巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第二十四集

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 ただ食べさせたい。沈天祐の思いはそれだけだった。笑顔で箸を動かす容容の瞳から涙が流れる。とんでもない愚策だったが効果は合ったようだ。こんな事に喜ぶなんて不憫過ぎて胸が詰まる。母親が死んでから誰も気遣ってあげなかったんだろう。おこぼれに預かろうと屋台でウロウロしている犬を思い出す。客の気まぐれで殴られ蹴られ、それでも尻尾を垂らして生きるために戻って来る。そんな生き方を強いられていたのかとも思うと容容に関わった人間を全員打ちのめしたい。
「泣いていないで食べろ」
「はい」
容容が口いっぱいに頬張りながら返事をする。そのことに自分の胸が膨らむ。

3の36

 徐有容は今日ほど飯店でアルバイトして良かったと思っていた。お皿を拭いていても、どうしても口が緩む。生まれて初めてお腹一杯食べた。お礼がしたくてご馳走を作ったが結局自分も相伴してしまった。
手を止めて自分のお腹を見る。
ぶかぶかだったウエストが今はぴったりだ。
満腹って苦しいんだ。でも、うれしい苦しさだ。本格的に料理を作ったのは今日が初めてだったから緊張した。正直上手く作れてよかった。内心失敗してどなられるとかもと心配していた。

天祐さんが、私が作るものだときめてかかっていたから出来ないとは言い出せなかった。
だけど、いざ材料を前にすると何をするか分かった。中学校を卒業してからずっと皿洗いをしながら作るのを何年も見てきた。材料の下ごしらえ、どんな風に切るのか、揚げ物を取り出す時のタイミング。何分煮るのか、蒸すのか、そんな手順を全部覚えていた。皿を何度も舐めたから味は知っている。見よう見まねで作ったがちゃんとした物が出来あがった。天祐さんも美味しい美味しいと食べてくれたし、今日は良い日だ。

 晩御飯に何を作ろう。好き嫌いはなさそうだけど……。最後の皿を食器棚に戻し コンロを拭きながら残りの材料を思い出していた。
何が残っていたかな? そうだ、あれがあった。

3の37

 沈天祐は容容が淹れてくれた茶を半分ほど飲んだ。
「う~ん。旨い」
温かいお茶を飲むのも一月ぶりだ。湯のみに目を落とした。瀬戸物で程よい重さ。片手の中にすっぽり収まるこの小ささがいい。
香りも楽しんでいると電話の音に目が行く。
スマホの画面に王元の文字が表示されたのを見てスマホを取り上げた。如何やら依頼した物が出来あがったようだ。仕事が早いところが気に入っている。

 マンションの玄関ホールに行くと硝子扉の向こうに車が一台停まっているのが見えた。
赤いポルシェ。(何度も自慢されて覚えた)王元の車だ。本当に派手だ。なんとかカラーと言って、この世に三台しかないらしい。
(そんな目立つ車は乗り回すとは……)
いつも誰かに追われているのに懲りない男だ。やれやれと首を振る。私に気付くと窓から身を乗り出して手を振って来た。
「はぁ~」
お調子者。最初の印象から変わらない。


回想。

 王元との出会いは一月前。
隣国へ徐有蓉が逃亡しようとすると言う文を貰った私は、それを阻止しようと馬を走らせた。半信半疑だったが紙に書いてあった通り
街道を歩いている徐を見つけ出せた。
「徐有蓉!」
馬上から叫ぶと徐有蓉が振り返る。その驚愕の表情に 胸がすく。抜刀して切りつけようとすると道をそれて森の中に逃げ込まれた。馬を捨ててその後を追った。しかし、それを阻むように雨が降り出した。
雲など無かったのに、雨!? 
視界が 一気に悪くなる。それでも所詮女の足。追いついてぬかるみに足を取られ転んだ徐有蓉を組み伏した。やっと捕まえた。私を睨みつけている徐の顔は雨に濡れて泣いているようにも見えたが、その目は怒りの炎があった。
「お前たちの思うようにはさせない」
「お前たち」と言う私の言葉に徐有蓉が青ざめる。いい気味だ。私が何も知らないと思っていたんだな。
(自分の身の潔白の為にも生きて連れ帰らないと)
互いに荒い息を吐きながら睨みあっていた。
「これで終わりだ」
そう言っても睨みつける。しぶとい女だ。こんな状況だというのに命乞いの一つもしない。
「大人しくしろ」
そう言って 腰に携えた紐を掴んだ。そのとき
大きな雷の音と同時に地面が揺れた。
そして、土砂降りの雨に変わった。閃光が走って思わず目を細めた。

