45 / 46
45 おまけ・剣聖は罪を償う②
しおりを挟む部屋に入るとリディセムは寝ていたはずのベットにいなかった。
ハシュエルがキョロキョロと探すと、窓が開いている。
まさかもう動けるのかと驚いた。
ハシュエルの『祈り』によって治癒されたとはいえ、喉を突いて大量に出血したのだ。
動けないと思い見張りもつけていなかったのは失敗だった。
兵を出して近隣周辺をくまなく探し回り、見つけた時はまた血を流していた。
「木の棒を腹に刺しています!」
ただの長い木の棒を思いっきり刺して自害を計っていた。
「木が残らないように腹を裂く。私がすぐに癒すから剣を刺して。」
私の指示について来た護衛騎士が一瞬狼狽えたが、直ぐに指示通りリディセムの腹に刺さった木に沿って刃を入れていった。
少しでも木屑が残ればそこから裂けてしまうので、慎重に肉を繋げていく。
「よし、良いだろう。ありがとう。出血が多い。急いで帰るぞ。」
私達は血塗れの姿で屋敷に戻った。
『剣聖』の加護はとても強い事を知った。
こんなに細くて小さな身体なのに、治癒力と体力があるのだ。
熱が出たが3日程したら上体を起こせるようになった。
「やあ、漸く話が出来るね。私はハシュエルと言う。この国の5番目の王子だよ。」
話し掛けたがリディセムの目は虚で、濁った水色の目は何も見ていなかった。
この子の知能が低いとは思えなかった。
自分が喉を突いても生きている状況から、治癒の加護で救われた事を悟り、すぐさま外に逃げて態と木を身体に突き立てたのだ。
治し難いと理解していた。
「ごめんね、外していた隷属の首輪は綺麗なのをもう1度つけさせてもらったよ。」
最初会った時につけていたのはゴツい鉄製の重たそうな首輪だった。
今は細い革製の青い首輪だ。
自死を禁ずる。ハシュエルから逃亡を禁ずる。その2つの命令だけを入れている。
放っておけばまた死のうとしそうだからだ。
「外しても大丈夫なくらい元気になったら、この首輪は外すからね。」
こうやって反応の無いリディセムとの生活が始まった。
「私は今学院に通ってるんだ。」
ハシュエルは15歳だ。
そう伝えた時、漸くリディセムが僅かに首を傾げた。
きっと自分が小さいからハシュエルの年齢をもう少し上に見ていたのだろう。
ハシュエルは平均より多少大きいくらいだが、リディセムは小さすぎた。
これで3歳年上なのだ。
リディセムは屋敷の中にいるのがいやなようだった。
必ず外に出たがる。
隷属の首輪で屋敷から逃げることはないが、建物の中に入りたがらない。
リディセムの今までの経緯を再調査して分かったが、今までリディセムは建物の中に入った事が無かった。
ずっと外で寝て生きてきていた。
町にすら入れず、塀の外や木の上で寝る生活。食事も満足に貰えず、隷属の首輪で逃げられず、魔物をただ規定量倒せと強要されていた。
成程、父王はこの事実を知り、考えあぐねいていたのか。
ラダフィムの魂であってもここまでするつもりは無かった。しかも今まで気付かず放置してしまった。
だから『救罪者』という加護を持つ自分に尋ねたのか。
しかしハシュエルもただの人間。この加護があるからといって何も変わらないので、ハシュエルも正解は分からない。
だから自分の好きなようにする事にした。
「東屋で寝てみない?ほら、屋根はあるけど壁半分は外だし、これなら雨が降っても大丈夫だよ?」
頑なに外で寝ようとするので、なんとか譲歩案を出した。
なんとか頷いてくれた。
ベンチに丸まって寝ようとするので、隣にクッションを置いて座ると不思議そうな顔をした。
「私も一緒に寝ようと思って。」
凄く嫌そうな顔をした。
1日目、椅子が硬すぎて寝れなかった。
7日目、寝れるようになった。リディセムはスヤスヤと寝ている。
1ヶ月目、寄り添って寝てくれるようになった。寒くなってきたからか?
