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第4話 緑の丘 : 私をいつも励ましてくれる、緑の丘と、クジラのバンダナ。

4.小さな背(3/4)

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私は、冒険生活だった為いつもパンツスタイルなのだが、デュナやフローラさんはいつ見てもスカートをはいている気がする。
こういう時困りそうだな……。
ああ、けどデュナだったらスカイを椅子にしたりするのかも知れない。
さらりと酷い想像をしてしまってから、やっぱりデュナならやりかねない。と小さく頷く。
「足……辛いか?」
ぺしょんと座ってしまったっきり、俯いたままだった顔を上げると、スカイが心配そうに覗き込んでいた。
「うーん……ちょっとだけ……」
家を出て、まだ5分も歩いてはいなかったけれど、正直足は思った以上にがくがくしていたし、背中や肩も痛かった。
そうっとふくらはぎを擦る。
「お、お、俺が、負ぶってやっても、いい、ぞ……」
なんだか最後の方は消え入りそうだった申し出に、もう一度顔を上げると、スカイはあらぬ方向を向いていた。
……私に言ったんだよ、ね?
一応聞いてみよう。
「誰に言ってるの?」
「お前だよっ!!」
と、怒鳴るスカイは相変わらずこちらを見ない。
怒鳴り声に一瞬ビクッとしたものの、なんだか大分慣れてきたように思う。
お前と言われると困るんだけど、私……だよね?
「いいよ。スカイ君私より背低いし。大変だよ」
スカイは小さな頃から、ひとつ年下の私より背が低かった。ほんの少しだけれど。
それでも、大人達に囲まれて育った私から見て、スカイはとても細くて小さな男の子だった。
「……低くない」
え、低いよ……。
思わぬ返事にちょっと面食らう。
「伸びた」
「ええ……?」
相変わらずこちらを見ないスカイが、口を尖らせて言うのがちらと見える。
「ちょっと立ってみろ」
うーん。しょうがないなぁ。
疲れた体を引っ張り起こしてその場に立つ。
私に背中を合わせるように立ったスカイの背は、確かに伸びていた。
「あ。ほんとだ、一緒だね」
私より高くはなっていなかったけれど、ほぼ同じくらいの高さに思える。
笑いながら振り返ると、なんだかスカイが物凄く悔しそうにしていた。
もしかして、私より伸びてたつもりだったのかな?
「……とにかく、低くなかっただろ?」
「うん」
「だから、俺が負ぶってやるって」
スカイが私の前に屈んでその小さな背中を差し出す。
……だ、大丈夫なんだろうか。
何せ、ここから先は急な上り坂だ。
体重だって私と大差無さそうなスカイの背は、ともすれば私より小さいんじゃないかと思えるほどに華奢だった。
いつまでもおろおろとためらう私に業を煮やしてか、スカイが声を荒げた。
「いいから乗れ!!」
怒鳴りつけられて、慌てて目の前に背に飛びつく。
スカイが、その小さな両足を精一杯踏ん張って、ぐっと立ち上がる。
つい自分にも力が入ってしまう。

両足が地面から離れただけで、なんだか感動してしまった。

ふらり、ふらりと時折左右に揺れながらも、スカイはそのまま、私を背負って一歩一歩確実に坂を登って行った。


目の前で小さく揺れている一抱えほどの黒い塊。
顔を近づけると、それはスカイの熱と蒸気でぽかぽかしていた。

ほんの数日前に、初めて子クジラを抱いたときの感触を思い出す。
温かかったな……。
鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなる。

「……クロマル……」

私がぽろりと零した言葉に反応して、キュイーと、鳴いた。スカイが。

「……」
「…………」
居たたまれない沈黙。

「……スカイ君……?」
「………………っなんだよ!!」
「な……なんでもない……」
スカイの背中が急激に熱くなってゆくのを感じながら、言葉を引っ込める。
揺れる青い髪にちらちらと隠れる耳も、赤く染まっていた。

ふと顔を上げると、先程までとは全く違う景色が広がっている。
いつの間にか、坂の半分まで登っていたようだ。
「うわぁー。海だ……」
丘の向こう側、遥か彼方にキラキラと光を放つ水面が見える。
「もっと上見てみな」
上?
スカイに言われるままに、視線を上げる。
海の上空には、まるで海面をそのまま鏡にでも映したかのような
光を反射してたゆたう水面があった。

「……浮海?」
「ああ、天気がいいとよく見えるんだ」
「初めて見た……」
両親から話を聞いた事はあったけれど、実際目にするのは初めてだった。
本当に、海が浮いてるように見える……。
「綺麗だろ?」
「うん、すごく綺麗……」
ずっと向こうに浮かんで見える大きな海を眺めながら、うっとりと目を細める。
その瞬間、スカイがバランスを崩した。
「うわっ」
「わぁ」
持ち直せずに、べしょっと潰れたスカイにのしかかる形で倒れこむ。
うわわ、スカイ君潰しちゃった。
慌ててスカイの背から降りると、スカイが私より慌てた形相で跳ね起きた。
「ど、どっか痛いとこないか!?」
スカイの勢いに押されて、若干後ずさる姿勢で返事をする。
「え? えーと……うん、大丈夫」
「そっか、よかった……」
ほっと胸を撫で下ろすスカイの肘に、擦り剥けたばかりの傷があった。
「スカイ君の方が怪我してるよ」
私に指さされて、スカイが自分の肘を見る。
「ああ、このくらいなんてことない」
そう言って胸を張るスカイが、本当に屈託なく笑うので、私もつられて苦笑する。

丘の上まであともうちょっと。
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