落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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神様のいいように

113 逃げた後悔と開き直り③

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 あれから暫く津々木学さんの魂は来なかった。
 一度きりのチャンスだったんだろうか?だったら僕はまたチャンスを逃したという事になる。
 時間の流れが違うのか、世界と世界がズレているのか分からないけど、向こうの世界は長い年月が経っている。
 向こうとこっちが繋がるのは、シュネイシロである僕と透金英である玖恭がいるからだ。シュネイシロとスペリトトは番だし、ラワイリャンと透金英は魂の核と仙の種を使うことで番のように繋がっている。
 スペリトトとラワイリャンが死ぬか、僕と玖恭が死ぬかしたらきっとまた世界の時間はズレていく。
 でも今は津々木学さんとツビィロランも入れ替わっている。
 繋がりがあるうちにどうにかしたい。そう考えていたある日、津々木学さんに異変が起こった。

「僕、本当はツビィロランじゃなかった。」

 突然呼び出されてそう言われた。

「じゃあ誰なんですか?」

「ノーザとレイの子供。」

 誰だろう?ゲームは一通りしてみたけど、ノーザとレイの子供というのは出てこなかった。
 
「?学さん、なんか刺さってますよ。」

「え?何が?」

 いや、ここに………、と言って学さんの胸を触ろうとしてこれが実体を持っていないことに気付いた。小さな針のようなものが学さんに刺さっていた。
 この前会った時はなかったのに。
 最近何があったのかを聞くと、コンビニで本物が来たかもしれないということを教えてくれた。そしてその時ツビィロランの前の自分を思い出したのだという。
 
「本物が来て針を刺して行ったんですか?」

「それは分からないけど…。姿が見えたわけじゃなくて、なんとなく来たかなって思ったんだ。」

 でもこんな針を刺せるなんてこっちの世界ではあり得ない。だから来たんだろう。
 ………この針から知った神聖力を感じた。

「ジィレンの神聖力だ。」

「え?ジィレンを知ってるの?」

「え?」

「ん?」

 何故学さんがジィレンを知っているの?ジィレンは妖霊の王だ。僕の重翼で、番になるべき人だった人だ。

「知ってるんですか?」

「んー。そんなに知ってるわけじゃないけど、たまに食べ物くれた人だったから。」

 ノーザとレイの子供の頃、飢えに苦しんでいた時に食べ物を貰っていたらしい。どこから来るのかとかは知らないと言ったので、ジィレンが妖霊でありその王であることは知らないようだった。
 何か繋がりがあるのかは今のところ分からない。
 
 さて、どうしよう。

 学さんに刺さった針からは糸が垂れていた。それは延々と続いて空間に消えている。きっと向こうの世界に繋がっている。どこに繋がるのかは予測できる。津々木学さん本人の魂にだ。僕やスペリトト、ラワイリャンや透金英のように魂の縁で繋がるのとは違い、直接的に繋げたのだ。これで世界と世界は今完全に同時進行していることだろう。
 こんなことをしたらお互い引っ張り合う。引っ張り合わせて何をするつもり?このままではお互い魂がスポンと抜けて、世界の壁に当たる。本物の学さんも目の前にいる学さんも、神聖力がない状態なので通り抜けるかもしれない。そしてお互いまた身体が入れ替わる。

「身体の入れ替えをしようとしてる?」

「え?」

 学さんが僕の呟きを聞いて青褪めた。

「いや、嫌だよ。せっかくここの世界に慣れたのに…。このままここにいたい!」

「………そうですよね。」

 なにせあっちで殺されたんだから。戻りたくないだろう。
 僕は今度は手に神聖力を纏わせて針を触った。
 
「握れる。」

 学さんは何をしているんだろうと不思議そうだ。
 クイクイと引っ張ると、意外にも手応えがあった。向こうでも引っ張られないように力が加わっている。抵抗しているんだ。少し強めに引っ張ってもビクともしない。

「うーん。」

「どうしたの?」

 それは僕も聞きたい。
 僕はとりあえず帰りたくないという学さんの意見を尊重して、針が抜けないように固定した。
 向こうとこちらで引っ張り合う。ずっと引っ張り合うとどうなる?
 引き寄せ合う。なにを?まさか、世界を?
 ジィレンは何を考えているの?そんなことしたら壁に穴が…………。

「………………。」

「どうしたの?」

 固まって黙り込んだ僕に、学さんが心配そうに聞いてきた。

 そうか、もしかして。
 
「いいえ、なんか分かりましたけど…。あとはなる様にしかならないかも。もし向こうに行ってしまっても状況によっては帰ってこれます。だから心配しないで。」

「僕、向こうに行っちゃうの?」

「うーん、もしかしたらです。でも諦めないで下さい。向こうの世界はこっちとは違って精神的な力が強い世界なんです。しっかりと覚えていて下さい。」

「覚える?」

「はい。」

 これはこちら側からどうにか出来るだろうか。この針と糸は繋がっている。かなり強い力で作られている。
 
 ジィレン、貴方は長い時の中をどうやって生きたの?
 裏切り者の僕を、どうしたい?
 
