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女王が歌う神仙国

45 神仙国の仙とは

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 ペラッと少し灰色がかった紙を一枚捲る。
 この世界の本は貴重品だ。紙は植物とそれ専用の薬液を使って作るか、羊皮紙の様に動物の皮を使うかして作るらしいのだが、津々木学がいた世界の様に機械があるわけではないので手作業になる。なので量が少なく、上流階級にしか出回らない。
 本なんてそれこそ少ないのだが、天空白露には大量にあった。

 『仙の実態は植物である。』

 冒頭にそう書かれた本を俺は読んでいた。
 神仙国についての本を見つけて読むことにしたのだが、静かな部屋を選んで籠ってたのに、いつの間にか人が集まってきた。
 俺は窓際に椅子を持って来て読んでいたのだが、イツズがやって来て部屋にあったソファテーブルにお菓子と紅茶を並べ出し、ついて来たサティーカジィと一緒に寛ぎだし、俺に用があると言ってイリダナルとリョギエンが入って来て、これまた一緒にお茶を飲みだした。
 まぁ、いいかと放っておいて、俺は読み進めている。

 『仙は神仙国に住む住人の総称である。肌は薄い緑がかった肌色をしており、髪は黄緑色をしている。瞳の色は焦茶色で、その特徴は全ての仙に言える。老若男女個々人で性格も違うが、仙の力、唱和しょうわと言われる能力が使用されると、個々の特性は失われ全ての仙が同一となる。』

 さっきからこの唱和しょうわという力が何のことだか分からず読み進めていたのだが、いまいち意味が分からない。
 折角だからここに集まった人間に質問してみようかと思ったのだが………。

 ソファの長椅子には二人仲良く並んで図鑑を眺めている人物達。そしてそれを苛立たしげに眺める二人組。

「うわ、この植物ってこっちで量産出来ないでしょうか。」
 
「………うーん、神聖力を吸う花?レテネルシーという名称の花なんて初めて見た。神仙国には特殊な花ばかりだな。天空白露でなら育つだろうけど…、今の天空白露では神聖力を吸う花は透金英の樹に影響が出そうだから無理だ。」

 そうなんだぁ~と残念そうに呟いたのはイツズだ。そして無理と言ったのは花守主リョギエンになる。リョギエンは一応花守主として体裁を整えておく様に言われたらしく、毎日透金英の花を一つ食べて鈍色にびいろの髪をキープしている。天空白露にいる時は放っておくと直ぐに透金英の世話をしに行って白髪に戻ってしまう為、イリダナルが見張っていた。

「何でレテネルシーってのを育てたいんだ?」

 イツズが言うからには薬材絡みだろうとは思ったが、どんな植物なのか気になり尋ねた。イツズはこれだよっと言って、図鑑を広げてそのページを俺の方に向けて見せた。
 二人が見ている図鑑はイリダナルが学者や研究員を神仙国に渡らせ、命じて作らせた植物図鑑だ。絵師まで付けて作らせたその図鑑の挿絵は色付きでとても綺麗な仕上がりだった。
 レテネルシーというのは白い大きな花を下に向けて咲かせる植物のことらしい。咲いている姿は白百合の様だが、花の形が透金英の花に似ていた。透金英の花は一つ一つが大きく木蓮の花に似ている。レテネルシーと透金英の違いは、樹からか生えるか地面から直接生えるか、という違いに思えた。

「透金英の代わりに出来ないかと思ったんだけど、神聖力を吸わなきゃなら一緒かぁ。」

 透金英の花は花守主の森がなくなった為、その数が昔に比べて少ない。その代わりになる植物にならないかと思った様だが、結局吸わせる神聖力が必要と知ってイツズも諦めた。
 透金英の花はいい薬材になるので、イツズはもっと数を増やせればいいのにと思っている。
 俺としては透金英の親樹にはスペリトトの意思なり魂なりがいそうで、ちょっと神聖力を与えるのが怖い。天空白露が崩れない程度に神聖力を与えてはいるが、過度に与えすぎない様抑えている。
 
 イツズとリョギエンはまた二人で熱心に図鑑を読み出した。
 図鑑は一冊しかないので二人の距離はゼロ距離だ。仲良くお互いの片膝に広げて読んでいる。
 リョギエンは暫くはイツズが元花守主家の奴隷だと気付いていなかったのだが、どうやらイリダナルが教えたらしい。
 気不味そうな様子でモジモジしていたので、俺はイツズが薬材集めが趣味だから、それ系の何かをやれば仲良くなれると教えると、この神仙国の図鑑を持って来たのだ。
 似た様な趣味だから、きっとイツズも喜ぶと考えたようだ。そしてそれは見事に的中していた。
 そして今のこの状況だ。
 二人で仲良くページを捲り、二人で何やら笑いながら話が弾む。

「………………。」

 その仲睦まじい様子を眺め、反対ソファに座る二人を眺める。
 苛つくイリダナルと、しょんぼりしたサティーカジィだ。
 イリダナルは折角リョギエンを喜ばせる為に作ったのに、何でかオマケがついてきてるし、そのオマケと仲良くなるしで面白くない。
 サティーカジィはイツズが自分よりもリョギエンと話が弾んでいる様で面白くない。
 対照的な二人組に俺はなんとも言えない気持ちになる。どっちにしろコイツらは恋人同士。いずれ番とやらになって、人の前でイチャつく存在どもだ。

「そんなにあの植物図鑑は面白いのでしょうか。同じ物はないのですか?」

 サティーカジィが恨めしそうだ。

「ない。あれ一つきりだ。」

「お借りして複製してはダメでしょうか?」

 サティーカジィの懇願にイリダナルの碧眼がキラリと光る。

「図鑑制作にはかなり投資している。タダでは無理だな。」

「……え?では言い値をお支払いします。」

 いや、それ神仙国との貿易のついでじゃなかったのか?

