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25 ツベリアーレ公爵領

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 瘴気が溜まると空気が澱む。
 黒い霧が漂い、ぐにゃりと景色が歪んで見える。
 ツベリアーレ公爵領は度重なる依頼を王家に出したにも関わらず、それは何度も突き返され、王家に逆らう事になっても領民の命には代えられないと、冒険者協会に依頼を出した。
 最近浄化をしている冒険者がおり、かなり腕も良く良心的だと噂が広まっていた。

 

 やってきたのはツベリアーレ公爵のよく知る人物、息子のカシューゼネだった。
 一緒に従者のアルゼトと、小柄な銀髪の少年がいた。

「カシュー!何処に行ってたんだ!」

 領地の屋敷で待機していた両親に、カシューゼネは抱き付いた。
 以前の王太子妃としての品を保つカシューゼネにはない、気持ちを露わにした行動に、父親も母親も泣いて喜んだ。
 一緒にやって来たアルゼトに、ツベリアーレ公爵は礼を言う。

「アルゼトも有り難う。王宮へ行っても説明も無く、お前達が大役を放り出して逃げたの一点張り。挙句に王都の屋敷もここも暫く兵士が張り付いて動けなかったんだ。」

 やはり父様達を疑ったのだとカシューゼネは思った。
 小説の中と同じように公爵邸に行かなくて良かったと安堵する。
 
「良かった、カシュー。無事な姿を見て安心したよ。でもカシュー達が冒険者をやってるの?浄化が出来る冒険者と聞いてたんだけど?」

 母様がカシューゼネを抱き締めて、不思議そうに尋ねた。
 浄化を出来るのは『神の愛し子』であるジュリテアだけと思っていたからだ。
 カシューゼネはにっこりと笑う。

「はい、浄化をして回ってるのは僕達なんですよ!」

 公爵達は驚いていた。





 カシューゼネの加護は『全属性』。
 それは全ての属性を意味するが、何処までが全てなのか判る人間はいなかった。
 ただ全てと言うのなら、きっと凄い力なのだろうと王家はカシューゼネをヒュートリエ王太子の婚約者にして縛り付けたのである。

 問題はヒュートリエがそんな能力に長けたカシューゼネを、あまり好きになれなかった事と、その弟のジュリテアを愛した事が良くなかった。

 カシューゼネは決して能力の低い人間ではない。
 自分で思考し向上する意欲があった。
 それを押し留めたのが、まさかの婚約者ヒュートリエだった。
 『祈り』の加護はジュリテアのもので、カシューゼネは攻撃しか出来ない。
 そんな印象を周りに与えた。
 暴力的で短絡的。
 ジュリテアの言葉を全て聞き、ジュリテアに心酔していったヒュートリエは、カシューゼネは意地悪ばかりする心の冷たい人間だと周りに溢した。
 いつしかその言葉はカシューゼネにも入り、カシューゼネ自身が自分には攻撃能力しかないと思い込んでいた。
 折れた花を治し、割れた花瓶を元に戻すという離れ業をやっていたにも関わらず、自分に癒しの力があると考えていなかったのだ。
 
 小説の中でカシューゼネが自身の傷ついた身体を治癒しなかったのも、おそらく浄化をしていなかったのも単なる思い込み。
 15歳の加護を授かる日、新たな僕と言う意識が芽生えて初めて、心の中の何かがリセットされた。
 癒す、浄化をする。
 『全属性』の加護でそれが出来る事に気付いた。


 神獣フワイフェルエと出会い、彼に『神の神子』になれと言われた。
 20歳の加護は祝福の加護。
 15歳で運命という名の加護を与えられ、それを達成した者だけが与えられる祝福。
 たった5年で達成するには一言で終わる加護では何をするべきか不明で、達成出来るものはほぼいないのだが、『神の愛し子』は目標がハッキリしている。
 5年のうちに浄化を終わらせて、神殿にあるトゥワーレレ神の神像がもつ水晶を光らせれば良いのだから。

 小説の中で20歳になる前にジュリテアは達成した。
 はっきりとした時期は書いてなかったけど、ヒュートリエ様が20歳になった頃に終わる。
 そしてジュリテアが20歳になる時『神の神子』になり、ヒュートリエ様、ラダフィム、ナギゼア、神官長シューニエの4人は間違いなく『神の神子の伴侶』になった。
 カシューゼネもその内の1人になったかもしれないが、小説は終わり緋色の蝶に埋もれたカシューゼネははっきりとは書かれていない。
 どうやら神獣フワイフェルエは年齢が関係ないので加護も無い。ましてや伴侶でもないので神獣ビテフノラスの復活をジュリテアに自分を投げうってまでして頼んだのに、駄目だったのだ。
 だからカシューゼネの方に来た。
 カシューゼネは20歳の祈りはアルゼトに会いたいだったが、ヒュートリエ様とラダフィムの20歳の加護については書かれていない。何か授かっていたとしても、最終的に『神の神子の伴侶』を授かるので関係なかったかもしれない。

 神獣フワイフェルエによれば、20歳迄に浄化を終わらせるのは、『神の愛し子』だけに言えることではないらしい。
 それは『神の愛し子』という文字が入る、ヒュートリエ、ラダフィム、カシューゼネの3人にも言えると言うのだ。
 要は予備に当たる。
 『神の愛し子』が浄化が出来なくなった時の為の予備。
 だからカシューゼネが浄化をより多くやれば、カシューゼネが『神の神子』になると説明した。

