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竜が住まう山

29 俺も若者ですけど?

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 ヤイネが慰めて来て~。
 そんな無茶なと思いつつ、予言の神子からの指示には従うしかない。しがない底辺管理職には断る術がなかった。
 道なき道を進んでいる為、野営をする度に空き地を作ってテントを張るのだが、夜間は一晩中火を焚き交代で見張りを置くようにしている。
 アオガも率先して交代要員に入ってくれるので助かっている。
 
「初対面で俺に噛みついてきたよな?これでチャラにしてやるから行ってこい。」

 そうツビィロランに言われて、見張り中のアオガの元へやって来た。手には自分の荷物入れを持って来ている。

「お疲れ様です。」

 驚かせないようにと少し手前からそっと背中に話しかけたのだが、振り向いたアオガは驚く様子もなく、ヤイネが近付いて来ていることに気付いていたらしい。
 後ろで一つに結んだ長い金の髪が風に煽られ流れていた。

「まだ交代の時間じゃないよね?」

 不思議そうに首を傾げている。
 ヤイネから見たアオガは遥か高みの人だ。今でこそ没落し何の地位もない人だが、あと三年もすればその背に美しい金の羽を生やし、天上人となって敬われることだろう。ヤイネが話し掛けれるような人でははい。
 ツビィロラン様は予言の神子なのだから、自分で慰めればいいのにと内心思いつつ、必死に慰める言葉を探してここに来た。
 ヤイネ如きが慰めて意味があるのだろうかと自信はかなり無い。

「はい、交代ではありません。少しお話をしようかなと思いまして。」

 ずうずうしく思われるだろうかと気にしつつ、思い切って話し掛けた。
 アオガはキョトンと真っ赤な目を瞬かせて、意味がわからないと言いつつ頷いた。

「ええーと、昼間に剣を扱われると聞いて思いついたのですが……。」

 ヤイネは持って来た自分の袋に手を突っ込み、ゴソゴソと探った。時止まりの術が掛けられているので、この袋の中には色々なものが収められている。その中の一つを探し出す。
 あった、あったと言ってヤイネが取り出したのは一振りの剣だった。
 刀身は細く長い。鞘と柄は白く、薄く美しい彫り細工がなされていた。

「これは我が家に代々受け継がれる武器の一つなのですが、よければお貸ししようかと思いまして……。」

 ヤイネは自分でそう説明しながらも、特に親しい仲でもないのに突然おかしなこと言っているよなと恥ずかしくなる。こういった親切は不得手だ。
 アオガの表情が不思議そうなのも頷ける。

 手渡した剣をアオガはマジマジと見ていた。シュィンーーと響く軽やかな音を鳴らして鞘から抜かれ、夜の闇の中に青白い刃が浮かび上がる。
 ヒュンヒュンと扱い慣れた手で振られる剣を、ヤイネは感心して見ていた。ヤイネには少し重いと感じる剣をアオガは軽々と扱っている。剣筋も真っ直ぐで、特に構えることなく振っているだけなのに、アオガの腕前が確かなように感じた。

「………借りてていいの?」

「はい、今回の任務中までですが、竜の住まう山は何が起こるか分かりません。より良い剣を持たれた方が安全でしょう。」

 どうせヤイネには扱えない剣なのだ。

「ヤイネ司地は?」

「私はこれを持っています。」
 
 ヤイネは袋からまた別の武器を取り出した。出て来たのは長い弧を描く長弓だった。これを引けるようになったのもかなりの鍛錬が必要だったが、弓ばかり鍛錬していたので剣は全く扱えないようになってしまった。
 ヤイネは長弓のつるを引きながら神聖力を流していく。弦にかけた指に一本の矢が現れた。濃い緑色の矢はめいいっぱい引かれて放たれた。

 音もなく矢は緑色の筋を残して遠くの木に刺さる。

「うわぁ、矢は神聖力で出すのか。」

 アオガが目を輝かせて見ていた。少し前まで暗い顔をしていたのに、試しに打ってみて良かったと安堵する。

「はい、矢は実物に神聖力を纏わせて打つ場合もありますが、数に限りもありますし、神聖力に余裕がある時はこの様に打ちます。それにあまりいい表現ではありませんが、証拠を残さず攻撃する場合には良い手になります。神聖力は時間が経てば薄れていきますので、余程その場に感知能力の高い者がいない限りは有効です。」