 ………それでも僕は、僕の大切なものを手に入れるよ。貴方を苦しめると知っていても。




 パチっと目を開けると目の前に玖恭くうやの顔があった。
 近過ぎてちょっと眉を顰める。

「起きた?」

「写し終えたの?」

 玖恭は首を振った。ま、そんな量じゃないしね。

「杉達がさぁ、帰りなんか食って帰ろうって。いつも采茂ともを一人にして可哀想っていうんだ。」

「………うん?」

 いつもは僕を駅まで送ってから遊びに行くのに、今日は珍しく誘うんだ?

「一緒に行くか?」

「……………。」

 横を見ると杉達が僕の返事を待っていた。

「そんーー………だね。行こか?」

 やったぁ~~~という杉達。どうやら僕が集団を好まないタイプと思っていたらしい。そしてそんな玖恭と杉達を見守っていた女子達がすごい顔してた。
 あー、僕がついていくと玖恭は僕から離れないからね。しょうがない。僕にも交友関係は必要だ。

「なー、なー、石森は何食べたい?」

「なんでもいいの?」

「今日は石森が初めて俺らに付き合ってくれる記念日だからな!」

 僕はいない方がいいのかと思ってたけど、どうやら気になっていたらしい。そんなことをいう杉も玖恭と似たり寄ったりの人間だ。

「あーーー……………、うどんかなぁ。」

 杉がうどんかよ!?ってずっこけた。



 高校生ばかり十人以上で移動するのはなかなか騒がしい。意外と女子がうどんでもいいという子達がいて、その人数でうどん屋さんに入ると店員さんが驚いていた。注文と配膳が大変そうで、今度からは玖恭だけと来ようと思う。

 玖恭達はまだ遊ぶというけど、僕は帰ることにした。
 駅で別れて電車に乗ると、珍しいことに道谷さんの方からメッセージが入った。

 学の記憶が戻った。様子を見に来て欲しい。

 道谷さんは僕達の話を少ししている。信じているかどうかは分からないけど、道谷さんは学さんの味方だ。どんな話だろうと学さんが言うことは信じているようだった。
 態々僕に連絡してくると言うことは、中にいる人間が変わったのだ。本物の学さんに。

「明日学校の帰りに行きます。」

 そう打ち込むと直ぐに返信が来た。了解。会社のこととか色々あるだろうけど、そこは僕ではどうしようもない。道谷さんが付いているしどうにかするだろう。
 そう思って僕は次の日の夕方に行くことにした。




 本物の学さんにはほぼ会ったことがなかった。小さな頃に事故に遭うのを助けられた時と、お葬式の日に魂になった学さんを見た時、後は少し前に校門前で魂の状態の学さんを見た時だ。

「わぁ、別人ですね。」

 中身が変わればこんなに変わるのか。
 元々津々木学という人間は、男性にしては線の細い整った顔をしている。それでも女性的なわけではなく、綺麗な男性だ。身体もちゃんと鍛えていたようで、中に入ったツビィロランも維持するようにしていた。なので黙っていれば凛とした花のような容姿をしている。
 でもツビィロランが入った学さんは口を開けば可愛い感じになった。ちょっとドジだけど周りから好かれるタイプだ。
 今の学さんは………、うーん、強い?
 なんて言うか性格が強いのかな?はっきりとしていると言うか。眼差しも人や周りをよく見ているタイプ。卒なくなんでもこなしちゃいそうな、頼り甲斐のある男性になっている。

「元々の学はこんな感じだったんだ。」

 コソッと道谷さんが教えてくれた。
 ここは学さんと道谷さんが二人で暮らしているマンションだ。一緒に住もうということになり、最近同居しだした。
 窓際に立って外を見ていた学さんが、振り返って入って来た僕をじっと見た。
 怪訝な顔をしている。

「えーと、こんにちは。僕は面識があるかなと思ってるんですが、どうですか?」

 とりあえず話しかけてみた。
 学さんの眉がググッと寄る。暫く考えて首を振った。

「ごめん。わかんないな。記憶が、ごちゃごちゃで……。」

「そうですか。僕は石森采茂と言います。小さい頃学さんに車にひかれそうになるのを助けてもらったんです。その時学さんは記憶喪失になったんですよ。」

 学さんは考え込むように宙を見ている。

「……………記憶は………、ある。でも分からないんだ。まるでテレビを見てるみたいに、自分じゃないような感じがする。」

「それは事故の後の十年近くの記憶もあるんですか?」

「………………ある………、けど……。その……。」

 チラッと道谷さんを見る。それは戸惑いと嫌悪が混ざっていた。
 やっぱりそうかと思った。
 向こうの記憶を忘れている。
 元々この身体は津々木学さんのものだ。自分の身体に本人が入ったのだから、他人の身体で過ごした日々のことは忘れている。
 出来れば覚えていて欲しかったけど…。向こうの状況を聞きたかった。でもこの可能性は考えていた。
 本人が戻った時、ツビィロランは向こうへ行き、本物の学さんは記憶を無くす。
 学さんを上から下までじっくりと見ていると、ちょっと嫌そうな顔をされてしまった。ツビィロランなら戸惑って困った顔でもしそうなのに、本物はかなり性格がキツイようだ。
 
