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46 おまけ・剣聖は罪を償う③
しおりを挟む隷属の首輪とハシュエルは繋がっていた。
だから直ぐに異変に気付いた。
バチバチと内側から無理矢理紐を切ろうとする感覚。
誰かがリディセムに付けた隷属の首輪に干渉していた。
急いで学長に退室の旨を告げ、返事も待たずにリディセムを待たせた空き教室へ走る。
開け放たれた扉から、血を吐きよろけるリディセムが見えた。
「リディセム!」
窓の外へ落ちようとする小さな身体を咄嗟に掴む。握り込み抱き寄せて、『祈り』を込めて抱き締める。
血泡を吹いて白目を剥くリディセムに、ありったけの治癒を流し込んだ。
「な、な、な、違うっ!違うんです!」
リディセムを抱き締めたハシュエルが低く声を漏らした。
「何が違うんだ?」
「そ、そいつが隷属の首輪を外したいと言ったから、取ってあげようと!」
「へえ?」
地を這うような低い声に、全員ビクリと震える。ビリビリと空気が震えるのは何故なのか。
「主人の書き換えを行おうとしたように感じたが、気の所為か?」
「ひいっっ!」
温和で優しい第5王子。
誰もハシュエルが怒る姿を見た事が無かった。見た事が無いから怒れない人物なのだと思われていた。
ともすれば気弱と取られかねない程に優しい王子。
それがハシュエルの印象だった。
だから、誰も彼がこんなに怒りを露わにできるとは思っていなかった。
出来る人間だと思っていなかった。
ここにいた学生達の膝が折れる。
間違いなく目の前で静かに怒りを溢れさせているのは王族なのだと、膝をつき身を屈めた。
王族の持ち物に手を出した。
それを漸く気付いた。
「失礼致します。」
唐突に扉から場違いな程冷静な声が掛かる。
「ビゼリテ・レニアンセルです。王命により状況確認と鎮圧に駆けつけました。」
「レン・レニアンセルです。同じくー。」
最近になって王命で近衛騎士団に配属された2人だった。王の覚え目出たく、近いうちに騎士団長を拝命すると噂される人物だ。
突然現れた見目麗しい騎士達に、学生達は狼狽え青褪める。発された王命という言葉に、全員の身体がピシリと固まる。
「レン、殿下の補助を。」
「分かった。」
騎士にしては少し小柄だが、身軽そうに教室を横切り、リディセムを抱いて座っていたハシュエルの側にレンという騎士が駆け付けた。
対面したのは初めてだが、この名前は有名だった。『祈り』の加護持ちながら騎士でも有り、魔物討伐で名を馳せる人物。
「失礼します。えっと、殿下は内臓の治癒を先にされたのですね。じゃあ、俺は精神の方をします。」
リディセムの隷属の首輪に無理矢理干渉した力は、元から施された力と反発し合いリディセムの身体を攻撃していた。
「よろしく頼む。」
にこりと微笑む青年は、リディセムの額に手を乗せ祈った。
白い光が放たれるのは、レンの『祈り』の特徴だった。それ程に強い加護なのだと言われている。
薄っすらと水色の瞳が開き、リディセムは瞳を彷徨わせた。
ハシュエルを捉え、反対隣の青年を見る。
水色の瞳がゆらゆらと動き、ほんのりと見開かれた。
「ああ、ほんと、なんで分かっちゃうんだろうね?でも、良かったよ。生きているうちに君に謝れそうだ。」
レンはリディセムと初対面ながら、親し気に話し掛けた。
もう大丈夫だと感じ、ハシュエルは今回の騒動を起こした学生達を見渡した。
皆同学年の高位貴族の子供達。
「私が強く諌めてこなかった原因もあるが、王族が従える者を攻撃する事がどういう事か、分からないわけじゃない無い筈だ。」
いつになく厳しい発言に生徒達は身をすくめた。
ハシュエルの言葉を繋ぐように、ビゼリテも厳しく叱責し、重要な内容を彼等に告げる。
「リディセムの隷属の首輪は罪人だから付けているのではなく、身を守る為付けられた物だ。ハシュエル殿下とは繋がっているが、殿下は主人では無い。」
ビゼリテは隷属の首輪の主人の名を告げる。
生徒達は青褪めたまま愕然とし口を開いた。
告げられた名は、この国の王の名前。
「そんなっ……。」
第5王子のものに手をつけるよりも更に状況が悪い。
王の持ち物に手を出した。
「連れて行け。」
いつの間にか他にも大勢騎士が駆け付け、ビゼリテの指示により生徒達を連れ出して行った。
パクパクと口を開くが声が出ないのだろう。リディセムは何か言いたそうにしていたが、レンは手のひらを額に置いたまま、そっと微笑んだ。
「また後で話そう。今はお休み。」
水色の瞳がうつらうつらと開いたり閉じたり繰り返し、我慢出来ずに眠りに落ちた。
「知り合いなのかな?」
ハシュエルの疑問に、レンはニカっと笑った。
「ええ、俺の被害者です!」
「へ、へえ?」
リディセムが被害者ならば、君は加害者となるが、サバサバとした物言いに理解が追いつかなかった。
後日、父王カシューゼネからレニアンセル達の話を聞いて、成程と納得した。
「まさか青の首輪を取ろうとするものがいるなんてね。」
青い色はカシューゼネとハシュエルの瞳と同じ色。宝石を散らしたのは瞳の星屑の輝きに似せる為。
「分かりやすいと思ったのですが、分からないものなのですね。」
隷属の首輪は外し、今度宝石を取って青色のチョーカーを作ろうと、布地のカタログに目を通しながらハシュエルはボヤいた。
「関わった生徒達は卒業取り消しと罰金の支払い、3年間の労働を課します。」
後処理を行ったアルゼトが報告書をカシューゼネに渡した。
まだ学生という事で刑は軽くなったが、貴族の子供が王族に楯突いたことになるので処罰が下された。
卒業取り消しになれば再度入学し直して3年間履修するか、諦めて何処かの後妻になるか、平民になるかになってくる。
どの末路を取っても今後貴族としての輝かしい未来はない。
「ところで、この契約書はサインしなきゃかな?」
「はい。」
当たり前のようにハシュエルは返事をした。
婚約証書。
「………ほんき?」
「いいですよね?私にくれるって言いましたよね?」
いや、そういう意味で言ったんじゃないよ?カシューゼネは呟いたが末息子に無視された。
まさかその為に卒業資格を取らせようとしてるのか?
