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全てを捧げる精霊魚

69 予言者の一族

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 灯りもないのに室内が仄明るいのは、室内に生えた苔に咲く花が、金色に光り輝くから。
 滑らかな石造りの壁と天井に、一面水を張った床、庭石が壁と水底から山のように美しく配置され、中央奥にはシュネイシロ神と予言者スペリトトの寄り添う石像が鎮座している。

 ぷくぷくと泡が立ち、ザバァと人影が水面に上がってきた。
 輝くような金の髪は長く、薄衣しか着ていない身体は長身で、程よく筋肉はついているが、麗人といった雰囲気が似合う男性だ。

 予言者当主しか入れない祈りの間にいるのは、現当主サティーカジィだ。
 水底は傾斜しているのか、進むごとに濡れた身体が露わになってくる。濡れて垂れた前髪をかき上げると、そこには薄桃色の瞳が現れるが、その瞳は人とは異なる形に変貌していた。
 濃い桃色の瞳孔は大きく丸く、普段の人の目とは様相が違っていた。濡れて透けた服越しに白い真珠の様な艶やかな鱗が見え、耳は人のものではなく魚の鰭に似た形状をしていた。

 ふぅ…、と一息ついて、サティーカジィは目に手のひらを乗せた。息を整え神聖力を抑えていくと、次第に皮膚の鱗が消えていく。
 天を仰いで退けられた手から現れた顔は、いつもの通り薄桃色の瞳をしたサティーカジィの顔だった。

 今日も見れなかった。

 それが残念でならない。
 あの日初めて重翼の存在を知った日から、生まれ落ちた日までは見れたのに、会わせられた赤ん坊は何故か違うと思った。
 違うといっても予言者の一族は数が多く、統制を取るのが難しい。自分が言って素直に従う家ばかりではない。サティーカジィがまだ年若い部類である所為もある。
 本当の重翼が現れれば、みな納得するだろうだなんて、今思えば浅慮だった。アオガの一族は慢心して欲にまみれ、アオガを一人にする結果となってしまった。
 それでも重翼はイツズだ。
 それが変わることはない。
 一族の半数がアオガを重翼だと言う中、抑え込めなかった自分の力の無さが原因だ。
 気付けば予言した重翼の姿を見失ってしまっていた。
 そのことを一族に言えば、アオガにもう出会ったからだろうと言われてしまい、ますますアオガは違うとは言えずにいた。
 アオガが違うと言うのは自分の感覚であり、絶対的な証拠があるわけでもなかった。アオガが重翼だという証拠もないが、違うという証拠もない為、イツズが現れるまでズルズルと引き伸ばされてしまったのだ。
 金の髪に赤い瞳は同じだが、水の中で揺らぐ姿は朧げで、似ていると言えば似ていた為、サティーカジィも強く出れなかった。
 

 もう一度見ればハッキリする。
 そう思い過去何度も挑戦した。だが見れなかった。
 



 「サティーカジィ様!見て下さい!こんなに……!」

 その人は赤い瞳を細めて嬉しそうに自分に話しかけていた。何について話していたのかは分からない。ただただ明るく笑うその人が煌めいて綺麗だったのだけは覚えている。
 金の髪がキラキラと光り、好奇心いっぱいの表情が愛らしく、未来の私も幸せそうであるのだと思った。




 もう一度見たいと思って見れずにいたら、イツズに出会った。
 夜の湖で小舟に座り、神聖力の水滴の嵐を操るツビィロランの足元に隠れていた。
 煽られ飛んだフードから、金の髪が零れ落ちて、赤い瞳はツビィロランを尊敬の眼差しで見上げていた。
 赤い瞳が必死に喋ろうとするクオラジュを見て、次にサティーカジィを見た。
 
「…………!」
 
 この人だと思った。
 漸く見つけた!
 
 
 何とか仲を深めたいが、今のところ全く距離は縮まらない。
 嫌われてはいないと思う。
 ただイツズの一番がツビィロランなだけで。
 今や過去に見た予見をもう一度見ようにも、見ることが出来ていない。
 それだけ現状が違いすぎて未来が変わってしまったのか、それとももうその時は過ぎ去ってしまったのか。
 もう一度見て安心したかった。
 イツズに会う前は重翼の存在に。
 イツズに会ってからは、番になれる日を夢見て。
 見れないと言うことは、可能性がないと言うことなのだろうか……。
 何度潜ってもどうでもいいことしか見ることができない。

 水から上がり大きな扉を開け、短くも広い廊下を歩き、次の扉を開く。大扉は三枚あり、当主しか入れない決まりになっている。結界が弾き、前当主が認めた次の当主しか入れないようになっている為、今現在はサティーカジィしか入れない。
 清掃など入れる者がいないので誰も掃除はしていないのだが、ちり一つない室内は清涼だ。
 最後の扉を出ると、側近の一人タヴァベルが待っていた。
 タヴァベルはサティーカジィが若くして当主となった時から従う最側近だ。輝きの少ない鈍い金髪に赤茶色の瞳をしている。勿論側近となった時には既に天上人であったが、タヴァベルもサティーカジィ同様まだ若輩者だ。ほんの少し歳上だと言うだけで、サティーカジィとあまり変わらない。それが何故最側近になれたのかというと、それは家柄にある。
 前予言者当主の息子という立場からサティーカジィの元に就いた。
 性格は真面目で優秀だ。
 
「お勤めご苦労様です。」

 この神殿は祈りの間の為に建てられている。中央に先程サティーカジィがいたシュネイシロ神を祀る祈りの間があるのだが、三重に回廊が周囲を取り囲み、厳重に警備されている。
 もし仮に侵入した者がいたとしたら、その者は生かして帰さない。
 祈りの間には予言者一族の秘密が隠されている。

