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首都 ラーバンへ
<27>新たな出発
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よい天気だ。窓の外を眺めて、シャンテナはため息をついた。首を動かすと、七日前の夜の怪我がかすかに痛む。
打撲痕はまだらな青と赤から、黄味を帯びて薄くなってきているので、回復はしている。しかし押せばまだ痛むし、ふとしたはずみでまた痛んだ。
それを理由に、ごてごて着飾るのを免除されたのは嬉しいことだ。今日は、流行りの胴をぎゅうぎゅう締め上げる形ではなく、ふんわりと腰部分で絞られた楽な裁断のドレスを身に着けている。緑を基調に、灰色を差し色にした意匠である。怪我の部分を隠すようにきっちり閉まった襟はやや窮屈だが、あの鎧じみた下着よりはずっとよい。室内で絶対に必要ないと断言できる小さな帽子だって、我慢できる。そもそもこの小ささでは、外でも本来の役目は果たさないだろうが。
「シャンテナさん、このケーキ美味しいですよ」
正面の席で、桃色の可愛らしくて小さなお菓子に舌鼓を打っているのはクルトだ。皿に並べられて山程運ばれてきた甘味を、片っ端から食べている。まるで、数日食事を与えられてないような勢いで。
呆れた調子で、シャンテナはため息をついた。
「あのね、クルト。私たち、お茶しに城に来たわけじゃないでしょう」
「ええ、そうですが、でも、殿下が来るまで待ってろとのことです。その間に補給するのはありですよ。ああ、甘いー、幸せだ」
「はあ……」
果物がふんだんに乗せられたタルトを頬張ってご満悦のクルトは、シャンテナのため息を誘発する。
王太子から、城に参じるようにとお達しがあったのが、昨日のこと。暫くの間、『碧玉兎亭』の最上階で、怪我の回復に努めるという名目で、暇を持て余していたシャンテナは、クルトとともに再び登城したのだった。ほぼ軟禁じゃないかと嘆いていたのはシャンテナのほうなのに、時々会合なのか他の仕事なのか、カークと交代で出歩いていたクルトのほうが張り切ってここに出向いた。しかし、王太子は朝から急用が入り、しばらく体が空かない。だからこの部屋でのんびりしていてくれと言付けられ、豪華なお茶とお菓子でもてなされて、今に至る。
「蜜がけのリンゴ、最高ですよ。シャンテナさんも食べたほうがいいです」
「私はお茶で十分」
「そんな、もったいない」
そうは言われても、もう、ケーキを一つ食べた後。これ以上甘いものを食べたら、気持ち悪くなりそうだ。むしろ、このにおいだけで、膨満感を覚えているほど。
「むしろ、あなたはよくこの状況で食べていられるわね」
「この状況、ですか?」
「……聞いた私が馬鹿だった」
「えっ、なんか傷つくなあ」
顔をしかめても、口はまだもぐもぐ言わせているので、説得力がない。
シャンテナはため息をついた。何度目かの。
王太子がここにふたりを呼び出したのは、何か大事な用事があるからなのは確実だ。
玉璽の最後の欠片が見つかって以降、それに関する情報は得られなかった。依然、シャンテナの工具や、他の水晶庭師の末裔たちの行方はわからないままだ。そちらに関することなのだろうか。
実は、あの襲撃者のうち、サイクスの私兵が制圧した男がひとり、息があったので捕縛されていた。もちろん、尋問を行ったが、結果は芳しくなかった。首謀者としてフラスメンの名前を割り出せるまではいかなくとも、その尻尾くらい掴めればいいのだが、それもできなかった。現在も尋問は続いているらしいが、果報の期待はできない。
これまでも、数度、ベルグに関わる人間が襲撃を受け、犯人を捕らえたことがあった。そのうち七度は、標的がベルグ本人だったという。だがみな、結果は同じ――沈黙――だった。
苦労して生け捕りにしても、間者は口を割らないし、場合によっては捕らえる前に自害してしまう。たとえ拷問しても、決定的な情報は得られない。すべてはエウス神の思し召しと、みな喜んで死んでいく始末だという。
熱心な信者を暗殺者に仕立てているのか、そもそももともとのエウス教にそういった慣習があったのかは不明だが、金のためでも家族のためでもなく、それを自らの使命として遂行しようとする人間には、痛みも恐怖も死も、すべては望ましい試練でしかない。
