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竜が住まう山
39 トネフィトの目
しおりを挟むスペリトトの像はクオラジュによって壊されてしまった。像に突き刺さった剣はヒビが入り所々削れて使い物にならなそうだったので放置してきた。
クオラジュはよく分からないがサッサと飛び去ってしまった為、俺達はアオガを救うこともできたということで下山し、約束通り情報提供をしてくれたトネフィトに、透金英の花を渡すことにした。
一応今回も透金英の枝は、時止まりの袋に入れて持参していた。使い所が無かったので入れっぱなしになっていた。
トネフィトにちょっと待ってねと断りを入れて、袋から透金英の枝を取り出す。
枝を少し持ち上げて神聖力を流し込んだ。
「………わっ!」
トネフィト、ロジチェリ、カンリャリの三人が次々に咲いていく透金英の花に驚く。
漆黒の花が開いていくと、金とも銀ともつかない小さな光る粉を落としていく。
と言ってもトネフィトは盲目なので、ロジチェリとカンリャリが説明して、咲いた透金英の花を触らせていた。
「これが予言の神子の花!」
トネフィトが感激の声を上げた。
「あれ?俺が予言の神子って知ってたんだ?」
言ったっけ?と思いながら首を傾げる。
「そりゃ、髪の色を聞いたので…。」
それもそうか。竜は竜の住まう山から出て来ないと聞いていたから、あんまり関係ないかと思い言っていなかった。
枝には九つの花が咲いた。
「何個いるんだ?」
「……!何個でもいいのかな!?」
トネフィトが興奮している。そんなに興奮するものだろうか。
アオガが耳元に口を寄せて囁いてきた。
「ぼったくろうよ。」
お前……、金にがめつくなってきてるな。
家が没落したからか?
「いくらになるんだ?」
相談しようとしたらヤイネに「やめなさい。」と止められてしまった。
トネフィトが目を作るのに何個必要か分からないというので、じゃあ作る時に側にいると言ったら、トネフィトは喜んでくれた。
俺達は満月の夜までトネフィト達の家で過ごしていた。後五日程で満月だと言うので、そのままここにいた方が早い。
そして満月の夜、庭の空き地に全員集まった。
丸い月は大きく、明るい月光で蒼い影がハッキリと出来る夜だった。
竜の骨と鱗で作られた器は、小さな両手鍋に蓋がついたような形をしていた。
その中にコロンコロンと何か固いものが放り投げられる。
「何それ?」
尋ねると、これは炎竜ワントの眼球だと言われた。
え?小さすぎない?
不思議になって覗き込むと、鍋の底には瞳孔も何もない赤い球体が二つ転がっている。
「凝縮させたんだ。竜の実態のままだと大きいし、別に大きさは関係ないしね。」
ふーんと聞きつつも、よく分からない。
「月冥魂は満月の夜にしか灯らない。」
トネフィトの隣でロジチェリが時止まりの瓶を持ってきた。竜の骨を組み上げてその隙間に瓶の中身を入れ込む。瓶の中はゆらゆらと揺れる火の玉のように見えたが、これが魂で、満月の光を浴びて冥界の炎を呼び出し、燃え上がっていった。
トネフィトが透金英の花を入れ、薬草を次々と入れていく。全て分量を図り、順番に入れる必要があるのだと言っていた。
魔狼の核、生命樹の葉、妖霊の生血、精霊魚の花肉と入れつつ、合間合間に透金英の花を入れていく。
器の中の何かは、冥界の炎でクツクツと煮えていく。
「もう少し……。」
トネフィトがタラタラと汗を流しながら鍋の中を確認している。隣にカンリャリがいて一緒に様子を確認していた。目が見えないので、器の中の様子はカンリャリが伝えるしかない。
「花が必要なら出すぞ?」
