上 下
70 / 107
全てを捧げる精霊魚

70 聖王宮殿にて

しおりを挟む

 聖王宮殿の奥まった場所に聖王陛下の執務室はある。宮殿の建物自体はそう高い造りではなく、だだっ広く横長に広いのだが、聖王陛下の居住地と執務室だけは少し高くなっている。
 そこに向うと、執務室の隣室に予言の神子達が集まっていると見張りに立つ神聖軍の兵士が声を掛けてくれた。
 イツズはそちらに行くというので、一旦隣室に入ることにした。

「おっはよぉ~。」

「ん?あ、イツズおはよ。」

 イツズが元気よく入室すると、直ぐにツビィロランが顔を上げて挨拶を返してきた。
 室内にはツビィロランの他に、リョギエンとアオガもいた。

「リョギエンもこちらですか?花守主の方は大丈夫なのですか?」

 入室前に聖王陛下のもとには、番であり神聖軍主のアゼディムと青の翼主クオラジュ、マドナス国王イリダナルがいると聞いていたので、花守主当主のリョギエンも混ざるならばそちらではと思い尋ねた。

「留守ばっかりにしていたら当主交代になった。」

 形式と伝統を重んじる予言者の一族からは考えられない軽さでリョギエンは言った。前々から思っていたが、花守主は当主が短命な為か統率力はイマイチ。当主が色無いろなしなので仕方ないこととはいえ、もう少しやり方がないのだろうか。

「………では、次の当主は誰なのでしょうか?」

「ヌイフェン。」

「…………成人してましたか?」

 リョギエンはプルプルと首を振った。

「うちの一族少人数だから。」

 いや、だからと言って子供を?

「だれだれ?そいつ何歳?」

 会話にツビィロランが入ってきた。

「今年、十四歳?くらい。」

 リョギエンはうろ覚えらしい。

「リョギエンの甥ではなかったのですか?」

「まぁ、そう。そのうちここに来るから会える。」

 既に当主交代は決定事項であり、聖王陛下へも許可をとっているのだろう。
 気を取り直してツビィロランに話しかけた。

「隣の執務室では政務中ですか?それとも会議を?」

 イリダナルが来る理由は毎度様々だ。たんに遊びで訪問することもあれば、重要な交渉や契約を
引っ提げて来ることもある。
 今日来訪する旨の書簡は先触れで出してはいたが、忙しいのなら後回しでもいいと思ってツビィロランに尋ねた。
 
「ああ、うん。書類見ながら家庭教師みたいにしてたよ。」

「家庭教師?」

 見ればわかるとツビィロランは言った。
 よく分からないので仕方なく隣に移動することにする。

「見てみてー!とりあえず一つ出来ましたよ!」

 ツビィロランの後ろでは、イツズがアオガとリョギエンに何か箱を取り出して見せていた。
 小さな小箱でポケットに入れていたようだ。
 開けた箱の中身を三人で覗き込んでいる。その様子にツビィロランも近付いて見に行った。

「何だこれ?」

 イツズは自慢げにふふっと笑い出す。

「ほら、僕も何か出来ないかなって言ったら、攻撃したり自衛したりできる手段を持つべきだってアオガ様が言ったでしょう?それでね!思いついたんだぁ!これはね!一定の衝撃を与えると目が覚めて眠っていた植物が対象物を拘束しちゃうっていう道具なんだよ!」

 説明を受けた三人がおおーーー!と感嘆の声をあげている。
 いつの間にそんな物を作ったのだろう?サティーカジィもつい足を止めて、イツズの説明を聞いていた。

「神聖力はなしか?」

 リョギエンが興味津々で小箱から小さな玉を取り出す。緑色をした玉はリョギエンの親指と人差し指に挟まれていた。何か細長い物をギュッと丸めているように見える。

「神聖力は少しだけ。少し流して拘束したいモノに投げつけるんだよ。神聖力を流した人間は拘束しない仕組み。」

「凄いね。手作りなんでしょ?」

 アオガにも褒められて、イツズは嬉しそうだ。
 よくよくリョギエンが摘んでいる玉を見ると、今朝庭でウネウネと動いていた寄生植物に似ている。
 この為に朝から寄生植物を育てようとしていたのか。
 皆んなして自分も欲しいとイツズに強請っている。まるで子供のおもちゃだ。
 
