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2章 俺のイジワルな皇子様
61 リューダミロ王国へ
しおりを挟む十二歳になる年、ユキト殿下は十六歳でリューダミロ王国のピツレイ学院へ留学する為、今俺達は魔導車に乗って移動していた。
魔導車は貴族専用の豪華な作りだった。フカフカの柔らかなソファがついた六人乗り程度の広さがあり、空間はゆったりと広めになっている。小さなシャンデリアがついてるし、テーブルもある。
リューダミロ王国への献上品という事で、細部にまで細工と刺繍が施され、王族専用車として使える様になっていた。
今回留学に合わせてリューダミロ王都に魔導車専用の店舗を構えるのだとか。経営はスワイデル皇国の国営。
皇族に魔導車を使用し宣伝してもらって、貴族に購入させるつもりでいる様だ。
なのでユキト殿下は行きはカーレサルデ殿下にそれとなく売り込んでいた。
ついでにずっと魔導研究についての話が続き、俺とトビレウス兄はぼんやりと景色を楽しみながら行くこととなった。
義眼を入れてから暫く離宮で休み、その後はオーデルド博士がついてくれていたので二人きりになることも無く、ユキト殿下から意地悪される事も無かった。
リューダミロ王国へ着いてから、ロルビィはロクテーヌリオン公爵家の屋敷でお世話になることになった。
ユキト殿下は王宮に住む事になり離れ離れになったが、一緒にピツレイ学院へ入学する事になったので毎日会える。
ピツレイ学院は十六歳になる年を超えないと入学出来ない決まりがあったのだが、カーレサルデ殿下が魔力が安定しているという診断書を出せば早期入学出来るように申請し、それが認められるようになっていた。勿論学力があればの話なので、入学試験は受けなければならない。
ユキト殿下十六歳、トビレウス兄は二十歳、カーレサルデ殿下十四歳、俺十二歳という年齢差ながら、そのまま四人で一緒に入学する事になった。
学園の生活は割と平穏に過ぎていく。
俺達は全員魔術魔法師科に進んだ。俺は魔植レンレンを使役しているから使役科にする様に言われるかと思ったが、そもそも神の領域に勉強はいるのかと聞かれ、とりあえずユキト殿下と一緒にして下さいとお願いした。
リューダミロ王国では俺の存在はかなり特殊に受け止められている為、皆遠巻きにして近寄って来ない。
魔術魔法師科は基本が魔法行使を習う学科なので、属性ごとに自分のスタイルを決めて技を磨いていく事になる。
緑魔法なら治癒か俺の様に使役か、全く違う農業系で植物再生か等、進む道は多岐にわたる。他の属性も皆バラバラなので、教師はそれに合わせて教えていく事になる。
「ロルビィは既に魔植を使役してるけど、何をするの?」
ユキト殿下が聞いてきた。
「俺はこれです。」
以前、スワイデルに行く前に母上から貰ったブローチを見せる。
龍のブローチで目が赤いルビーの風属性魔石になっている。
レンレンを呼び出し魔石を渡した。レンレンから風属性の魔力が生まれ、魔石に流し込まれると小さな竜巻が起こる。
ヒュルルルと音を立てて巻き上がる竜巻は手のひらサイズだ。
「小さいね………。」
「あ、はい。俺、生活魔法って一つも使えなくて、魔力殆どレンレンに回ってるんですよね。せめてコップ一杯の水を出すとか、種火をつけるとかくらい自分の魔力で出来ないかなぁって!」
そう、生活魔法とは超簡単な誰でも使える魔法の事だ。魔力持ってる人なら属性関係なく出来る。出来るはずなのに俺は出来ないのだ。不思議だ。
「何の生活魔法を使いたいの?」
「えっと、浄化とか?汚れたら綺麗にしたいし、お風呂使えない時も綺麗になりたいし?」
浄化魔法は水か風属性使いなら全身使えるのだが、他属性持ちで生活魔法の範囲なら手を洗う程度。しかし、何度もチマチマ浄化すればある程度は綺麗になるはずなのだ。洋服とか気になるところは綺麗になるはずなのだ。
「ふぅん?」
ユキト殿下が俺の手を握った。フワンと魔力が巡り、身体が包まれる。
なんとなく全身がすうっとする気がする。
「え?浄化魔法?ユキト殿下火属性なのに!?」
今はピツレイ学院の授業中だった。実技はほぼ外にある演習場で行われる。各自自由に自分の属性に合わせた訓練中で、ユキト殿下もまだ火属性のどんな能力を使うか検討中だと言っていた。