3ヶ月目、話しかけると漸くうんと返事するようになった。
「え!?喋った事無かったの!?」
父王が驚く。
「はい、漸く真冬の寒さを利用してくっつく事に成功してから、反応するようになりました。」
半年目、家の中に入る。風呂に入ってくれた。
8ヶ月目、部屋で寝るようになる。まだ床の上。
1年目、ベットで寝る事を了解してくれた。
「え?ベットで寝るのに1年掛かったの?」
「そうですよ。忍耐勝ちです。」
最近、水色の瞳に意思を持ち始めた。
全てを拒絶していた濁った目は、真っ直ぐにハシュエルを見てくれる。
やり遂げた達成感に、ハシュエルは嬉しかった。
まだ言葉は辿々しいが、ちゃんと考えているので良しとする。このままいけば首輪を外しても問題ないだろう。
ハシュエル様は初恋の人と同じ白金の長い髪に、煌めく青い瞳を持っている。
初恋は苦い経験となってリディセムの心を苛んでいるが、漸くそれも落ち着いてきた。
初恋はしない。
そう決めていても、優しく手を差し伸べられると心がぐらついて、そっちの方が辛かった。
今住んでいる屋敷はリディセムの為に用意された屋敷だと説明された。
本当は王宮の中で過ごしているはずの人なのに、学院に近いからという理由を付けて、ここで一緒に過ごしている。
最初の1年は建物の中にいる事が苦手なリディセムの為に、東屋でずっと付き添ってくれた。
あまりにも申し訳なくて、自分でも頑張って震える足で建物に入る練習をした。
物心ついてからずっと外で生活していた所為か、建物の中は凄く不安になった。
何故こんなに優しくしてくれるのか分からないが、ハシュエル様の為に何か出来る事があるなら、恩を返そう。
「リディセムも学院を卒業しようか。」
ある日ハシュエル様がそう言った。
ハシュエル様は3年生になる。リディセムを従者として付き添わせ、一緒に卒業資格を取ろうと言われた。
一応ラダフィムとしての記憶の中から、学院の知識はある。卒業もしているので問題はないが、これからハシュエル様に恩を返すならリディセムとして卒業資格を持っていた方が良いだろう。
そう考え頷いた。
「リディセム、これが教材だよ。」
「ほら、今は休憩時間だ。お茶にしよう?」
「お昼だよ、今日はカフェテリアにいく?」
「帰ろうか。今日もお疲れ様。」
………………何故かリディセムの方が世話をされていた。
歳はリディセムの方が3つ上の筈だが、成長が止まってしまったかのように見た目が幼いリディセムは、違和感なく世話されていた。
「自分で、する。」
産まれてから数える程度しか喋らなかった所為か、理解はしていても言葉がなかなか出てこない。
辿々しく拒否するが、させないとばかりに次々と行動に移され間に合わない。
一度あまりにも話を聞かずに世話され続けて、どんどん着替えが進み出した時半泣きになったら漸く止まってくれた。
ラダフィムの記憶は動かなかった感情まで呼び覚まし、既に20歳になろうかという年齢で、世話され続ける事実に羞恥心が積み重なって思わず涙が出ていた。
これはこれで、また恥ずかしさが増した。
ハシュエルの父親がカシューゼネとアルゼトなのだと学院に入ってから知った。
現王と王配。
髪と瞳の色から血筋なのだろうと思っていたが、子供だったのかと密かに驚いた。
自分がラダフィムと知っているのだろうか?
やはり最初出会ったあの日に死んでおけば良かったのにと思った。
後悔と羞恥と懺悔がぐるぐると回り続けた。
ハシュエルは屋敷にいる時も使用人達から物凄く好かれていたが、学院でも同じ様に好かれていた。
自分がラダフィムの時、こんな風に使用人や学生から見られていただろうか?
