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第二話「悪夢の調査」
~剛昌と百姓達~
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春栄が国王として無事に国を継ぎ、数ヶ月が過ぎた頃、城下町ではある噂が広まりつつあった。剛昌は泯からその話を聞きつけ、他の大臣達に分からぬよう秘密裏に動いていた。
剛昌は噂の真相を確かめるべく、兵士を同行させて城下町を出歩き、兵士二人は顔を隠して剛昌の後に続いていた。一人の兵士は顔を覆うことに躊躇っていたが、「これも任務だ」と剛昌に諭され、渋々着けていた。
城下町を西へ東へ歩いている時、町角で百姓二人が世間話をしている所に遭遇した剛昌は、その会話に足を止めた。
「怖いわねえ……」
「あそこの村の商人も見たらしいわよ」
「本当?」
「うん、もう怖くて荷物を置いて逃げ出したって」
「嫌ねえ、元々山の方にあるからいいけど……そう言えば貴方、家が近いんじゃない?」
「そうなの、だからどうしようかって旦那に相談してるんだけど、全然話を聞いてくれなくて」
「一人でこっちの方に引っ越しなさいよ」
「そんなお金ないわよ。でも、本当に恐ろしいわねえ……」
剛昌は二人の背後に立っていたが、百姓は気付かずに話し続けていた。
話に終わりが見えないと悟った剛昌は後ろから静かに二人に声をかけた。
「何かお困り事か?」
剛昌が尋ねると同時、後ろに居る兵士二人は柄に手を当てたが、剛昌が手を上げると二人は構えるのを止めて直立した。
「あ……あ……」
急に大臣に話しかけられた百姓達は言葉も出ないまま、慌てふためき正座をすると額を地面に当てていた。剛昌はいつもの光景に慣れているものの、聞きたい事を直ぐに聞けない事に少しだけ苛立ちを覚えた。
「いやいや、そんなに恐れるな。それよりも何が怖いのだ?」
「そそ、そんな、剛昌様に話すようなことではございませぬ!」
「そ、そうですとも!」
二人の百姓は目の前に現れた大臣である剛昌にただ怯えていた。
「話さねば其方らも俺も動けんままだ。さあ、話してみよ」
「い、いえ、本当にお気になさらないでくださいませ……」
「なら、ずっとこのまま待たせるのか? 私は別に気にしないが、其方らも帰らねばなるまい」
地に伏せる百姓二人を交互に見ながら、剛昌は諭すように呟いた。
「そ、それは……」
「いや、でも……」
「いいから、申してみよ。どんなことでもいい」
言葉に詰まる百姓に、剛昌は膝をつき、二人の肩にそっと手を置いた。
「は、はい。そ、それが……」
そこからは一人の百姓が淡々と事の経緯を話してくれた。百姓の話ではここ最近、東の山にある黒百合という村で変な噂が流れているということだった。
村に住む者達が夜な夜な悪夢に魘されるといい、村へやってきた商人も、夜が遅いと言われ村人に言われて泊まると、その悪夢を見て飛び起きたという。
「それで、その悪夢というのは?」
「はい。それが、夢の中で知らない者達が現れて『助けて』と繰り返し呟いては、下から自分の身体へと這いずってくるらしいのです……細い手足にボロボロの身体、服を掴んでくる手は力強く、その手は最終的に首を絞めてくるそうです……」
探し求めていた噂話と合致し、剛昌は顎に手を添えた。
「ふむ……」
「剛昌様、このような戯言、どうかお忘れくださいませ……」
緊張しているのだろうか、百姓の声は震えていた。
剛昌は優しく声を掛けたつもりだったが、押さえきれない威圧感に、周りに居合わせた民も心配そうに見つめていた。
剛昌は周囲の目を気にせずに百姓へ話しかける。
「其方らはそれを聞いて怖いと思ったのだろう」
「は、あ、いえ、そんなことは……」
「気を遣わんでもよい。話を止めて悪かったな」
「そ、そんな滅相もありません!」
「少し待ってくれ」
剛昌は懐から金を取り出すと、百姓二人にそれを差し出した。
「これは謝礼だ。遠慮せず受け取れ」
「こ、こんな、受け取れません……」
「受け取らぬなら、受け取るまで待ってみようか?」
「それは……」
「いいから、受け取っておけ。別に取り立てたりはせぬ」
剛昌は百姓の二人に個々に金を渡すと、ゆっくりと立ち上がった。
「では、失礼する。お前たち、王城へ戻るぞ」
「はっ!」