「あ、シューニエ様達の養子になります。血の繋がらない従兄弟になりますね。」
ハシュエルはニコニコと勝手に話を進めていく。
「くっ……、この子は誰に似たのか……!ちゃんとリディセムの了解は得てるんだろうね?」
キョトンと青い瞳が瞬く。
「大丈夫です。なんてったってこの髪と瞳は好みの筈です。しかも優しく手を差し伸べられては、コロリと落ちない筈はありません。」
ねっ!とニコニコ笑いながら言い切られ、カシューゼネは呆れてしまった。
公言はしていないが、ハシュエルに任せると決めている以上応援するしかないと諦める。
これもまたトゥワーレレ神の采配なのかもしれない。
さ、ここにサインを書いて?
とても嬉しそうにメモ用紙に綴りの手本を書いてくる。
とても立派な証書だった。厚みのある黄色い紙に金の縁取りと細かな装飾。
リディセムはプルプルと震えていた。
王族の婚約証書にサインを書けと言われて、罪人の自分には荷が重いとサインを書けずに震えていた。しかもいつの間にか貴族の養子になっているし、その名前に見覚えがあった。
「え?元ラダフィムなのになんか可愛い~。プルプルしてる!さ、書いちゃえよ!」
何故か遊びに来ているレンとビゼリテが立会人になっていた。
「…あ、ぅ、あっ!」
こんな事ならここに来てから頑張っていろんな人間に話し掛けて、もっと会話が出来るよう上達しておくべきだった!
咄嗟に言葉が出ずに震えて呻き声しか出ない。
「さあ、大丈夫。父王の了解もサインも記入済み。なんの問題もないよ?」
いつもは優しいハシュエルの笑みが、今日はなんだが圧力を感じる。
さあ、書けと言っている。
助けを求めて扉の近くに待機しているビゼリテを見たが、にっこりと躱された。
絶対関わりたくないと言っている!
「ひっ、むり、やっ!」
がっしりとペンごと手を掴まれる。
ウネウネと進むサインにリディセムの顔は青褪めていく。
ここに書いたらちょっとやそっとじゃ解消出来ない。
抵抗しようと『剣聖』の加護で手を振り解こうとするが、上から更にレンが手を乗せてハシュエルを手伝った。
「リディセムも諦めて流されちゃえよ~!」
実に嬉しそうにレンがおめでとう~と祝いの言葉を送ってきた。
「~~~~っ!」
「よーし、完成だよ。今度20歳のお祝いを祈る時、一緒に神殿に出そうね。」
「え!?リディセムって20歳!?15歳くらいかと思ってた!じゃあもう結婚すりゃいいじゃん!」
俺もしちゃってるし!
にこにこ、にこにこ、笑顔のレンが憎らしい。
こいつ、前回に引き続き今回も疫病神か!
もしかして『祈り』の加護持ちは自由奔放な奴が多いのか!
いや、元々は間違った俺の所為だろうけど!