 サティーカジィは黙って退室することにした。イツズはまだ自分を受け入れてはいない。今は四人で話すのに夢中で、サティーカジィのことを忘れたようにはしゃいでいる。
 最近はツビィロランが聖王宮殿にいるおかげで落ち着いているし毎日笑顔だ。
 今はまだこの距離が良いのだろうと少し自嘲気味に笑う。色々と言い訳をするが、嫌われないようにするだけで精一杯で、これ以上近付くのが怖いだけだ。
 いくら重翼とはいえ、イツズは本来神聖力のない色無だからか、サティーカジィほどそれを感じることはない。
 自分だけが相手を求めている状態だ。
 楽しげに話す四人を置いて、隣の執務室に向かった。
 
 
 




 扉の前の護衛が開けてくれた室内に入ると、中ではクオラジュの叱責が飛んでいた。

「違います。ちゃんとここにご自分のお名前を書いて下さい。」

「はいはい、書いておりますよ。」

「ズレてます。」

 そう注意しながらも、聖王陛下ロアートシュエの隣でクオラジュは書類をさばいている。ロアートシュエは言われたところにサインをしているわけだが、顔がやつれて目の下にクマが出来ていた。

「聖王陛下、起きて下さい。」

 処理済みの書類を仕分けしながら神聖軍主アゼディムがロアートシュエを起こしている。金緑石色の睫毛が今にも落ちそうだ。

「一分寝てもいいでしょうか……。もう、無……くぅ。」

 ガシィとロアートシュエの肩にクオラジュの手が乗る。ギュウと握られた肩がミシリと鳴りそうだ。

「後これだけです。」

「ロア……。」

 アゼディムが少し焦っている。なんとかロアートシュエを起こそうと、クオラジュの反対側から優しく背中を撫でているが、逆に心地良く眠気を誘っていた。

「アゼディムは起こすつもりですか?寝かせるつもりですか?」

 ギロリとクオラジュから睨まれ、アゼディムはフイと視線を逸らせた。

「いいですか?ちゃんと聞いて確認し、内容を把握しておいて下さい。」

 そういって無理矢理ロアートシュエを起こしてクオラジュは書類内容を説明している。どうやら天空白露の大地で農園計画を立てているらしい。元々小規模でありはしたが、もっと土地を広げて大々的に行い、マドナス国を通じて出荷するようだ。
 天空白露はマドナス国に売買を一括委託し、マドナス国はその手間を引き受け利益を得ようとしている。
 
「クオラジュが把握していれば問題ないのではないでしょうか。」

 もうロアートシュエの頭は限界だった。眠たい。
 クオラジュに無理矢理書類を持たせられ、ガクガクと肩を掴まれ揺さぶられている。


 その様子を呆れて見ていたサティーカジィに、イリダナルが気付いて近寄ってきた。

「俺もさっき来たんだが、まだ終わっておらん。」

「いつからこの状態なのでしょう?」

「アゼディムが言うには二日目だと言っている。」

 じゃあロアートシュエはもう無理だろうとサティーカジィは思った。ロアートシュエは寝るのが好きだ。それが不眠不休で仕事をしていると言うのなら、もうダメだろう。
 見守っていると、背後の扉から入ってきたテトゥーミが話しかけてきた。

「あ、間に合わなかったのですね。クオラジュ殿が付きっきりで急かせてたんですけどね。」

 両腕にズッシリと資料や書類などを抱えていた。どうやら今日の処理分らしい。
 
「凄い量ですね。」

「はい。ずっとクオラジュ殿が不在でしたし、フィーサーラ殿も謹慎中で出仕されませんし、全部ここに集まってきているんです。でもクオラジュ殿のおかげで仕事が進み出して良かったです。」

 テトゥーミはニコーと笑っているが、緑の翼主なのにほぼ雑用係になっているテトゥーミが心配になってきた。

 なんとかマドナス国との規約も整い、イリダナルと契約を交わし事業を先に進めることが出来るようになった。
 ほぼマドナス国の独占市場となる為、イリダナルは笑顔だ。ロアートシュエは終わりました~と机に突っ伏している。
 今日話をするのは無理そうだと諦め気味になっていると、またサティーカジィの背後の扉から人が入ってきた。

