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ひざまずかせてキス
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しおりを挟む柄にもない事をしているのは百も承知で、相良に笑われたら羞恥で死ねるかもしれないと思いつつ、そろりと視線を上げた。
「 」
「 似合わない事をするもんじゃないな」
一瞬、こちらを見下ろす目の中の感情は複雑で、きっとすべては読み切れなかったと思う。
けれど、笑いなどのプラスの感情一辺倒ではなかった。
「忘れろ」
そんな可愛らしい事をした所で、似合っていないのだから無駄だった。
「や 覚えとくよ!すっげ、かわいかった!」
「かわ 何言ってるんだ」
また馬鹿らしい事を言い出して……と苦笑しながらスーツに入れたままにしておいた携帯電話を取り出し、時間を確認した瞬間血の気が下がった。
「なんっ なんでこんな時間なんだっ!嘘だっ鳴らなかったのか⁉」
「アラーム?止めといたよ?」
「何してるんだ!」
皺のあるワイシャツに袖を通し、スーツを慌てて身に着けて玄関へと飛び出す。
「このっ この事については次の時に覚えてろよっ!」
「俺すぐ忘れるからム~リ~」
恥ずかしくないのか、玄関まで全裸で出てきては相良は暢気に欠伸した。
「慌ててたら運転アレだろ?俺が送って行こうか?」
「結構だっ!」
そう怒鳴ってアパートの扉を蹴りつけるように閉めると、勢いで戸が撓ったまま戻らなくなったようだったが……見ないふりをして急いで車に乗り、警察に停められない運転で急いでそこを離れた。
助手席に放り出した携帯電話に視線が行く。
無言で車を走らせ、つかたる市に近いコンビニの駐車場に車を止めて深く息を吐き出した。
大神ならばこんな時、煙草の一本でも吸って心を落ち着かせるのかもしれないが、残念な事に煙草を吸う習慣はない。
二度目の深呼吸の後、携帯電話を取り上げて『Raguil』と名前の付いたアプリを押す。
緩やかに、赤い指先程の楕円の丸が動き出す。
それを目で追い……
止まる先を見て……
開かれた電話帳やスケジュールアプリに深く眉間に皺が寄るのを感じた。
「 ──── 」
罵り声も出せないまま、オレは三度目の深い深呼吸を吐いた。
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