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神様のいいように

114 違和感

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 目を覚ますと見知らぬ部屋だった。
 いや、知ってはいるのだが違和感があった。昨日の記憶もある。ちゃんとあるのに、自分じゃないのだと思っている。
 そんな違和感がずっとあった。
 何かを忘れていると思うのに、思い出そうとしてもちゃんと自分は日々仕事に行って普通に暮らしている。
 今日も仕事をした。したけど、変だなと思う。
 新入社員で入った時は営業だった。だけど事故に遭って記憶喪失だと言われて、でも記憶はちゃんとあったのに?
 それから何かと不安定で、なんでか柊生しゅうせいが助けてくれて……。
 半年休職して復帰した。最初は営業じゃなくて営業事務に変えてもらったのだ。そこから覚え直して、少しずつ営業に替えてもらった。柊生が自分の営業補佐にしてくれれば面倒を見るからと会社に頼んでくれたのだ。
 俺は、俺は………。

 そこまで考えてドッと汗をかく。

 あれ?俺の恋人が柊生になってる?なんで?そんなに仲良かったか?いや、事故の後あんだけ助けてくれたんだし仲良くなるのは分かるけど、恋人にまでなるか?男同士だぞ?俺彼女いたよな?覚えてないけど……。
 いや、俺の恋人は………。なんかもっと違う……。
 頭がズキズキと痛い。
 
 部屋の扉が開いた。
 俺は今から寝ようとベットに入ったところだった。このベット大きいなぁ………。二人で寝てるしな。男二人だから一番大きいやつにした。……という記憶はあるのだが、違和感が半端ない。

「どうしたんだ?」

 入ってきた柊生が心配そうに近付いてきた。今の柊生はやたらと俺にかまいたがる。
 俺はベットに座って考え事をしていたわけだが、柊生はその隣に座って腰に手を当て抱き寄せてきた。
 いつものことだ。いつも別に嫌でもなんでもなく、むしろ喜んで………。よろ、こべな、い……。

「すっ、ストップ!!」

 柊生の近寄ってきた口をグイ~と両手で押した。

「ど、どうしたんだ?」

 いや、どうしたんだろう?でもなんか違うのだ。お前じゃない。
 
「いや、待て。ちょっと落ち着こう。」

 柊生は俺の顔を暫く見て、不安そうな顔をした。柊生は男らしい顔をしている。ハンサムだ。その顔が心許こころもとなそうにしている。

「学?」

 うん、いや、そう呼ばれてたよなぁ。でもなんか発音が違うような………。

「なんか俺、変な気分がする。」

 自分が思いっきり顔を顰めているのが分かる。でもなんか違うのだ。でも何が違うのか分からない。だいたい記憶を思い返してもさっきまでの自分がちょっとおかしい。
 ご飯作るねっと言ってエプロンつけて晩御飯作ったし、柊生の方がいつも美味しいご飯作ってくれるのに下手でごめんねっとか言わないし。作ってやったんだから文句言わずに食えよくらいは言うだろうけど。
 なんか変!俺じゃない!でも俺!?
 ブツブツと悩んでいると、柊生が変な顔をした。

「俺……?」

 あ、そう言えばずっと僕って言ってたな?なんでだ?昔は俺だった。でもずっと俺って言ってたよな?記憶では僕と言っている気がするのに、そのチグハグな違和感が頭を痛くする。
 柊生が何か考え込みだした。

「俺変だよな?」

 柊生は頷いた。その顔は不安気だ。なんかこんな顔するやつ他にもいたような……。
 その日は仕方なく一緒のベットで寝た。違和感があってなかなか寝付けないし、隣に寝た柊生が俺を気にしているのが気配でわかるから、お互いずっと緊張しっぱなしだった。



 次の朝、柊生が朝食を用意してくれていた。
 朝食は交代で作ろうと言っていたはずで、今日は俺だったと思い起きたのだが、それよりも早く柊生が起きて作ってくれていた。

「和食………!」

「ん?ああ、いつもそうだろう?」

 あ、あれ?そうだ。どっちが作っても炊き立てご飯が食べたいねと言って、白米を炊くようにしていた。
 でも凄く久しぶりな気がする。
 味噌汁も作ってくれていて美味しい。普通に豆腐美味しい!

「うまい。」

 そう言うと柊生は嬉しそうな顔をした。中学生の時のことがあって疎遠になっていたのに不思議なものだ。
 お弁当まで渡されてしまった。
 なんかこのマメマメしさに既視感を覚える。


 会社に出社して自分の仕事をすることにした。何をしていたかは覚えている。パソコンこんなに薄かったっけ?
 とりあえず打ってみようと指を動かしてみて、動くんだけどなんというか動かしにくい?
 ???
 いつもやっていることなのに、全てがやりにくいと感じた。
 とりあえず予定通りに動いてみよう。

「客先まわり行ってきます。」

 同じ部署の人に告げてタブレットをカバンに入れる。

「?」

「どうしたの?」

 隣の女性が話し掛けてきた。

「えーと、いえ、忘れ物チェックです。」

 そう?と優し気に笑いかけてくれる。女性がいっぱいいる?タブレットって使ってたっけ?
 プレートを外出に変えて社員証を手に持ちながら歩く。何もかもがおかしいと感じる自分は変なのか?
 
