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竜が住まう山
38 まだ俺を殺すの?
しおりを挟むツビィロラン達はスペリトトの像の側で目を覚ました。目を覚ましたら直ぐにその場から離れろと言われている。
「移動するぞっ!」
パッと立ち上がり全員で像から離れようと走り出す。アオガは状況がまだ飲み込めてないようだが、言われた通り寝ぼけ眼のヤイネを引っ張って走り出した。どっちが助けに来たのか分からない。
俺達が走り出すと、地面に描かれた黒い文字が淡く光りだした。
何となく危険な気がしてくる。
起きていれば悪夢に引き摺られることはないと言われたが、この気配に既視感を覚えた。
俺に仮の魂だと言い、夢の中でーー見つけたーーと叫んだ声。
振り返るとスペリトトの像の閉じた瞼が開き出していた。
つーか、あれ目ぇ閉じてたんだ。
などとどうでもいいことを考えながら足を一生懸命回転させる。
ズンッッ………!
地面が大きく揺れた。
「うわっ!!」
悲しいかな、俺とヤイネだけ態勢を崩して、あとは皆んな立っていた。ヤイネは手を引いていたアオガが支え、俺は近くにいた護衛が腕を掴んでくれた。
「ツビィロラン様っ!像が動き出します!」
護衛の一人が叫ぶ。
スペリトトの像は膝を付いて祈る姿勢から立ち上がっていた。
開いた瞳は宝石のような真紅の瞳。イツズやアオガの瞳よりも深い血のような瞳だった。髪は長く真っ直ぐな白髪へと変わる。イツズと同じ色でありながら、印象は何故か鳥肌が立つような恐怖を感じた。
像の背は意外と高かった。
ゆったりと組んだ手を解き、唇が何かを紡ぐ。
その、からだ、を、か、え、せ…………?
ゾワリと背筋に震えが走る。
俺は好きでここに来たんじゃない。
地面から黒い文字が動き出した。俺を捕まえるつもりか?
「ツビィロラン!もっと早く走れ!」
アオガはヤイネを護衛の一人に預け、俺に巻き付こうとしていた文字を剣で弾き返した。
「この身体足遅いんだよ!」
「お前っ、神聖力だけはっ、無駄にあるんだからっ!………っ、どーにか出来ないの!?」
迫り来る黒文字をガギンッ、ギンッと弾きながら、俺にどうにかしろとアオガは叫ぶ。
確かにこの黒文字から神聖力を感じる。
だけどっ!
「神聖力使えるけど、微調整出来ないんだよっ!」
この十年で俺が特訓して出来るようになったのは、身体強化と一気に神聖力を放出する方法だ。
「なんでもいいからやれってばっ!」
え~~~、どーなっても知らないぞ?
俺は身体の中に神聖力を溜める。グッと力を入れると直ぐにお腹の中のあたりにグルグルと力が溜まってくる感覚がする。
俺の神聖力はやるか、やらないか。
ボコボコボコと地面が波打だした。
アオガ含め残った護衛達も一緒に黒文字を弾いてくれていたのだが、皆んな足元がグラつき手が止まる。
「どっこい、しょおぉーーーー!!!」
俺は手を上げた。
その動作に合わせて一気に地面にヒビが入り、黒文字ごとバギンッッッと一斉に空中に持ち上がる。
ウネウネと動いていた黒文字は、割れた地面と共にぶちぶちと千切れ、地面にガラガラと土に混じって落ちてしまい消えていった。
「うわぁ、力技……。」
「神聖力の無駄使い。」
ほっとけっ!
黒文字の攻撃は止んだが、スペリトトの像はまだ残っている。
スペリトトの像は徐に上を見上げ、手は上に向けて翳された。
上に何がある?
