16 / 32
第16話 微かな嗚咽
しおりを挟む
木村は視線で、女の隣の空間を指し示して確認した。
「そこにいんの?」
「あ、いえ、隣にいますよ」
女が手で、木村の右隣りを指し示した。
木村は自分の右隣りに向くと、少し頭を垂れた。
こちらに背を向けているので木村の顔は見えなかったが、きっと記憶の中にある麻衣の目線の高さあたりを見ているのだろうと俺は思った。
「このあたり……かな?」
「逆です」
木村の肩がピクッと上がった。
言われたとおりの方を木村は向いたのに――
俺にも何事か意味がわからなかった。
木村は一瞬考えるような素振りを見せると、訝しがりながらも言われたとおりにこちら側に向きなおった。
しかし、その顔は更に訝し気に歪められた。
木村の目の前には先ほどまで座っていたスツールとカウンターテーブルがあり、人が入るようなスペースはなかった。
「嘘です」
女が言うと、木村は目を剥いて女を見た。
女は困ったような表情で言った。
「いや、あの、麻衣さんがそう言えって……」
「しょうがねーなぁ……」
そう言いながら木村は再び元の背中側に振り返ろうとすると慌てて女が言った。
「あっ、正面です。こっち……」
木村は呆れたように女の方へ向き直ると、何か思い出すように微笑んだ。
「麻衣らしいな……」
「嘘です」
木村は再び目を剥いて女を見た。
「ごめんなさい。麻衣さんが……」
女が木村の右隣りを見た。
木村は探るように横目で女のようすを覗いながら、再び自分の右隣りを向いた。
女が真剣な表情で、そこだ、というように頷いた。
「では、いいですか?」
木村がかしこまって背筋を伸ばした。
それを見て女が話し始めた。
「木村さんには、本当に……」
「あっ!」
木村が声を上げたので、女は驚いたように木村を見た。
「あー、ごめん。悪いんだけど、木村さん、じゃなくて。その……麻衣が言ってるそのままで言ってもらえるかな……」
「あ、あー、はい……」
「悪いね」
「でも、その……麻衣さんらしい言い方とか言い回しとか、うまくできないと思いますけど」
「あー、いいよ。かまわないから」
女は頷くと、木村が向いた麻衣がいるらしき方を見て、小さく咳払いをしてから続けた。
「裕典には本当に自分が幸せになる選択をしてほしい。やり切った、生き抜いたっていう人生にして。多分、きっとやってもやりきっても、多少の後悔はするものなんだろうけど。でも、少しでも満足できるように、やれるだけのことはやったって、生き方をしてほしいの」
そう女が言うと、木村は下を向いて黙った。
しばらく静かな時間が流れた。
木村が何かを決意したように顔を上げた。
「俺、分かってたんだよ、自分に才能がないの……でも、じゃあやめてどうするっていっても今更どうすりゃいいかも分からないし……」
木村の背中は小さく震え、微かな嗚咽が漏れ聞こえた。
「そこにいんの?」
「あ、いえ、隣にいますよ」
女が手で、木村の右隣りを指し示した。
木村は自分の右隣りに向くと、少し頭を垂れた。
こちらに背を向けているので木村の顔は見えなかったが、きっと記憶の中にある麻衣の目線の高さあたりを見ているのだろうと俺は思った。
「このあたり……かな?」
「逆です」
木村の肩がピクッと上がった。
言われたとおりの方を木村は向いたのに――
俺にも何事か意味がわからなかった。
木村は一瞬考えるような素振りを見せると、訝しがりながらも言われたとおりにこちら側に向きなおった。
しかし、その顔は更に訝し気に歪められた。
木村の目の前には先ほどまで座っていたスツールとカウンターテーブルがあり、人が入るようなスペースはなかった。
「嘘です」
女が言うと、木村は目を剥いて女を見た。
女は困ったような表情で言った。
「いや、あの、麻衣さんがそう言えって……」
「しょうがねーなぁ……」
そう言いながら木村は再び元の背中側に振り返ろうとすると慌てて女が言った。
「あっ、正面です。こっち……」
木村は呆れたように女の方へ向き直ると、何か思い出すように微笑んだ。
「麻衣らしいな……」
「嘘です」
木村は再び目を剥いて女を見た。
「ごめんなさい。麻衣さんが……」
女が木村の右隣りを見た。
木村は探るように横目で女のようすを覗いながら、再び自分の右隣りを向いた。
女が真剣な表情で、そこだ、というように頷いた。
「では、いいですか?」
木村がかしこまって背筋を伸ばした。
それを見て女が話し始めた。
「木村さんには、本当に……」
「あっ!」
木村が声を上げたので、女は驚いたように木村を見た。
「あー、ごめん。悪いんだけど、木村さん、じゃなくて。その……麻衣が言ってるそのままで言ってもらえるかな……」
「あ、あー、はい……」
「悪いね」
「でも、その……麻衣さんらしい言い方とか言い回しとか、うまくできないと思いますけど」
「あー、いいよ。かまわないから」
女は頷くと、木村が向いた麻衣がいるらしき方を見て、小さく咳払いをしてから続けた。
「裕典には本当に自分が幸せになる選択をしてほしい。やり切った、生き抜いたっていう人生にして。多分、きっとやってもやりきっても、多少の後悔はするものなんだろうけど。でも、少しでも満足できるように、やれるだけのことはやったって、生き方をしてほしいの」
そう女が言うと、木村は下を向いて黙った。
しばらく静かな時間が流れた。
木村が何かを決意したように顔を上げた。
「俺、分かってたんだよ、自分に才能がないの……でも、じゃあやめてどうするっていっても今更どうすりゃいいかも分からないし……」
木村の背中は小さく震え、微かな嗚咽が漏れ聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる