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偉大なる探検家に花束を
LV16 ドレンの師匠ベン
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ドレンの師匠であるベンが今日この世を去った。享年82歳であった。
ベンは様々な偉業をなしており、世界では五本の指に入る有名人である。弟子のドレンが主とする活動は秘境や未開拓地への探検であるが、冒険家のベンは違う。秘境や未開拓地への探検はもちろん、未知の先住民族との交流や文化遺産の発掘に保護、冒険ルートの安全性の確保や機材の開発などなど……功績を上げればキリがない。冒険家にとってベンは神のように崇める存在であった。
ドレンとフミヤは悲しみに暮れる。幼い頃二人は、街はずれのベンの家に行きよく冒険の話を聞かせてもらっていた。ベンの話に触発され、フミヤとベンはよくベンの前で冒険ごっこをして遊んでいた。そんな二人をバルコニーの椅子に座り眺めるのがベンは好きだった。
一人で奮闘するベンの探検談は面白かった。「トイレの最中に魔物に襲われフンを投げつけて逃げてやった」とか「毒草と薬草を間違えて食べ、3日間誰にも発見されず生死を彷徨った」とか「トラップに引っ掛かり抜け出せず、1か月間水だけで生きていた」などベンの冒険記はいつも破天荒であった。
ベンは生涯現役を貫いていたが、ここ数年は「自宅に閉じこもりあまり見なくなった」と街の人達は言う。最後にベンを街で見かけた人は「ブツブツと独り言を呟きながらすぐに家に帰ってしまった」のだと言っていた。
葬儀はベンの家からほど近い丘で小規模に行われたが、そこに家族の姿はなかった。――というのもその昔、冒険に明け暮れたベンに妻は愛想を尽かし、子供を連れて出ていったのだ。ベンは妻と別れてからも毎月欠かさず生活費を送り続けていたらしいのだが、元妻と子供の住む場所はベンしか知らなかった。ベン亡き今、誰もその所在がわからずベンの死を伝える事ができなかったのだ。ドレンはベンを見ているからこそ、結婚に抵抗を持っているのかもしれない。
「それでは皆様、最後にお別れの挨拶を……」
神父がそう告げると、ベンの棺が開けられた。皆が順番に棺へ一輪の花を手向けていく。
ベンは妻にこそ愛想を尽かされたが誰にでも好かれる良い人間だった。それを表すかのように、突如行われた小さな葬儀に対して、50名を超える人々が集まり
ベンの死を一緒に悲しんでくれた。
ドレンとフミヤは二人揃ってベンに花を手向ける。だが、悲しみとは裏腹に二人は驚いていた。
顔は皺《しわ》だらけで年相応の顔つきである。だがしかし、その肉体はフミヤやドレンよりも逞《たくま》しく美しい程に洗練された物であった。
葬儀が一通り終わると街人達は、散り散り去って行く。フミヤとドレンは懐かしのベンの家へ行き、少しの間二人で語り合った。
「フミヤ、懐かしいよな。ここで二人で遊んで、ベンがそこから見ていて」
「だよなー。膝に乗せた猫を撫でながら『へっぴり腰が!』って笑ってた」
二人は壁に掛けられたベンの若かりし肖像画を見ながら話す。
「この頃から、猫好きなんだな」
「こっちの絵をを見てみろ! さすが師匠。風景画の数々が俺の見た事ない場所ばかりだ」
ベンの書いている風景画はとても神秘的で不思議な場所ばかりだった。
ドレンはその場所がどこなのか全く見当が付かなかった。
「ベンだけの秘境だったんだろう」
フミヤは呟く。
「最後にもう一度だけ師匠に会いたかった……」
「俺もたまに来ていたんだけど、いつもの外の椅子に座っていなかった。鍵がかかっていたし、体調が悪いのなら声を掛けるのも悪いと思って……」
二人は悲しみに暮れていた。
そこへ、ひょっこりと猫が現れる。お腹に特徴的な二本縞《にほんじま》がある。
「ベンの猫だ」
ベンの猫はドレンの足元にすり寄ってくる。
「なんだ、お腹空いてんのか?」
ドレンはその場に座り、腰袋に入れていたパンを取り出すと、少しずつちぎって猫に与えた。
「ん?フミヤ、これを見ろ」
猫の首に巻かれたスカーフの隙間から紙のような物が覗いている。二人はスカーフを解き、それを手に取った。
ベンが二人に宛てた手紙だ。
「馬鹿ガキ二人へ、普段何気なく見える所からでも発見は常にある。冒険はすぐ近くにある。それに気付けるのは一部の馬鹿だけだ。俺は生涯現役だ! ドレン、お前に託す。フミヤ、ドレンを助けてやってくれ」
スカーフの中には手紙と一緒に、見た事もない文字の書かれた木切《きぎ》れが入っていた。
「あの師匠、俺達に何か宿題を残して逝きやがった」
「死んでも元気な人だ」
二人は偉大なる探検家に尊敬の念を抱きながら、肖像画に一礼して家を後にする。二人の顔は少し希望に満ちていた。
