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空に浮かぶ国
19 貴方は誰?
しおりを挟む結果を言うと俺達は無事に聖王様を連れ出すことに成功した。
二人で入って良かったと思う。なんせ狭い通路と長い階段を意識朦朧とした聖王陛下を抱えて移動とか無理でした。
部屋の奥にいたのはロアートシュエ聖王陛下で間違いなかったのだが、衰弱した身体と白に近くなった薄い緑色の髪からは、以前の神々しい美しさは感じられない。
怪我などは無さそうなので、とりあえず吸われ続けた神聖力を補う為に袋に入れてあった透金英の花を食べさせることにした。
「聖王陛下っ!食べて下さい!」
グイグイと口に押し込む。
「こらこらこら、意識ない人の口に詰め込んだらダメでしょう!?窒息させる気!?」
イツズが指ですり潰して細かくしたものを水でゆっくり飲ませ続けた。そのおかげか少し目を開けてくれる。何か言いたそうにしているが喋る元気は無さそうだった。
「聖王陛下、上でアゼディムが待ってますから行きますよ。」
金緑石色の瞳に光が灯る。
二人で交代しながら聖王陛下を引き摺るように連れ出した。なにせ俺もイツズも背が低い方。というか俺はチビだ。前世の身長と体格が欲しい。俺達より背の高い聖王陛下の足は引き摺りっぱなしだ。
なんとか三人で外に出ると隠れて待機していたアゼディムが駆け寄ってきて聖王陛下を抱き上げた。
お姫様抱っこ!
いや、神聖軍主アゼディムは体格も大きいので聖王陛下をお姫様抱っこしても余裕だろうが、その扱いに何となく納得。
ここは妹が愛した世界。神聖軍主と聖王陛下が仲良しこよししている世界だ。番か。お前ら番だろう?それで脅されてたんだな。聖王と神聖軍主は別々の一族で、しかも当主同士が番になっているとは公表出来なかったんだろう。禁断の恋か………。妹が好きそうだ。
俺は悟ってしまった。
去り際俺は少し考え地下へと続く入り口付近にあった透金英の幹を見た。まだ若い枝が今から伸びようとしているのでその枝を掴む。
まだまだ神聖力を欲しがる透金英の親樹の意志が流れてくる。
「そんなに欲しいならやるよ。」
俺は神聖力を流した。上を見上げたが濃霧で全く見えない。それでもきっと、この上にあるはずだ。
掴んでいた枝をポキッと折った。
行くよーというイツズの声に返事をして、俺達はその場から逃げて行った。
神聖軍主の領地に戻り漸く俺は一息つくことが出来た。
「あーーー、疲れた。クオラジュ達になんも言ってねーけど大丈夫かな?」
すっかり忘れていた。
「うん、トステニロスが近くにいたから話は聞いてたよ。伝えてくれてるはず。」
「そうか。」
いたのか。気配消すの上手いな。アゼディムは気付いてたんだろうか。
トステニロスが上手く説明したのか聖王陛下救出を邪魔されることはなかった。サティーカジィの屋敷から俺を連れ去ってきたんだから今頃皆んな騒いでたはずだ。…………騒ぐよな?クオラジュは俺に何か手伝って欲しいって言ってたくらいだし。
戻ったのは深夜だった為、俺達はそのまま神聖軍主の屋敷で一眠りした。
バンっという音でびっくりして起きる。既に外は明るい。一瞬しか寝ていないような気になるが、数時間は寝てしまっていたらしい。
「なに!?なんだ!?」
「ツビィロラン!どうして真っ直ぐ私達の方に帰って来ないのですか!?」
俺はバクバクとなる心臓を抑えて目をしぱしぱと開けた。
「なんだ、クオラジュかよ………。」
驚いた。誰かに攻撃でもされたのかと思った。
「なんだではありません!」
珍しくクオラジュが興奮している。
「どーしたんだ?」
「透金英の親樹に何をしたのです?」
………………ああ、霧が晴れたのか。そーいや今何時だ?窓の外を見ると太陽は高い。起き上がり外を覗けば雲は晴れ快晴だった。
なるほどね。
「見たのか?」
クオラジュが眉を顰めた。そして頷く。
俺はわざとらしく満足気に笑ってやった。
石碑と共に存在する透金英の親樹に花が咲いた。天空白露の創世以来初めてのことだった。