死んでいく者すべてが、信条のため、エウス教を発展させてくれると信じる摂政のためと、進んで身を投げ出すのだ。たしかに、フラスメンの政策は国内のあちこちに大きなひずみを生み出したその一方で、彼らの使命を大いに手助けしてくれただろう。
それにしても、王太子の身の回りの血なまぐささには、顔をしかめずにはいられない。襲撃の話を聞いた時、シャンテナはそう思った。七度はさすがに、多いのではないか、と。これには毒が盛られたり、怪しいものを仕込まれたりという、ひっそりした暗殺は含まれていないのだ。
クルトに聞けば、知人の婦女子からを装って、贈り物に毒が仕込んであったこともあったそうだ。
「私、思うのだけれど、襲撃者の中には、殿下に恨みを持つ婦女子のほうの代理がいるんじゃないかしら」
「うーん、実際一度ありましたからね。笑えないです。というか、あんまりそんなこと言ってはだめですよ、殿下は実は王族ですから」
「実は、とか言っているあたり、私よりよっぽど不敬じゃない」
だが、あながち、冗談で済まないのかもしれない。あの日以降、毎日のように、『碧玉兎亭』には何かしらの贈り物が届く。匿名で、『最上階の令嬢へ』と書かれた流麗な文字の手紙付きで。シャンテナの推測では、送り主はベルグだ。なにしろ、贈られてくるものの購入金額を考えると、寒気がするほどの品ばかりだからだ。彼は面白がって冗談でそんなことをしているのだろう、あるいは酔狂で、とシャンテナは思っているが、似たようなことをされて本気にしてしまう女性がいても、不思議ではなかった。なにせ王太子、そしてあの容姿なのだから。
あれで当然、妻帯しているのだから、迷惑極まりない。王太子妃にいつか刺客を仕向けられないかと冷や冷やしていたが、クルトに王太子妃の人となりを聞いてほっとした。そんなことはしなさそうな穏やかな人だという。たまに彼女の堪忍袋の尾が危うくなると、ベルグも自粛し、妻を立てるように気を付けるらしいが――だったら最初からそういう悪ふざけはやめればいいのに、とも思った。
受け取った品は、突き返すわけにも捨てるわけにもいかず、部屋に積み上がっている。
あなたの上司の贈り物攻撃、迷惑だからやめさせてほしいとクルトにはっきり言ったが、無理だと一蹴されたのは三日前のことだ。いずれ飽きるだろうから、放っておけと。品物は、孤児院にでも寄付したらいいとも。と言うのも、クルトはそれを丁寧にお願いしに行ったらしいが、お前になんの関係が? と、冷たく返され終わってしまったのだという。もう少し粘って欲しいというのがシャンテナの本音だが、上司、しかも王太子という立場の人間に、このクルトが強く出るのは難しいだろうと諦めた。
今日も、部屋に戻ったらなにか新しいものが届いているのだろうか。それを考えると憂鬱である。とりあえず、ベルグの反応から、贈り主がフラスメン側の誰かで、これが念の入った暗殺計画の一幕ではないことがわかったことだけは、安心したが。
シャンテナがまたも小さくため息をついたときだった。
「おー、ふたりとも、待たせたな」
ろくな入室うかがいもなく、ベルグが部屋に入ってきた。
「殿下!」
クルトがはっとして、背筋を伸ばす。その前に、掴んでいるパイを皿に戻すべきだと思ったが、シャンテナは口には出さなかった。
王太子はカークを部屋の外に待機させ、自分は持ってきた封筒を二通、テーブルに放った。王家の紋章の透かしが入った、上質な紙の封筒だ。
「紹介状だ。お前には、この書類を持って、とある場所に行ってもらいたい」
「ある場所?」
シャンテナとクルトは顔を見合わせた。
王太子はどっかり椅子に腰をかけ、脚を組む。
「旧フォエドロ家と、ミュテシー家だ」
「見つかったんですか? 関係者が」
「そうだ。サイクスがあらゆるツテを使って、この二家の末裔と接触したのさ」
どうやら、彼も汚名返上のため尽力していたようだ。そのことを聞いて、少しだけ、シャンテナは安堵した。あれ以降、サイクスとは顔を合わせていないので、どうなったのか気にはなっていたのだ。
「両家とも、断絶したのかと思っていました」
「エヴァンスと同じように、両家とも姓を変え、血脈は続いていた」
「血脈は……」
