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空に浮かぶ国
20 一番攻略が難しい人
しおりを挟む神聖軍主の領地からは飛んで帰ることになった。イツズはサティーカジィが抱っこして、俺はクオラジュが抱っこしたのだが、とてつもなく怖い!
アゼディムに連れてこられた時はまだ雲の中で下が見えなかったから耐えられたけど、今日は空が晴れてよく見える。眼下に広がる小さな景色に俺は漏らしそう。
「…………っ!…………っ!」
声も出せずに震える俺を抱っこしていたクオラジュが、そっと目の上に手のひらを添えた。
「すみません。これが一番安全で早いのです。怖いのなら目を瞑って私に抱き付いていて下さい。」
クオラジュの羽がバサリと羽ばたき、ヒラリと目の端に青から紫、橙色へと変わる透明な羽が舞うのが見えた。
ヒシッとクオラジュの胸元の服を握り締め、俺は言われた通り目を瞑るしかない。
背中とお尻に回された手は長くてしっかりと抱きしめてくれているので安定感はあるのだが、この浮遊感は怖くてたまらない。
今回もヘロヘロになりながら地面に崩れ落ちた。俺達はまたサティーカジィの屋敷にお世話になることにした。
「僕は空中散歩って感じで楽しかったよ?」
イツズは頬を紅潮させて嬉しそうだ。抱っこして飛んだサティーカジィも嬉しそう。良かったな……。
「私の飛翔はダメでしたか……。」
クオラジュは俺の背中を撫でながらボソリと呟く。
そんなガッカリとした顔で見ないで欲しい。高所恐怖症なんだよ。吐かないだけでも褒めて欲しい。
「クオラジュ殿、宮殿から至急来るようにと伝達がきてます。」
中からテトゥーミが出てきた。クオラジュは頷いて一緒に出てきたトステニロスと話し始める。
透金英の親樹に花が咲いたことにより、そちらをメインに神事を行いたいとホミィセナが言い出したらしい。
花を咲かせたのは自分だと主張したいのだろう。
「部屋は整えてますから行きましょう。」
テトゥーミが手を貸してくれた。両側をテトゥーミとイツズに担がれて部屋まで引き摺られるように歩いていく。
「ツビィロラン様にお伝えすることがあります。」
テトゥーミが小声で話し掛けてきた。
「ん?」
どうも秘密っぽい。
「僕が緑の翼主一族ってのはわかってますよね?」
分かっているので頷いた。反対隣のイツズも頷いている。
「僕はロアートシュエ様の意向でクオラジュ殿側にいますが、正直信頼はされてません。」
きっぱりとテトゥーミは言い切った。クオラジュとロアートシュエは敵というわけではないけど仲がいいわけでもない。緑の翼主一族は青の翼主一族を滅ぼしたのに、何でテトゥーミがクオラジュの側にいるのか不思議だったけど、聖王陛下の命令でいたのか。
「クオラジュは知ってるのか?」
「ご存知です。ここに来た時正直に言いました。」
「お前バカなのか?」
「違うんですよ。来た時にはもう情報掴まれちゃっててどうしようもなかったんですよ。クオラジュ殿にはトステニロスという優れた従者がいる所為で情報通なんですよ。」
トステニロスは赤の翼主で従者じゃなかったはずだよなと思いながらも先を促す。
「そんで?」
「はい、それで、ロアートシュエ様から伝言です。もしクオラジュ殿がおかしなことをしたら直ぐに天空白露の権限をロアートシュエ様に戻すそうです。」
「権限?」
「今ロアートシュエ様は神聖力が落ちている為、天空白露の飛行権限をクオラジュ殿に仮譲渡されています。ですがツビィロラン様から分けて頂いた透金英の花のおかげで回復が早く済むそうです。ロアートシュエ様は天空白露が落ちることを望まれていません。出来ればツビィロラン様に止めていただき、予言の神子として天空白露を上昇させてもらいたいと願われています。」
聖王陛下は天空白露存続派か。それもそうか。そしてクオラジュが崩壊派であることを聖王陛下も知ってるのか。
「…………………クオラジュを止めないの?」
不思議に思って尋ねた。聖王陛下はこの天空白露で一番偉い人だ。どうとでも言って止めれないの?
