上 下
19 / 88
おさとうみさじ

3.

しおりを挟む

申し訳のなさそうな人の瞳が、やさしく胸をくすぐってくる。そういえば、社内でもそうして女性に好かれてしまった過去があると先輩から聞いていたかもしれない。

今更思い返しながら、ゆっくりと声をあげた。


「というと?」

「うん、俺、ダメなんだ」


橘遼雅にも苦手なことがあるのか。

いつのまにか、一人称が変わっている。すこし近しいところまで来られたのだろうかと思わせてしまうから、橘さんは危険な人だ。

二度の逢瀬だけで、たっぷりと理解してしまう。


「だめとは?」


わかっているのに問いかけた。水槽のブルーを受けた橘さんの密やかな瞳が、うつくしくきらめく。

欠点なんてどこにも見当たらない王子様が、やさしく笑っていた。


「つまり、どうしようもなく、あまやかしたいの」


あまやかしすぎて、相手を依存体質にしてしまうらしい。はじめて聞いた原因に驚きすぎて、しばらく言葉が出なくなってしまった。


「幻滅した?」

「いえ、」


滅相もない。

どこからどう見ても理想の男性なのに、結婚していない理由はそこにあったらしい。

本人としては結婚願望もあって——それはまあ、あまやかせる対象が欲しいからなのかもしれないけれど——ぽろりと会長に漏らしたところ、あの縁談にたどり着いたらしい。



「なんだか、俺のことばかり話してごめんね」

「いえいえ、貴重なお話を聞いてしまった気がします」

「あはは、誰もこんな男の話、興味ないと思うけど……、そうだなあ、佐藤さんは? 結婚願望はあるの?」

「私、ですか?」

「結婚しましょうかって言ってくれるから、本当にびっくりして。……彼氏はいないってことでいいのかな」


二度目のデートで今更だ。

すこし気恥ずかしくなって、クラゲを見ながら考えてみていた。自分の理想が、非現実的なものであることは知っている。

実は私の理想とは父と母と、姉夫婦の恋愛について聞き知ったものがすべてだった。

この2組の実体験を聞いて育った私は、世の中には優しい男性しかいないのだと信じ切っていた。

だからだろうか。壮亮に出会ったときには、かなり面を食らってしまった。

会うたびにブスとか馬鹿とか、のろまとか、そんなことばかりを言われる青春時代だった。

びえびえ泣いていたのは初めのうちだけで、そのうち顔に出ることもなくなってしまった。

今思い出してもちょっと悲しい記憶だけれど、容姿が綺麗じゃないことを自覚させてくれただけ良いのだろう。

やさしい人と付き合ってみても、なかなか感情を表現できなくて「何を考えてるのか、わからない」と別れを切り出されるばかりだ。


寂しくなるたびに姉夫婦のマンションに飛び込んで、お姉ちゃんに抱きしめてもらいながら眠っていたのを覚えている。というか、ほんの2年前くらいまで同じことをやっていた。

結婚して、小さな子どもまで育てる姉から、そろそろ独り立ちしなければならない、とは思っていた。

社会人になってからは、どんなに寒くて夜中に目が覚めたとしても、誰かを頼るのはやめようと決めていたところだった。

頭の中で自分の恋愛遍歴を思い浮かべて、苦笑してしまった。素敵な王子様にお話しできるような事情ではない。


「彼氏は、そうですね。しばらくいないです。結婚願望は、ないわけではないですけど……」


姉夫婦のような穏やかな家庭にあこがれる一方で、自分ではできないだろうとも諦めている。


「好きな人も長らくいないので、すこしあきらめ気味です」


好きでいてくれる人なら、どんな人でもいいとは思う。理想と現実は違うとも思う。


「あきらめ気味、かあ。佐藤さん、可愛いから引っ張りだこだろうに」

「ええ? それは橘さんのほうです」

「俺は、うーん、仕事しかしてないつまらない男だよ」

「かっこいいですよ。いつもお仕事に一生懸命で、きらきらしています。きっと素敵な橘さんに引き寄せられて、好きになりすぎてしまうんですね」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
2021 宝島社 この文庫がすごい大賞 優秀作品🎊 24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...