「ああ、技術は断絶していると聞いている。あくまでも、聞いているだけだがな」
「それじゃあ、鍵は……術式がわからない可能性もあるわけですね」
クルトの言葉に、王太子はうなずいた。
「まあ、行って話を聞いてきてくれ。それだけでも、なにか、解錠の手がかりになるかもしれん」
「しかし、殿下。シャンテナさんを連れて行くのは危険では」
クルトの言葉に、王太子は肩を竦めた。
「シャンテナが行けば話をするっつってるんだ、両家とも。行くしかねーだろ。じゃなけりゃ必要なものも揃わねえ。シャンテナは、俺が即位するまで、ずっと部屋に閉じこもってるしかねーぞ」
「私は、行きたいです」
部屋から出たい、というだけではない。自分以外の水晶庭師の末裔に、会ってみたい。そういう気持ちもあった。シャンテナは、紹介状を受け取り、クルトを見る。
「クルト、私、行くわ。いつまでもここでぼうっとしていられない」
「シャンテナさん……」
クルトは驚いた顔をした。あの晩の襲撃を忘れたのかと、その目は問うてくる。
「私は、あなたが守ってくれるっていうから、この都に来たんだけれど、それはもう終わった約束だってわけ。それとも自信がない?」
「ああ、なら、今度はカークに采配を任せるか?」
挑発の言葉に王太子がにやりとした。
「あなたが行かないなら、結構。ひとりで行くわ。殿下、今すぐ支度します」
立ち上がったシャンテナの腕を、クルトが掴んだ。苦笑まじりに。
「俺も連れて行ってください。最後まで、ちゃんとお供しますよ。そのつもりでしたから。殿下、構いませんか」
「もちろん。人手が必要なら、カークに相談しろ」
「ありがとうございます。ただ、平服で街中を行く分には、ふたりでのほうが小回りが効くので、……少し考えます」
「好きにしろ。ただし、シャンテナのことは絶対に守れよ」
「はい」
間髪入れず、力強く頷くクルトの横顔を見て、なんだか気恥ずかしくなって、シャンテナは目を逸した。
王太子がからかい混じりに言う。
「それよりクルト、お前、こういう時は、『連れて行ってください』じゃなくて、『連れて行ってやる』くらい言えよ。情けない」
「それは、はは……精進します」
苦笑するクルトを横目に、シャンテナは思った。そのとおりだ、と。
打撲痕はまだらな青と赤から、黄味を帯びて薄くなってきているので、回復はしている。しかし押せばまだ痛むし、ふとしたはずみでまた痛んだ。
それを理由に、ごてごて着飾るのを免除されたのは嬉しいことだ。今日は、流行りの胴をぎゅうぎゅう締め上げる形ではなく、ふんわりと腰部分で絞られた楽な裁断のドレスを身に着けている。緑を基調に、灰色を差し色にした意匠である。怪我の部分を隠すようにきっちり閉まった襟はやや窮屈だが、あの鎧じみた下着よりはずっとよい。室内で絶対に必要ないと断言できる小さな帽子だって、我慢できる。そもそもこの小ささでは、外でも本来の役目は果たさないだろうが。
「シャンテナさん、このケーキ美味しいですよ」
正面の席で、桃色の可愛らしくて小さなお菓子に舌鼓を打っているのはクルトだ。皿に並べられて山程運ばれてきた甘味を、片っ端から食べている。まるで、数日食事を与えられてないような勢いで。
呆れた調子で、シャンテナはため息をついた。
「あのね、クルト。私たち、お茶しに城に来たわけじゃないでしょう」
「ええ、そうですが、でも、殿下が来るまで待ってろとのことです。その間に補給するのはありですよ。ああ、甘いー、幸せだ」
「はあ……」
果物がふんだんに乗せられたタルトを頬張ってご満悦のクルトは、シャンテナのため息を誘発する。
王太子から、城に参じるようにとお達しがあったのが、昨日のこと。暫くの間、『碧玉兎亭』の最上階で、怪我の回復に努めるという名目で、暇を持て余していたシャンテナは、クルトとともに再び登城したのだった。ほぼ軟禁じゃないかと嘆いていたのはシャンテナのほうなのに、時々会合なのか他の仕事なのか、カークと交代で出歩いていたクルトのほうが張り切ってここに出向いた。しかし、王太子は朝から急用が入り、しばらく体が空かない。だからこの部屋でのんびりしていてくれと言付けられ、豪華なお茶とお菓子でもてなされて、今に至る。
「蜜がけのリンゴ、最高ですよ。シャンテナさんも食べたほうがいいです」
