落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

28 よし、決定〜

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 いたいた。
 ソイツは街並みからやや外れた一軒家に住んでいた。家は一人暮らしには少し大きいが、以前のソイツが住んでいた家よりもかなり小さい。
 家族とも全員離され、使用人無しで頑張っていると聞いてきた。
 家事なんかやったことなかっただろうに、今は庭に出て洗濯物を干している姿は様になっている。

「おーい。」

 俺は気軽に声を掛けた。柵越しに声を掛けられたソイツは思いっきり背中を震わせる。
 長い金の髪は後ろに結び、真っ赤な瞳は驚愕に見開かれていた。着ている服も以前見た豪華なものではなく、簡素で飾り気が無いものになっていた。ゴテゴテの服を着てた時は分からなかったが、意外と身体に厚みがある。

「は?え?……ツビィロラン?」

 驚いた人物はアオガだ。
 俺は木製の門を勝手に開けて中に入った。鍵も何も無い、木の棒が内側についていて横にスライドさせ筒に通すだけの簡単な留め具で止まっているだけの門だ。
 この家は予言者サティーカジィが用意した家らしい。家と家具、そして毎月一定額のみ二十年間送るので、その間に自立するように言われてアオガはここに住んでいる。
 アオガの家族は皆んなそれなりの不正を行っていたので、皆追放されて天空白露から去っていた。アオガは家族の不正を知ってはいたが、手は出しておらず、基本的には天上人になることを目指して学問や鍛錬を行ってばかりいたので見逃してもらえたらしい。サティーカジィもアオガが重翼でないと理解していたが、一族の声を抑える為に許嫁として置いておいた後ろめたさがある為、アオガの身元保証人となり擁護した。
 アオガは大人しくその処遇に従っていた。

「元気?」

「……………。」

 プイッと無視された。近寄りながら俺もアオガの洗濯物の手伝いをすることにした。
 一人分って少ないなぁ。それでも何日か分溜めて洗っているようだ。この世界には珍しく、洗濯物のいい匂いがする。

「なー、なー、就活中って聞いたんだけど?」

 アオガは嫌そうな顔をして俺を見た。

「………だから?」

 アオガは腐ることもなく仕事を探そうとしたらしい。だがそれも上手くはいっていない。
 アオガの家族は予言者の一族でありながら当主サティーカジィの許嫁がいることを笠に着て、その立場を利用して商人達から賄賂をもらったり、予言者一族の中でデカい顔し続けていたらしく、アオガが実はサティーカジィの予言にあった重翼ではなかったと明るみに出て、しかもアオガの家族は不正だらけで追放処分とまでなり、いくら天空白露にいることを許されたとしても、周りの反応は手のひらを返したように冷たかった。
 仕事を探しても雇ってくれるところもないし、聖王宮殿の文官か神聖軍に入ろうにも、開羽する年齢に達していないと入る資格がない。
 働く場所がないので、どう補助すべきかとサティーカジィが悩んでいたのを俺は聞いていた。

「俺の従者にならない?」

 だから俺はアオガを誘うことにした。誰にも属さず一人ってところがちょうどいい。
 誘われたアオガは思いっきり「はぁ!?」と言った。








 そして俺達は旅に出ていた。
 目的地は大陸中央にある竜の住まう山。案内人は何と抹茶頭の人だった。名前はヤイネと紹介され、彼は天空白露の支部的な役割のある司地しちという役職に就いている。
 司地とは一定のエリアを管理する人で、司地の下には次司地じしちと呼ばれる一区域を管理する役職があり、何名かの次司地を取り纏めるのが司地の役割になる。
 ヤイネ司地が納める区域は大陸中央部分に位置している為、今回の案内役に抜擢された。
 大陸中央は天空白露が飛行する範囲外だった為、人が住む場所は少ないのだが、それでも小さな村や町がちゃんと存在している。そういうところへも天空白露は人々の祈りの場を与え、シュネイシロ神の教えを説いていた。
 不思議なことに、この大陸には神がシュネイシロしかいない。
 ヤイネ司地が髪を肩で切っているのは、自衛の為だった。大陸中央は管理がまだまだ緩いので、山賊や犯罪者が隠れ潜む場所として危険が多い。天上人と知られれば多勢に無勢で襲われて連れ去られるなんてこともあるらしい。
 そんな所に行かされるということは、ヤイネはあんまり力のある家柄ではないのだろう。一応緑の翼主に属しているらしいが、平民に近いと言っていた。