 アオガはふんふんとヤイネの説明を聞いていた。

「じゃあ使わないからってことで借りとこうかな。」

 嬉しそうに笑いながら剣を鞘に戻している姿を見て、「どうぞ。」とヤイネも笑った。
 どうやら機嫌が直ったらしい。家宝の剣だが使い道がある方がいいだろう。
 この剣と弓は竜の骨と牙で作られている。特に名は無いがその出来は素晴らしく、当主となるものとその伴侶が受け継ぐようになっていた。父から番ができたら片方を渡すように言われていたのだが、ヤイネにはまだいい人はいないので問題ないだろう。
 そもそも天上人としては魅力に欠ける自分では簡単に番なんて出来ない。
 両親は天空白露で天上人の恋人を作って欲しかったようだが、天上人の間では最底辺と言われ嘲笑われていたので、好意を寄せてくれる存在なんていなかった。友人すら出来なかったのだ。
 だから生まれ故郷に帰った。天上人のいない故郷では逆に近寄ってくる人間が多すぎて、誰を信用していいのか分からなくなった。
 いつしかヤイネは人と当たり障りなく付き合うようになっていた。
 こうやって自分から関わっていったことなんていつぶりだろうか。


 ゴソゴソと長弓をしまい直すヤイネを見て、アオガは慰められたのだなと気付いた。
 特に慰めの言葉は無かったけど、元気になれるものをと思い、この剣を貸してくれたのだろう。
 ヤイネは天上人にしては地味だ。濃い緑色の髪はマッタリとしていて、天上人にありがちな輝かしさはない。だから長く伸ばして主張しがちな天上人の髪も、バッサリと肩で真っ直ぐに切ってしまえるのだろう。
 それでは、と言って帰っていくヤイネの後ろ姿を見送りながら、アオガは少しだけその素朴な優しさに救われた。




 


「アオガがヤイネに懐いた……。」

 ポツリと呟いた言葉に護衛の一人が乾いた笑いを漏らした。アオガはツンデレだ。優秀なのに性格で損をするタイプだ。
 道中アオガの鬱陶しい愚痴に皆んな辟易していたのだが、今は全てヤイネに向かっていた。まぁいい。俺の周りが静かになった。
 イツズの代わりと思って連れて来てみたのだが、やはりイツズみたいに順従な奴はそうそういない。イツズは俺が右と言えば素直に右についてくるが、アオガは反論するし下手すれば逆に行く。
 これはこれで旅のお供として面白くもあるけど、緩和剤がないと鬱陶しいことに気付き、押しに弱そうなヤイネをぶつけてみたところ、これが上手くいった。いや、行きすぎた。雇用主の俺がほったらかされている。

「それでさ、洗濯剤って自分で混ぜ合わせるって知らなくて、隣のおばさんが配合教えてくれて、香付けにいいっていう薬草とか木の実とか教えてくれて混ぜたんだ。」

「そうなんですね。どんな匂いが良かったですか?」

「私は爽やかだけど少し甘いっていうかぁ~。」

 昔の話から今現在の話まで、全部ヤイネと喋っている。アオガはお喋りだ。愚痴は減ったがお喋り相手にしては相槌打つのも大変なくらいに喋っている。
 それでもヤイネは飽きることなく聞いて返事を返していた。尊敬に値する。洗濯剤の話って楽しいか?確かに洗濯物干すの手伝った時、いい匂いするなとは思ったけど。

「ではコレなんかどうですか?」

 ヤイネは近くの木から何か実をプツンと採った。
 一センチくらいの大きさで、白くて丸くて先っぽが少し割れて中に綿が見えている。
 ヤイネは指で摘んでアオガに手渡そうとしたように見えたが、アオガはヤイネの腕を掴んで指ごと自分の鼻に寄せて匂いを嗅いだ。

「あ、スッとした匂いがする。」

「…………………はっ!あ、はい、食用で煮出した水に混ぜると殺菌作用もあるので………。」

 あたふたとヤイネが説明するのをアオガはニコニコと聞いていた。
 その二人の姿を見ながら俺達は山を登っていく。既に竜の住まう山に入り込んだ。山は険しく慣れたものでも足を滑らせ落ちそうな急斜面なのだが、二人の眼前には緩やかな坂道しかないようだ。

「若いっていいですねぇ。」

「俺も番と出会ったばかりの頃は何をするにもウキウキしました。」

「そうそう指に触れるだけでも熱くなって。」

 いやぁ~~~いいですねぇ~~~。揃ってホンワカと笑い合っている。お前ら神聖軍主アゼディムの部下だよな?軍の人間だよな?会話が年寄りの集まりになっている。全員天上人で見た目が二十五歳程度で止まっているので分かりにくいが、どうやらかなりの年長者ばかりらしい。少数精鋭で揃えたらしいので若い兵士は入れなかったんだろう。

「…………………俺も若いんですけど?」

 緩和剤どころか弾かれてしまった。
 俺はもうこの急斜面が怖くて、一言だけつっこむことしかできなかった。








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