透金英の親樹を咲かせることが出来るのは予言の神子だけ。
今朝、大木に咲く黒い花の群れに聖王宮殿は大騒ぎとなった。黒い花びらは幾重にも重なり、金の粒を星屑のように降らせる。その幻想的に姿に人々は予言の神子ホミィセナを讃えた。
創世祭はもう直ぐだ。きっと透金英の親樹に花が咲けば、ホミィセナは自分の手柄のように振る舞うはず。そうツビィロランは考えた。
実際それからホミィセナは自分の功績として発表したし、誰もそれを疑わない。真実を知るのは翼主三名と予言者サティーカジィ、聖王陛下ロアートシュエ、神聖軍主アゼディムだけだ。後は当事者のホミィセナだろう。花守主リョギエンも知っている可能性は高い。
勿論イツズも理解している。
「なんで予言の神子様の手柄になるって分かってて咲かせてきたの?」
いつの間にやったんだと怒られたが、イツズは基本ツビィロランがやることには最終的に目を瞑り許してくれる。
「んーーー………、まぁ、ちょっと。」
俺もなんとなくの勘でよく動くので、ハッキリこうだと説明出来なかったりする。
俺は元のツビィロランの意思を継いで、天空白露が落ちればいいのにと考えている。
今の状況を整理すると、天空白露存続派と崩壊派二組がいるはずだ。
最初は全員存続派だと思っていた。神聖力を集めようとしてるし、最終手段だろうけど今一番神聖力を保有している聖王陛下が透金英の親樹のもとに幽閉された。それは神聖力が薄くなった天空白露に注ぐ為だろうと考える。そのおかげで下降は緩やかになっていた。天空白露が落ちてしまえばホミィセナの命運もお終いだろう。
それにホミィセナとは違う意味でも、聖王陛下やサティーカジィだって天空白露には落ちて欲しくなさそうだ。
では崩壊派は?
最初俺は翼主クオラジュも存続派かと思っていた。俺にやって欲しい協力も、神聖力を使って天空白露を浮かせて欲しいというものだと思っていた。
でも違う。
試しに俺は透金英の親樹を咲かせてやった。存続派なら天空白露に予言の神子が神聖力を注いだのだと喜ぶはずだ。
クオラジュは喜んでたか?いや、喜んではない。
後からホミィセナの手柄になったから気分を害したのだと言い訳をしていたが、クオラジュは苛立っていた。
クオラジュは天空白露に神聖力が必要だと思っていない。俺に手伝って欲しいと言いながら、結局俺は何も手伝っていない。
クオラジュは俺に好意的でありながら、時々苦しそうな顔をする。
聞いたら答えるだろうか?何を考えているのかを。
「ツビィ?」
考え込んだ俺に、イツズは心配そうに覗き込んだ。
「ま、俺の心配はしなくていーって。イツズはイツズのことを心配しな。」
クオラジュの後にサティーカジィもやって来たのだ。俺よりイツズの身体を心配していた。
どうやらアオガの一族はゲームのシナリオ通り追放されるらしい。天空白露には死刑はないと言っていたので、天空白露を追放されることが一番重い罪状だ。
今俺たちは迎えに来たクオラジュ達が聖王陛下へ挨拶に行くというので、それが終わるのを待っていた。
長いなと欠伸をし、もう一度寝直そうかとベットに転がると扉を叩く音がした。イツズが返事をするとサティーカジィが入ってくる。
「お待たせしました。」
俺とイツズは立ち上がり、特に荷物もないのでサティーカジィの後をついていく。
今、俺の髪色は薄い青色になっている。透金英の親樹から立ち去る時、枝を一本拝借したので、それに朝から神聖力を吸わせたのだ。ボロボロと黒い透金英の花が出来たので、朝から聖王陛下の回復に役立ててもらおうとアゼディムに全て渡してきた。
アゼディムも聖王陛下も物凄く感謝して、そして申し訳ないと謝ってくれた。
そして生きていたことを喜んでくれたが、俺はツビィロランの身体に入った別人だと言うと固まっていた。
ほんの少しツビィロランの身体が軽くなる。
ツビィロランはあの二人のことは好きだった。だから許すだろうと思ってしまう。どうせなら俺にじゃなくて、ツビィロランに謝らせたかった。
