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第一話「春桜の死」
束の間の休息
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二人の目の前には多くの僧侶達が歩いていた。翠雲と剛昌に気付き、僧侶の集団が廊下の端へと一列に並んで道を開ける。すれ違う間、僧侶達はずっと頭を下げ続けていた。
翠雲は一人一人丁寧に微笑み、剛昌は反対に終始不愛想だった。
「長い間、一緒に戦い抜いてきましたが、未だにお互い、腹の内は明かせませんね」
「俺は隠しているつもりはない。それにしても翠雲、今日はやけに話しかけてくるじゃないか」
「そう言われるとそうかもしれませんね。春桜様が亡くなってしまい、大切な何かが抜け落ちたような、そんな気がしませんか?」
「俺はお前じゃない。俺に問うな」
「……それもそうですね」
剛昌の端的な返事に微笑えむ翠雲は、真剣な眼差しで剛昌を見つめた。
「あの最後の戦、貴方が一時撤退などしていなければ今頃は……」
翠雲の言葉を遮り、剛昌は先に返答した。
「私の命はこの国と春桜様に捧げた。残り命は二代目の春栄様と民の為、ただそれだけだ」
「本当にそれだけですか?」
「それ以外に何があるというのだ」
不器用ながらも、春栄と民の事を想う剛昌の気持ちに、翠雲は小さく笑った。
「私も一兵士のままでしたら貴方に憧れていたでしょうね」
「ふっ、それこそありえんな」
「いやいや、人生はいつ、何処でどうなるか分からないものですよ」
「お前程の切れ者が万年雑兵の役目を担っていたのなら、この国は元々存在しちゃいないさ」
あまり驚かない翠雲だが、この時ばかりは剛昌の言葉に目を丸くした。
「貴方が褒めるとは珍しい……」
翠雲の返事に剛昌は咳き込み、その姿を見て翠雲は再び笑みを浮かべる。
「ゴホン……褒めたのではない、事実を述べただけだ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう……では、ここで。貴方は春栄様と顔を合わせなくていいのですか?」
「ああ、お前だけの方が春栄様も話しやすいだろう。面倒な役回りはお前に任せる」
歩みを止めた翠雲を背に、剛昌は振り返らず手を上げて合図をすると、そのまま立ち去って行った。
「本当にあの人は不器用な人ですね……」
その場を後にする剛昌の後姿を見送りながら翠雲は呟いた。
実力があるにも関わらず主役になることを嫌い、代わりに縁の下の力持ちとして踏ん張り続けてきた。
先程、彼があの場で他の大臣達を威圧してくれなければ、春栄様への不満は一掃できなかった。剛昌が兵士を束ねてくれるのなら、私は、春栄様が民を束ねられる国に変えようと、翠雲は心に誓った。
剛昌もまた、自分には出来ないであろう内政を翠雲へと一任し、それぞれがお互いに支え合うことを暗黙の了解とした。
翠雲がそっと玉座へと繋ぐ扉を開ける。
「春栄様、失礼致します」
「ああ、翠雲さ――」
「あー! 翠兄さんではありませんか!」
春栄の横に立っていたのは翠雲の弟である陸奏だった。
「おお、陸奏。海宝殿の所はもういいのかい?」
「はい、海宝様には伝えていますので! それよりも春栄が心配で来ちゃいました……」
頬をかいて「あはは……」と躊躇いつつ笑う陸奏の姿に、翠雲は心の中では微笑みながらも、咳払いをして陸奏を注意した。
「陸奏、春栄様といくら仲良しとはいえ、王様です。もうちょっと礼儀をわきまえなさい」
「大丈夫です!」
「大丈夫、じゃない」
翠雲が少しだけ睨むと、陸奏は座っている春栄を立たせてその背後に隠れた。
「大丈夫です!」
「王を盾にするなんて……兵士や大臣が見たら処刑されるぞ……」