きっとカシューゼネの側に自分達がいなかったら、カシューゼネもそういう風に見られていたのでは無いだろうか。
一人息子で王太子の婚約者でも無くて、ラダフィムという存在が無ければ、きっとハシュエルの様に笑って過ごしていたんだろう。
「少しでも楽しい思い出を作って欲しくて学院に通う事を勧めたけど、なんだか苦しそうだねぇ。」
徐々に暗い顔をしていたのか、3つ年下のくせに保護者の様に心配されてしまった。
ハシュエルは王族なので第5王子とは言え忙しい。
学長に呼び出されたので空き教室で待っていた。誰もいない空間に安堵の息が出る。
奇異の目と蔑みの言葉は辛い。
ヒソヒソと聞こえよがしに囁かれる言葉の中に、『剣聖』は罪人だと聞こえた。
ラダフィムは罪人で『剣聖』という加護さえ罪の証になってしまっているのだと気付いた。
だったらハシュエルの『祈り』はジュリテアと一緒だ。今でこそ人に好かれるハシュエルだが、過去はどうだったのだろう?
努力して築いてきたのではないだろうか。
それを自分の存在で下げさせているのではないだろうか。
そう考え出すと気が気では無く、少しでも離れようとするのに、ハシュエルはリディセムを滅多に1人にする事は無かった。
今は本当に珍しい事なのだ。
空き教室に連れて行かれ、鍵を閉めておく様に念押しされた。
だから鍵を掛けて大人しく待っている。
ガチャガチャと鍵を開ける音に訝しんだ。
ハシュエルは鍵を持っていない。
声が掛かれば開けるつもりだった。
開いた扉からは同じ学年の学生が数人入って来た。
これは不味いなと思い、必要ならば窓から飛び降りるつもりで窓側に立った。
「いたいた、すーぐ隠れるんだから、罪人は卑しいな。」
1人が笑いながら近寄って来た。
見た事はある。何処かの侯爵家か伯爵家あたりの子供だった筈だ。
罪人は事実なので無言で通した。
「その首輪、隷属の首輪だろ?」
基本罪人がつける隷属の首輪は鉄製の重たい物が使われる。
「そんな高そうなの貴族の性奴隷に堕ちた奴がつける首輪じゃないか。まさか、ハシュエル様をたらし込んでるのか?」
「…………。」
下手に否定しても助長するだけなので、何も言わない事にした。
「ま、いいや。主人の書き換えをやってやるよ。………誰にする?」
最後の質問は周りの学生に対するものだった。
確かにこれが隷属の首輪である限り、誰かしら主人の名前が刻まれている。
確認した事はないが、それはきっとハシュエルなのだろうと思っていた。
じゃあ俺がと1人名乗り出た。
昔の自分を彷彿とさせる体格のいい学生だった。きっと卒業後は騎士団にでも入るのだろう。
「隷属の首輪ってどこまで言う事聞くのか興味あるんだよな。」
騎士を目指すならやめた方がいい興味だった。
だが、昔の自分も考えなしに堕ちた興味だった。コイツは騎士として上に行く事は無いなと感じた。
腕を数人で拘束され、書き換えをすると言った生徒が青い首輪に指をかけた。
「うわ、小さいけど宝石までつけてある!こんな奴に勿体ない。」
心底嫌そうな顔をして首輪をじっと見つめていた。
ジワジワと首輪が温かく感じる。
何かをしているのだろうと思うが、コイツの持つ加護の力だろうか。隷属系に関するものなのかもしれない。
「さあ、主人は、」
何か、誰かの名前を言われた。
が、それは聞き取れなかった。なに?と言う間もなく息が詰まる。
耳鳴りが鳴り、ゴポッと口から暖かい液体が流れ出る。
集まっていた生徒達がワーワーと叫んでいる様だが、何を言っているのか全く聞こえない。
息が出来ない。
耳鳴りが止まない。
頭が割れる様に痛い。
グワングワンと身体が揺れ、拘束していた手が離れたことによって身体が傾いだ。
身体がよろけ近くの窓にぶつかった。
外側に身体が傾き、青空が見えた。
あの日見た、青空にそっくりだった。
忘れることの出来ない、青空の中に浮かんだ白金の髪と青い瞳。飛んだ帽子と風に舞う花弁がとても綺麗で美しくて、忘れたいのに忘れられない。
漸く死ねるかもしれない……。
訪れる死に手を伸ばした。
270
お気に入りに追加
962
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる