翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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3章 俺の愛しい皇子様

89 黒龍ワグラの新しい生活

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 長く独りの生活を続けていた所為か、最近急に人が増えてワグラは戸惑うばかりだった。
 小鳥とリューダミロ王国王太子ロワイデルデまでは大丈夫だった。
 水龍ソギラもまだいい。昔も一度看病したことがある。
 だか、今初めてワグラはどうしたらいいのか分からなかった。
 


 まだ龍の世界で学生をしていた頃は、白龍ハゼルナルナーデは王族として堂々として光り輝いていた。
 力に溢れ、それに頼る事のない頭脳も持ち合わせ、努力を怠らず、多くの龍種に囲まれて、まさしく雲の上の存在だった。
 何度か挨拶はしても、直接見てはいけない人だと思っていたから、ハゼルナルナーデから声が掛からない限りは話した事もない。
 ワグラに限らず多くの者が、そうだったのでは無いだろうか。

 それが、今や同じ布団に寝る事になろうとは………。

 毎朝起きてはドキッと心臓が跳ねる。
 まだ本調子では無いハゼルナルナーデは、寝る時間が長い。
 先に寝て後に起きる。
 だからワグラはハゼルナルナーデを寝かしつけて、朝は抱きしめられている為、起きるまで待つ事になる。

 今日も朝日はとっくの昔に登っていた。
 
 無事戻ってきた小鳥もまだ寝ているのか、窓の近くの止まり木で丸まって動かない。
 起きたらハゼルナルナーデと小鳥にご飯を用意しないと………。
 
 ノジルナーデとソギラは一緒に住まないかと誘ったが、東側の凍土を溶かして人種の住める土地にしたいというソギラの希望で、フィガナ山脈を越えて凍土に行ってしまった。

 静かな穏やかな朝だ。
 眠るハゼルナルナーデの白い髪が顔に被さっていたので、手で掬って後ろに流してあげた。
 白い睫毛が揺れて、金の瞳がゆっくりと現れる。

「……………っ、おはよう。」

「……おはよう。」

 寝ている時の白という色はとても儚く映るのに、金の瞳はとても強い。
 毎朝の事ながら、起きると直ぐにハゼルナルナーデはワグラを見るのだ。この強い金の瞳で。
 ワグラの瞳は龍気をハゼルナルナーデに渡したおかげで、今は黒に戻っていた。
 ハゼルナルナーデは何故かとても残念がっていたが。
 あの檻の中、少ししか見れなかったと、またワグラの金の瞳が見たいと最近はずっと言っている。
 何故そんなに金の瞳にしたいのか?
 ノジルナーデに言わせれば、自分と同じ色になって欲しいだけだろうと言っていた。
 
 ハゼルナルナーデは起きたらまずチュッチュチュッチュとキスをしてくる。
 もう恥ずかしいくらいこれが長い。
 そして舌を入れて龍気を流し出す。
 ワグラは龍気を溜め込むタンクの様な能力しか無いので、入れられた龍気は身体の中に蓄積されていく。
 チュッと唇が離れると、ハゼルナルナーデは満足したようだ。

