巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第三十二集

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 沈天祐は王元の言うところのこの国 最高峰の教育機関である大学に初出勤を迎えた。
墨汁と夢中で戯れていると、人の気配を感じる。面を上げると皆が仕事の手を止めて近寄っていた。何事だ。まさかの虐めか? 
どう出て来るか分からないので微笑んで迎え撃つ。
「沈さんはお昼どうするんですか?」
「お昼?」
「お弁当持って来てるんですか?」
「いや、持って来ていない」
「なら、私たちと一緒に食べに行きませんか?」
昼ご飯か考えていなかったな。腹も空いた事だし。分かったと頷いた。仲良くなるのは一緒に飯を食うのが一番だ。


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 外へ食べに行くのかと思ったがそのまま建物の中を移動して気付けば行列に並んでいた。何の店か分からないが皆が食べるなら不味くは無いだろう。
店が中にある。大学とは不思議な所だ。
来る途中 コンビニに本屋、服屋もあった。
待っている間も同僚たちが話かけて来た。新参者は気になるものだ。
「沈……」
「天祐でいいよ」
「……天祐さんは有名大学卒業ですよね?」
そう聞いて来たのは神経質そうな痩せた男だ。まだ若そうだが学歴の事を先に質問した所を見るに自尊心が高そうだ。首から下げている名札を見る。韓・正道と書いてある。
皆の真似をして金を払う。五百円? 安いのか高いのか微妙な値段だ。
「ああ、中華大卒だ」
(王元が作った偽学歴だ)
バレるのではないかと心配したが、何人卒業すると思ってるんですかと言い返された。
どうやら、何千人も一回に卒業するらしい。選んだ大学は地方の名門。検索されないように学部は誤魔化せと念を押された。
「すっ、凄いですね」
引きつった顔をしている。自尊心が傷ついたようだ。
「そう言っても、ただ卒業しただけだから…」
成績が良かった訳ではないと匂わせると安堵したように笑顔になった。
前にならって凹みのある盆を細長い机に置く。
「そうですよね~」
(おだてれば良さそうだ)
盆の上に小皿を並べた。
これは何だ……青菜の炒め物か? 色が悪い。茶菜炒めだな。
「今まで何してたんですか?」
私の前に並んでいた、この中で一番若いだろう娘が話かけて来た。名前は李水波。仕事より遊び。人懐っこく妹みたいな感じだ。
「友達の会社に勤めたんだけど倒産してしまって……」
(これは面接でも言った事だ)
この歳までフラフラしていたと答えては印象が悪い。それと、一般企業に就職経験が無いので社会常識がズレていても問題無い。
「そうなんですか。大変だったんですね」
李水波が胸の前で両手を組んで同情したように言うが、口先だけだ。
可愛いでしょ私と、自分に酔っている。
(時々褒めれば機嫌が取れそうだ)
他の者を真似て平たい皿に色とりどりのおかずを並べたが、どれも冷めているし、美味しそうに見えない。この時代の食べ物はコンビニか容容の手料理だけ。だから味が肥えているとは言えない。そんな私でも……。
「簡単に訳していましたけど、どうやって勉強していたんですか?」
「呉の国の文字は癖が強くて読みにくいのに」
張勇がそう言うと同調するように赤い口紅の娘が張勇の肩に手を乗せて愚痴を言う。名前は……小・歌。派手な身なりだが本当は大人しそうだ。赤い紅を塗っても爪は短く何も塗って無い。二人の密着具合から友達だろう。男女のそれは感じない。もっとも張勇は気にしているようだが。
「慣れだよ。慣れ」
悪筆の友が居た。そう言う奴に限って筆まめでよく文を寄越した。そして気づけは難なく読めるようになっていた。その返事に小歌も張勇もあからさまに、ガッカリした顔になった。それを見て笑みを隠した。

 無駄話をしているうちに食事の用意が整ったようで、テーブルに移動して五人で座った。金も払った事だし一応箸を伸ばして見たが予想通り口に合わない。容容の料理が恋しい。今頃一人で寂しくしているかも。