「私はお茶で十分」
「そんな、もったいない」
そうは言われても、もう、ケーキを一つ食べた後。これ以上甘いものを食べたら、気持ち悪くなりそうだ。むしろ、このにおいだけで、膨満感を覚えているほど。
「むしろ、あなたはよくこの状況で食べていられるわね」
「この状況、ですか?」
「……聞いた私が馬鹿だった」
「えっ、なんか傷つくなあ」
顔をしかめても、口はまだもぐもぐ言わせているので、説得力がない。
シャンテナはため息をついた。何度目かの。
王太子がここにふたりを呼び出したのは、何か大事な用事があるからなのは確実だ。
玉璽の最後の欠片が見つかって以降、それに関する情報は得られなかった。依然、シャンテナの工具や、他の水晶庭師の末裔たちの行方はわからないままだ。そちらに関することなのだろうか。
実は、あの襲撃者のうち、サイクスの私兵が制圧した男がひとり、息があったので捕縛されていた。もちろん、尋問を行ったが、結果は芳しくなかった。首謀者としてフラスメンの名前を割り出せるまではいかなくとも、その尻尾くらい掴めればいいのだが、それもできなかった。現在も尋問は続いているらしいが、果報の期待はできない。
これまでも、数度、ベルグに関わる人間が襲撃を受け、犯人を捕らえたことがあった。そのうち七度は、標的がベルグ本人だったという。だがみな、結果は同じ――沈黙――だった。
苦労して生け捕りにしても、間者は口を割らないし、場合によっては捕らえる前に自害してしまう。たとえ拷問しても、決定的な情報は得られない。すべてはエウス神の思し召しと、みな喜んで死んでいく始末だという。
熱心な信者を暗殺者に仕立てているのか、そもそももともとのエウス教にそういった慣習があったのかは不明だが、金のためでも家族のためでもなく、それを自らの使命として遂行しようとする人間には、痛みも恐怖も死も、すべては望ましい試練でしかない。
死んでいく者すべてが、信条のため、エウス教を発展させてくれると信じる摂政のためと、進んで身を投げ出すのだ。たしかに、フラスメンの政策は国内のあちこちに大きなひずみを生み出したその一方で、彼らの使命を大いに手助けしてくれただろう。
それにしても、王太子の身の回りの血なまぐささには、顔をしかめずにはいられない。襲撃の話を聞いた時、シャンテナはそう思った。七度はさすがに、多いのではないか、と。これには毒が盛られたり、怪しいものを仕込まれたりという、ひっそりした暗殺は含まれていないのだ。
クルトに聞けば、知人の婦女子からを装って、贈り物に毒が仕込んであったこともあったそうだ。
「私、思うのだけれど、襲撃者の中には、殿下に恨みを持つ婦女子のほうの代理がいるんじゃないかしら」
「うーん、実際一度ありましたからね。笑えないです。というか、あんまりそんなこと言ってはだめですよ、殿下は実は王族ですから」
「実は、とか言っているあたり、私よりよっぽど不敬じゃない」
だが、あながち、冗談で済まないのかもしれない。あの日以降、毎日のように、『碧玉兎亭』には何かしらの贈り物が届く。匿名で、『最上階の令嬢へ』と書かれた流麗な文字の手紙付きで。シャンテナの推測では、送り主はベルグだ。なにしろ、贈られてくるものの購入金額を考えると、寒気がするほどの品ばかりだからだ。彼は面白がって冗談でそんなことをしているのだろう、あるいは酔狂で、とシャンテナは思っているが、似たようなことをされて本気にしてしまう女性がいても、不思議ではなかった。なにせ王太子、そしてあの容姿なのだから。
あれで当然、妻帯しているのだから、迷惑極まりない。王太子妃にいつか刺客を仕向けられないかと冷や冷やしていたが、クルトに王太子妃の人となりを聞いてほっとした。そんなことはしなさそうな穏やかな人だという。たまに彼女の堪忍袋の尾が危うくなると、ベルグも自粛し、妻を立てるように気を付けるらしいが――だったら最初からそういう悪ふざけはやめればいいのに、とも思った。
受け取った品は、突き返すわけにも捨てるわけにもいかず、部屋に積み上がっている。