「………はぁ、どのくらい入れたら金になるかな?」

 金の雫が溢れるんじゃ無いかというくらい、金の瞳を潤ませてワグラの瞳を覗き込んでくる。
 瞳の色が金になるまでこの毎朝のルーティンをやるつもりだろうか。
 吐息を吐きながらワグラを見つめるハゼルナルナーデは色っぽい。
 こんなに艶めいた人だっただろうか。
 昔はもっと硬質な感じを受けたのに、やはり灰龍の長い監禁の所為で、ハゼルナルナーデは変わってしまったのだろうか。
 ワグラはハゼルナルナーデに同情していた。
 自分もずっとフィガナの結界の中で過ごし孤独ではあったが、自由はあった。
 対してハゼルナルナーデは狭い檻の中で龍気を搾り取られ、動く事もできない監禁生活。
 ワグラは黒龍という性質上、他龍の龍気を触れるだけで吸い取れる。本当はこの毎朝のスキンシップもいらないのだが、ハゼルナルナーデに同情しているワグラは好きな様にさせていた。
 黒龍以外の龍が他龍の龍気を獲ろうと思ったら、粘膜接種になる。ハゼルナルナーデは灰龍オスノルに瞳の色が変わってしまう程龍気を搾り取られていた。それはハゼルナルナーデがずっと粘膜接種で龍気を取られていたという事。今ハゼルナルナーデとワグラがやっている様なキスでの譲渡では無い可能性があるという事。
 ここに来て直ぐの時はノジルナーデがハゼルナルナーデの治療を行った。
 治癒能力がある者がいないので、普通に身体を清める手伝いと薬を塗るくらいなのだが、ノジルナーデは兄弟の自分がまずはやるからと、ワグラとソギラの手伝いを断った。
 それはそういう事なのだろうかと、ワグラは痛ましい気持ちで別室で待機していたのだ。
 
 数日経って意識がハッキリしてきたからと、ノジルナーデは家主であるワグラにハゼルナルナーデの世話を頼んできた。
 勿論了承した。
 ハゼルナルナーデの事は苦手意識があったが、あれは周りを取り囲む龍達が怖かったのが大きい。
 彼自身は高貴な方という意識があるだけで、嫌いでは無かった。
 部屋のベットで眠るハゼルナルナーデは、とても弱々しく儚く見えた。

 夜中に怖いと言うので寝かし付けていたら、一緒に寝てくれと頼まれて寝るようになった。
 朝は抱き付いた腕を解いて朝食の準備をしていたら、涙を浮かべてベットから起き上がれずにいる姿を見て、離れるのを止めた。
 
 幼児のようなハゼルナルナーデを相手に、必要とされる喜びをワグラは感じていた。

「黒眼が金眼に変わるには相当な龍気になると思う。…さ、朝食の準備をしよう?」

 基本無表情の多いワグラだったが、いつの間にか自然と笑顔で声を掛けるようになっていた。







 ハゼルナルナーデの記憶は、久灰の檻の中で灰龍オスノルやその手下に下った龍達によって陵辱される日々が殆どになっていた。
 王族として傅かれた日々は、人生前半のほんの少しだけ、そう思える程の長い時間を、狭い檻の中で過ごしている。
 龍王の血筋として生まれ持った強い身体も、大量の龍気も全て封じられ、矜持を奪い取られ、生きる希望も無くなってしまった。
 ただ一つ、彼の事を想っていた日々だけが、色褪せる事なく残った光になっていた。

 必要な学問は全て修了済みだったが、卒業資格を得る為に学校に通う事になった。
 そこで見つけたのが黒龍ワグラだった。
 漆黒の真っ直ぐな髪が風を受けてサラサラと流れていた。陽の光を反射すると真っ白な艶を出す黒髪は、誰の目にも止まっていた。
 俯いた顔が誰かに声を掛けられて上げられる。
 黒く長い睫毛の下からは漆黒の瞳が現れ、髪も瞳も黒いのだと周囲の人間は驚いた。
 黒龍とは言っても皆が皆、黒ばかりでは無い。どちらかだけ黒いのが一般的だった。
 
 声を聞きたくて数度だけ挨拶をした。
 周囲に興味を持っている事を悟られたくなくて、本当に何回かだけ。王族が一番最下層と見られている黒龍と親しくなれば、黒龍である彼に迷惑がかかると思ったから、我慢したのに結局彼には迷惑が掛かった。
 側にはいつも緑龍と天龍がいて彼を守っていた。
 それを羨ましいと思うし、やたらと此方を見て牽制してくる緑龍にも苛立った。

 どうやったら近付けるか分からないまま、学校を卒業し、親である龍王が崩御した。
 継承戦争に巻き込まれ、世界は終わり、自分は囚われの身となった。
 格下の龍にいいように身体を暴かれ、ハゼルナルナーデの心は壊れ掛けていた。
 狂ったように執着される気持ち悪さを知った。
 目の前で殺されていく黒龍達を助ける事も出来ずに、ハゼルナルナーデの心は沈んでいった。
 ノジルナーデを待つ希望の炎も消えそうだった。
 私の黒龍に会いたい。
 たった一度いいから、あの黒髪に触れてみたい。
 矜持を無くしたハゼルナルナーデには、それがとても大切な願いになっていた。
 もしも、もしも彼と番になれたなら……。
 