 ………というのは建前で、本当はサティーカジィの様に神聖力を高めると身体的特徴に変化が現れる者を隠すための場所だ。
 今現在、その特徴を持つ者は数名しかいない。
 その中で一番神聖力が高く、いちじるしく変化するのがサティーカジィだった。
 眼球、肌、耳の変化は最も特徴的な変化になるのだが、全てが変わるのはサティーカジィだけになる。だから当主なのだ。

 一族の者でも数名しか知らない事実。前当主の息子タヴァベルも知らない。皆はサティーカジィが当主として祈りを捧げ、神の予知を見ているのだと思っている。
 特に祈りの頻度は決まっていない。
 当主の気が向いた時だけ来ればいいのだが、サティーカジィは過去に見た重翼の姿見たさに頻繁に通っていた。

「何か予言はありましたか?」

 タヴァベルの問いに、サティーカジィはゆっくりと着替えの間に進みながら微笑んだ。

「いや、何もありませんでしたよ。」

 予言はそう度々あるものではない。数日おきにきても変わりはないのだが、本当は変わって欲しい。
 過去に見た重翼の姿か、これから訪れる未来の自分。
 持って生まれた力でも、扱いの難しい力だ。
 見たいものすら見れないのだから。
 何もないことに安堵しながらも、何も見れなかったことに落胆もした。
 祈りの間から近い部屋へ移動し、濡れた服を脱いでしまう。水を吸った服は既に乾こうとしていた。
 サティーカジィの得意な能力は水を操ることだ。濡れても直ぐに水分を蒸発させることもできるし、逆にまた水を出すことも出来る。
 濡れた髪も直ぐに乾き、サラサラと輝く金髪が流れた。

「戻りましょう。」

 着替えを手伝っていたタヴァベルへ声を掛け、サティーカジィは神殿を出た。タヴァベルは静かに追随してくる。

「イツズ様は早朝から庭で作業をされております。」

 タヴァベルからの報告に、サティーカジィは笑って頷いた。
 サティーカジィの重翼は朝が早い。明日することをウキウキとしながら決めて、早くから起きて動き出す。
 そんな時のイツズはとても綺麗で可愛い。真っ赤な瞳がキラキラと輝いて、ちょこまかと動き回る姿は愛らしい。
 そんな姿を早く見たくて、サティーカジィは足早にイツズのもとへ向かった。







 サティーカジィが到着すると、イツズは直ぐに気付いて立ち上がった。

「良いのですよ。そのまま作業を続けて下さい。」

「そんなわけにはいきません。サティーカジィ様、おはようございます!」

「おはようございます。今日も頑張ってますね。」

 イツズの朝の挨拶に、サティーカジィも同じように挨拶を返した。
 イツズの手元には数種類の薬材用の草や木の根があった。今日は天気がいいので乾かすつもりだろう。
 サティーカジィはホッと息を吐く。たまに凄いことをしでかすので、イツズの作業を見る時は構えてしまうようになった。
 サティーカジィは虫系が苦手だった。

「今日は聖王陛下にお会いしに行くのですが。」

「え!一緒に行きます!」

 イツズは即答した。
 いつ出るのかと手元の薬草を片付けだすイツズの姿に、サティーカジィは微笑ましくしながらも注意する。

「まずは朝食を食べませんと。それから着替えて行きましょうね。」

 やったぁと笑うイツズに、使用人達を呼んで手伝わせる。

「ところで薬草の選別なら部屋でも出来るのではないのですか?」

「あ、そうなんですけど…。」

 これはですねぇ~とイツズは嬉々として説明しだす。
 タヴァベルが一瞬アッという顔をした。

「これはですね、寄生植物なんです。ほら。」

 見て下さい!と言ってイツズがゴソゴソとポケットから手のひらサイズの陶器の瓶を取り出す。キュポッと蓋を外しサティーカジィに中身を見せた。
 何やらウネウネと動く白いモノ。

「………………。」

 イツズはそれを自分の手のひらに乗せた。ポロンと細長い絡まったモノが団子状になって転がり出た。

「これは根っこなんですよ。生きている他の植物に入り込んで成長するんです。寄生する植物の種類は決まっているのでこうやって手のひらに乗せても大丈夫ですよ。僕の作業部屋ある植物に寄生されても困るのでここで作業してたんです。」

 イツズの手のひらで植物とは思えない元気良さでウネウネと根っこは動いていた。

「…………そうですか……。」

 よろけそうになるサティーカジィをタヴァベルが支えた。あまり見ていて気持ちのいい植物ではない。かなり気持ち悪い。
 今やイツズに与えた作業部屋は、所狭しと棚が並び、その中には様々な薬材が置かれるようになった。天井からは多種多様な鉢や苔玉が吊るされ、瑞々しく広がっている。勿論足の踏み場もないほど床にも多岐にわたる道具類が置かれており、その周辺にも何に使うのか理解できない動物の何かや水瓶などが置かれていた。
 イツズの時止まりの箱から出て来た物を広げるとそうなったわけだが、これらを常時持ち歩いていたらしい。
 部屋に広げられたそれらはイツズを毎日興奮させている。

「一度根付くともう取り出せないので、僕の植物にもし万が一根づいちゃったら困りますもんねっ。」

 ねっ!と満面の笑顔が眩しい。
 うん、可愛いですね。気を取り直してサティーカジィは笑った。

「とりあえず、その根はしまいましょうか…。」








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