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青い正しい夢を見る
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しおりを挟む病院の匂いに落ち着かなくて、「もう大丈夫だから」と言う野村さんの手を離す事が出来ない。
まるで僕の方が怪我人のような顔色をしている と野村さんは笑顔を見せてくれるけれど、それは弱弱しくていつもの笑顔とは違い過ぎた。
付き添うしかできない僕が項垂れて視線を足元に遣ると、火傷を負った足が見えた。
今はガーゼに覆われているけれど……
動く度に皮膚が攣るのか彼女は辛そうで。
「 す すみませ 」
どうして……
「遥歩さんが気にする事じゃないの」
どうしてこの人は僕を庇ったんだろう?
「気にしないの」
どうしてこの人は僕の背中を優しく撫でるのか?
僕に文句を言う事だって出来る筈なのに、どうして?
Ωで、
Ωなのに、
子供も産めない僕なんかを……
「大丈夫よ」
簡単ですぐに口に出してしまえるようなその言葉を貰えた事にほっとして、こちらが支えないといけないのに野村さんの促しのままにその肩に体重を預ける。
背中をトントンと宥められる気持ちよさに、心が震える気がして拳を握った。
父は、忙しい人だった。
母は、幼い頃に他界した。
義母は、正直、僕の事を良く思っていなかっただろう。
だからこうやって慰められたのは、初めてだった。
悲しい事も辛い事も、じっと息を潜めるようにして耐えれば過ぎ去って、それでいいと思っていたから。
「 ど して、僕に優しくしてくれるんですか?」
余程不安な顔をしていたのか、背中を撫でていた手がぎゅっと肩を抱いてくれて……
「遥歩さんの事が大切だからよ」
小さな嗚咽混じりの言葉に応えるように、僕も手を握り返した。
僕を庇った野村さんに、大奥様達の反応は冷ややかで。
元々よい待遇とは言えない扱いだったのに、それが更に酷くなったように感じる。
それもあって、あの事があってからは大奥様達の前ではあまり話をしないようにして、わずかに取れる賄いの時間にひっそりと会話をするようになった。
そんな二人の間に、どこか戦友めいた絆が出来たように感じるのは僕の気のせいじゃないと思いたい。
「そこは どうしたの?」
僕の体にある傷の事を聞く時の医者の声は硬質で冷たくて、どうしても怖く思えて口を噤んでしまう。
怯える風な僕を見るとはっとして口調を和らげてくれるけれど、動きの端々に苛立ちが垣間見えてしまって、申し訳なくて俯くしかできない。
「転んで ぶつけました」
今朝、大奥様に茶碗を投げつけられた箇所は髪では隠しようがなくて、そう嘘を吐いてしまった。
何か言いたげな医者を遮るように「大丈夫です」と頭を下げると、僕を追いかけるように一つ溜め息が聞こえる。
「 ちゃんとご飯は美味しい?」
「はい」
この医者は、この質問をよく僕にした。
「楽しい事ある?」
「はい」
いつも通りの質問に、僕はいつも頷くだけだ。
「夜眠れてる?」
「 頂いているお薬が、良く効いています」
いつも沈み込むような、青い青い澱の中に沈んで行く眠りは、まともな眠りかと問われれば疑問があるけれど、それでも体は休まる。
だから、僕はきちんと眠れているし、楽しい事はあるし、食事も美味しく食べる事が出来ている。
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