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えぴろーぐ
1.
しおりを挟む「それで、どうだい。結婚生活は」
「はい、つつがなく……というか、とてもよくしていただいています」
秘書課職員は月に一度、役員との面談が実施される。
内容は職務のことや課の問題点の洗い出し、担当役員とのコミュニケーション状況など、さまざまなことについて自由にお話するもので、私からすれば気軽なティータイムのようなものだ。
秘書課に来た当初から会長が面談相手で、面談というよりも雑談が多い気がするのは、気のせいではないだろう。
いつも美味しいショートケーキを買っておいてくれる会長は、今日もにこにこと笑いながら、遼雅さんの家庭事情に興味津々だ。
今日は遼雅さんと思いを確かめあって以来、はじめての面談だった。これまでのらりくらりと明言を避けていたものの、きちんとお礼を言いたいと思ってきたところだった。
「会長のおかげで、大切な人と、結婚することができました。本当にありがとうございます」
一言、簡潔にまとめて告げて一礼すれば、目の前のソファに座り込んでいたおじいさんがより一層たのしそうに微笑んだのが見えた。
「そうかそうか。良いことだ。きみもようやく指輪を嵌めてくるようになって……、橘くんからもつい先日、同じように礼を言われてしまったよ。わしは何もしとらんのだがなあ」
どう考えても会長が繋いでくれた縁だというのに、忘れたふりをしているのか、本当に忘れてしまったのか。全くわからないところが可愛らしいところだ。
しかも、同じように遼雅さんが挨拶をしに来ていたことに驚いてしまった。本当に何から何まで気遣いのできる人だ。
「配置のことも……、よろしいんでしょうか?」
「うん?」
「そのまま専務付きの秘書でよろしいということで……」
遼雅さんがどうかけあってくれたのかは全く分からないのだけれど、人事部長からは配置転換は私が退職する理由ができたとき以外には考えていないと言われてしまった。
遼雅さんの同期らしいその人に「本当に橘と結婚したんだな?」とおかしな言葉をかけられてすこし笑ってしまった。
「どちらもよい働きをしてくれているのだから、問題ないんじゃないか? せがれがそう判断したのなら、わしは大歓迎じゃ」
気にした様子のない会長にほっと息を撫でおろして、ようやく肩の荷が下りた。
何気ない会話とケーキを楽しみながら、時間はすぐに過ぎ去ってしまう。役員面談はきっかり60分と決まっているから、時間を見て「そろそろ」と切り出した。
私が切り出さなければ、会長は永遠と楽しい話を聞かせてくれる。
ずっと聞いていたいけれど、会長がどれだけ多忙な人なのかは知っているから、こちらからスマートに席を立つことが秘書課における暗黙の了解だ。
「ん、もう時間かあ。佐藤さん」
「はい?」
「橘くんには良い返事をいただいたんだがね」
「ええ」
「うちは福利厚生をしっかり充実させているほうだ」
「はい、存じております」
「長らく仕事を空けても、ばっちり元の職務に就ける」
「はい、とてもよい制度だと思っております。青木さんも、それでお休み中ですし」
「うむ。そうなんだ。……ときに佐藤さん」
「はい? どうされました?」
おじいさんはいつも突拍子がない。
そのうえ、こうだと思ったら他の意見が聴こえなくなってしまうから注意が必要だ。
「わしは子どもが好きでね」
雲行きのあやしさに、いきなり背筋が伸びてしまった。まさか、会長にその手の話をされるとは思ってもいない。
「橘くんに、そろそろかわいい子どもの顔が見たいと言ったら、今すぐにでもと言っておったわ」
にっこりと笑って、ウインクをされてしまった。
遼雅さんも会長相手では、さすがにはぐらかすこともできなかっただろう。目に浮かんで苦笑をひっこめた。
頬があつい。
遼雅さんと一緒にいるからか、すぐに顔に出るようになってしまった。私の表情を見る会長が、すこしだけ目をまるくして、すぐに柔らかな笑顔に戻る。
「ほっほ、佐藤さん……。いや、橘さんもそんな顔をするんだね」
「え?」
「きみ、本当にしあわせそうだ」
満足そうな笑みに触れて、あいまいに笑っている。
誰の目に見ても明白なくらい、浮かれた顔をしてしまっているのだろう。
壮亮なら「その顔やめろ、ブス」と言ってくれる気がする。
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