 あの日、俺に噛みついてきたのは俺が予言の神子だから会ってみたかったのに、なかなか祈りに来ないので我慢できずに呼び止めただけで、反感があったわけではないと謝ってきた。予言の神子ならちゃんとしろと言いたかっただけで、喧嘩したかったわけではないとショボンと項垂れていた。
 司地という立場ではなかなか天空白露に帰れず、しかも大陸中央は治安も悪いので離れるのは難しい。たまにしか行けない天空白露に帰り、まぁ予言の神子を見たかったし、出来れば話してみたかったし、その神聖力も感じてみたかったと。羽を出してたのは見せびらかすわけではなく、たまたまあの回廊に飛んで来て入ろうとしたら俺がいたから声を掛けたらしい。
 入り口からではなく廊下から入ろうとするその心意気に俺は好感を持った。
 そこまで憧れるほどのもんでもないと思うけどな?

 俺達は馬で移動していた。
 俺とアオガ、ヤイネ司地と護衛は十人。本当はもっと沢山護衛をつけたそうにしていたが、目立つからとお断りした。

「この村で馬は置いていかなければなりません。」

 司地がいる支部がある町を通り過ぎ、竜の住まう山に一番近いという麓の村までやって来た。小さな村で三十人程度しか村人がいない。
 空き家を一つ滞在できるように手配していたらしく、案内に出て来た少年が馬を引き受けてくれた。
 不在中の世話はしてくれるとのことだ。
 
 ヤイネは天上人にしては神聖力が少ない方だが、仕事はできるやつのようで、ここに来るまで何一つ不便はなかった。
 お坊ちゃん育ちのアオガも従者に徹してくれているおかげか、俺は特にやることがない。暇だ。

「ここに滞在して休憩を取り、明後日山に出発しましょう。」

 小さな宿屋と野営続きの移動だったが、俺はイツズと十年間そういう生活をしていたので割と平気だった。
 アオガの方がへばっている。

「ようやく一息つける?簡単に引き受けるんじゃなかった!」

 アオガはちょっと文句が多い。ちゃんとやるべきことはやってくれるのだが、愚痴が多いのが玉に瑕だ。

「給料はずんでるだろー。」

「私は聖王宮殿で普通に従者として働くんだと思っていたんだ!」

 そう思ったから説明しなかったんだよ。

「すみません、なにぶん辺境な為ろくな設備もなくご不便おかけします。」

 ヤイネが謝ってくれた。俺もこんな辺鄙な所ばかりだとは思っていなかったのだし、いいじゃないか、連れて来たって。どうせ仕事見つからずに腐ってたんだし。
 あの日訪れたアオガは暗かったが、旅に出て一月経つ今はとても元気だ。毎日聞く愚痴にも元気があって明るい。

 既に通り過ぎて来たがこの辺境の地はヤイネの生まれ故郷だった。天上人なので天空白露生まれなのかと思っていたら、通り過ぎて来た司地の支部がある町が地元だと教えてくれた。
 ヤイネの一族は元々緑の翼主一族の派生で、数代前から天上人になれる程の神聖力の持ち主が生まれないことから、一族まとめて地上に降り、天空白露から離れて生きてきた一族だった。
 敢えて田舎に引っ込み、司地の支部を補佐する立場に順じてきたが、ある日神聖力が多い子供が産まれた。
 それがヤイネだった。
 是非天上人として開羽させようと一族はヤイネを天空白露に送ったらしいのだが、ヤイネ曰く、ヤイネの神聖力なんぞギリギリ開羽出来るくらいの量だったらしい。天空白露にいて、神聖力を取り込めたから開羽出来たくらいで、そのまま地上に居れば出来なかったと思うと教えてくれた。
 ヤイネは天上人になったのだからと、直ぐに故郷の司地に立候補し、地元に戻った。辺境の司地は治安が悪く設備も古いので人気じゃないので戻りやすかったらしい。