「今後マドナス国で行われる式典で神事を行う際、サティーカジィが天空白露の代表として訪問してくれればいい。祈りとか挨拶とかお願いしようか。そうだな…、とりあえず五年くらい。」

「ごっ、五年!?」

 サティーカジィが驚いている。サティーカジィは予言者の一族の当主だ。その当主を好きな時に呼びつける気でいる。予言者の一族が呼ばれて誰かしら行くことはあっても、当主自らというのはなかなか無い。しかもイリダナルはサティーカジィを五年間こき使うつもりだ。
 えらく高い図鑑だな。
 サティーカジィは額に指を当て暫く考え込み、渋々頷いた。

「いいでしょう。五年間ですね?その代わり他にも図鑑を作った場合、それらも複製させていただきます。きっちり五年間。契約書を作りましょう。」

 イリダナルがチッと舌打ちした。コイツ一冊作るたびに何かしら要求するつもりだったんだろうな。
 
 あー、さてさて、続きを読むか。

『仙には一千年に一度の繁殖期がある。仙には女王が存在し、女王が花開き種が出来て仙が生まれる。新たなる種を求めて仙達は神聖力を集める習性があるとされる。』

 へー、神聖力を集めるのか。透金英みたいに触ったら吸われるとか?それはそれで怖い気もするけど。

 俺が熱心に本を読む間に、イリダナルとサティーカジィで契約書を作っている。
 イリダナルは俺に話があるとか言ってたくせに忘れてるんじゃ無いだろうか。
 俺の心の声が聞こえたのか、イリダナルは「ああ、そういえば…。」と話し始めた。

「ツビィロランは神仙国に行きたがってただろう?向こうから此方に来たいと申請があったから先に会えると思うぞ。」
 
「そうなのか?何しに来るんだ?」

 行きたい理由はクオラジュを捕まえる為なんだけど、仙が来るならクオラジュが来たかどうか聞けるかな?

「それが繁殖の為にいま仙達が島の外に出ているらしい。我が国にも訪問するが、天空白露にも是非と言われて、今日聖王陛下に許可を取りに行ったんだ。」

 ああ、それでイリダナルが態々足を運んだのか。イリダナルは多忙なので天空白露に来るのも必要最低限だ。リョギエンがマドナス国にお世話になっている今、特に。
 イリダナルが言うには、快く了承をもらい、既に日程も決めてきた。ただ急な訪問となる為、聖王陛下は挨拶程度で対応できないとのこと。

「じゃあ、誰が対応するんだ?」

 本当なら三翼主の内の一人だろうが、今は青の翼主クオラジュは不在だ。緑の翼主テトゥーミは忙しそうだし、新任の赤の翼主フィーサーラになるんだろうか。

「赤の翼主だ。」
 
 やっぱそうなるのか。他にいないもんな。人当たりは良さそうに見えたし、テトゥーミより上手くやるのかもしれない。社交的で接待とかそつなくこなしそう。
 イリダナルが俺を見ていた。

「なに?」

「………すまない。」

 え?不気味。イリダナルが俺に頭を下げている。

「えーー………、やな予感。」

「出来ればテトゥーミをと思ったんだが、ソノビオ地守護長が最近力をつけてきてな。予言の神子と一緒に赤の翼主と天空白露を一緒に案内する様にと…。」

 話してる途中で俺の顔は険悪になってきた。なに?イリダナル負けたの?
 俺の顔で何を言いたいのか理解したのか、イリダナルがフンッと鼻を鳴らした。

「仕方がなかろう。俺は天空白露の人間じゃないんだ。部外者は口出すなと言われたら何も言えん。」

「聖王陛下は止めてくれなかったのか?」

「それがなぁ………。」

 イリダナルも困ってしまったのだ。この話は聖王陛下もいる場で話し合っていた。神聖軍主アゼディムと緑の翼主テトゥーミは基本、聖王陛下ロアートシュエの言いなりなので何も口出ししてこない。
 一応テトゥーミを推薦したのだが、横槍を入れてきたソノビオ地守護長の意見にロアートシュエは黙って頷くだけだった。
 ロアートシュエは手に手紙らしきものを持っていた。それを見て、チラリとフィーサーラを見ると、やんわりと笑って赤の翼主を案内役に認めてしまった。
 あの手紙は誰から届いたものだったのか。

「なんだよ?」

 ツビィロランはイリダナルの返事を待っている。

「…………。俺にも分からん。何かあるんだろう。とりあえず聖王陛下にも何か考えがある様だから大丈夫だろう。…………多分な。」

 最後の一言が引っ掛かる。
 ツビィロランは不満気に、えぇ~~~、と顔を顰めた。

「何か手伝ってやったらいいんじゃないか?二人きりにならない様にするとか……。私も一緒にやろうか?」

 一応花守主だし、とリョギエンが口を挟んできた。
 これにはイリダナルが嫌な顔をした。

「折角側に置ける様になったのに……。」

 ぼそっと文句を言う。

「おい、俺の身の安全はいいのかよ。」

 リョギエンさえマドナス国に来たら他はどうでも良さそうだな。

「お前の場合は、貞操の危機だ。」

「分かってんならどうにかしろよ。」

 赤の翼主と番になりましたとか嫌だぞ!襲われたらどーしてくれる!?

「ツビィっ!僕も一緒にいるよ!」

「え!?ダメですよ!?」

 一緒にやるよと言い出したリョギエンとイツズに、それを反対するイリダナルとサティーカジィがワイワイと言い出して、結局本を全部読むことが出来なかった。













 

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