「少し道谷さんと話したいです。」

 僕がそう言うと、頷いて隣の部屋に入って行った。学さんも混乱しているんだろう。

「………あれは、本人だと思う。でも俺は……。」

 僕は安心させるように笑った。

「昨日までの学さんに戻って欲しいですよね?大丈夫です。僕もそう思ってますから。それに本人もそうなんじゃないかな?」

 道谷さんは怪訝な顔をした。

「なんでそう思うんだ?何も覚えてないんだろう?」

 僕はうーんと言って上を見上げる。
 伸びてる。すっごく綺麗な紐?縄?が伸びてる。

「なんかすっごく執念深い人がぐるぐる巻きにしてるんですよね。」

「?何をぐるぐる巻き?」

「魂に。学さんの魂がぐるぐる巻きになっていて、縄みたいなのが続いてます。」

 それはこの前見た糸と同じだった。違うのは糸は引き合っていたけど、これは離れまいと巻き付いている感じだ。
 刺さっていた針と糸は入れ替わりの衝撃で抜けてしまったようだった。そこはちょっと残念だったけど、このぐるぐる巻きの縄があるなら可能性はある。
 誰かがこのことを想定して学さんの魂を契約で縛ったのだ。離れないように、頑丈に。

「これは朗報です。入れ替わっちゃった学さんに教えてあげられないのが惜しいくらいです。」

「どうしたらいいんだ?」

 道谷さんには焦りが見える。

「そうですねぇ…。今の学さんが向こうを思い出す。いや、このぐるぐる巻きにした人を思い出すのが一番です。」

「誰だそれは?」

「わかりません。」

 残念ながら。これは学さん次第だ。でも思い出した時が最後のチャンスだ。
 僕はスタスタと歩いて学さんの部屋に入った。

「学さぁーん。」

 警戒されないように、ニコニコと笑いながら近寄る。

「な、なに?」

 あ、警戒された。ま、いっか。ガシッと手を握った。学さんはギョッとしている。

「ちょっと繋がせてて下さいね。」

「??」

 ま、分かんないよね。こっちの人間は神聖力がない。僕が何かしても気付く人間はいないんだよね。
 僕は手を離した。にょーんと光の帯が繋がる。

「大丈夫です。思い出しますよ。」

「え?覚えてる……、と思うけど?」

 こっちの記憶はですね。でも忘れているのは向こうの記憶だ。
 僕は微妙な距離になった二人の家をおいとました。







 帰り道、玖恭から電話が入った。
 学さん達のマンションに行くと言って別れたから、まだ居るのかと聞いて来たので、今から帰るところだと言うと杉達と近くにいるのだと言った。
 合流して何か食べようと言ってきた。気分がいいから食べに行こう。今日はラーメンだった。晩御飯入るかな?母さんに電話したらお友達と食べて来なさいと言われてしまった。僕の交友関係が薄過ぎて心配だったらしい。怒られるかと思ったら逆に嬉しそうだった。

「石森~、次はお好み焼きな!」
 
「出来れば事前に言ってて欲しいかなぁ。」

「そういう塩な返事が嬉しい!」

 杉は変な奴だ。

 ラーメン屋を出たら外は暗かった。

「いつもこんな時間まで遊んでんの?」

「うん?まぁ、週二くらい?」

 元気だなぁ。
 皆んなでまたわぁわぁ言いながら歩く。高校生が集まると反対側から来る歩行者は避けてくれるんだね。
 いつもはその輪の真ん中にいる玖恭が、最後尾の僕に並ぶ。
 トコトコと歩いていると、丸い月が見えた。でも満月は一昨日だった。だからあの月は少し欠けている。
 
 僕は立ち止まった。
 玖恭が気付かずに数歩先を歩く。

「ねぇ…………………。」

 玖恭が離れたことに気付いて振り返ろうとした。

透金英とうきんえい。」

 玖恭の色素の薄い茶色の瞳が見開かれる。少し空いた唇が、何かを言おうとして止まってしまった。
 
 僕は自分が我儘なのを知っているよ。そして欲しいと願う人がいることも覚えている。その想いを貫いた時、周りにかける迷惑も十分知っていた。
 いや、知っている。
 それは多分今も続いている。

「……君の身体を僕にくれないかな?」

 立ち止まった僕達は杉達に置いて行かれている。透金英と呼ばれた玖恭の後ろの方を、僕達の様子に気付かず騒ぎながら歩いていた。

 玖恭は目を見開いたままゆっくりと僕の方を向いた。そしてゆっくりと笑みを作る。

「勿論です。」
 
 ニコッと微笑んだ。


「シュネイシロ様。」









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