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おさとうみさじ
3.
しおりを挟む申し訳のなさそうな人の瞳が、やさしく胸をくすぐってくる。そういえば、社内でもそうして女性に好かれてしまった過去があると先輩から聞いていたかもしれない。
今更思い返しながら、ゆっくりと声をあげた。
「というと?」
「うん、俺、ダメなんだ」
橘遼雅にも苦手なことがあるのか。
いつのまにか、一人称が変わっている。すこし近しいところまで来られたのだろうかと思わせてしまうから、橘さんは危険な人だ。
二度の逢瀬だけで、たっぷりと理解してしまう。
「だめとは?」
わかっているのに問いかけた。水槽のブルーを受けた橘さんの密やかな瞳が、うつくしくきらめく。
欠点なんてどこにも見当たらない王子様が、やさしく笑っていた。
「つまり、どうしようもなく、あまやかしたいの」
あまやかしすぎて、相手を依存体質にしてしまうらしい。はじめて聞いた原因に驚きすぎて、しばらく言葉が出なくなってしまった。
「幻滅した?」
「いえ、」
滅相もない。
どこからどう見ても理想の男性なのに、結婚していない理由はそこにあったらしい。
本人としては結婚願望もあって——それはまあ、あまやかせる対象が欲しいからなのかもしれないけれど——ぽろりと会長に漏らしたところ、あの縁談にたどり着いたらしい。
「なんだか、俺のことばかり話してごめんね」
「いえいえ、貴重なお話を聞いてしまった気がします」
「あはは、誰もこんな男の話、興味ないと思うけど……、そうだなあ、佐藤さんは? 結婚願望はあるの?」
「私、ですか?」
「結婚しましょうかって言ってくれるから、本当にびっくりして。……彼氏はいないってことでいいのかな」
二度目のデートで今更だ。
すこし気恥ずかしくなって、クラゲを見ながら考えてみていた。自分の理想が、非現実的なものであることは知っている。
実は私の理想とは父と母と、姉夫婦の恋愛について聞き知ったものがすべてだった。
この2組の実体験を聞いて育った私は、世の中には優しい男性しかいないのだと信じ切っていた。
だからだろうか。壮亮に出会ったときには、かなり面を食らってしまった。
会うたびにブスとか馬鹿とか、のろまとか、そんなことばかりを言われる青春時代だった。
びえびえ泣いていたのは初めのうちだけで、そのうち顔に出ることもなくなってしまった。
今思い出してもちょっと悲しい記憶だけれど、容姿が綺麗じゃないことを自覚させてくれただけ良いのだろう。
やさしい人と付き合ってみても、なかなか感情を表現できなくて「何を考えてるのか、わからない」と別れを切り出されるばかりだ。
寂しくなるたびに姉夫婦のマンションに飛び込んで、お姉ちゃんに抱きしめてもらいながら眠っていたのを覚えている。というか、ほんの2年前くらいまで同じことをやっていた。
結婚して、小さな子どもまで育てる姉から、そろそろ独り立ちしなければならない、とは思っていた。
社会人になってからは、どんなに寒くて夜中に目が覚めたとしても、誰かを頼るのはやめようと決めていたところだった。
頭の中で自分の恋愛遍歴を思い浮かべて、苦笑してしまった。素敵な王子様にお話しできるような事情ではない。
「彼氏は、そうですね。しばらくいないです。結婚願望は、ないわけではないですけど……」
姉夫婦のような穏やかな家庭にあこがれる一方で、自分ではできないだろうとも諦めている。
「好きな人も長らくいないので、すこしあきらめ気味です」
好きでいてくれる人なら、どんな人でもいいとは思う。理想と現実は違うとも思う。
「あきらめ気味、かあ。佐藤さん、可愛いから引っ張りだこだろうに」
「ええ? それは橘さんのほうです」
「俺は、うーん、仕事しかしてないつまらない男だよ」
「かっこいいですよ。いつもお仕事に一生懸命で、きらきらしています。きっと素敵な橘さんに引き寄せられて、好きになりすぎてしまうんですね」
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