あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
50 / 88
おさとうななさじ

4.

しおりを挟む

「抱きしめられたら眠れるって気づいたのは、その時ですか」

「あ……」


ふいに、初めの設問がなぜ「ありますか?」ではなく「ありますよね?」だったのか、理解できてしまった。

私がこの解決を導き出すには、抱きしめてくれるような相手が、必ず必要になる。

問いかける遼雅さんの目が、黒く光って見えた。いつもより、濃く色づいているような気がする。それはまるで、追い詰める者の瞳のようだ。

捕らえられたら、逃げ出せない。


「ううん……、そう、ですね。ただ、本当に気付いたのは、姉と眠っているときです」

「お姉さん?」

「はい、萌お姉ちゃんは、身体がぽかぽかしてるんです。でも、うーん。今は遼雅さんが一番かなあ。遼雅さん、平熱も高そうですよね」


元カレがどれくらいの熱だったのかは、うまく思いだせない。

それくらい姉と遼雅さんの腕の中は、心地がいい気がする。遼雅さんは落ち着く人でもあるから、他の人と比べるには、あまりにも違いすぎる。


「……柚葉さんは」

「はい?」

「結構、無自覚に人をあまやかしますよね」

「ええ?」

「どんどん欲張りたくなる」


瞳のあついきらめきが、すこしも消えてくれない。

どこまでも鮮やかになって、見せつけられているようにさえ錯覚してしまう。


遼雅さんのあまやかしは、毒だと思う。


「よくばる、とは……?」

「例えば、全部を俺の記憶に塗り替えたい、とか」

「ぬりかえ?」

「――俺にもあまやかさせてください、かわいい奥さん」


今日の旦那さんは、まだまだあまやかし足りないみたいだ。

一緒に作ったご飯を食べている間、遼雅さんはどこからどう見ても上機嫌な雰囲気だった。

どの角度から見てもにこにこと笑っていて、見つめるたびに「うん?」と声をかけてくれる。

お夕飯で食卓を囲むこと自体が久しぶりだから、遼雅さんとゆっくりご飯を食べていられる時間はものすごく貴重なもののような気がする。


「遼雅さんは、食べるのがきれいですよね」

「そう?」

「はい。はじめてお食事に行った時にも思っていました」

「あはは。あの喫茶店で、そんなこと思ってくれていたんだ」


あの日の遼雅さんは、ほとんどずっと申し訳なさそうな顔をしていた気がする。対する私はあんまり深く考えてもいなくて、逆に遼雅さんに心配させてしまったほどだった。

あの誠実で、気遣い上手の遼雅さんが、こうして私とゆったりとご飯を食べながら微笑んでくれるようになるなんて、すこしも思わなかった。


「俺も、柚葉さんがかわいい口で、ご飯を食べているところを見るのが好きです」

「ええ?」

「柚葉さん、ご飯を食べる時、いつもかわいい顔してますよ」

「かわいい顔? まぬけな顔じゃないですか?」

「あはは。かわいいです。ものすごく。……どれくらい見ていても飽きない」

「それは、言いすぎです」


まさかの返しにあってしまった。

小さなころから両親にも姉にも、そして義理の兄にも「美味しそうに食べてくれるね」と言われながら育ってきていた。

壮亮には「アホ面しながら食うな、ボケ」と言われてしまったから、それまで、身内の評価にあまえきっていた自分が恥ずかしくなったことを覚えている。


「そうくんには、アホ面だって言われます」

「そうくん?」

「あ、壮亮です。……峯田くん」

「ああ、峯田さん」

「私、実家ではずっとあまやかされてきた自覚があって。その、そうくんが、ばしっと言ってくれるので、ちょっとそれで、社会性が身についたというか」

「社会性?」

「……むかしは、思ったこととか、全部顔に出ちゃうほうだったんです。それもそうくんにたくさん言ってもらって、ようやく直せたんです」


壮亮との出会いは小学4年生だった。

突如現れた転校生が隣の席になった私はかなり浮かれていて、毎日うるさいくらいに声をかけ続けてしまっていた。

壮亮は昔からちょっとした言葉遣いで誤解を生みやすくて、周りからもこわい男の子だと思われてしまっていた。

無視されてもめげずに話しかけ続けて、ようやく言われた言葉が「うるせえブス」だったことを覚えている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

契約結婚に初夜は必要ですか?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
勤めていた会社から突然、契約を切られて失業中の私が再会したのは、前の会社の人間、飛田でした。 このままでは預金がつきてアパートを追い出されそうな私と、会社を変わるので寮を出なければならず食事その他家事が困る飛田。 そんな私たちは利害が一致し、恋愛感情などなく結婚したのだけれど。 ……なぜか結婚初日に、迫られています。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。

さくしゃ
恋愛
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。 「甘酒って甘くないんだ!」 ピュアで、 「さ、さお…ふしゅうう」 私の名前を呼ぼうとして呼べなくて。 だけど、 「し、しゅ…ふしゅうう」 それは私も同じで。 不器用な2人による優しい恋愛物語。 果たして私たちは 「さ…ふしゅぅぅ」 下の名前で呼び合えるのでしょうか?

処理中です...