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26 ジュリテア達との再会
しおりを挟むジュリテア達は大勢の騎士団を連れて、ツベリアーレ公爵領に来ていた。
まずは公爵に挨拶をと立ち寄ったが、ツベリアーレ公爵は冒険者協会に依頼した事を認めなかった。
「浄化の依頼は早くから行っていたのに、何故今頃来られたのかご説明願いたい。」
ツベリアーレ公爵の目は冷たい。
瘴気が増えれば作物は育たず、病気が蔓延し出す。死者も増え、王都の屋敷にいる暇など無いくらい、ツベリアーレ公爵は奔走していた。
しかも提示してきた『神の愛し子』への寄付金欄に法外な金額が記されている。
発生して直ぐならともかく、今やお金はいくらあっても足りないくらいの被害が出ているのだ。
払えるわけがない。
この用紙を出したヒュートリエ王太子殿下の隣には、愛息子の片割れが座っているが、別れた時とは掛け離れた姿に、ツベリアーレ公爵はそっと目を伏せた。
ジュリテアは昔から可愛かった。
カシューゼネと違って大人しく控えめで、人の気持ちを汲むのが上手かった。
そんなジュリテアは好かれやすかっのは事実だが、聞こえてくる噂に親として眉を顰めた。
美しい『神の愛し子』は毎日毎日綺麗に着飾り、王太子殿下の隣で微笑んでいる。
これは皮肉だ。
貴族も平民も、この瘴気に悩まされる時分に、何故そんなに着飾るのかと言っているのだ。
瘴気を祓い浄化してくれても、『神の愛し子』に払う金額が今度は重石になってくる。
このツベリアーレ公爵領だって、この提示された金額を払ったとして、その後の復興にどれ程の影響が出てくるか分かったものじゃない。
カシューゼネが冒険者協会を通してやっている金額は、普通の魔物を片付けるのと同等の金額しか請求していなかった。
安すぎる金額に最初は疑われていたらしいが、今やカシューゼネの方が愛し子扱いになっている。
ほぼ慈善事業の様な浄化をしているのだ。
カシューゼネの方が『神の愛し子』に相応しかった。
ジュリテアが立ち上がり、白い綺麗な手を父親の腕に添える。
これだけ見れば本当に綺麗な自慢の息子なのだ。
それがまた悲しかった。
「父様、僕達が来るのが遅かったのはお詫びします。」
許しを乞うて、じゃあどうするつもりか。
「もう良いのだ。ツベリアーレ公爵領はこちらで対処するつもりだ。態々来てくれたのは嬉しいが、殿下達と帰りなさい。」
これは決別だとツベリアーレ公爵は思っている。
厳しい顔をするヒュートリエ王太子殿下と、悲しげに涙を浮かべるジュリテアを見送った。
贅を尽くし、王家の旗を掲げる高級馬車に、別れを告げた。
公爵家に別れを告げて、ジュリテアは悲し気に目を伏せていた。
ジュリテアも両親とお別れだと思っていた。
「僕の両親は王家を通さずに浄化をしようとしている。これは謀反になるのかな?」
ジュリテアはツベリアーレ家を要らないものと考えた。
愛してくれないのなら愛さない。
「そうだね。とりあえず公爵家の処罰は王宮に帰ってからになるけど、浄化はどうするかい?」
ヒュートリエはジュリテアの言葉を全部肯定する。
同じ馬車の中に乗りながら、神官長シューニエは背中に冷や汗をかいていた。
今や王家を通さず冒険者協会に頼った領地がどれ程あると思っているのか。
大貴族であるツベリアーレ公爵を処罰すると言うのなら、その他の領地も対象になってくるだろう。
国が2つに割れる。
神殿がどちらに組みするか実は決定しているが、生き残る方に付かないと消えてしまうだろう。
「…………僕以外に浄化をしている人に会ってみたい。人相はわからないんだってね。」
「顔を隠してる3人組らしい。誰1人見てないと言われている。」
既に騎士団で働いているラダフィムが答えた。
「そう…………。」
馬車に乗る4人は皆、同じ人物を思い描いていた。
気の強い眼差し。
小柄ながらも鍛えたしなやかな身体。
自信に溢れた背中はいつも背筋が真っ直ぐで、白金の髪がサラサラと流れていた。
同じ顔ながら、ジュリテアとは全く違う印象を与える人。
もし、本当にその人ならば………。
ジュリテアには兄様が必要だと思っている。カシューゼネがいなくなってから、ジュリテアの周りは変わり出した。
無垢で無邪気なジュリテアを、厚顔無恥だと言う人間がいる。
カシューゼネ兄様には僕の影になってもらわなければ。じゃないと僕は光にならない。