 一日という概念すら無くなって等しい、そんなある日。
 突然の解放が訪れた。
 助けが来ることを期待するのも止めて、早く死が訪れないかと心待ちにし、それが唯一の希望に成り変わってしまっていた。
 ボンヤリと心が動く事もなく、兄であった人を見た。
 もう一人誰がいるのかと視線を移すと、金の瞳にぶつかってギクリとする。
 だかその瞳に狂気はなく、澄んだ美しい瞳だった。
 だれ?
 サラサラの黒髪が顔に落ちてきて、こんな綺麗な黒髪は人生の中で彼しか知らないと思った。
 合わせられた唇はほんのりヒンヤリとして緊張しているようだった。拙く舌が口の中に入って来て、大量の龍気が流れてくる。
 これを飲めば、この苦しい檻から抜け出せる。
 それを本能で理解して、入れられた舌がどうなるかも考えずに吸い付いた。





 暫くは本当に助けられたのだと、ノジルナーデが来てくれたのだと信じられず、これは夢だと思っていた。
 魘され暴れる自分をノジルナーデは押さえ込み、何度も怪我をさせていた。
 ノジルナーデは見た目と違って戦闘型ではない。金の瞳に戻った自分を抑えるのは大変だったに違いない。
 数日経って落ち着いた頃合いに、此処が何処なのか教えてくれた。
 緑龍フィガナの結界の中。黒龍ワグラの屋敷に避難しているのだと教えてくれた。
 緑龍の世話になりたくない。
 黒龍に会いたい。
 こんな惨めな自分を見られたくない。
 色んな感情が荒れ狂った。

「緑龍はもういないそうだ。ワグラはこの結界の中で過ごしてたから元気にしてる。俺ではお前を癒せる事は出来ないと思ってる。」

 だからワグラに会おう、と言われた。
 ずっと会いたくて、焦がれていたのに、いざ会えるとなると嫌だと思った。

「ワグラは優しい奴だ。お前を拒否したりしないし、真摯に相手をする。馬鹿にしたりもしない。何よりハゼルに龍気を譲渡したのはワグラだ。」

 ワグラが今までどうやって過ごして来たのかを簡単に聞いた。助けに来た金の瞳はワグラのものだった。
 私は会ってみると言った。
 もし此処で蔑まれたら、ノジルナーデと何処かに移動しようと思った。

 ワグラは変わっていなかった。
 唯一変わっていたのは、此方を見つめる瞳の色だけ。
 気遣う様な、優しい黒い瞳だけが違っていた。
 きっと同情されているのだと理解した。
 ノジルナーデは今後どうするかを尋ねて来た。
 もし此処から離れたいなら連れて行くと。
 暫く此処に居ると返事すると、ホッとしたように笑った。
 後で聞いたが、どうやら水龍ソギラも弱って此処居るらしく、ノジルナーデはソギラに一緒にいてやると約束したらしかった。
 ワグラが世話をしながら教えてくれた。
 そうしたら、自分は独りになったのだなと唐突に実感した。
 閉じ込められ、嬲られて、常に監視された空間が長かったせいで、孤独が怖くなっていた。
 あんなに疎ましかった執着にすっかり染まってしまっていた事に、絶望した。
 ずっと動かすことのなかった身体は起き上がらず好きな事も出来ない。
 きっとノジルナーデとワグラに見放されたら、弱って今度こそ死ぬだろう。
 早く死にたいとあれ程願っていたのに、今度は死ぬのが怖いなんてと、自分の弱さに愕然とした。
 声を上げることなく静かに涙が流れていた。
 