皆一様に空を見上げた。
カッッッッーーーー!と空一面白く光る。今日の天気は曇り空。白い波打つ雲と青空が覗く空だったのだが、光と共に全ての雲が霧散した。
眩しくて目を閉じる者や、危険を感じて薄目を開けて手をかざす者、様々な反応を見せる中、俺は護衛の一人が覆い被さり守られてしまった。一応予言の神子だもんな。聖王陛下と神聖軍主から護る様命じられている護衛達が、俺の周囲に立ち剣を持って構えた。流石、神聖軍主アゼディムが揃えたメンバーだ。
空から拳大の白い球が降り注ぐのが見えた。光の中心点が護衛の影で隠れたおかげで見えたのだが、その数は数え切れない程、無数にあった。
その光る球を、スペリトトが張った結界が全て塞いでしまう。
一枚目の結界が割れると次の結界が直ぐに張られ、その繰り返しが数分続いた。
その間、神聖力と神聖力が弾ける音がバチンバチンと響き、耳が痛い程の轟音が鳴り続けた。
漸くその攻撃が止み、光にやられた目でなんとか周囲を見回す。
「………ツビィロラン様、青の翼主です。」
一人の護衛がツビィロランを背に隠した状態で報告してきた。
少し身体をずらして上を仰ぎ見ると、一艘の飛行船が空に浮かんでいた。
空の色がおかしくなっていた。青の中に黄色とも金色ともつかない色が混ざり、沢山あった雲が消えてしまっている。
目に神聖力を溜めて注視する。細かい操作は出来ないけど、生きていく為に身体能力を上げる神聖力の操作だけは何とか出来るようになった。視力がグンと上がり船の縁に足を組み、組んだ足に肘を付いて、手のひらに顎を乗せ、優雅に座る姿が飛び込んでくる。それでもまだ豆粒程度にしか見えないが、誰であるかは直ぐにわかった。
艶やかに肩に流れ、下を向くことによって広がる黎明色の髪は見覚えがある。あんな髪の色は一人しかいない。
「クオラジュ……。」
どんなに聴覚をあげようと流石にこの距離では聞こえないはずなのに、まるで聞こえているかのように笑った気がした。
顔は背にした空が明るくて見えないのに、何でわかるんだよと一人ツッコミをする。
クオラジュが黎明色の羽を広げて、飛行船の縁から飛んだ。フワリと軽く、全く重力を感じさせない。
アオガは俺の隣に立ち剣を構える。ヤイネは引き受けてくれた護衛が山の頂上から連れて逃げているようだった。
「戦うことになるのか?」
俺は戦ったことなんてない。
どんなに神聖力が多くても、それを戦いに使ったことなんてなかった。出来ても先程のように神聖力任せで何かを持ち上げて、力技で動かすくらいだ。
「は?さっきまで空から撃ちまくったのは青の翼主だよ?」
アオガがチラリと俺を見て冷たく言い放つ。俺、雇用主なんだけど、敬ってくれないかな?
クオラジュは視力を上げなくても見える位置まで降りてきた。
降りてきて、空間がおかしいことに気付く。
半透明な膜のようなものが、クオラジュを避けてグニャリと曲がっているように見えた。
「あの半透明なのなに?」
「竜族が張った結界でしょう。青の翼主の神聖力で曲げられているのだと思います。」
あー、だからクオラジュは羽を出して飛んでるのか。竜の結界の中だから俺達はずっと徒歩だったのだ。
少し離れてスペリトトの像は立ったままなのに気付いた。攻撃が止んだことで、もう手は上に翳してはいないが、どうやらクオラジュの攻撃を防いだのはスペリトトの像と竜が張った結界のようだった。
クオラジュは激しい攻撃とは裏腹に、極々静かに口を開いた。
「これからはスペリトトの残したものは破壊していった方が良さそうですね。」
スペリトトの像はまるで生きている人間のように滑らかに喋り出した。
「クオラジュ……、どこまでも私の邪魔をするつもりか?」
低く地を這うような声だった。
クオラジュの口角が上がる。だがスペリトトの像に返事をするつもりはないようだった。
俺達にはサッパリ事情が飲み込めない。
何故クオラジュが攻撃してきたのかも、スペリトトの像が動いているのかも理解できなかった。
わかるのはクオラジュとスペリトトが対立しているということだけ。
「スペリトトって昔の神様?神様の番?だよな?生きてるのか?」
隣にいるアオガにコソコソと尋ねた。
「生きているはずないよ。遥か昔の存在だし……、神聖化して考えられている存在だよ。そもそも本当に存在していたのかもわかっていない。」
でもこの状況を見ると、存在してるとしか言いようがない。
