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おさとうよんさじ

6.

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私が押さえつけていたはずの指先は、あっという間に恋人のように繋ぎ合わされていた。

どうやっても抗えない魅力を持った人がいる。


「まだ、身体がつめたい」

「あ、ついです」

「まだ、だめ」


もう、のぼせてしまいそうなのに、遼雅さんは丁寧に私の指先を握って、口元に寄せては口づけたり、舐めたり、かじったりしている。

いつもこうやって、同じように身体中に火をつけられるのに、何度見ても慣れない光景だった。


「りょうがさ、ん、あ、つい……っ」


必死に逃げようとしているのに、遼雅さんの手に捕まえられたら、どこにも逃げ場なんてない。

広いベッドにしようと言って、大きなものを買ったはずなのに、限界まで身体を近づけて放してくれない。


「だめだよ。まだ、どろどろになるまでしないと、つめたくなってしまうかもしれないから」

「な、らない、から……、ぁ」


愛されていると錯覚してしまうから、こまる。

恨めしい目で見つめたら、こまったような、愛らしいものをめでるような顔をした人が、指先へのキスをやめて抱きしめてくれる。

その腕の中がすきだ。

すごく、すきだ。もう、どこよりも安心できる場になってしまった。だからまずい。

「かわいい」

「かわいくな、あっ」

「もうふにゃふにゃだ」

「りょうがさん、が」

「うん、俺のせいです」

「もう……っ」

「たくさんあたためてあげるから、ゆるしてくれるかな」

「こ、いうこと、しなくても……」

「うん?」


一定の間隔で背中を撫でられている。やさしさにあまえて、いつまでもこの腕の中にいたくなってしまう。

どこまでも欲張りになってしまいそうで、自分がおそろしいのだ。


「抱きしめてくださるだけで、じゅうぶん、あたたかくて」


だから、もうやめませんかと、最後まで言い切ることは終ぞなかった。



ぐるりと視界が回った。

問いかける暇もなく誰かに押し倒されて、うすいひかりの中で、あつい瞳の遼雅さんが、ためらいなく私の口を、自分の口で塞いでしまったのが見えた。

吃驚して抵抗してみても、もう何度も共有した熱に抗う方法もない。


大胆な指先で触れる。

身体中を確認して、すこし前に見た時から何かが変わってしまっていないか、つぶさに見つめられているようだ。

遼雅さんのすべてに酔わされて、何かを考えている隙もなくなってしまう。


「柚葉」

「……ゆずは」


脳内に残る音が、遼雅さんの吐息と掠れた声だけになる。

ほかのすべてがかき消されて、ただ泣きそうな瞳で、見上げていることしかできない。


「かわいい」

「ゆず、かわいい」


いくつも囁かれて、否定しようと首を振るたびに口づけられる。

隅々まで触れて、身体の奥のおくまで攻め込まれたら、もう、何一つ正気でいられなくなっていた。


「あ、ぅ……っ!」

「しってますか」


どろりととろけてしまったキャンディみたいな声が、耳元で囁く。

ただ、聞いているような、聴こえていないような心もちで、遼雅さんの瞳にうつる、うつくしいひまわりのような光彩に見とれていた。

——ずっとみていたい。


「ゆず、」

「ふ、ぁ、っ……!」

「好きな匂いがする相手には、遺伝子レベルで、惹かれているん、ですよ」

「ん、あ、」


むずかしい言葉を並べられているような気がする。

いでんし、とすこしだけ唇に乗せようとして、知らないような高い声が、自分の喉に張り付いた。

こんなにもはずかしい声なのに、遼雅さんは、いつも嬉しそうな顔をしてくれる。だから、安心してまたどろどろになってしまうのだ。


「聞こえてる?」


聴こえている、はずだ。

けれど、何を吹き込まれていたのか、すこしも理解できていない。とろとろになった視界のなかで、遼雅さんがあまく微笑んでいる。


「おれのにおい、すきですか」

「う、あ……っにお、い?」

「うん、俺の匂い、すき?」

「……っあ、す、すき?」


におい、すき。断片的な声にぐるぐると思考が回って、抱きしめられたら、とにかく必死でうなずいていた。


「す、すきで、す」

「うん?」

「す、き」

「あはは」


どうしてこんなにも、あついのか。


「――それはうれしいな」


うれしいのか。それならよかった。

単純なことしか考えられなくなった頭で結論を出して、同じように笑って見せる。

私の表情を見た人が、とろけそうに瞳をあまくさせて、もう一度唇を重ねてくれた。


「ああ、もう、たまんないな」


あいまいな記憶が残るのは、どこまでだろうか。

ぴんと張り詰めた心地よさで、くたりと身体から力が抜けてしまう。

汗をかいた身体で抱きしめてくれている人の熱に、心底安心して、そのまま意識が揺らいでしまった。


「りょう……」


おやすみなさい、と声をかけることもできないまま、深い波に抗いきれずにぷつりと途切れた。



「ゆずは」

「ゆず」


心地よい寝息に包まれた寝室で、静かに囁いている。

頬を染めた柚葉は、しきりにつぶやいていた通り、あつくて仕方がなさそうだ。

頬を撫でて、手近に置いていたタオルで身体を拭きとってから、柚葉の身体を抱き込んで瞼を下す。


瞼の裏に、柚葉の濡れた瞳がうつる。


『こ、いうこと、しなくても……』



「……俺がしたいだけって言ったら、きみは怒るかな」


答えのない問いが、夜に滑る。

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