「なーなー、腹減ったんだけど、お昼にしねー?」

 ロアートシュエ以外全員の視線を浴びても動じずに、ツビィロランが昼食にしようと言ってきた。
 それまで聖王陛下の執務机に間借りして座っていたクオラジュが立ち上がる。
 そこでようやくサティーカジィは気付いた。
 聖王陛下の椅子に座っていたのはクオラジュで、その隣に座らされていたのがロアートシュエだった。

「座る位置間違ってませんか?」

 ポツリと呟いた言葉に、テトゥーミが「間違ってませんよ?」とキョトンとしている。

「ほぼ処理しているのはクオラジュ殿なので!」

 適材適所ですよね!と笑っているテトゥーミに、サティーカジィは何も言えなくなった。
 クオラジュは真っ直ぐにツビィロランの前まで来て、ツビィロランの手を握る。

「申し訳ありません。もう少し待ってもらえますか?是非お昼はご一緒しましょう。用意をさせますね。」

 そう言って控えていた従者に指示を出す。ここにいる人数分を告げ、クオラジュはツビィロランの手を引いてまたくたびれているロアートシュエのもとに戻った。
 ツビィロランは机に頬をつけて放心状態の聖王陛下を見下ろした。相変わらず後ろにアゼディムが引っ付いてるなと感心する。

「聖王陛下生きてる?朝見た時よりも生っ白い。大丈夫か?」

「はい、大丈夫、です。」

 顔を上げて微笑む姿はいつも通り麗しい美形だ。ただ目の下は黒い。

「少し休ませてあげれば?こんなに疲れてたら効率も悪いと思うし。」

 なんか可哀想になったのか、クオラジュに提案している。
 ツビィロランの隣からイツズがヒョイと顔を出し、聖王陛下の前に一つ瓶を置いた。

「あのっ、これ、最近作った滋養強壮剤と肌荒れ用のクリームです!どうぞっ。」
 
 イツズの目がキラキラと輝いている。
 イツズと一緒について来たアオガとリョギエンが、その瓶とクリームの入った容器を見て、口に手を当てて囁き合っていた。

「あれ、この前の芋虫のやつじゃないか?」

「おおっ、それを聖王陛下に!やるなイツズ。」

 人体実験だ、と言っている。せめて聞こえないように言った方がいいのではないだろうか。アゼディムが「芋虫…。」って呟いている。

 サティーカジィはささっと割り込んだ。

「聖王陛下は少し休まれた方がいいのではないでしょうか?食事も部屋に運ばせましょう。今日は一日お休みをとった方がよろしいですよ!」

 イツズのフォロワーをしておかねばならない。
 クオラジュは、はぁと溜息を吐いてサティーカジィに仕方なく同意した。

「では休む前に一つ。これ以上九老会議は受け付けないようにして下さい。くだらない話し合いで政務が滞るなんてバカバカしい……。そう思いませんか?」

 ヒヤッとした空気が一瞬流れる。
 聖王陛下は和かに笑って頷いた。

「聖王としての立場から進言があった場合受けるしかないのですよ。」

「ではそんな妄言吐く暇を与えぬように致しましょう。」

 聖王陛下は首をコテっと傾げながら、そうですね~と笑っている。眠たすぎてあたまが回らないのか、元々回らない人なのか…。もう好きにして、という雰囲気を感じた。
 次回の九老会議は来週にあるらしく、久しぶりにクオラジュが参席することになった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

罰ゲームって楽しいね♪

あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」 おれ七海 直也(ななみ なおや)は 告白された。 クールでかっこいいと言われている 鈴木 海(すずき かい)に、告白、 さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。 なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの 告白の答えを待つ…。 おれは、わかっていた────これは 罰ゲームだ。 きっと罰ゲームで『男に告白しろ』 とでも言われたのだろう…。 いいよ、なら──楽しんでやろう!! てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ! ひょんなことで海とつき合ったおれ…。 だが、それが…とんでもないことになる。 ────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪ この作品はpixivにも記載されています。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

処理中です...