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女王が歌う神仙国
46 神仙国からの訪問者
しおりを挟む本で読んで想像はしていたけど、緑の肌って不思議だ。
今俺たちはやって来た神仙国からの使者達を出迎えている。人数は六人。
この世界は男性八割、女性二割の女性優位な世界だけど、神仙国の仙は男女半々だと書かれていた。
やって来た使者も男女半々三人ずつだった。歳は二十代前半から後半といった感じで、皆緑色がかった肌色の肌に、黄緑色の髪の毛をしている。髪型は長かったり短かったりと様々で、髪留めや飾り紐、ネックレスに指輪など、結構見た目に気を遣っている。
六人の代表者の名前はフハと言った。ツビィロランと同程度二十代半ばの男性だ。髪は長く小指程度の太さで取り分けた髪に、木で出来た輪っかをいくつもはめている。一つ一つの髪飾りに彫刻や色鮮やかな石がはまっていてオシャレだなと思う。皆形は違うが同じような髪飾りや装身具をつけていた。木工芸品が種族的な装飾なんだろうと思う。全体的に緑色の身体によく似合っていた。
それにしても………。
只今彼等六人を出迎える為に、聖王宮殿の正面に広がる色鮮やかなタイルが敷かれた正面通路に来ているのだが、お互い名乗り合い礼をとりながらも、彼等の視線はずっと俺に注がれていた。
大きな噴水からは水瓶を持った女性の像から水がパチャパチャと流れ出ているが、その音がやけに響いてしまうくらい、視線が痛い。
なんでそんなに見つめてくるのか。
俺の他に、今回の接待担当責任者となった赤の翼主フィーサーラと、俺に付き合ってくれると言った花守主リョギエンとイツズが後ろに控えてくれている。
イリダナルはマドナス国の王として神仙国の使者達を案内してきた。本当は側近の誰かにやらせるつもりだったようだが、リョギエンが俺を手伝うと言った為、急遽イリダナルがやると言い出したらしい。マドナス国は我儘な王様で大変だな。
そしてイツズがいるので、予言者サティーカジィも当たり前のように一緒について来た。
出迎え組は大所帯になってしまった。フィーサーラがこのメンバーを見て嫌そうな顔を一瞬したが、すぐに心強いですとか言って愛想笑いをしていた。
俺の手元にはフィーサーラが作った予定表がある。
フィーサーラの手元には経費の試算や興行収入の予測表、警備の手配など、もっと詳しい資料があるようだが、俺の手元には日程表しか来ていない。別にいいけど。
「ね、ね、なんで神仙国の人達はツビィを見てるの?」
「………俺にもさっぱり。」
なんで見てるかは不明だ。予言の神子が珍しいからか?
フハを見ると視線が合い、微笑まれてしまった。つられて愛想笑いを返す。
その後、俺達はゾロゾロと全員で聖王宮殿を案内した。警備として地守護長の計らいで兵士が大量についた為、かなり目立つ人数になってしまっている。
殆ど赤の翼主フィーサーラが案内している為、俺は要らないのではと思ってしまう。
昼食の後は聖王陛下を交えて対談を行い、特に取り決めることもないので和やかに時間は過ぎていった。
その日は共に晩餐を済ませ、明日もまた神仙国の使者を案内することになる。
聖王宮殿の外に出て取り囲む街を案内し、夜は観劇を見るとなっていた。
天空白露には各国の王侯貴族が移り住んでいる。神聖力が溢れる大気と、大地から取り込む神聖力で育った食物のおかげで長生きできるとあって、移住を希望する者は後を絶たず、天空白露が海に落ちようとそれは変わらなかった。
移住者にはそれなりの費用がかかる為、自然と王侯貴族ばかりとなる。飛行船発着場から聖王宮殿までの道のりには、基準の高い宿や商店しか存在しない。天空白露で商売するにも一流と呼ばれる商団しか入ることが出来なかった。
そんな金持ちだらけの街には娯楽も沢山用意されているのだが、観劇はその内の一つになる。あるのは知っていたが、興味がなくて観たことはなかった。
話では主にミュージカル調の歌や踊りを交えた演劇が主流で、たまに音楽祭なんかもやっていると教えられた。
フィーサーラが用意した本日の公演は、予言の神子が天空白露を救うお話らしい。今は亡き予言の神子ホミィセナと見目麗しい青の翼主クオラジュの、悲しくも美しい恋のお話なんだとか……。ある意味興味を惹かれた。実際ホミィセナが死んだ時の様子を知るだけに、どう市井で語られているのか興味が湧いた。
「この演劇は我が家が出資しているんですよ。」
優雅に足を組み斜めに俺を見ながらそういうのはフィーサーラだ。今日も真っ赤な髪を片側だけ編み込んで、反対側に流すというキザな髪型をしている。いつものズルズルと長い神官服ではなく、貴族のような装飾多めの服を着ていた。正直名前とか分からないが高そうというのは理解できる。津々木学が着ていたちょっと頑張って買ったスーツより遥かに高い!