 フワイフェルエ曰く、カシューゼネが『神の神子』になると、アルゼトは『神の神子の伴侶』になる。
 アルゼトの15歳で授かった『緋の光』と言う加護は、神より格下のフワイフェルエが与えた加護なので、その時に圧迫されて消える。
 『緋の光』は神獣ビテフノラスを従神として従える為の加護で、現在従えているヒュートリエから引き剥がせる力がある。
 そのように設定した時、神が了解したから出来る筈と言うのだ。
 神獣ビテフノラスはアルゼトが従えて消滅を防ぎ、『神の神子の伴侶』になったら『緋の光』は自然消滅して従神の契約も消える。
 その頃には多少回復するから、あとは自分達だけで癒して生きていく!
 
 これで万々歳!!

 と、両手を上げて満面の笑顔で教えてくれた。
 完全にカシューゼネ達を巻き込んでやるつもりだった。

「それは確実に『緋の光』の加護は消えるのか?」

 アルゼトの疑問に、フワイフェルエはうーんと考える。

「そこだけはやってみないとって感じなんだよね。でも、もし消えなくても君達なら死と共に解放してくれるんじゃないかと思ったんだ。カシューゼネも愛する人がいなくなる感情を理解してるよね?」

 フワイフェルエは真っ直ぐにカシューゼネを見つめた。フワイフェルエの金一色の目は、瞳が無いにも関わらず、カシューゼネの青い瞳を捉えている。
 信じている。
 そう、言うように。

「うん、分かったよ。僕もアルゼトがいなくなった時の喪失感は、今でも心を抉るようだよ。……一緒に頑張ろう。」

 僕はアルゼトと共に生きたい。
 フワイフェルエはビテフノラスと生きたい。
 僕達は仲間になった。





 父様達には今までの説明をして、場所だけ聞いて、私兵も伴わせると言われたけど、目立ちたく無いのでそれは断って僕達は3人だけで目的地に向かった。

 場所は領地の南にある森の中。
 近くに町があり、最近山賊が出て死者が出た場所だと聞いた。
 瘴気は怒り、悲しみの感情から生まれ、年月で溜まり1箇所に集まっていく。

 町はそこそこ大きいのに活気が無かった。
 市場もあるし人は多い。
 なのに静けさを感じる。

「陰気な町だねぇ。」

「山賊の被害も大きかったようです。」

 僕達は今日この町に宿泊して、明日森に入る予定だ。
 僕は態と目立つ様に広場の噴水の縁の上に立った。
 後ろからパシャパシャと音が聞こえ、隣に座った子供がなんだろうと見上げている。
 
 僕は手を広げた。
 手のひらからふわりふわりとオレンジ色の蝶が飛び出してくる。
 今は大きな夕陽が沈む時間。
 オレンジ色の蝶から輝く鱗粉が舞い散り、空へと昇っていく。

「……神様の蝶々だ。」
 
 隣の子供が惚けた様に呟いた。
 緋色の蝶は神に祈りを届ける。
 炎は焼く必要が無いので蝶だけ出した。

 町全体を覆う為に、次々と蝶々を増やしていく。
 緋色の蝶は広場を埋め尽くし、大通りを舞い飛び、驚いて開けられた窓から扉から、家の中に、建物の中にも飛び込んでいった。
 瘴気に当てられ病に倒れた人も、怪我で蹲る人も、やる気をなくしてただ眠っていた人も、蝶の緋色に輝く鱗粉が降りかかり、驚いて空を見上げた。

 神の蝶は願いを届ける。

 人々は苛む不安が晴れる様に祈った。

 夕陽のオレンジの光が蝶々を金色に輝かせる。
 キラキラと反射して、町の人々を癒していった。


 マントで顔を隠す怪しい姿ながら、恭しく礼をとるカシューゼネに、人々は歓声を上げる。
 カシューゼネのほんの少しでた口元が笑顔になる。

「領主様の依頼で冒険者協会より参りした。明日森の瘴気を祓いますので、ご安心下さい。」

 張りのある若々しい声は、歓声の中でもよく響いた。

 興奮冷めやらぬ人垣を抜け、カシューゼネ達は冒険者協会の休憩宿を使用する事にした。
 もう数え切れない程の瘴気を祓ってきたが、いく先々で浄化が終わる度に歓待を受けそうになるので、普通の宿では対応し切れず、協会の部屋を使わせてもらう様になっていた。

 カシューゼネもアルゼトも、双子という事で、もしジュリテアやナギゼアと間違われてはいけないと思い顔は隠している。
 神獣フワイフェルエも人ならざる金色一色の目を持つため、人型を取っていても顔は隠さなければならない。
 怪しい3人組なのだが仕方なかった。

 明日は早朝出発。

 実はこの地は小説に出てくる町だ。
 森の中、湖。
 もしかしたらジュリテア達に会う可能性が高いと思っていた。
 それはアルゼトとフワイフェルエにも教えている。
 明日の浄化は確実にジュリテアよりも先に終わらせたい。
 『神の神子』になる為に。



















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