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おさとうななさじ
4.
しおりを挟む「抱きしめられたら眠れるって気づいたのは、その時ですか」
「あ……」
ふいに、初めの設問がなぜ「ありますか?」ではなく「ありますよね?」だったのか、理解できてしまった。
私がこの解決を導き出すには、抱きしめてくれるような相手が、必ず必要になる。
問いかける遼雅さんの目が、黒く光って見えた。いつもより、濃く色づいているような気がする。それはまるで、追い詰める者の瞳のようだ。
捕らえられたら、逃げ出せない。
「ううん……、そう、ですね。ただ、本当に気付いたのは、姉と眠っているときです」
「お姉さん?」
「はい、萌お姉ちゃんは、身体がぽかぽかしてるんです。でも、うーん。今は遼雅さんが一番かなあ。遼雅さん、平熱も高そうですよね」
元カレがどれくらいの熱だったのかは、うまく思いだせない。
それくらい姉と遼雅さんの腕の中は、心地がいい気がする。遼雅さんは落ち着く人でもあるから、他の人と比べるには、あまりにも違いすぎる。
「……柚葉さんは」
「はい?」
「結構、無自覚に人をあまやかしますよね」
「ええ?」
「どんどん欲張りたくなる」
瞳のあついきらめきが、すこしも消えてくれない。
どこまでも鮮やかになって、見せつけられているようにさえ錯覚してしまう。
遼雅さんのあまやかしは、毒だと思う。
「よくばる、とは……?」
「例えば、全部を俺の記憶に塗り替えたい、とか」
「ぬりかえ?」
「――俺にもあまやかさせてください、かわいい奥さん」
今日の旦那さんは、まだまだあまやかし足りないみたいだ。
一緒に作ったご飯を食べている間、遼雅さんはどこからどう見ても上機嫌な雰囲気だった。
どの角度から見てもにこにこと笑っていて、見つめるたびに「うん?」と声をかけてくれる。
お夕飯で食卓を囲むこと自体が久しぶりだから、遼雅さんとゆっくりご飯を食べていられる時間はものすごく貴重なもののような気がする。
「遼雅さんは、食べるのがきれいですよね」
「そう?」
「はい。はじめてお食事に行った時にも思っていました」
「あはは。あの喫茶店で、そんなこと思ってくれていたんだ」
あの日の遼雅さんは、ほとんどずっと申し訳なさそうな顔をしていた気がする。対する私はあんまり深く考えてもいなくて、逆に遼雅さんに心配させてしまったほどだった。
あの誠実で、気遣い上手の遼雅さんが、こうして私とゆったりとご飯を食べながら微笑んでくれるようになるなんて、すこしも思わなかった。
「俺も、柚葉さんがかわいい口で、ご飯を食べているところを見るのが好きです」
「ええ?」
「柚葉さん、ご飯を食べる時、いつもかわいい顔してますよ」
「かわいい顔? まぬけな顔じゃないですか?」
「あはは。かわいいです。ものすごく。……どれくらい見ていても飽きない」
「それは、言いすぎです」
まさかの返しにあってしまった。
小さなころから両親にも姉にも、そして義理の兄にも「美味しそうに食べてくれるね」と言われながら育ってきていた。
壮亮には「アホ面しながら食うな、ボケ」と言われてしまったから、それまで、身内の評価にあまえきっていた自分が恥ずかしくなったことを覚えている。
「そうくんには、アホ面だって言われます」
「そうくん?」
「あ、壮亮です。……峯田くん」
「ああ、峯田さん」
「私、実家ではずっとあまやかされてきた自覚があって。その、そうくんが、ばしっと言ってくれるので、ちょっとそれで、社会性が身についたというか」
「社会性?」
「……むかしは、思ったこととか、全部顔に出ちゃうほうだったんです。それもそうくんにたくさん言ってもらって、ようやく直せたんです」
壮亮との出会いは小学4年生だった。
突如現れた転校生が隣の席になった私はかなり浮かれていて、毎日うるさいくらいに声をかけ続けてしまっていた。
壮亮は昔からちょっとした言葉遣いで誤解を生みやすくて、周りからもこわい男の子だと思われてしまっていた。
無視されてもめげずに話しかけ続けて、ようやく言われた言葉が「うるせえブス」だったことを覚えている。
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