傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第27話

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 呆気なく戦争は始まってしまった。同盟国の参戦によりこの戦争は大規模なことになることは確定していた。
 陽の国はアスタゴ合衆国に矛先を向けた。
 グランツ帝国はフィンセスへと侵攻を開始。リーゼ三機をその戦場に投入。
 マルテアにはノースタリア連合王国が軍を率いて攻撃を開始した。
 戦況としてグランツ帝国の侵攻は上手くいっていたと言えた。それに比べ、マルテアはノースタリア軍の猛攻に対し、防戦一方であった。
 そして、リーゼを乗せた陽の国の戦艦はアスタゴに向かっていた。
『間磯君。私が指揮官の岩松だ。飯島君と山本君は既に知っているだろうから君に忠告しておこう』
 聴きなれた声が彼のヘッドギアから響いた。
『独断行動は断じて許さない。もし、独断行動を行った場合は君の家族への資金援助を打ち切ることにしよう』
 淡々と告げられたその言葉に間磯は短く、「了解です」と返答する。
 間磯の答えに満足したのか、岩松もそれ以上を話さない。
『ーーさて、もうすぐアスタゴだ。準備をしたまえ』
 通信を聞いた間磯はリーゼがある船の外に移動する。今はまだ大洋を移動中であるが、アスタゴ合衆国に近づけば空撃される可能性もある。
 そうして辿り着いたアスタゴ合衆国の海岸で戦争が幕を開けた。
 アスタゴ戦線では、リーゼ一機がアスタゴの赤い機体と接触。
「硬い」
 後退りながらリーゼのパイロットである間磯が呟いた。
 リーゼは右手に大剣、左手には中距離砲、背中には二つの装備をつけている。
 大してタイタンは右手にハルバード、右腕に盾、左手には巨大な銃。速度はリーゼに劣るが、それでも基本性能は圧倒的にタイタンに軍配が上がる。
「何でロッソが……」
 現状に少しばかりの文句を垂れる。運が悪かったのか。
 アスタゴ上陸戦。
 これは中栄国の時ほどにうまく事が運ばなかった。待っていたというように目の前にはタイタンが立っていたからだ。
 リーゼとともにアスタゴに上陸した戦車、兵士は瞬く間に壊滅させられた。生き残った者は恐怖に怯えている。
 リーゼに乗っていては周囲の匂いなど少しも分かりはしないが、視界に映るそれは血の池地獄のように思える。
 そこらを舞う銃弾の嵐、噴き上がる血飛沫。血に染まっていく世界を背景に二つの巨像が向き合う。
「こんなところで死ぬつもりはない……」
 大剣を変形させ大きな盾へと変える。そして左手に持つ中距離砲を構える。
「やっとパイロットになれたんだ」
 中距離砲の引き金を引いた。ドオオンと、音を立てて砲弾が放たれた。
 砲弾はタイタンの体に当たるが盾によって簡単に凌がれる。
 煙が上がればそこには、傷一つなく立つタイタンの姿。
「これは、ヤバいかも……」
 VR訓練での成績はそこまで良いものではない。寧ろ、彼のVR訓練の成績は男性の中では最下位である。
 つまりは戦闘能力として、現段階、戦争に送られた中では最も弱い兵士と言える。
 ドスン。
 タイタンは地を揺らしながら一歩、右足を前に出した。
 戦争が始まる前に見た、巨大な血の色をした悪魔の姿を思い出す。
 それと何ら変わりのない姿をしたものが実物として彼の前に立っている。
「…………っ」
 ワナワナと恐怖に震える身体を間磯は無理やりに押さえ込む。恐怖に屈していては勝てるわけも、生き残る事ができるわけもない。
「こうなったらやれるだけ、やってやる……!」
 覚悟を決める。
 彼は盾を大剣へと変形させた。機動力を活かして、タイタンへと向かって走り出す。
 銃口が間磯の乗るリーゼに向けられた。

 ドォン、ドオオン……!

 そんな音が響く。タイタンの持つ銃から放たれた弾が地面に着弾した音だ。
「ーーそんなんじゃ、当たらないよ!」
 間磯はリーゼの姿勢を低くする。
 そして、リーゼの細身の体をタイタンの懐に潜り込ませ、大きな剣をタイタンの胸部へと突き立てた。
 その瞬間にハルバードが振るわれるが大きく後ろに飛び、迫る一撃を避けようとする。
 しかし、完全に避けることはできず、中距離砲を持った腕を断ち切られた。
「損傷はあるが、まずは一機退けた」
 この成果に間磯は満足するが、しかし、直ぐに満足は搔き消える。
 目の前には二機のタイタンが迫っていたからだ。
「は……?」
 信じられない光景だった。
 この時点でタイタンは最低でも三機の存在が確認できる。その一つ一つが信じられないことにリーゼを上回る機体性能を持っている。
 さらに言えば現在、間磯が乗っているリーゼに左腕が存在しない。これでは勝てるわけがない。
「ははっ……。何だよ、これ」
 乾いた笑いが口から漏れた。
「聞いてない……。こんなの聞いてない! ロッソがこんなに大量にあるなんて!」
 彼の頭の中にあるのは絶望だ。
 恐怖に支配されている。
 背中に装備されている大剣を取り出して盾を展開しようとするが、間に合わない。
 敵が撃ち放った銃弾によって右腕を吹き飛ばされる。
「待って! 待ってくれ! 死ぬわけにはいかないんだ!」
 腕がない。
 装備の意味がない。
 