数年後、ドレンは後世に名を残す程の偉業を成すが、それはまだまだ先のお話。
ベンは様々な偉業をなしており、世界では五本の指に入る有名人である。弟子のドレンが主とする活動は秘境や未開拓地への探検であるが、冒険家のベンは違う。秘境や未開拓地への探検はもちろん、未知の先住民族との交流や文化遺産の発掘に保護、冒険ルートの安全性の確保や機材の開発などなど……功績を上げればキリがない。冒険家にとってベンは神のように崇める存在であった。
ドレンとフミヤは悲しみに暮れる。幼い頃二人は、街はずれのベンの家に行きよく冒険の話を聞かせてもらっていた。ベンの話に触発され、フミヤとベンはよくベンの前で冒険ごっこをして遊んでいた。そんな二人をバルコニーの椅子に座り眺めるのがベンは好きだった。
一人で奮闘するベンの探検談は面白かった。「トイレの最中に魔物に襲われフンを投げつけて逃げてやった」とか「毒草と薬草を間違えて食べ、3日間誰にも発見されず生死を彷徨った」とか「トラップに引っ掛かり抜け出せず、1か月間水だけで生きていた」などベンの冒険記はいつも破天荒であった。
ベンは生涯現役を貫いていたが、ここ数年は「自宅に閉じこもりあまり見なくなった」と街の人達は言う。最後にベンを街で見かけた人は「ブツブツと独り言を呟きながらすぐに家に帰ってしまった」のだと言っていた。
葬儀はベンの家からほど近い丘で小規模に行われたが、そこに家族の姿はなかった。――というのもその昔、冒険に明け暮れたベンに妻は愛想を尽かし、子供を連れて出ていったのだ。ベンは妻と別れてからも毎月欠かさず生活費を送り続けていたらしいのだが、元妻と子供の住む場所はベンしか知らなかった。ベン亡き今、誰もその所在がわからずベンの死を伝える事ができなかったのだ。ドレンはベンを見ているからこそ、結婚に抵抗を持っているのかもしれない。
「それでは皆様、最後にお別れの挨拶を……」
神父がそう告げると、ベンの棺が開けられた。皆が順番に棺へ一輪の花を手向けていく。
ベンは妻にこそ愛想を尽かされたが誰にでも好かれる良い人間だった。それを表すかのように、突如行われた小さな葬儀に対して、50名を超える人々が集まり
ベンの死を一緒に悲しんでくれた。
ドレンとフミヤは二人揃ってベンに花を手向ける。だが、悲しみとは裏腹に二人は驚いていた。
顔は皺《しわ》だらけで年相応の顔つきである。だがしかし、その肉体はフミヤやドレンよりも逞《たくま》しく美しい程に洗練された物であった。
葬儀が一通り終わると街人達は、散り散り去って行く。フミヤとドレンは懐かしのベンの家へ行き、少しの間二人で語り合った。
「フミヤ、懐かしいよな。ここで二人で遊んで、ベンがそこから見ていて」
「だよなー。膝に乗せた猫を撫でながら『へっぴり腰が!』って笑ってた」
二人は壁に掛けられたベンの若かりし肖像画を見ながら話す。
「この頃から、猫好きなんだな」
「こっちの絵をを見てみろ! さすが師匠。風景画の数々が俺の見た事ない場所ばかりだ」
ベンの書いている風景画はとても神秘的で不思議な場所ばかりだった。
ドレンはその場所がどこなのか全く見当が付かなかった。
「ベンだけの秘境だったんだろう」
フミヤは呟く。
「最後にもう一度だけ師匠に会いたかった……」
「俺もたまに来ていたんだけど、いつもの外の椅子に座っていなかった。鍵がかかっていたし、体調が悪いのなら声を掛けるのも悪いと思って……」
二人は悲しみに暮れていた。
そこへ、ひょっこりと猫が現れる。お腹に特徴的な二本縞《にほんじま》がある。
「ベンの猫だ」
ベンの猫はドレンの足元にすり寄ってくる。
「なんだ、お腹空いてんのか?」
ドレンはその場に座り、腰袋に入れていたパンを取り出すと、少しずつちぎって猫に与えた。
「ん?フミヤ、これを見ろ」
猫の首に巻かれたスカーフの隙間から紙のような物が覗いている。二人はスカーフを解き、それを手に取った。
ベンが二人に宛てた手紙だ。
「馬鹿ガキ二人へ、普段何気なく見える所からでも発見は常にある。冒険はすぐ近くにある。それに気付けるのは一部の馬鹿だけだ。俺は生涯現役だ! ドレン、お前に託す。フミヤ、ドレンを助けてやってくれ」
スカーフの中には手紙と一緒に、見た事もない文字の書かれた木切《きぎ》れが入っていた。
「あの師匠、俺達に何か宿題を残して逝きやがった」
「死んでも元気な人だ」
二人は偉大なる探検家に尊敬の念を抱きながら、肖像画に一礼して家を後にする。二人の顔は少し希望に満ちていた。
数年後、ドレンは後世に名を残す程の偉業を成すが、それはまだまだ先のお話。
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