 今日の予定した場所をまわりながら、タブレットを操作する。今日は作った資料の説明をする予定だった。それを眺めながら、もうちょっと文章を見やすくしたいと思い少し書き換えていく。後ここにこの資料を添付して……、これも入れておくか。
 なんとなく作り直して説明すると、見やすくなったと誉められた。
 そんなことを繰り返しながら会社に戻り次の作業に取り掛かる。いつも通りやっているのに落ち着かない。

「津々木君、今日調子悪いの?」

 朝出る時に話しかけてくれた女性が心配そうに見ていた。

「そう…ですね。なんだか変な感じがして……。」

 自分でも上手く説明出来ない。手で髪をかき上げフゥと息を吐く。怠いんだろうか?

「今日は定時で帰ったら?」

 余程体調が悪そうに見えるんだろうか。

「…………すみません。そうします。」

「急ぎがあったら少しならもらっとくよ?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」

 元々この隣の女性とはよく喋っていたが、いつもはもっと明るくて頼り甲斐がある感じなのに、今日はこちらの様子を窺っている。
 俺は定時になり挨拶をして先に帰宅したので、残された部署の人達の話を知らない。




「ねーねー、今日の津々木君、いつもとちがったね。」

 先程話しかけていた女性は他の周りの人間に話し掛ける。
 数人が分かる!と同意した。

「………ちょっと色気が。」

「憂い顔とか滅多に見れないのにねぇ。いつもはニコニコしててほんわか癒し系なのに。」

「仕草とかちょっと男らしくなっててドキッとしました!さっきの髪をかき上げた時とか別人かと思いましたよ!」

 お前男だろう!と数人がツッコむ。元々綺麗な顔をしている。目は大きめだけど切長で、睫毛が長い。薄い唇に肌荒れひとつしていない肌は女性社員がいつも羨ましがっていた。
 いつもはちょっと自信なさげな優しい雰囲気なのに、今日の津々木は何をやるにも迷いなくサクサクと仕事を進めてしまった。

 電話の音が鳴り、会話から遠い位置にいた男性が取る。

「おーい、津々木君は?」

 別の人間が帰ったというと困った顔をした。
 
「今日の資料良かったから使いたいって連絡入ったんだけど……。」

「え、でも体調不良で帰ったよ?」

 そこへちょうど戻ってきた道谷が自分が受けとくよと電話を変わった。
 話を聞いて明日もう一度本人と伺うと返事をしている。

「道谷さんは今度昇進だよね?」

「今や営業のトップですからね……。」

 道谷と津々木には噂がある。同棲、恋人、いやもう既に結婚してるのでは!?
 皆注目しているのだが、道谷の目を盗んで津々木に聞こうものならどんな目に遭うか分からない。これから道谷はどんどん上に上がり上司になっていくのだから。
 津々木は津々木でどこかほわっとしてて確信を突けない雰囲気を持っていたのだが、今日は今日でなんとも言えない色気があり誰も聞けなかった。

「津々木は帰ったんですか?」

 電話を終えた道谷が尋ねてきた。

「あ、はい。なんだか体調悪そうだから定時で帰ったらって言ったんですけど…。」

「そうか。ありがとう。じゃあ俺も帰るよ。お疲れ様。」

 何がどうして「じゃあ」になるのか。皆疑問に思ったがさっさと帰った道谷にお疲れの挨拶をすることしか出来なかった。それくらい早かった。





 夕方になり先に帰ったので晩御飯を作ってみようとして固まった。
 作っていたはず…。なのに使い方が分からないような、分かるような……。今日はどうしたんだろう?
 暫くすると柊生も帰ってきた。

「晩御飯は何か取ろうか。何がいい?」

「え、ああ、うん。寿司食べたい。」

 久しぶりに食べたかった。

「お昼は食べた?」

「あ、そうだった。食べたよ。美味しかった。」

 弁当箱を出すのを忘れていた。慌てて出すと自分の分と一緒に洗い出す。ザァザァという水の流れる音に、この音も久しぶりだなと感じた。ステンレスに水が流れ落ちる音だ。当たり前の音なのに、なんで?

「なぁ、俺今日おかしい。」

 洗いながら柊生はギュと口を引き結んだ。



 出前の寿司は高いやつだった。安いのでいいと言ったのに、態々寿司屋から出前をとってくれた。

「あのさ、一人詳しいやつがいるんだ。呼んでいい?」

 食べなから柊生が呼びたいと言ったのは、昔事故りそうになった時助けた子供だった。俺も知っている。高校生だ。
 俺は頷いた。

 

 次の日やって来た石森采茂は確かに何かを知っているようだった。そう雰囲気が言っている。俺の様子を観察して、嬉しそうにした。
 昨日までの俺は石森采茂のことを頼れる高校生と思っていた。
 でも今の俺から見たら得体がしれない。

「ちょっと繋がせてて下さいね。」

「??」

 手のひらを合わせて来た。

「大丈夫です。思い出しますよ。」

 そして俺の目を見てそう言った。まるで俺が何かを忘れているのだと知っているかのように。

「え?覚えてる……、と思うけど?」

 そう返事を返しながらも、俺は必死に考えていた。
 何を忘れているのかを。









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