ジュリテアは自分1人では輝けない事を理解している。
だから、自分の側に戻ってきてもらわないと…………。
僕を愛する人が減ってしまう。
そして、最も愛する兄様が離れていく。
ジュリテア達が訪れた時、瘴気に侵された筈の町は活気に溢れていた。
軒下にもベランダにも、たわわに花をつけたプランターが並べられ、弾ける様に出店から客寄せの声が威勢よく飛んでいる。
人は笑い子供が元気に駆けている姿は、とても瘴気に侵されている町には見え無かった。
ジュリテア達にも、大勢の騎士達にも、これが噂の冒険者の仕業だと理解出来た。
冒険者の到着は昨日だと報告を受けていたのに、綺麗に消された瘴気に、その人物の能力が窺い知れた。
今回この浄化の旅に同行してきた騎士達は2種類いた。
純粋に王家に従う貴族の集まりの騎士達と、旅が始まった当初にカシューゼネと共に前線に出された騎士達だ。
王家に従う騎士達は活気付いた町に唖然としていたが、カシューゼネと戦った騎士達は静かに頷き合った。
後方に待機した騎士の1部が素早く離れていく。
先に森に入り、カシューゼネ達に合流するつもりだ。
いくらカシューゼネが『全属性』という加護で強くとも、甲冑に包まれた騎士が大量にいてはただでは済まない。
だったらジュリテア達についてきて、寝返ろうという者が大勢いた。
今の王家は腐敗している。
離れ出した貴族も騎士も大勢いた。
先にカシューゼネを捜索に入った騎士達は、獣道を進むカシューゼネ達に合流する。
騎士達はカシューゼネが戦いながら浄化する様を見ていたので、浄化をしている冒険者がカシューゼネだと信じていた。
「カシューゼネ様!」
騎士達は甲冑の兜を脱ぎ捨てて、突然現れた王国騎士の姿に臨戦態勢をとったカシューゼネ達の前で跪いた。
忠誠を誓い共に戦わせてくれと願う。
ジュリテアにつく騎士と、カシューゼネにつく騎士はおおよそ半々なのだと言う。
カシューゼネは頷き了承した。
ツベリアーレ公爵ももう国は2つに分かれていると言っていた。
その旗印にジュリテアとカシューゼネが立っているとも。
アルゼトにもう一度会いたい。共に生きたいと願った話は、大きく変わってしまった。
アルゼトはカシューゼネの手を握った。
ジュリテアの白魚の様な手とは違う、剣を握りぺんだこの出来た、努力した人の手を。
闇夜にも関わらず、森の中に突入したジュリテア達は、緋色の蝶が舞う幻想的な樹々の中で戸惑った。
目の前をヒラヒラと羽を羽ばたかせ、火の粉の様な鱗粉が大気に舞っている。
連れてきた筈の騎士と騎士が戦い出した。
奥に進もうとするジュリテア達と、奥に進ませまいとする騎士達。
この奥に、いるのだとジュリテアは思った。
奥に行く程瘴気は増すのに、同様に緋色の粒子も増していく。
暗い筈の森は夕焼け色に染まり、更に奥は光り輝いていた。
騎士達に道を作らせ進んだ場所は、森が開けた湖のある場所。
水面には大量の蝶々が湖面を埋め尽くし、足を緋色に燃えて波打つ水面につけた1人の人が目に飛び込んだ。
抜き身の剣から緋色の雫が滑り落ちていく。
刃は下に向けられ、ツツーと緋色の光が下に流れてポタリと落ちた。
ポチャンと音がしたわけでもないのに、水面で弾けて王冠状に飛んだ水滴は輝く蝶になって飛び立っていった。
ジュリテア達に向けられた瞳は、同じ星屑を散らした青色。
ジュリテアの目は大きく見開かれた。
美しいジュリテア、可愛いジュリテア。
それが自分に向けられた賛辞だったのに、今、目の前にいる同じ顔をした双子の兄弟は、遥か高みから艶やかに見下ろしている。
ジュリテアは笑った。
なんて美しいのだろうと。
ジュリテアはこの兄に対して嫉妬や憎しみといった心はない。
誇らしいとさえ思っている。
だからこそ、カシューゼネはジュリテアにとって毒にもなり薬にもなる。
「カシューゼネ兄様、僕と一緒に王宮に帰りましょうよ。」
カシューゼネは悲しそうに笑った。
ああ、最後に見た父様と母様の笑顔と一緒だ。
「ジュリテア、ごめん。僕はアルゼトと生きるんだ。」
はっきりと断られて、ジュリテアの瞳の中は虚に翳る。
そうか、カシューゼネ兄様は僕を愛さないんだ。
僕を愛してくれないんだ………。
愛してても、愛は返ってこない。
だから愛してくれる人だけ愛していた。
だったら…。
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