「それが、聖王陛下もクオラジュ殿が何をするつもりなのか分からないというのが一番で。その可能性があるという疑惑があるだけなのです。青の翼主は用心深く読めない人なので。」
「あー、現行犯逮捕しかないんだね。」
テトゥーミとイツズが「げんこうはんたいほ?」と首を傾げているが無視する。
皆んなクオラジュを疑ってるのにどうも出来ないんだ。笑える。
でも俺も実は崩壊派なんだよな。クオラジュが天空白露を落とそうとして、止めるかと言われると止めないだろう。
イツズにはいつも天空白露落ちろと毒付いてても、本気だと思われていない節がある。
そして全員が全員、予言の神子は天空白露存続派だと思っているよな?
俺の希望は天空白露は落ちるけど、俺は無事っていうルートだ。
「ロアートシュエ様の願いは理解していただけたでしょうか?」
「あはは、理解したよ~。」
俺の軽い返事にテトゥーミは不安そうな顔をしたが、よろしくお願いしますと頭を下げた。
理解はしたけど、聞き届けるとは決まってないだろうにと内心笑ってしまったけど。
ホミィセナはやってきた人物に笑いかけた。
仕上がった神子の衣装は贅を凝らした一級品。天空白露でしかとれない糸で作られた神聖力溢れる布地をたっぷりと使い、小さな宝石と細かな刺繍を施す衣装は、過去に見たどうしても欲しいと願った衣装に似せている。
小さな少年が誇らしげに王宮を去る日、父王も王太子である兄も、当時の婚約者も、全員無邪気に笑うツビィロランを見送っていた。
キラキラと光の中にいるのが何故自分ではないのかと悔しかった。
ロイソデ国はホミィセナの国だ。ホミィセナは王族だけど、その中の一人に過ぎず、際立って優良な人間ではなかった。
天空白露が予言の神子を育てる地を探す時、緑の翼主に取り入り幼いツビィロランを引き取り育てたのは、天空白露の恩恵をどの国よりも受け取りたいが為だった。
父王自ら庇護し寵愛されるツビィロランを見てホミィセナは育った。他にも数多いる王子王女も例外なくツビィロランに嫉妬しながら見ていた。どうにも出来なかった。傷付けるわけにもいかず、巨大な後ろ盾を持つツビィロランをホミィセナは憎しみを持って見ていた。
ツビィロランが漸く十三歳になり王城を去った時、もう見なくて済むと清々していたのに、父王達は何やら我策し始めた。
ロイソデ王族からも天上人をだす。
そんな妄執は隣国マドナス国の王子イリダナルが天上人となったという報告を受けてからだった。
マドナス国に出来てロイソデ国に出来ぬはずがない。だがロイソデの王族には天上人になれる程の神聖力を持つ者がいなかった。
透金英の花を集めろ。
王を始め、狂ったように透金英の花を集め出した。花はそうそう多く地上に出回る物ではない。ロイソデの王は天空白露に賄賂を送ってまで花を集め出した。
王族の中から神聖力の高い子供を数人選び出し透金英の花を食べさせた。神聖力が最も上がった者を天空白露に送る。
そう言われてホミィセナの期待は膨らんだ。
ホミィセナの銀髪が黒く染まり出した。
これは予言の神子と同じだ!誰かがそう叫んだ。ホミィセナこそ予言の神子に違いない!
ホミィセナの食事には毎日透金英の花が食事として出るようになった。
黒く染まる自分の髪に、ホミィセナはかつて羨んで見ていたツビィロランを思い浮かべた。
天空白露に行きたい。行って、あの頭の悪いツビィロランに取って代わりたい。
その願いは簡単に叶った。
それも全て彼のおかげ。予言の神子なんて単なる御伽噺のようなものと思っていたのに本当に天空白露の神聖力が減りだした時はどうしようかと思ったけど、彼のいう通りにしていたら何とかなった。
今では父王も王太子も元婚約者も、みぃーんなホミィセナに跪く。
「見て?この衣装は特別に作らせたのよ。貴方が言うようにロイソデ国から家族も呼んだわ。ちょうど透金英の親樹に花が咲くなんて、私はやっぱり神に愛されているのね。」
美しい衣装にウットリとしながら、彼に見せる為にクルクルと回った。
折角予言の神子になれたのに、ホミィセナには番がいない。聖王陛下は自分に番がいることを隠していた。それを教えてくれたのも彼だし、聖王陛下を脅し何をすべきかを教えてくれたのも彼だ。
彼はまだ独り身。決まった番候補もいないのだから、ホミィセナにも可能性はある。なによりホミィセナは予言の神子なのだから。
「よくお似合いです。」