クオラジュはジッとスペリトトの像を見ている。
「……………貴方の思い通りにさせるわけないでしょう?今更竜の魂は必要ないだろうと思っていましたが……。そういう使い方もあるのですね。」
何かを納得したような顔をしている。
俺達は動けずにいた。竜の結界とスペリトトの防御があったから、先程の攻撃から助かった。
でもここから離れて、もしクオラジュが同じ攻撃を仕掛けてきたら、助かるかどうか分からない。
俺が緊張してクオラジュを見上げていると、クオラジュの氷銀色の瞳が俺の方を向いた。
「大丈夫ですよ。ツビィロランの身体は何としてでも守るだろうと理解して撃ちましたので。」
ニコリと笑って言われてしまったが、いくら理解しててもあの攻撃はないんじゃないだろうか。もし当たったらどうしてくれるんだ。
おかしくなっていた空の色が徐々に戻りだす。
「ですが…………、ソレは破壊していきましょう。」
クオラジュが穏やかに宣言する。
ジジ…………、と大気を震わせ地の底から響く音がする。
クオラジュはゆっくりと腰に下げた剣を抜いた。
剣が放電している。
手に下げられた剣はバリバリと光り、存在感を増していった。
剣にクオラジュの神聖力が流れ込んでいる。それも途方もない量が。
クオラジュの身体がブレたような気がした。
護衛達とアオガがスペリトトと俺達の間に壁のように立ち塞がり神聖力で防御した。
この時俺は何が起こっているのか咄嗟に理解出来なかった。こればかりは経験の差なのだろうと思う。むしろ温室育ちだと思っていたアオガが反応したのが凄いのだろうが、それに気付いたのは終わった後だ。
………ズ……ゥドォンーーー!!バリバリィィィィーーー!!!とまるで近距離で雷が落ちたような轟音と振動が響いた。
身体がビクゥ!と縮こまる。
鼓膜が破れたかと思った。グワングワンと音が聞こえなくなる。
護衛の隙間からスペリトトの像にクオラジュの剣が脳天から刺さっているのが見えた。防ごうとしたのか手が上に上がっているが、上げられた手は真っ二つに裂かれている。
俺は呆気に取られて像を見ているしかなかった。
剣に刺されたスペリトトの像は動かなくなっていた。先程まで白い髪に真紅の瞳をしていたが、今は元の通り動かない像に戻っていた。
俺に影が出来る。
見上げると直ぐそこにクオラジュがいた。
水の中に浮かぶ氷のような瞳は、相変わらず何の感情もうつしていない。
「何で……。」
疑問を続けようとして立ち上がり話し掛けたが、頭の中で自分の声がくぐもって響いた。まだ耳が元に戻っていない。
クオラジュの手が伸びてきて、ツビィロランの両耳を塞いだ。
表情も変えずに見つめてくるのを、ツビィロランは不思議になって見つめ返した。本当に何を考えているのか分からない。白とも銀とも透明ともつかない瞳はガラス玉のようで、作り物めいた整った顔は人形かと思ってしまう。
この手に温もりがなければ、きっとそう思っていた。
クオラジュの手がゆっくりと離されると、一気に音が入ってくる。
誰も話してはいないけど、風の音や身じろぎする音が、一人ではなかったのだと気付かせた。
「………なん…?」
何を聞けばいいのだろう?
迷った挙句にツビィロランは一番気になることを尋ねた。
「まだ、俺のこと殺そうとするのか?」
その場にいた全員がハッとする。
クオラジュは喉の奥で可笑しそうに笑った。
「…………そう、した方が…………、一番楽なのでしょうが………………。」
囁くような返事。
氷銀色の瞳が迷うように揺れ、黎明色の睫毛が震える。ようやく人の感情が見えた。
ゆっくりとツビィロランの頭を撫でて、顔が近付いてくる。
長い指がツビィロランの顎を持ち上げ、驚く俺にキスをした。ゆっくりと喰むような口付けは、躊躇いがちで震えていた。
驚きも嫌悪もなく、馬鹿みたいにクオラジュらしくないなとか思ってしまった。そういうことには慣れていそうだなと勝手に思っていたからだ。
顎にあった指が、スルリと滑って頬を撫で離れていく。
大地を蹴り空高く昇っていく姿を、茫然と見上げていた。一枚、二枚と黎明色の羽が舞い降りて、ツビィロランの前で消えていく。
「………………はぁ?やり逃げ?」
思わず呟いたセリフに、「なんか違う。」とアオガがツッコんでいた。
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