「剛昌様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
去っていく剛昌に百姓は延々とお礼を言い続けていた。止まない声に剛昌は振り返らずに手だけで別れの挨拶とした。
剛昌は噂の真相を確かめるべく、兵士を同行させて城下町を出歩き、兵士二人は顔を隠して剛昌の後に続いていた。一人の兵士は顔を覆うことに躊躇っていたが、「これも任務だ」と剛昌に諭され、渋々着けていた。
城下町を西へ東へ歩いている時、町角で百姓二人が世間話をしている所に遭遇した剛昌は、その会話に足を止めた。
「怖いわねえ……」
「あそこの村の商人も見たらしいわよ」
「本当?」
「うん、もう怖くて荷物を置いて逃げ出したって」
「嫌ねえ、元々山の方にあるからいいけど……そう言えば貴方、家が近いんじゃない?」
「そうなの、だからどうしようかって旦那に相談してるんだけど、全然話を聞いてくれなくて」
「一人でこっちの方に引っ越しなさいよ」
「そんなお金ないわよ。でも、本当に恐ろしいわねえ……」
剛昌は二人の背後に立っていたが、百姓は気付かずに話し続けていた。
話に終わりが見えないと悟った剛昌は後ろから静かに二人に声をかけた。
「何かお困り事か?」
剛昌が尋ねると同時、後ろに居る兵士二人は柄に手を当てたが、剛昌が手を上げると二人は構えるのを止めて直立した。
「あ……あ……」
急に大臣に話しかけられた百姓達は言葉も出ないまま、慌てふためき正座をすると額を地面に当てていた。剛昌はいつもの光景に慣れているものの、聞きたい事を直ぐに聞けない事に少しだけ苛立ちを覚えた。
「いやいや、そんなに恐れるな。それよりも何が怖いのだ?」
「そそ、そんな、剛昌様に話すようなことではございませぬ!」
「そ、そうですとも!」
二人の百姓は目の前に現れた大臣である剛昌にただ怯えていた。
「話さねば其方らも俺も動けんままだ。さあ、話してみよ」
「い、いえ、本当にお気になさらないでくださいませ……」
「なら、ずっとこのまま待たせるのか? 私は別に気にしないが、其方らも帰らねばなるまい」
地に伏せる百姓二人を交互に見ながら、剛昌は諭すように呟いた。
「そ、それは……」
「いや、でも……」
「いいから、申してみよ。どんなことでもいい」
言葉に詰まる百姓に、剛昌は膝をつき、二人の肩にそっと手を置いた。
「は、はい。そ、それが……」
そこからは一人の百姓が淡々と事の経緯を話してくれた。百姓の話ではここ最近、東の山にある黒百合という村で変な噂が流れているということだった。
村に住む者達が夜な夜な悪夢に魘されるといい、村へやってきた商人も、夜が遅いと言われ村人に言われて泊まると、その悪夢を見て飛び起きたという。
「それで、その悪夢というのは?」
「はい。それが、夢の中で知らない者達が現れて『助けて』と繰り返し呟いては、下から自分の身体へと這いずってくるらしいのです……細い手足にボロボロの身体、服を掴んでくる手は力強く、その手は最終的に首を絞めてくるそうです……」
探し求めていた噂話と合致し、剛昌は顎に手を添えた。
「ふむ……」
「剛昌様、このような戯言、どうかお忘れくださいませ……」
緊張しているのだろうか、百姓の声は震えていた。
剛昌は優しく声を掛けたつもりだったが、押さえきれない威圧感に、周りに居合わせた民も心配そうに見つめていた。
剛昌は周囲の目を気にせずに百姓へ話しかける。
「其方らはそれを聞いて怖いと思ったのだろう」
「は、あ、いえ、そんなことは……」
「気を遣わんでもよい。話を止めて悪かったな」
「そ、そんな滅相もありません!」
「少し待ってくれ」
剛昌は懐から金を取り出すと、百姓二人にそれを差し出した。
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「それは……」
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剛昌は百姓の二人に個々に金を渡すと、ゆっくりと立ち上がった。
「では、失礼する。お前たち、王城へ戻るぞ」
「はっ!」
「剛昌様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
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