褒め言葉に気をよくしたホミィセナは、背の高い彼に抱き付いた。胸元に頬を当て、思ったよりも逞しい身体にウットリする。
最初に来た時は天空白露の最上位である聖王陛下ロアートシュエ様が好きだった。だけど脅して繋げた関係は修復することなく悪化するばかりで、しかも番までいると聞いて嫌になってしまった。
でもこの人はホミィセナの欲しいモノをくれるし、一番に考えてくれる。文官らしい優美な物腰ながらも鍛えられた体躯は素晴らしい。神聖力も多く頼りになる。
「ねぇ、サティーカジィが屋敷に匿っていた人間を捕まえて石碑の下に入れたわ。」
ホミィセナは美しい人を見上げて試すように言った。何故自分に黙っていたのかと拗ねて見せる。
「………貴方を驚かせる為の贈り物だったのですよ。言いましたよね?貴方には沢山の神聖力を溜めていて欲しいと……。貴方は予言の神子として今度の神事でその力を皆に知らしめるのです。」
ホミィセナは目を潤ませ頬を染める。
「ええ、わかってるわ。その為にずっと言われた通り透金英の花を食べてるでしょう?必ず貴方の為に成功させるわ。」
抱き付いた相手が優しく笑うのを見て、ホミィセナはまたウットリと微笑んだ。
やはりこの人しかいない。
予言の神子ホミィセナに相応しいのは彼だけ。
「私はこの天空白露の頂点にいるのよ。私の隣には貴方が相応しいわ。だから番になりましょう?」
もう何度もお願いしているのに頷いてくれない。
今はまだその時ではないと言うのだ。天空白露が空に登り、神聖力で満たされた時が最も番となる日に相応しいのだと言って、私がこれからも天空白露の象徴として輝く手伝いをしてくれるのだと言ってくれる。
この美しい容姿も、賢い頭脳もホミィセナにこそ相応しい。誰もが羨む番になる。
ホミィセナはウットリと目を瞑った。
抱き付きその胸に頬を埋めたホミィセナは気付かなかった。その瞳が一瞬で冷たく光るのを。
石碑の下にはもう誰も囚われていないのだが、神事はもう直ぐそこだから構わないと、相手が冷笑しているのにも気付かずに、ホミィセナは幸せを噛み締めていた。
聖王陛下主体の創世祭なのに本人不在のまま神事はやるようだった。
いつもは宮殿の中で行う神事を、今年は石碑の前でやりたいと言う予言の神子ホミィセナの意向により、ほぼ終えていた会場設営を急遽やり直さなくてはならないと言って、クオラジュは慌てて聖王宮殿へ行ってしまっていた。
深夜、ツビィロランがベランダで夜風にあたっていると、クオラジュが羽を羽ばたかせて帰ってきているのが見えた。
長年の努力で俺は建物の中ならなんとか高所恐怖症が平気になれるようになった。あんまり身を乗り出したり、外が丸見え状態だとダメだけど。地に足ついているという意識が大事だ。
創世祭が終わるまではクオラジュも一緒にサティーカジィの屋敷に世話になるつもりらしく、その羽ばたく様子をベランダに突っ立ったまま観察していた。
「逃げも隠れもしないのに………。」
ツビィロランはそっと呟いた。
クオラジュが髪と同色である黎明色の翼を器用に使って減速し、俺がいるベランダに降り立った。
「またこんな遅くまで起きていたのですか?」
「夜型人間なんだよ。」
この世界は夜は寝るものだという常識がある。勿論前の世界だって夜は寝るものなのだが、まだまだ若者だった俺は明け方まで遊びまわるのもザラだった。
だからか夜更けにボンヤリ起きてしまっては、昔はあんなこともやってたなぁとか思い出に耽ったりする。いつの間にか前世の年齢を超えてしまっていた。
「身体が冷えてしまうと前も言ったのに…。」
窓を開けて中へ促すクオラジュを見上げて俺は声を掛けた。
「なぁ。」
氷銀色の瞳が瞬く。
「はい?」
「前に手伝って欲しいって言っただろ?何して欲しいわけ?」
「………………私のそばにいて欲しいだけです。」
「ふぅん?それだけ?」
クオラジュは微笑んだ。
何も言わないつもりだ。
部屋の中へ押し込まれ、クオラジュは中へ入らず窓を閉めた。
「早く寝て下さいね。鍵も忘れずに。」
笑うクオラジュの瞳はやっぱりどこか苦しそうだ。
バサリと羽音を残してクオラジュは消えた。自分の部屋に戻ったのだろう。
「………一緒にいて欲しいなら、ちゃんと全部話せよな……………。」
翼主クオラジュの攻略が一番難しいという情報は正解だなと思う。
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