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かげらの子
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しおりを挟む天気がいい日は幾分ましだったが、使い物にならないだろう と告げられた右足は今も酷く痛む。両腕と、両足とを折られた事を思えば駄目になったのが右足だけで幸いだったのだろう と、捨喜太郎は病院で目覚めた際の妹の憔悴ぶりを思い出して俯く。
まだ若い、花が綻ぶような年だと言うのに、目覚めるまで と傍らに寄り添い続けてくれた妹は、心労に身を窶して萎れたように見えた。
意識を取り戻して、状況を理解して……すぐにこの村へと戻ろうとしたが、妹や母に泣かれ、弟に怒られ、最後には父に諭されてそれは叶わなかった。いや、好きにしろ と言われた所で体中の骨を折られていた捨喜太郎には、ここに戻ってくる事は出来なかっただろう。
「…………音が 」
道祖神を大分過ぎ、繰り返される坂道に差し掛かってもあの雀遣りの音は響いては来なかった。
風向きのせいだろうかとも考えたが、あの音は村中で聞こえていたのだからそれはあり得ない と首を振る。
そして何より、考えられない異様な物があった。
「……どうして」
何よりもまず宇賀に会おう としていた捨喜太郎の足を止めさせたのは、草に塗れた畑と住む人間がいない事が一目で分かる程寂れた家だった。
それが、一軒ではない。
「…………」
ぶるりと悪寒を感じて、上手く動かない足を引き摺って坂道を上がると、坂の先にある他の家よりも大きい屋敷が目に入った。そしてその前に、ゆらゆらと不規則に体を揺する影が見える。
そしてその影が口ずさんでいる田植え唄が、風に乗って耳に届いた。
「 ────っ 崎上さん‼︎」
硬質な、冷たそうな印象を受ける声が止み、振り返って捨喜太郎を見た途端にその細い目を丸くする。
驚きすぎたのか、ぱく と口を幾度か開いたり閉じたりした後、なんとかと言う風に「お久しぶりです」と言う言葉を絞り出して見せた。
十中八九……いや、それ以上の確率で再びこの村から叩き出される事を覚悟していただけに、そう返されて捨喜太郎は糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
「榎本さ⁉︎大丈夫ですか……」
「いえ 何ともありません……すぐにそちらに行きます」
杖に縋らないと立ち上がる事も出来ない自分を見て、宇賀はどう思うだろうかと言う不安もあったが、捨喜太郎はとにかくもう一度あの凪いだ湖面のような瞳を見たい、細くてしなやかな体を抱き締めたいその一心で必死に屋敷前の坂を上がる。
久しく見るその家は……村の他の家同様に精彩を欠いたように見え、切れる息を整えるふりをしながら思わず立ち竦んだ。
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