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第18話 暗がりのステージ
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女が木村を急かした。
「木村さん、ちゃんと約束してください」
女に言われると、木村は慌てて麻衣がいるらしき空間に向かってまっすぐに背筋を伸ばして立った。
「麻衣、俺、自分に向き合って生きるよ。麻衣の分も幸せになるように。だから、心配しないでほしい。俺、絶対忘れないから麻衣とのこと。初めて会った時のこととか、三回目のデートでパスタにするかラーメンにするかで喧嘩になって結局俺が折れてパスタになったこととか。海に行ったのに俺海パン忘れちゃって、それでも海に入りたくてボクサーブリーフで入ってさ。そしたら、海から出たらずり落ちちゃって。近くにいた女の子に変態呼ばわりされて。そんで麻衣が怒って先に一人で帰っちゃったこととかさ。みんないい思い出だよ。俺絶対に忘れねー。あー、それと――」
「あの……」
話し続ける木村を女が止めた。
「え、なに?」
「もう、麻衣さん逝ってしまわれました」
「へ?」
「ええ、あの……成仏……されました」
「へ?……そうなの?」
女が頷いた。
「……え? いつ?」
「あー、えーと。確か、パスタの話のあたりだったかと……」
麻衣は去り際に満足そうな笑顔を見せていた、と女は言った。
俺は、死者とは天に昇るように去っていくのではないんだな、と変なことに感心した。ずっと女の様子を見ていたのだが、女の視線が動くことがなかったからだ。
その場で消えていった、そんなふうに伺えた。
俺は、そんなことを考えた自分に苦笑した。
信じているのか? そんなばかな……
木村が女に訊ねた。
「麻衣は、どうなるんだ?」
「それは分かりません。誰も向こうに……あ、便宜上向こうと言いますけど、向こうに行くまでは誰も分かりません。ただ、表情とかのようすから、麻衣さんみたいなケースだと、みなさん、暖かいものに包まれるようなそんな感じで去っていくように見えます」
みなさん……?
この女は、こんなことを常日頃やっているとでもいうのか――
ふと、女が何か呟いて暗がりになったステージの方を見た。
問題はこっちだなぁ……
そんなふうに聞こえた。
俺の視線に気づいたのか、女はちらっと俺の方を見て何か言いたそうな表情をしたのだが、結局、何も言わずにアップルジュースをのみ干した。
精算時、俺が六百円と言うと、女は少し不服そうな表情で財布から小銭を出してテーブルに並べた。
百円玉4枚、五十円玉3枚、十円玉2枚に五円玉5枚と一円玉5枚。
俺がそれを数えて六百円あるのを確認したあたりで、女が、また来るかもしれません、と言った。
俺は皮肉かと思いながらも、ぜひ、と返しておいた。
女は帰り際、再びステージの方を一瞥したが、やはり特に何か言うわけでもなくドアを開けて去って行った。
「木村さん、ちゃんと約束してください」
女に言われると、木村は慌てて麻衣がいるらしき空間に向かってまっすぐに背筋を伸ばして立った。
「麻衣、俺、自分に向き合って生きるよ。麻衣の分も幸せになるように。だから、心配しないでほしい。俺、絶対忘れないから麻衣とのこと。初めて会った時のこととか、三回目のデートでパスタにするかラーメンにするかで喧嘩になって結局俺が折れてパスタになったこととか。海に行ったのに俺海パン忘れちゃって、それでも海に入りたくてボクサーブリーフで入ってさ。そしたら、海から出たらずり落ちちゃって。近くにいた女の子に変態呼ばわりされて。そんで麻衣が怒って先に一人で帰っちゃったこととかさ。みんないい思い出だよ。俺絶対に忘れねー。あー、それと――」
「あの……」
話し続ける木村を女が止めた。
「え、なに?」
「もう、麻衣さん逝ってしまわれました」
「へ?」
「ええ、あの……成仏……されました」
「へ?……そうなの?」
女が頷いた。
「……え? いつ?」
「あー、えーと。確か、パスタの話のあたりだったかと……」
麻衣は去り際に満足そうな笑顔を見せていた、と女は言った。
俺は、死者とは天に昇るように去っていくのではないんだな、と変なことに感心した。ずっと女の様子を見ていたのだが、女の視線が動くことがなかったからだ。
その場で消えていった、そんなふうに伺えた。
俺は、そんなことを考えた自分に苦笑した。
信じているのか? そんなばかな……
木村が女に訊ねた。
「麻衣は、どうなるんだ?」
「それは分かりません。誰も向こうに……あ、便宜上向こうと言いますけど、向こうに行くまでは誰も分かりません。ただ、表情とかのようすから、麻衣さんみたいなケースだと、みなさん、暖かいものに包まれるようなそんな感じで去っていくように見えます」
みなさん……?
この女は、こんなことを常日頃やっているとでもいうのか――
ふと、女が何か呟いて暗がりになったステージの方を見た。
問題はこっちだなぁ……
そんなふうに聞こえた。
俺の視線に気づいたのか、女はちらっと俺の方を見て何か言いたそうな表情をしたのだが、結局、何も言わずにアップルジュースをのみ干した。
精算時、俺が六百円と言うと、女は少し不服そうな表情で財布から小銭を出してテーブルに並べた。
百円玉4枚、五十円玉3枚、十円玉2枚に五円玉5枚と一円玉5枚。
俺がそれを数えて六百円あるのを確認したあたりで、女が、また来るかもしれません、と言った。
俺は皮肉かと思いながらも、ぜひ、と返しておいた。
女は帰り際、再びステージの方を一瞥したが、やはり特に何か言うわけでもなくドアを開けて去って行った。
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