 近くに落ちたな。そう思った瞬間、雨が止む。そして、掴んでいたはずの徐有蓉の体が無くなっていた。濡れて垂れた前髪を撫でつけて徐有蓉の姿を探した。
何処へ逃げたんだ?
しかし、周りの景色が一変している事に体も思考も停止した。さっきまで在った木々も草も道も無い。在るのは見たことも無い光り輝く建物。そして、石のように硬い土の上に座っていた。まだ日が暮れて無かったはずなのに、夕方になっている。見上げた空は靄が掛かっていて何かを隠しているようだ。
「ここは……何処だ?」
異国の服を着た男と足や腕を出した猥らな女が歩いている。慌てて目を伏せた。奔放な国もあると聞いたがこの国で間違いない。しかし、自分にそんな想像力は無いことは自分が一番知っている。
「どうなっているんだ?」
何処を見ても見覚えのある物が一つも無い。(これは……夢なのか?)
どんな方法か知らないが完全に別天地へ飛ばされたか、とても精巧な幻覚を見せられているかの、どちらかだろう。きっと徐有蓉が何かの術を使ったんだ。まんまと策に嵌ってしまったのかと唇を噛み締めた。自分より一枚上手なのかと思うと癪に障る。
あの女狐め! 今度会ったら只じゃおかない。ギリリッと奥歯を噛み締めた。
しかし、手掛かりはあの女だけ。
だからと言って頭を下げるのは自尊心が許さない。徐有蓉を探すにしても、まずは自分が置かれた現状を把握しないと。つまらな事で役人に捕まったら面倒だ。間者になるべく修業をしたが、こう言う現象はどうこう出来る事じゃない。ならば、自分で出来る事をするまで。天祐は気持ちを落ち着かせようと深く長く息を吐いた。
「はぁ~~~」
言葉が通じるかどうか分からないが、まずは試してみよう。そう思って周りの者に声を掛けようとしたが、皆が四角い物を自分に向けて来る。
(何なんだ?)
武器なのか? 刀に手を添えて身構えているとその四角い物が光り始める。
「何? 撮影?」
「凄い、イケメン」
「あの俳優の名前知ってる?」
「こっち向いて」
訳の分からない事ばかり喋っているだけで、一向に攻撃してこない。
敵では無いのか? ならどうして私を見る?
気付けば人がどんどん増えだした。拙い。このままでは目立つ。見知らぬ土地に行った時一番していけないことは目立つ事だ。通報されたらおしまいだ。慎重に行動しよう。

 足早にその場から立ち去ると暗い場所に逃げ込もうと探した。しかし、行けども、行けども明るくて隠れる場所が無い。
どうなっているんだ。こんなに灯りが多いのは祭りだからか? 
……それとも王都なのか?
それでも暗いところ暗いところと歩いた結果。気付けば何処かに迷い込んでいた。
建物と建物の間。塵はあっても人は居ない。やっと一人になれた。これからの事を考えよう。否、その前に隠れる場所を探そう。
せめて清潔な所が良い。幸いなことに家は多い。闇に紛れて内情を知ろうと、酒屋、八百屋、屋台と歩き回った。最後に辿り着いた袋小路に隠れると、分かった事を挙げる。
言葉は通じるが文字が少し違う。聞こえる音も漂う匂いも違う。
「………」
話しはしてくれるが皆一様に私を見てギョッとした。先ずは目立たないようにこの国の衣を入手しよう。そうすれば簡単に情報収集出来るだろう。
そう決意して路地から出ようとしたが突然、黒い服を着た背の高い男が入って来て押し戻された。

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