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その魔女危険につき③

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 ーーおかしい!おかしいぞ!

 ギイトは心の中で叫んだ。
 この気持ち悪い魔女の奴隷になって早3週間。
 お風呂前に欠損部位をぐふふと舐められる以外、不埒なことを何もされていない。

 
 買われた翌日から欠損部位に合わせて作られた新品の衣服を与えられた。毎食美味しい食事を魔女に餌付けされ、毎夜清潔な風呂で体を綺麗に洗われる。
 寝るときは抱き枕のごとく抱き締められたが、腹に回された腕は臍下に下がることはない。ただ添い寝して眠る。毎夜襲われると身構えるギイトは拍子抜けである。

 日中は魔道人形が介助し魔女が押す車椅子に乗せられ、魔女の職場の別棟の魔道工房に連行された。 
 ただ、注文された魔道人形を作る魔女を見守る。退屈だろうと本を読むよう勧められたが、幼い頃から戦争に明け暮れていたギイトは文字が読めない。
 読めんと拒否すれば、「読み書きは必要ですから。私が……ぐふふ、ギイトの先生として手取り足取り教えますよ」ニチャアと気持ち悪く言われ仕事の合間に教え始める始末。
 
 まるで家人のような扱いに戸惑う。
 許可なく口を開いても生意気な発言をしても「生きが良い奴隷ですね」と、ぐふふと身をくねらせるだけ。
 
 命令違反だと奴隷のギイトに罵声を浴びせず殴打もしない。労働すらしていない。ある日ギイトは不安に駆られ疑問を口にした。

「……お前が俺を買った理由はなんだ?
 欠損の俺を憐れんで馬鹿にして愉悦に浸っているのか?それとも愛玩動物のつもりか?」 

「ギイトに憐憫レンビンが必要ですか?……肥溜めの中、這いずり回ってもその身を何度汚されようともギイトの魂は誰よりも強く気高いです」 
 魔女は真っ直ぐにギイトに顔を向け、いつもと別人のように凛とした声音で言った。サクヤの長い前髪の隙間から黒曜石に金をまぶした瞳が瞬く。

 
 ーー誰よりも強く気高い。
 ……奴隷で欠損の俺がか? 

 生まれて初めて言われた言葉にギイトは射ぬられたように動けなかった。


 胸が震えたーー。
 
        ーーーが。


「ぐふん、げふん。まあ、愛玩動物にはしたいですけど」
 くねくねといつもの気持ち悪い口調に戻った魔女に胸の震えは即座に引いていく。


「くっ、俺は愛玩動物にはならないからな」 
 ギイトは拳を握り締めた。

「そうですか?残念です。
 そうそう私がギイトを買った理由は明日になればわかります……ぐふふ、とうとう完成しましたから。私の最高傑作です!ぐふ、げふふ……城の1つや2つ吹き飛ばせるに違いありません」

 薄気味悪い笑いを続けるサクヤにギイトは嫌な予感しかしなかった。 


 

 ◇◇ 



 翌日、ギイトが車椅子で連行されたのは工房の地下室だった。 
 上の暖かみのある木目調の工房と異なり、金属で出来た無機質な部屋の中には大きな水槽が所狭しと並んでいた。

「さあ!ギイト見てください」

「これは……」

 ギイトの片目が緑色の水槽の中の物体を捉えた。ぷかりぷかりと浮かんでは沈む、肌色の塊。それは人体の一部だった。

 真ん中の水槽には膝から下の肌色の足が。
 左の水槽には肘から下の手が。
 右の水槽には眼球。

 それらは、仄暗い照明に照らされ不気味に浮かび上がって見えた。


「ひっ!!これはなんだ?なんなんだ!」
 異様さに戦場を経験したはずの、ギイトもたまらず悲鳴をあげた。


「ぐふふ、素晴らしいですよね!ギイトの生体部品です」

「……生体部品だと?」 

「簡潔に説明します。本来木製、金属製で作成する義眼、義足、義手をギイト自身の組成で再現して作りました。体に負担が少なく神経回路と結合し欠損部品に馴染むはずです」 


「俺を再現したのか」 

「前に言いましたよ。
 ギイトの皮膚の味、臭い、熱、感触、形、成分……きちんと覚えましたからねって。忠実に再現出来るように毎夜舐めて再確認してましたし」 
 サクヤは自分の長い舌を指先した。


「毎夜、欠損を舐めることに性癖以外の意味があったのか?驚いたな」
 衝撃的事実にギイトは呻いた。 

「ぐふん、もちろん性癖と実益を兼ねて舐めてました」

「……やはり性癖か」
 

「ああっ、そんなに蔑んだ目で見られたら達してしまいますよ~」
  
 
 この日からギイトは日中、義眼、義足、義手を愛用することになった。
 日中だけなのは、魔女曰く長期間神経に作用し続けると過重付加を起こし神経が焼き切れるという。  
 日が沈むと生体部品は外され栄養素の溶け込んだ水槽に浸けられた。その後、ギイトは魔女に夕食を餌付けされ風呂で洗われ、ともに就寝する。
 夕食前からの流れは生体部品を使用する前と変わらなかった。

 魔女の作成した生体部品は素晴らしく、偽物のはずの義眼は視神経と結びつき失った視力を取り戻した。義足はギイトの巨体を存分に支え、義手は細かな作業もこなすことが出来た。 
 
 奴隷として重労働が可能になったーーそれなのに、サクヤはギイトに仕事を命令しなかった。代わりにギイトには理解出来ない問いかけをしたのだ。

「ギイトにやりたい仕事はありますか?」

「は?奴隷にやりたい仕事を聞くのか?」

「ぐふ、おかしいですか?」

「おかしいだろう!俺は奴隷なんだぞ馬鹿にしているのか?」
 
「馬鹿に?うーん…してるんですかね~?」
 頬に手をあて思案する魔女に無性に腹がたった。

「労働させるつもりがないなら、なぜ生体部品を俺に与えたんだ」 
 
「ぐふふ、労働なら既にしてもらってますよ。モニターとして生体部品の使い心地を教えて下さいね」

 魔女を問い詰めれば近年、トドキア戦争の負の産物、魔界喰蟲を使用した要人襲撃が増加していた。

 魔界喰蟲は、文字通り魔界に生息するミミズの一種。鋭い牙で噛みついた場所の空間を食べてしまう。足の場所を喰われれば痛みも血を流すことなく足が消失する。ポケットに入る大きさ持ち運びも楽で、満腹になった虫は魔界に勝手に戻り、誰が召喚したかの証拠は残らない。狙った要人を殺さずとも不自由を与え、表舞台から引き摺り下ろせるのだ。 

 サクヤは魔道人形の部品の応用で欠損した要人の義足を作成していた。木製、金属製だと皮膚と合わず摩擦で爛れたり、長期間の重みに結合部が耐えられず痛みを生じた。
 そこでサクヤが発案したのが生体部品だった。

 「モニターか……」
 ーー純粋に俺の為だけでなかった。
 ギイトはサクヤの思惑を理解した。
 
 頭の一部はやはり裏があったのかと冷静に受け止めていたが、胸の奥が酷くざわついた。

 口の中が乾く、喉が詰まったように苦しい。

 ああ……そうか、どうやら俺は、この魔女を信用し始めていたらしい。

 
 
 
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