あなたの上司の贈り物攻撃、迷惑だからやめさせてほしいとクルトにはっきり言ったが、無理だと一蹴されたのは三日前のことだ。いずれ飽きるだろうから、放っておけと。品物は、孤児院にでも寄付したらいいとも。と言うのも、クルトはそれを丁寧にお願いしに行ったらしいが、お前になんの関係が? と、冷たく返され終わってしまったのだという。もう少し粘って欲しいというのがシャンテナの本音だが、上司、しかも王太子という立場の人間に、このクルトが強く出るのは難しいだろうと諦めた。
今日も、部屋に戻ったらなにか新しいものが届いているのだろうか。それを考えると憂鬱である。とりあえず、ベルグの反応から、贈り主がフラスメン側の誰かで、これが念の入った暗殺計画の一幕ではないことがわかったことだけは、安心したが。
シャンテナがまたも小さくため息をついたときだった。
「おー、ふたりとも、待たせたな」
ろくな入室うかがいもなく、ベルグが部屋に入ってきた。
「殿下!」
クルトがはっとして、背筋を伸ばす。その前に、掴んでいるパイを皿に戻すべきだと思ったが、シャンテナは口には出さなかった。
王太子はカークを部屋の外に待機させ、自分は持ってきた封筒を二通、テーブルに放った。王家の紋章の透かしが入った、上質な紙の封筒だ。
「紹介状だ。お前には、この書類を持って、とある場所に行ってもらいたい」
「ある場所?」
シャンテナとクルトは顔を見合わせた。
王太子はどっかり椅子に腰をかけ、脚を組む。
「旧フォエドロ家と、ミュテシー家だ」
「見つかったんですか? 関係者が」
「そうだ。サイクスがあらゆるツテを使って、この二家の末裔と接触したのさ」
どうやら、彼も汚名返上のため尽力していたようだ。そのことを聞いて、少しだけ、シャンテナは安堵した。あれ以降、サイクスとは顔を合わせていないので、どうなったのか気にはなっていたのだ。
「両家とも、断絶したのかと思っていました」
「エヴァンスと同じように、両家とも姓を変え、血脈は続いていた」
「血脈は……」
「ああ、技術は断絶していると聞いている。あくまでも、聞いているだけだがな」
「それじゃあ、鍵は……術式がわからない可能性もあるわけですね」
クルトの言葉に、王太子はうなずいた。
「まあ、行って話を聞いてきてくれ。それだけでも、なにか、解錠の手がかりになるかもしれん」
「しかし、殿下。シャンテナさんを連れて行くのは危険では」
クルトの言葉に、王太子は肩を竦めた。
「シャンテナが行けば話をするっつってるんだ、両家とも。行くしかねーだろ。じゃなけりゃ必要なものも揃わねえ。シャンテナは、俺が即位するまで、ずっと部屋に閉じこもってるしかねーぞ」
「私は、行きたいです」
部屋から出たい、というだけではない。自分以外の水晶庭師の末裔に、会ってみたい。そういう気持ちもあった。シャンテナは、紹介状を受け取り、クルトを見る。
「クルト、私、行くわ。いつまでもここでぼうっとしていられない」
「シャンテナさん……」
クルトは驚いた顔をした。あの晩の襲撃を忘れたのかと、その目は問うてくる。
「私は、あなたが守ってくれるっていうから、この都に来たんだけれど、それはもう終わった約束だってわけ。それとも自信がない?」
「ああ、なら、今度はカークに采配を任せるか?」
挑発の言葉に王太子がにやりとした。
「あなたが行かないなら、結構。ひとりで行くわ。殿下、今すぐ支度します」
立ち上がったシャンテナの腕を、クルトが掴んだ。苦笑まじりに。
「俺も連れて行ってください。最後まで、ちゃんとお供しますよ。そのつもりでしたから。殿下、構いませんか」
「もちろん。人手が必要なら、カークに相談しろ」
「ありがとうございます。ただ、平服で街中を行く分には、ふたりでのほうが小回りが効くので、……少し考えます」
「好きにしろ。ただし、シャンテナのことは絶対に守れよ」
「はい」
間髪入れず、力強く頷くクルトの横顔を見て、なんだか気恥ずかしくなって、シャンテナは目を逸した。
王太子がからかい混じりに言う。
「それよりクルト、お前、こういう時は、『連れて行ってください』じゃなくて、『連れて行ってやる』くらい言えよ。情けない」
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苦笑するクルトを横目に、シャンテナは思った。そのとおりだ、と。
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