三人で外に向かって歩きながら俺はサティーカジィに尋ねた。
「なぁ、青の翼主一族って本当にクオラジュしかいねーの?」
サティーカジィはイツズの手をごく自然に引っ張りながら俺の方を向いた。引かれているイツズは何故手を繋いでいるのかとオロオロしている。
「ええ、そうですよ。」
それが?とサティーカジィは不思議そうだ。
「翼主って赤ももういないんだろ?それでいいわけ?」
「良いというわけではありませんが、翼主という地位は天空白露の創世後に出来た地位なので、必ず必要というわけでもないのですよ。」
「後から出来た?サティーカジィの家も?」
「いえ、予言の一族だけは創世からあります。予言者スペリトトの予言を残す為にですね。創世直後の天空白露には国がありませんでしたので、その後人が集まり集団となって、一つの宗教国家となってから初代聖王陛下がたち、その補佐と次代を担う為に翼主三家が出来ました。聖王陛下を守る為に神聖軍主の一族が出来、天空白露の地盤を守る透金英の樹を管理する為に花守主が出来たという感じでしょうか。」
へえ~~~、と納得する。
そして時代と共に権力争いも生まれたわけか。赤と青の翼主一族は緑の翼主に負けたわけね。
「サティーカジィは天空白露が落ちない方がいい?」
「勿論です。私は予言の一族ですよ。」
サティーカジィは真面目に答えている。俺はだよね~と笑った。
「サティーカジィとクオラジュは仲良いの?」
「先程から何でしょうか?仲は良い方ですが………。」
サティーカジィは口篭った。
「ですが?」
「はぁ…、よく分からないというのが本音です。私は水鏡で人の行動を追うことが出来ますし、たまに未来も予見します。しかし私自身より神聖力の高い者は見れないという欠点があります。今の貴方はどうやら透金英に神聖力を吸わせているおかげで見れますが、その身体の中に神聖力を溜められてしまうと見れない。聖王陛下とクオラジュも同じことが言えます。クオラジュの行動は読めません。何でも話してくれているようで、何も知らないような気がします。」
「おお~~~~。」
「何ですかその反応は。」
サティーカジィはちゃんと理解していたのか。それでもクオラジュと一緒にいるのは何でだろう?
「クオラジュは天空白露存続派?崩壊派?」
サティーカジィは黙ってしまった。イツズが心配そうに見上げている。いつの間にそんなに仲良くなったんだ。
サティーカジィは俺が持つ透金英の枝を見た。
「……………崩壊派です。勘ですが。彼の人生を思えば仕方ないことです。私よりも悪巧みはイリダナルの方が理解しているでしょう。手紙のやり取りを頻繁にしているようです。」
最終地点は違うのに一緒にいるのはサティーカジィの優しさかな?なんとかしたいという気持ちがあるが、手荒なことはしたくないってとこか。
ふぅーん、と笑う俺にサティーカジィは頼んできた。
「きっと、彼の心に入れるのは貴方だけでしょう。今の貴方が昔の貴方ではなくとも、それでもきっと……。」
サティーカジィは今のツビィロランの中身が津々木学だと知ってるはずないのに、何かに気付いていそうだ。
「俺って別人に見える?」
「そうですね。私は以前のツビィロランを知っています。遺体が消えた時に探したのに水鏡に映りませんでした。ですが貴方はそこにいる。今の貴方を目視したら水鏡に映るようになりました。以前のツビィロランと今のツビィロランは身体は一緒でも中身は別人なのですよ。」
あ、なるほど。そんな判別方法もあったのか。
「お見それしました。」
透金英の枝を振りながら飄々と答えるツビィロランに、サティーカジィはいつも通りに笑いながら尋ね返した。
「私の質問には答えてくれませんか?貴方は誰なのです?」
「あは、誰でしょう~~?」
ふざけるツビィロランにサティーカジィは溜息を吐いた。
「貴方もクオラジュと一緒なのですね。」
その笑顔は穏やかで悲し気だった。
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