「いいのです翠雲さん。むしろ陸奏のような接し方が今は一番嬉しいです」
「春栄様がそう仰るのなら構いませんが……」
先刻訪れた時とは違い、落ち着いて笑みを浮かべる春栄の姿に、翠雲はホッと胸を撫で下ろしていた。
「春栄様は許しているけど、陸奏、他の者が居る時はきちんとするように」
「はい!」
「返事だけは一人前だな……ああ、そうだ、それよりも春栄様、お話したいことがございます」
「翠雲さんも、様は付けなくて構いませんよ」
春栄は遠慮がちに翠雲へと言葉を掛けた。
「いえ、私は大臣という立場ですので、私がそれをしてしまうと他の者達に示しがつかないでしょう」
「あはは、そうですよね……」
少し落ち込みながらも、きちんと微笑みを崩さないように耐える春栄の姿は、少しだけ痛々しく見えた。
「翠兄さんは頭が硬いです」
陸奏が小さい声で優しく反論する。
「陸奏が柔らかすぎるんだ」
陸奏の頭を鷲掴みにしながら撫でる翠雲の姿に、春栄は微笑みながら、実際に自分にも兄弟がいれば、このような親しい関係だったのかと考えていた。
「ちょっと翠兄さん止めてくださいって……春栄も何か言ってください!」
「あははっ、二人とも楽しそうで何よりです」
「そんなぁ……んな! 翠兄さんっ、そんなにしたら禿げます!」
「元から剥げてるだろう」
「これは坊主です!」
「どっちも一緒じゃないのか……」
「翠兄さんは分かってないです! ね、春栄!」
突如、話を振られた春栄が困った様子で二人の顔を見る。春栄は陸奏の頭をじっと見つめて観察する。
「いや、ごめんなさい、違いが分からないです……」
「えぇ……」
肩を落として落ち込む陸奏の姿を二人は静かに見つめる。
「……ふふっ」
「あははっ」
陸奏のコロコロ変わる表情に二人は声を出して笑った。
急に笑い出した二人に対して、今度は陸奏が困惑しながら二人の顔を交互に見つめた。
「え、何! 何ですか!」
「いや、何も……」
「はい、何もないです!」
小さく笑う二人に拗ねる陸奏。
「翠兄さんも春栄もひどいです!」
その後、三人は和気藹々と過ごしていたが、一足先に陸奏はその場を去り、春栄と翠雲は今後の国の方針について話を進めていった。
翠雲は一人一人丁寧に微笑み、剛昌は反対に終始不愛想だった。
「長い間、一緒に戦い抜いてきましたが、未だにお互い、腹の内は明かせませんね」
「俺は隠しているつもりはない。それにしても翠雲、今日はやけに話しかけてくるじゃないか」
「そう言われるとそうかもしれませんね。春桜様が亡くなってしまい、大切な何かが抜け落ちたような、そんな気がしませんか?」
「俺はお前じゃない。俺に問うな」
「……それもそうですね」
剛昌の端的な返事に微笑えむ翠雲は、真剣な眼差しで剛昌を見つめた。
「あの最後の戦、貴方が一時撤退などしていなければ今頃は……」
翠雲の言葉を遮り、剛昌は先に返答した。
「私の命はこの国と春桜様に捧げた。残り命は二代目の春栄様と民の為、ただそれだけだ」
「本当にそれだけですか?」
「それ以外に何があるというのだ」
不器用ながらも、春栄と民の事を想う剛昌の気持ちに、翠雲は小さく笑った。
「私も一兵士のままでしたら貴方に憧れていたでしょうね」
「ふっ、それこそありえんな」
「いやいや、人生はいつ、何処でどうなるか分からないものですよ」
「お前程の切れ者が万年雑兵の役目を担っていたのなら、この国は元々存在しちゃいないさ」
あまり驚かない翠雲だが、この時ばかりは剛昌の言葉に目を丸くした。
「貴方が褒めるとは珍しい……」
翠雲の返事に剛昌は咳き込み、その姿を見て翠雲は再び笑みを浮かべる。
「ゴホン……褒めたのではない、事実を述べただけだ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう……では、ここで。貴方は春栄様と顔を合わせなくていいのですか?」