俺にも似たような服が用意されていたが、首に巻くクラブァットとかいうのは遠慮した。なんかヒラヒラして恥ずかしい。なので俺の首元はスカスカだ。上のボタンも苦しくて開けてるし、それを見て眉を顰める貴族っぽいのは結構いた。こういう所では正装が普通なんだろうなと思う。
まぁ、着崩してる本当の理由は、俺の服を用意したフィーサーラとなんだかお揃いのような気がして嫌だっただけだけど。
俺達は今、二階席の個室になった特等席に座っていた。そこそこ広い小部屋には一人席にしては広く二人席にしては狭いという感じの長椅子が二つ置かれていた。テーブルもあって軽食や飲み物も出てくる。
座席の正面は舞台が見下ろせるよう広く開き、彫刻された手摺があって、立って観ることも出来るようだった。もちろん俺は、そんなことはしない。真下には一階座席の人達の頭が見えるのだ。なんか怖い。座って観るさ。
劇場の天井は高く、上には巨大なシャンデリアがぶら下がっており、眩いばかりの光で劇場の中を照らしていた。
フィーサーラに不覚にもエスコートされ、鳥肌を立てながら椅子に到着すると、なんでか一つの椅子に二人で座らされてしまい、もう一つの方へ逃げようとしたら肩を抱かれて阻止されてしまった。
この個室、作りが素晴らしく部屋自体が舞台に向けて斜めになっているので、他の個室の人達からは見えないようになっている。なので誰かに見られることはないが、ちょっと距離が近過ぎて困っていた。
津々木学の感性では男同士でこの距離はちょっと……、という感覚しか湧かない。これでは恋人同士じゃないか。この世界じゃ男同士もアリなんだろうが、俺の中ではナシだ。
「俺、一人で見たい。」
「始まってしまうと小声でしか喋れせんから近くにいましょう。」
喋んなくていいしと肩に置かれた手を外そうとしたが、力負けして無理だった。
其々個室を用意したらしく、神仙国の使者達には六人部屋を、イリダナルとリョギエン、サティーカジィとイツズ達にも二人部屋を手配するという用意周到さ。
遊び慣れててやだなぁとツビィロランは気が重くなった。イリダナル達に邪魔されたくないので別部屋にしたのだろう。劇が始まってしまえば行き来は出来ない。さっきまでいた世話係らしいスタッフがいつの間にかいなくなっていた。
たらりと汗が流れる。
劇に夢中になっているフリをしよう。そうしよう。
俺は静かな曲と共に始まった演劇に集中した。
意外と面白くてがっつり見てしまった。
感動とか、恋にキュンキュンとかではない。笑いそうになるのだ。これ、クオラジュ見たらどんな反応するのか見てみたい。好奇心が膨れ上がった。
『ああ、私の身など天空白露の為ならどうでも良いのです。』
『君が死ねば残された私達は……、いや、私はどうなる?』
『クオラジュ様……、私のことを、忘れないで……。』
いやそこ私のことは忘れて幸せになってだろう?と心の中でツッコミを入れつつ、俺は笑いを堪えていた。あの、クオラジュがそんな切なそうにホミィセナを抱き締めるとは思えない。
「青の翼主と前神子はよく一緒にいたと言われています。私達もそのように仲良くしましょうね。」
「……………。」
この演劇はフィーサーラの家が出資している。ということはシナリオにも干渉している可能性が高い。この話は今一番人気が高く、予約待ちが殺到。大陸の方でも都市部から公演を開始し始めているのだという。
青の翼主と前予言の神子ホミィセナの悲恋。人々を、天空白露を救う為に、ホミィセナが命をかけて救った感動の物語であり、愛する青の翼主との別れの話でもある。最後に二人は来世でも会おうと泣きながら別れを告げている。