「私は慣れているのですが外から来た方には不便ですよね。」

 喋ってみればヤイネは普通に真面目なやつだった。予言の神子と天空白露育ちのアオガ、それについて来た護衛達にも気を配っている。

「ヤイネを責めてるわけじゃないよ。」

 アオガもさすかにヤイネには強く出れない。俺には噛みついてばかりだけど。護衛達も構いませんと笑っていた。
 天上人にしては派手さのない地味なヤイネだが、アオガは意外にも話しやすそうにしていた。
 ヤイネは天上人に成り立てで三十歳手前、アオガはイツズと同じ歳なので二十二歳になる。歳が近いので気が合うのかもしれない。

「いえ、アオガ様には大変でしょう。今から野宿しか出来ませんし、竜の住まう山に着けばどうなっているのか全く分かりません。我々も山に入ることはありませんので。」

「地元の人でも入らないの?」

「竜の神聖力は強過ぎて普通の人間では耐えられませんから。私はこれでも天上人にはなれる程度の耐久力があるので大丈夫ですが、村の者では気が触れてしまうかもしれません。」

 人間が竜に会えるのは稀なことで、短命な人間からすると架空の存在だと思えるくらい存在を感じない。実際聳える山々に住んでいるなら神聖力くらい感じそうなものなのに、全く感じないのだから、本当にいないか気配を消すのが上手いかの二択になる。
 クオラジュの羽が入った瓶を送って来たのだから、いるのだろうと思うしかない。そうであれば気配を上手に消せる程の強者ということになる。
 山の近辺に住む分には神聖力を全く感じないのに、山に入れば気が触れてしまうほどの神聖力がある。そんな不思議な山が、竜の住まう山なのだという。
 連れて来た護衛も皆羽のある天上人ばかりだ。アゼディムはこのことを知っていて天上人の護衛だけにしたのだろう。

「アオガは大丈夫なのか?」

 アオガはまだ開羽していない。髪の色は派手な金髪だから神聖力は多いのだろうと思うが、どうなんだろう?

「アオガ様なら私より大丈夫です。この中では私が一番弱いと思いますから。」

 ヤイネは少し心苦しそうそう言った。

「神聖力については分かったけど、俺は神聖力は多いけど戦えないからな。」

 事前に言っておこう。

「剣は持ったことないの?」

「ない。」

「え?じゃあ、遠距離系?弓とかは?それとも神聖力で砲撃とか?」

「え?攻撃的なのはやったことねーよ。やり方知らんし。思いついたのを力任せにってのなら出来ると思うけど。」

 アオガがええ!?と慄いている。ヤイネや護衛達も信じられないと青褪めた。
 俺は神聖力があるのはわかるが使い方を習ってことはない。ツビィロランの記憶ではなんかやってたなぁ~ってのはあるけど、単なる記憶でしかないのでどうやってるのか分からないのだ。

「………え?もしかして単なる従者じゃなくて護衛も兼ねてたの!?」

「…………まぁ。」

 お前、俺より背が高いし。一番最初に会った時はイツズより大きいなとは思ったけど、再度会い直してみると背は高かった。
 最初は従者でいいと思ってたけど、洗濯物干してる時薄着だったから見えたんだよな~。コイツ鍛えてんだなと。細マッチョタイプなんだよな~。俺が津々木学だった頃に欲しかった肉体だ。羨ましい。

「さ、詐欺だ!」

「いいじゃん。お前鍛えてんだろ?」

 アオガは自分の身体をバッと抱き締めた。
 
「な、な、何で知って………!」

 ちょっと恥ずかしそうにしている。これは知られたくないことなのか?あ、そーか、アオガはサティーカジィと番になる予定だったから、嫁としておしとやかでありたかったのか。背も高いしな。サティーカジィとアオガでは、どちらが嫁側になるのかと言われればアオガの方になるのだろう。

「何で鍛えてんの?武器は何使ってんの?」

「お、お前、遠慮ないな……。剣だけど、鍛えてたのはサティーカジィ様をお守りする為で………。」

 後半はモニョモニョと小声になる。
 健気?
 嫁側なのに武芸派ではないサティーカジィの為に戦えるようにしていたと?でもマッチョになるのは見た目的にダメだから細身の身体になるように鍛えたと?
 平気そうに見えたけど、実は物凄くサティーカジィのこと好きだったのか?

「……………健気。」

 あ、しまった。黙っとくつもりが声に出た。
 アオガがズーンと落ち込んでしまった。すまんな。






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