コソッとロジチェリに伝える。
頷いたので透金英の枝に花を咲かせた。咲いた花を枝から採って、トネフィトの隣に並べておく。
俺にはさっぱり分からないので、邪魔しないように黙って見守るしかない。
静かに夜の月明かりの下、全員一言も喋らず見学中だ。
もしかして時間かかる作業だったのかな……。どうしよう途中で眠たくなって寝ちゃったら…。心配になってきた。
「あ……、トネフィト、表面に光が出だした。」
動かず見ていたカンリャリがトネフィトに教えた。
本当だ。器の中には光の波のような液体の表面がある。ふわ~と虹色に波が起き、中にある二つの球が浮き上がってきた。
「で、出来た……!」
カンリャリが歓声を上げる。手を握られたトネフィトも、頬を紅潮させて笑顔になった。
お玉で二つの球をロジチェリが掬い上げる。
「それ晩御飯で使った……。」
いや、何も言うまい。ちゃんと洗ったからな。手で触るよりいいだろう。
「それが眼球になるのか?」
ロジチェリが球の片方をカンリャリの手に乗せているのを見ながら尋ねた。見た目は白い球体だ。
「正確には眼球の元になるものかな?入れてくれる?」
俺の質問に答えながら、トネフィトは二人に頼んだ。一つずつ目に入れてもらうつもりのようだ。
興味本位で覗き込んでしまったが、トネフィトの瞼を開けると、目ん玉があるべき場所は空洞で、そこにグリっと白い球を押し込んでいるのが見えた。
う、痛そう…!
ブルリと震えてしまう。
二人が一つずつトネフィトの目に入れ終わると、丁寧に布で拭いてあげていた。
そういえばこの三人って家族って言ってたけど、単なる家族だろうか。
ロジチェリとカンリャリが双子とは聞いているけど、トネフィトと双子の関係はなんだろう?親?兄弟?……………もしや、恋人とか。番は違うよな?一対二は無理だよな?
トネフィトが暫く目に手を当てていた。
「どうだ?」
ロジチェリが尋ねると、トネフィトの口がフニっと笑った。
「ふふ、凄い。」
手を離し、ゆっくりと瞼が開く。
まだ上手く動かせないのか震えているように見えるが、さっき空洞だった場所に真っ青な瞳が見えた。
「青か。」
カンリャリが笑いながら色を教えた。
「あ、青なんだね。」
それは綺麗な海の底のような青だった。
トネフィトが見える、と涙を流していく。
「見える………。見えるよ。二人の顔をようやく見れる。」
嬉しそうにトネフィトが笑いながら泣いていた。
俺達は月の光の中、そんな三人の幸せそうな笑顔を祝福した。
「え?私達の関係?」
目は出来たけど、まだ上手く馴染めずよく転ぶトネフィトの隣には、必ず双子のどちらかがいる。盲目の時とその様子はまぁ、変わっていない。
「うん、兄弟にしては近いし…。」
トネフィトは少し恥ずかしそうに俯いた。
ん゛ん゛………。
まさか、ここにもか?
「俺達三人は番だ。」
ロジチェリが答えた。
やっぱりかぁ~~~。
俺の周りカップルだらけだな?独り身アオガを誘ったのに、最近雲行き怪しいし。
「三人で番になれるのか?」
確か魂が繋がるはず。一生に一度なので、一対一の関係かと思っていたのに。
「本来は二人なんだよ。ロジチェリとカンリャリは魂が同じなんだ。一つの卵から生まれたと言っただろ?卵の中で魂も分裂してしまったから、身体は二つなんだけど魂は同じなんだよ。」
「へぇ?んん?じゃあ身体は別々でも同じこと考えてるのか?常に意識は繋がってるとか?」
「意識は別だ。其々が別々に思考しているし、行動も別なんだが、好みは同じだし、魂も繋がってる。番にしたい人も一緒になって問題ない。」
そりゃ不思議だ。竜だからかな?
「人にもたまにいるらしいよ。」
いたんだ!