 そして、彼に残された道はーー、
 
 
        死
      

 ーーだけだ。

 無情にもハルバードが的確に彼のいるコクピットを刺し貫く。
 ドスン。
 無理やり切り開かれるよう音がして、間磯の身体を抉り抜く。
 コックピットの中は不思議な液体と、間磯の体から溢れる赤が満たしていく。
「僕の、……ぼくの、ぼ、くの。……兄弟が……、家、族が……」
 残された兄弟達のためにも死ぬわけにはいかなかった。だと言うのに、世界はせせら笑うように間磯の命を終わらせる。
「死ね、ない……。死にたくない。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、いや、だ……」
 ゴポリと彼の口からグロテスクに赤が溢れでた。
「無理、なんだ……ゲホッ、うぁ、ああぅあ」
 呼吸ができない。
 それもそのはずだ。体が欠損してしまっているのだから。
 間磯の身体は、胸の下あたりから全てが無くなってしまっている。
「ヒュー……、フ、ヒュー……」
 燃えるような熱さが彼の身体を包んで、そして冷えていく。
 冬の大地に投げ出されたかの様な、凍えるような寒さだ。
 ズズズ。
 ゆっくりとハルバードが引き抜かれる。
 その時に彼のヘッドギアに一つの通信があった。
『間磯君。期待していたんだがね』
 失望したと言うような、そんな声も、もはや間磯の耳には届かない。彼の生命活動は既に停止してしまっていたから。
『残念でならないが、君はこれ以上我が国のために働くことはできないようだ。木っ端微塵に破壊してはダメだと言われてしまってね』
 本当に残念そうに岩松が言った。そうして、間磯のヘッドギアの通信は切れた。




 一つの奇跡が起きる。
 その奇跡は結局のところ、無意味なモノで、何の価値があったのかも分からないようなものだ。

 とある民家で家族が笑う。
 裕福な暮らしをして、笑顔が絶えない日々がそこにはある。
 夏には西瓜を食べて、秋になったらサツマイモを食べて、冬になればかまくらを作ってやって。雪玉を投げ合って。
 平凡で幸せな世界がそこには広がっていた。そうであって欲しいと願っていた。
 いつの間にか間磯は家の庭に立っていた。死んだばかりの筈。
芳樹よしき……、はな……』
 庭を駆け回る幼い兄妹。
 名前を呼ぶ声が届かなくて、通り抜けていく。触れることも、話すこともできない。認識されない存在なのだ。
 体はすり抜けていって、奥にある部屋に入っていく。
『母さん……』
 そこには白い布団の上で上半身だけを起こし、座っている女性が一人。淡い桃色の髪を伸ばしっぱなしにした五十代ばかりの女性だ。
 ここは、陽の国にある民家。
 その部屋には小さな窓が一つ。その窓は開かれていて、吹き込む風が白いレースのカーテンをゆらりと揺らした。
 女性は窓の外を見ていた。
 間磯はこの家を知っていた。知らないわけがなかった。
「た、くみ……」
 掠れた声で彼女は愛する息子の名前を呼ぶ。懐かしい声だった。弱々しいその声は温かさに満ち溢れている。
「ど、うか。無事に帰っ、て、きて……」
 彼女は身体が弱かった。
 そんな彼女は子供たちのために身を粉にして働いた。そんな女性に少しばかりの恩返しがしたかった。
 祈るように抱きしめたのは、間磯が訓練施設に入る前に手渡した小さな石のブレスレット。
『あ』
 ようやく気がついた。
 母は、家族は間磯巧とともに生きることを願っていた。もう無理だ。取り返せない。
 だって彼はーー。
『ごめん、ごめん母さん……! ごめんなさい、ごめんなさい……』
 死んでしまっているのだから。
 こぼれ落ちていく涙とともに、それを隠すこともせずに彼は謝り続けて、そして、彼の体は解けていく。
『ごめん芳樹、花……。もう、もう会えないから。ごめん、ごめんなさい……』
 何と言う親不孝。
 生きていてくれることを望んでいた母に対して、最低な答えを返してしまった。
 それでも。
『だから、だから。どうか幸せになってくれ……』
 幸せを願う。祈りを捧げる。それだけはタダなはずだから。
 程なくして、彼の体は完全に消えてしまった。
 これは彼が最後に見た夢なのかもしれない。幸せを、死の直前に夢見てしまったのかもしれない。家族を思ったからこそ見ることができた最後の奇跡。
 それでもやはり理不尽で、何をすることもできずに願うことしかできない。
 母の部屋にあった花瓶に入った花から花びらが一つ、ゆらりと落ちた。

 ーーけれど、この奇跡は間磯巧にとって価値のあるものだった。
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