死にかけているのに、なかなか死なないホミィセナのしぶとさだけは真実に近いと言える。
予言の神子の番は天空白露の新たなる王になるのだ。
フィーサーラの狙いは、青の翼主クオラジュは前神子のホミィセナに選ばれたのであって、今の神子であるツビィロランの相手は赤の翼主フィーサーラだと言いたいのだろう。
クオラジュは都合よく天空白露を離れているし、俺は恋人もいない状態。緑の翼主テトゥーミは論外なんだろうな。あとめぼしい独り身はいなさそうな気がする。前赤の翼主トステニロスも独り身らしいが、クオラジュと共に消えているので問題ない。それこそ突発的に誰か現れたら、フィーサーラはなんとしてでも阻止してくるかもしれない。
まずは民衆の支持から得ようとしているのだろう。
こうやって二人きりの時間を作り、噂を立て周知させていくことで、俺の番になろうとしている?
その考えに行き着くと、背中にザワザワと悪寒が走ってしまった。
早くこの肩に乗りっぱなしの手を退けて、終わったら速攻で帰らねば!
神仙国の使者をフィーサーラに押し付ければ離れられるはず。
いよいよホミィセナが死ぬのか、シンと静まり返った座席から、グスンという泣き声があちこちから聞こえる。
俺も泣きたい。何が悲しくてカップルシートで貞操の危機に怯えなきゃならんのか。
フィーサーラが俺の耳に口を寄せてきた。そして俺の太腿にフィーサーラの手が乗る。その温かみというか、重さというか、なんとも言えない感触にゾワっとした。
「……ひぇ。」
「可愛いですね。包み込めてしまえそうだ。」
色っぽく耳元で囁かれてしまった。
ぎゃああぁぁぁぁぁーーーーー!!!
叫びたい!
暴れたい!
え!?神聖力ぶっ放していい!?
俺は恐怖した。
フィーサーラの息が耳にかかり、俺は首を竦めて混乱する。こんな所で迫るのか!いや、こんな所だからか!?
舞台の上では予言の神子が最後の力を振り絞って命の炎を燃やしながら天空白露が海に落ちるシーンを演っている。派手に演奏が流れ、クオラジュが歌を歌い、周りを踊り子達が踊っていた。
こんな時に笑える演技はやーめーて~~~!
すすすす、とフィーサーラの手が腿から腰にかけて流れるように上がってくる。腰!腰抱くな!
「……っ!ま、まてっ、お前、近付いてくんなっ!」
ちょっ、キスっ、キスされる!!!?!?
俺は手を思いっきり突っぱねているのに全然押し返せなかった。
騒いでも下の舞台が佳境に入って大音量となっている為、多少声を荒げても気付かれない。元々個室は声が外に漏れない作りなのかもしれない。
「…………たっ、助けてっ!」
俺は誰でもいいからと声を上げた。
「いいですよ。」
涼やかな声がすぐ近くから響く。
え?
フィーサーラの顎裏に銀色の何かがグリっと押し付けられていた。
突然のことにフィーサーラも驚愕し、顎に突きつけられた銀色のもので押し除けられ、仰け反ってしまっている。
その銀色の棒状の何かを辿り、それが一振りの剣だと気付く。鞘の部分を握る指は長く、袖口に付けられたカフスボタンは、舞台で派手に輝く演出を反射してダイヤモンドのように光っていた。
見上げると見知った顔が微笑んでいる。
「こんばんは、ツビィロラン。」
柔らかく低い声は、騒がしい舞台の喧騒をかき消してくる。
「………クオラジュ。」
はい、とクオラジュは笑って、俺の脇に左腕を回すと、片腕でヒョイと持ち上げてしまった。
お?
間抜けに目を丸くしているフィーサーラを見下ろす形で、俺はクオラジュに抱っこされていた。
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