それから色々と雑談して帰ることになった。
透金英の花をもう少し渡して宿泊代にした。
さよならと手を振って下山していくツビィロラン達を見送って、トネフィトは青い目を細める。
なんて素晴らしいんだろう。
色というものを初めて知った。
触って確かめるだけだった形というものを、目に映しただけで捉えることができる不思議な感覚に、トネフィトは瞬きすることすら時間が惜しい。
なにより、一番見たかった番の姿が愛おしい。
「ふう、漸く静かになったな。」
「本当に。だがこれで暫くはゆっくりできる。」
ロジチェリとカンリャリが両隣でウンウンと頷いている。
「本当だね。でも楽しかったよ。また来て欲しいくらいだ。」
歩いて家に戻りながらそう言うと、ロジチェリにヒョイと抱えられた。
ん?
カンリャリがしっかりと扉を閉めて鍵をかける。
そんな、こんな辺鄙なところに来る存在なんていないのに、なんで鍵を?まだ昼間だよ?
奥の部屋に入ってカンリャリが布団を敷き出した。
「んん?なんで布団を敷いてるの?」
「必要になるから。保存食何日分あったか?」
「三日くらいか?なに、交代で狩りに行けばいい。必ず交代だ。」
「勿論だ。」
「ど、どうしたの?」
座ったカンリャリの膝に、ストンと座らされてしまった。
「綺麗な青い目だ。」
ロジチェリが頬を手で包んで覗き込んでくる。
うわっ……。視線が合うってこんな感じなんだ。恥ずかしいな。でもロジチェリの瞳もよく見える。色の名前は聞いていた。黄色なのだと、秋の枯れ葉の色で、春に咲く花の色だと言っていた。
「二人の瞳も可愛い色だよ。」
赤ん坊から育てたのだ。見えないけど、一生懸命育てた。乳をやり着替えさせて、熱を出したら薬草を探して看病して、一人きりだった暮らしが一気に忙しくなった。
柔らかい子供の身体から、逞しく固い身体に変わっていって、私よりも大きくなっても、私の可愛い子供だった。
なのにある日、二人は一緒に好きだと言ってきた。
番になって、一生一緒にいようと言われた。
そんなこと考えてもいなかったから、混乱していたらサクッと襲われてしまったのだ。
あれにはビックリした。
私も知らなかった閨事を何故二人が知っていたのか疑問だったが、たまに人の街に行って話を聞いていたらしい。
ずっと一緒にいる方法を知りたかったから調べたのだと言う。
人間は誰もが愛する人とは番になって、一生を添い遂げると答えたらしい。たまにそれで失敗する人達もいるらしいが、二人は絶対そんなことはならないと力説した。
一生一緒にいて、大切にすると言ってくれた。
気付いたら番になっていて、己の流されやすさに恥ずかしくなったが、双子ならいいかなと思った。それに、トネフィトだってずっと双子と一緒にいたかった。だから簡単に番になってしまったのだろう。
ロジチェリの顔がゆっくりと近付いてきて、唇が合わさる。
「……ふっ、……んん。」
目を見ながら重なる舌は、クチュクチュと音を立てて絡み合う。
離れると唾液の線が糸を引いた。
顎を持たれてクイと横向かせ、次はカンリャリが口付けてきた。
「ふ、ふふ、ん………ぁ、んん……。」
ロジチェリもカンリャリも口は笑っている。そう、これは笑顔のはず。笑っている時に触るとこんな感じだった。
「見える世界はどうだ?」
カンリャリが舌で唇を舐めながら尋ねてくる。
「ん………んぁ、あ、綺麗だよ。それに、二人が見れて嬉しい。」
服に潜り込んで舐めてくるロジチェリの動きに喘ぎながら、トネフィトは美しく笑う。
天空白露から来た客人達は、皆美しかったのだろうと思う。比較対象が今までなかったので、トネフィトには美醜が理解出来ないのだが、直感でそう感じた。
それでも一番大好きなのは双子だ。
「ぁ、あ、あ゛ぁ……………、もう、話し、が、あっ…………。」
双子は質問するくせに答えさせてくれない。
きっとカッコいいという姿は二人のような容姿を言うのだろうと思う。逞しくて、美しくて、目が合うとドキドキする。
「あっ…………!………っ、!」
吐く吐息を吸われながら、乱れる双子をこの目に焼き付けようとするのに、こう言う時は目を瞑ってしまうものなんだなとトネフィトは知った。
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