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狼の枷
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しおりを挟むテレビのドラマで見かける活気溢れる病院と違いすぎて、あかは作り物の病院に紛れ込んだんじゃないかと辺りを見回した。
一つの病室の前で立ち止まる。
名札には名前は書かれておらず、ピンク色の桜のシールがそこに貼られているだけだった。
「 ─────そは 愛。 せつせつと せつせつと」
扉の向こうから、か細い女性の声が耳に届く。
呟くような、
囁くような、
詩を朗読しているのか、通りの良い声だとあかは感じた。
大神が扉を開けると、ベッドの上の女性が本からはっと顔を上げて笑う。
ぱっと 周りを明るくさせるような、満面の笑み。
枯れ枝のように窶れていたのが、花が咲くような笑顔の為か、儚げに見えた女性に一気に生気が戻ったようだった。
「さとくん!」
「今行く、座ってろ」
膝の上の本を落とす勢いで、女性は大神に駆け寄ろうとした。
筋肉のない、細い脚は体を支える事ができるのか怪しげで、こちらから歩いて行く大神の判断が正しいと思わせる。
細い面の、儚い……
服の上からでも肩の骨の形が分かるほど華奢な彼女を労るように、大神は乱れた掛け布団を丁寧に直してやっていた。
「来てくれたの嬉しい。会いたいなぁって思たら、会えたのって めっちゃ素敵やね」
「そうだな」
ベッドの端に腰を掛け、大神は滅多に見せない穏やかな微笑を浮かべる。
女性の顔に掛かる長い髪を払ってやり、一言二言話しては穏やかに笑いを溢す。
「ねぇねぇ、さとくん。あちらは?」
ちょいちょいと裾を引き、ひそりと大神に聞いたつもりなのだろうが、良く通る声のせいかその疑問はあかの元までしっかりと届いていた。
「うちの組で世話する事になった新人だ」
「まだ小さい子やないの?」
「もう十分大人だから」
「そうなん? ────ねぇそこの子、しっかりやるんよ?大変やろけど、負けたあかんよ?」
急に話を振られて、あかはぴっと背筋を伸ばす。
「は はい」
「さとく……ぁ、大神も厳しいやろけど、頑張るんよ?」
「 はい」
返事の中に戸惑いの色を見つけたのか、女性ははっとなって背筋を正す。
そうすると、大神と話している時のような雰囲気が薄れて、年相応な大人の女性に見えて、それがあかには不思議だった。
「挨拶がまだやったね、私は 」
ちらりと大神を見て、嬉しそうに顔を赤らめる。
「 大神の妻の、咲良言います」
小さくはにかんで笑うその女性は、満開の桜のように華やかだった。
END.
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