏が激しい方でしたので。他人からは情緒不安ともとられるかもしれません。一日の間でも、かなり激しく上下するたちでしたから」
「そうですか」
歳を取って気難しくなる獣人は一定数いる。中には暴力的になる者も。だが三千代のヒステリーは若い頃からだという証言ばかりだった。
一夫の顔には、「三千代が聞いていたら『なぜ他所様にそんなことを言うのだ』と烈火の如く怒り狂っただろうなあ」と書いてある。
まあ違うにせよ、よくないことを想像をして、少しばかり萎縮しているように見える。
夫婦揃って俯いているところへ、親族の一人が一夫を呼びに来た。葬儀会社が打ち合わせをしたいと言っているらしい。
「すみません。これから告別式なので、私どもは――」
「お忙しいところお邪魔しました。とりあえず失礼いたします」
妹尾たちは挨拶もそこそこに出て行った。
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