「ああ、お前だけの方が春栄様も話しやすいだろう。面倒な役回りはお前に任せる」
歩みを止めた翠雲を背に、剛昌は振り返らず手を上げて合図をすると、そのまま立ち去って行った。
「本当にあの人は不器用な人ですね……」
その場を後にする剛昌の後姿を見送りながら翠雲は呟いた。
実力があるにも関わらず主役になることを嫌い、代わりに縁の下の力持ちとして踏ん張り続けてきた。
先程、彼があの場で他の大臣達を威圧してくれなければ、春栄様への不満は一掃できなかった。剛昌が兵士を束ねてくれるのなら、私は、春栄様が民を束ねられる国に変えようと、翠雲は心に誓った。
剛昌もまた、自分には出来ないであろう内政を翠雲へと一任し、それぞれがお互いに支え合うことを暗黙の了解とした。
翠雲がそっと玉座へと繋ぐ扉を開ける。
「春栄様、失礼致します」
「ああ、翠雲さ――」
「あー! 翠兄さんではありませんか!」
春栄の横に立っていたのは翠雲の弟である陸奏だった。
「おお、陸奏。海宝殿の所はもういいのかい?」
「はい、海宝様には伝えていますので! それよりも春栄が心配で来ちゃいました……」
頬をかいて「あはは……」と躊躇いつつ笑う陸奏の姿に、翠雲は心の中では微笑みながらも、咳払いをして陸奏を注意した。
「陸奏、春栄様といくら仲良しとはいえ、王様です。もうちょっと礼儀をわきまえなさい」
「大丈夫です!」
「大丈夫、じゃない」
翠雲が少しだけ睨むと、陸奏は座っている春栄を立たせてその背後に隠れた。
「大丈夫です!」
「王を盾にするなんて……兵士や大臣が見たら処刑されるぞ……」
「いいのです翠雲さん。むしろ陸奏のような接し方が今は一番嬉しいです」
「春栄様がそう仰るのなら構いませんが……」
先刻訪れた時とは違い、落ち着いて笑みを浮かべる春栄の姿に、翠雲はホッと胸を撫で下ろしていた。
「春栄様は許しているけど、陸奏、他の者が居る時はきちんとするように」
「はい!」
「返事だけは一人前だな……ああ、そうだ、それよりも春栄様、お話したいことがございます」
「翠雲さんも、様は付けなくて構いませんよ」
春栄は遠慮がちに翠雲へと言葉を掛けた。
「いえ、私は大臣という立場ですので、私がそれをしてしまうと他の者達に示しがつかないでしょう」
「あはは、そうですよね……」
少し落ち込みながらも、きちんと微笑みを崩さないように耐える春栄の姿は、少しだけ痛々しく見えた。
「翠兄さんは頭が硬いです」
陸奏が小さい声で優しく反論する。
「陸奏が柔らかすぎるんだ」
陸奏の頭を鷲掴みにしながら撫でる翠雲の姿に、春栄は微笑みながら、実際に自分にも兄弟がいれば、このような親しい関係だったのかと考えていた。
「ちょっと翠兄さん止めてくださいって……春栄も何か言ってください!」
「あははっ、二人とも楽しそうで何よりです」
「そんなぁ……んな! 翠兄さんっ、そんなにしたら禿げます!」
「元から剥げてるだろう」
「これは坊主です!」
「どっちも一緒じゃないのか……」
「翠兄さんは分かってないです! ね、春栄!」
突如、話を振られた春栄が困った様子で二人の顔を見る。春栄は陸奏の頭をじっと見つめて観察する。
「いや、ごめんなさい、違いが分からないです……」
「えぇ……」
肩を落として落ち込む陸奏の姿を二人は静かに見つめる。
「……ふふっ」
「あははっ」
陸奏のコロコロ変わる表情に二人は声を出して笑った。
急に笑い出した二人に対して、今度は陸奏が困惑しながら二人の顔を交互に見つめた。
「え、何! 何ですか!」
「いや、何も……」
「はい、何もないです!」
小さく笑う二人に拗ねる陸奏。
「翠兄さんも春栄もひどいです!」
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