「あの…………。此処に居るか?私一人だし、そのうちノジルナーデとソギラは出て行くと思う。だから、好きなだけ居てくれて構わない。」

 遠慮がちな申し入れに、ゆっくりと頷いた。
 
 一緒に寝て欲しいと頼むと、困った顔で頷くワグラ。
 朝もやっぱり困った顔で起きるまで待つ様になった。
 もう一度金の瞳になったワグラを見たくて、龍気を渡すのも抵抗しない。
 ただの同情で此処まで許すのも問題じゃ無いかと思うのだが、敢えて言わない。

 こんなに誰かに甘えた事はない。
 王族として育てられ、誰よりも上に立つ様に言われていた。
 檻に閉じ込められてからは、碌に動けず喋りもせず、心が壊れていった。
 
「ワグラ、抱きしめて。」

 そう頼むと抱きしめてくれる。
 頭を撫でて。
 キスをして。
 身体を拭いて。

「ねぇ、ここも拭いて。今日はなんだか怠いんだ。」

 嘘だけど下半身を拭いてとお願いしたら、顔を赤らめて丁寧に拭いてくれた。
 どんどん要求を濃くしていってるのに、ワグラはどこまでも拒否をしない。
 困った顔で、たまに赤い顔をして頷いてくれる。

「ねぇ、ワグラ。口淫してよ。」

「!?」

 黒い瞳を見開いてびっくりしている。
 
「飲んでくれたら龍気がもっと多くいく。」

 どこまでいったら拒否するのだろう?そんなちょっとした興味本位で言ってみた。
 オロオロしながらも、まさか本当に掛けられた布団に手を伸ばすと思っていなかった。
 
 ねえ?そこまでやったら、もう自分は止められない。
 執着される気持ち悪さを知ってるから、君に手を出すのを躊躇ってるんだ。
 君はあの暗く狂った檻の中の唯一の希望だった。今も信じられないくらい光り輝いて見える。澄んだ瞳はなんて尊いんだろう。
 この手に堕ちたら離してやれない。

 寝巻きは前開きの膝下まである一枚しか着ていない。勃ち上がりかけた陰茎は服を押し上げ主張し出している。
 躊躇いがちに前を寛げる手の指は細く長い。
 股下に座ったはいいものの、どうしたらいいのか分からないのだろう。緊張した顔で見上げるワグラの黒髪を握って、クンッと引っ張った。
 顎が落ちて熱を持った陰茎に触れると、顔が真っ赤になる。
 まさかここまで許してくれるとは………。

「口、あけて?」

 お願い、と懇願すると簡単に開かれるワグラの唇。
 恥ずかしさからだろう、目を閉じてゆっくりと含んでくる口の中は暖かい。
 頭を撫でて、耳を弄る。
 ああ、もう直ぐにでも出てしまう。
 拙い口淫は技術も何もあったものじゃないのに、ワグラだと思うだけで果ててしまいそうだ。
 頭を押さえつけてドクドクと出すと、抵抗する事なくワグラは一生懸命飲んでくれた。
 
「最後まで吸って……。」
 
 チュウと吸われる感覚にブルリと震える。
 手に入れよう。
 ずっと側に居てもらおう。
 ワグラは頼られると断れないのだ。
 甘えると嬉しいのだ。
 
「ね、身体が動く様になったら、しよう。」

 赤い顔でフゥフゥと息をしているワグラの息が止まった。

「どっちでもいい。入れる側でも入れられる側でも………。ワグラはどっちがいい?」

 散々どちらもやられてきたので、今更どっちでも良かった。

「…………わから、ない。やった事ないから。」

 拒否されなかった。
 これはもう好きな様にしよう。
 執着される事に慣れきった心は、誰かに縋るしか保てそうにない。
 誰かに執着しないと生きれなくなっていた。

「ずっと一緒にいてよ。」

 ワグラの真っ直ぐな黒髪を指で弄りながらお願いした。
 あんなに触りたいと願った黒髪が手の中にいる。
 ワグラは弄る手を掴んで頷いてくれた。
 湧き上がる歓喜に、頬が緩む。
 ワグラも微笑んでいた。









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