3の53

 その頃容容はスーパーのアイスコーナーの前でどれを食べようか頭を悩ませていた。
こっちの一番安いアイスは全種類食べた。だから次はちょっとだけ高いアイスを食べようと思っているんだけど……。同じ値段でロッチ、大正、林永がある。
う~ん。ロッチ? 大正? それとも林永? 困った……。
「容容ちゃん」
トントンと肩を叩かれて振り返ると王元さんが立っていた。場にそぐわぬ人物に見間違いかと思ったが王元さんだ。
マフィアがスーパーに買い出し? 違和感を感じる。そんな事を考えいると王元さんがガラスケースを指差す。
「これより高いアイスを奢ってあげるから外に出よう」
「………」
そう言って今度は外を指差した。天祐さんの知り合いだし、昼間だから大丈夫だろう。
素直にうなずいて後についていくことにした。奢ってあげる という言葉は魅力的だ。

 スーパーの近くのオフィスビルの一階にあるカフェに連れて来られた。
ここも全面ガラス張り、そして天井が高い。こう言った建物が流行りなのかな。
折れそうなほど細い脚の椅子に座ってメニューを開く。
高い! 本当に目が飛び出しそうになった。アイス一つで千四百八十円。パフェになると二千九百八十円。私の給料の三分の二だ。
こんな物一生縁がない。
「決まった?」
王元の声に顔を上げると何時の間にかウエイトレスの人が注文を取りに来ていた。
いくら奢りでも高い物は注文できない。
「えっ、あっ、ええと、このアイ」
「シャインマスカットのパフェ二つ」
しかし、その前に王元さんが注文を言ってしまった。
「他のにするかい?」
「えっ、あっ、いえ、私も同じで……」
あせって言ってしまったけど、
良かったのだろう?

ウエイトレスさんが居なくなると二人きり。なんだか緊張する。
こう言うとに何を話せばいいのか……。
沈黙を誤魔化すようにお水を飲む。すると、王元さんがグラスをつかむ。私と同じで緊張してるのかな?
「天祐の兄貴にも困り者でしょ」
「えっ?」
同情の目で見られてとまどう。別に困った事は無い。食べ物を残さず食べてくれるし、もう一回 などとやり直せと言われたこともない。
「あの人、必要だと思う事は飲み込みが早いんだ。車とかスマホとか、でも興味ない事は何度教えても覚えないんだよね」
「分かります。この前リモコンがこわれたと言っていたんですけど、電池が入ってないだけでした」
そうだと同意した。仕事は出来るけど生活力はゼロだ。私たちにとって当たり前が通じない。
「そうなんだよ。栓抜きを使えなかったり、ペットボトルのキャップを引き抜こうとしたり」
やれやれと肩をすくめて首を振る王元さんに親しみを覚える。私たちは同じ道をたどっている。何でも知ってると、おだてられて師匠と呼ばれたこともあった。
「俺も昔の人だと知らなかったらとっくに着信拒否してるね」
「どうして王元さんは天祐さんが昔の人だって知っているんですか?」
不思議に思ってたずねた。私は昔の時代にタイムスリップしたから知っているけど王元さんはずっと現代にいたはず。私と同じ経験をしたなら天祐さんが話してくれてるはずだ。
それを言わないということは……。
理由は何だろうと眉間にしわを作る。

 王元さんが悪い笑みを浮かべてとスマホを取り出した。
「はい。これ初めて会った時の兄貴」
見せてくれたのはまだ髪が長く、小冠を付け、長包を着た天祐さんが不服そうな顔で、こっちをにらんでいる写真だった。
「うわぁ~カッコイイですね」
「だろ。最初は俳優かと思ったよ」
本当にドラマの主人公みたい。りりしくて勇ましいって感じ。厳しくてそうな顔にギュッと心臓を掴まれたみたいに虜になる。
スマホを受け取ってスクロールして他の写真も見た。まだ剣をたいとうしている。
今もハンサムだけど、これはこれで良い。
「はぁ~素敵ですね~」
「そんなに気に入ったなら写真をあげようか?」
「本当ですか? お願いします」
「それじゃあ友達登録しよう」
「友達登録?」
友達? 私と友達になってくれるの? だから、新しく電話帳に載せるって事? 
すると、王元さんがスマホを振る。
「ラインの交換だよ」
「あっ、はい!」
本当に私と友達になってくれるんだ。王元さんはすごく良い人だ。人を職業で判断しちゃダメだ。その日はパフェを食べながら天祐さんの話題で大いに盛り上がった。
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