そう文句を言いたくても、言葉が出てこずにジワリと涙を浮かべるリディセムを、ハシュエルはヨシヨシと頭を撫でて慰めていた。
その日の夜、諦めたリディセムはいつものようにハシュエルとベットに入った。
考えてみればずっと一緒に寝ているのだ。
てっきり子供扱いされていると思っていた。手は出してこないし兄弟扱いかと思っていたのに、まさか婚約騒ぎになると思っていなかった。
ハシュエルが言うには、『剣聖』と言う加護は今は過去の事から忌避されているが、それでも強い加護には違いなく、戦力として欲しがる人間は数多くいる。
特に他国なんかにリディセムを取られでもすれば、戦争に悪用されかねない。
だから身の安全の為にも、ハシュエルと結婚していた方がいい。
そう言われて最後は納得した。
リディセムとしても他国に連れ去られて、また同じ様に使い潰されるのは嫌だった。
ズルリと肩から下がる寝巻きを戻しながら、モゾモゾと布団に潜り込んでいると、先に入っていたハシュエルがジッと見ている事に気付いた。
「?」
「肩が開いた服って好きなんだよね。」
「む?」
「でも、外着はダメなんだ。人目がある時はちゃんと隠さないとね。」
「うん?」
「寝巻きなら私だけだし、いいよねぇ。」
「???」
「あ、その寝巻き用意したの私なんだよ。私好み!」
言われてみるとリディセムの寝巻きはなんとなく大きいサイズばかり。袖も長くて手が隠れる。
「よーやく手を出していい状況になったんだもん!いーよね?」
「………………え?」
リディセムの夜は長い。
虚に翳る瞳にハッキリとした理性が宿る瞬間を、ハシュエルは美しいと思った。
水色の瞳がハシュエルを見て煌めくのが、いつの頃からか嬉しくなっていた。
『祈り』の加護を持つハシュエルは、周りを偽って生きていた。
無害である様に見せて来た。
それでも純粋に好意を寄せてくれる人間は多かったが、ハシュエルはそんな人達の事も信用する事が出来なかった。
過酷な環境で成長が出来なかった身体は、ハシュエルの庇護欲を唆った。
後ろ盾も何も無い存在は、ハシュエルの独占欲を増長させた。
最初は興味本位。
罪人上がりの小さな存在は、いつ消えても誰も気にもしない。死んでも父王が少し悲しむだけ。父上に至っては喜ぶかもしれない。
少し育ててみよう。
観葉植物を育てるような、ペットの世話をする様な、そんな軽い気持ち。
他人を拒絶し、死にたがり屋で、懐かない。
そんなリディセムを構い倒すうちに、愛情が湧いて来た。
それでもペットに向ける愛情だと思っていた。上手く育てば『剣聖』を手元に置いておける。手札は多い方がいい。
口から大量に血を吐いて、空に向かって手を伸ばすリディセムを、必死で抱き止めた。
落ちるな、空を求めるな。
どうせ求めるなら、自分の手を望め。
自分でも滅多に外に出さない怒りが、溢れ出て来た。
「本当は俺が引き取って保護したいんですけど、ハシュエル様の方が立場が強いのでお任せします。」
必ず生きていて良かったと思わせてくれますか?
レン・レニアンセルは眠るリディセムの額に手を乗せたまま、悲しそうにそう言った。
レンの過ぎた『祈り』の力は、魂の叫びまで拾い上げてしまうのだと、教えてくれた。
死にたいと、どんなにハシュエルが構い倒して可愛がっても、死にたいとまだ望んでいる。
「勿論、そのつもりだよ。」
父上が言うには、リディセムの初恋は父王なのだと言う。だったら父王似の白金の髪と星屑を散らした青い瞳はリディセムの好みなのではと内心喜んだが、もしかしたら父王がライバルになるのかと歯噛みした。
どんなに嫌がろうと構い倒し、逃げれない様にがんじがらめにしよう。
ハシュエルはこの時ほど自身の『祈り』の加護に感謝した事はない。
この死にたがり屋を死なせないで済む。
「…………んむぅ。」
涙目で寝ているリディセムが、モゾモゾと寝返りを打って擦り寄って来た。
最初虫のいそうなゴワゴワだった黒髪は、サラサラとした髪になった。
リディセムの眦に溜まる涙を掬って、小さな身体を抱き締める。
「おやすみ、リディセム。」
空は白み始めたが、リディセムの隣に潜り込みハシュエルも眠りについた。
応援ありがとうございます!
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読み始めてから色々な感情を持ったけど最後に思うのは罪は償えるものなのだということでしょうか。この先の彼らが幸多からんことを祈るばかりです。
お姉さんの事心配してたのでああ言う形になったのは寂しいけど良かったです。
素敵な作品をありがとうございます。
感想有難う御座います。
悪役にもやり直しをと書いた番外編です。
お姉さんとはお別れになり少し悲しいさよならですが、この話は全体的に暗いのでこのような形にしています。
読んでもらえて嬉しいです。
昨夜から一気に読み終えました。寝不足です。途中、悔しくて腹立たしくて何度も泣けてきました。今、最後まで読み終わってスッキリです。他の王子が登場する続編もぜひ読みたいです。
感想有難う御座います。
下げてからの上げてを意識して書いた話なのですが、最後スッキリしていただけたようで嬉しいです。
他の王子もチラリと考えはしましたが、今の話で手一杯になってしまっているので、機会があれば書きたいなぁと思います。
ありがとうございます。
とても面白くて一気読みしちゃいました。
最初辛すぎて泣きながら読んでいましたが、
最後まで読んで色々消化できました。
すっかりファンになりました。
これからも色々な作品楽しみにしてます!
感想有難う御座います。
この話、前半辛いという意見多数でしたが、最後まで読んでいただき有難うございます。
今後も頑張りますのでよろしくお願いします!