周囲にいた他の生徒達は隣国スワイデル皇国皇太子のユキト殿下に、なんとかお近づきになりたいと様子を窺っている。
ユキト殿下は話し掛けられれば、誰であろうと微笑んで対応する。そんな気さくなユキト殿下は誰からも好意的に受け止められている。
だから皆んな注目していたので、火属性のユキト殿下が全身の浄化魔法を使ったのに誰もが驚いていた。
「他属性の魔法が生活魔法だけになるのは魔力操作がしにくいからだよ。ロルビィは魔力だけは大量に持ってるんだから、操作を出来るようになれば簡単な生活魔法くらいなら魔石で補助しなくても出来るはずだよ?」
ユキト殿下は他属性の魔力操作もお手のものでしたか………。なんて小器用な………。
「俺、魔力出そうとするとレンレンが出ちゃうから………。」
俺は魔力を出すと自動的にレンレンが飛び出てくる。小さく出せはレンレンが一本、大量に出せばレンレンが大量に出てくる。魔力=レンレンになってしまっていて、魔力だけ出すという事がよく分からなくなっている。
そう言うと、ユキト殿下は残念な子を見る目をしてきた。
そんな目で見ないで欲しい。
一応風属性の言霊は使えるのだ。レンレンを通してだけど………。
魔植は風系か水系が殆どで火に弱いからか火属性は見た事がない。いたらレンレンに取り込んで、ユキト殿下に貰ったアメジストが使えるんだけど、火種つけるのは諦めなきゃかなぁ。
水属性の魔石は持っていないので、そのうち試してみたい。
魔石は宝石に魔力が取り込まれた物なので、とても高価なのだ。魔石を持ってるのも必然的に金持ちや貴族が多いし、それを生活に使うのもそういう人達になる。
貴族のお家なんかは厨房の火種も魔石を使えるらしいが、へープレンド家は勿論魔石はなかった。
母上がくれたこのブローチもかなり無理してくれたと思う。
「ロルビィが生活魔法を使えなくても私が使えるからいいんじゃないかな?」
そう言って俺の頬をスリスリとユキト殿下に撫でられる。
今は右目の義眼のおかげで眼鏡も掛けていない。とても良く見える。この翡翠の魔石の値段がいくらしたのか怖くて聞けない。
この義眼も魔石だが、魔力は俺の魔力が使われているので半永久的に使えるのらしい。
義眼を入れてからユキト殿下は良く俺の瞳を見ているようだ。自分が作った魔導具の出来栄えが嬉しいんだろうか?
義眼を入れた日が嘘のように優しくなったユキト殿下に、俺はドギマギする。
「弟の目がどうかしましたか?」
そしてトビレウス兄とカーレサルデ殿下もちょっと変化した。二人がいつも一緒にいるのは変わらないけど、俺とユキト殿下が二人きりになると直ぐにやってくる。
スワイデル皇国からリューダミロ王国へ来た時も魔導車の中でユキト殿下に話しかけていたのはカーレサルデ殿下からだった。
俺としてもユキト殿下は大好きだけど、今のユキト殿下にどう対応したらいいのか分からなくて、二人きりにならないのは助かっていた。
生活魔法が使えないからどうにかしたいという説明を二人にもしていた時、ユキト殿下の微笑みが深くなったのを俺は気付いていなかった。
とりあえず邪魔しに入ったものの、トビレウスはカーレサルデにいつも助けられていた。
ロルビィとユキト殿下を二人きりにしてはいけないと思っている。何故かって?色が怖いからだ。
ぐぐ、今日も怖い。ふっかぁーい赤紫。
暫く話している二人を傍観していたが、ロルビィの頬を撫でるユキト殿下の色が赤紫になるのを見て、咄嗟に話し掛けた。
ユキト殿下の表情は変わらない。人好きのする好意的な顔で何でもないように会話に混じっている。
だけど、これは、怖い。
カーレサルデ殿下に以前赤紫は執着だと言われ、じゃあユキト殿下も?と気付いた。
ロルビィはユキト殿下を見る時は黄色だったり桃色だったり幸せそうな色になるのだか、ユキト殿下はちょっと色が深すぎる。
カーレサルデ殿下よりも何というか、ドロドロっとした感じというか?
スワイデル皇国に行ったばかりの頃は、ロルビィに対して無味無臭って感じで、どちらかといえば鬱陶しそうにしてたのに、いつからかいろんな色が混じり出した。
特に顕著になったのはロルビィが義眼を入れてから。
可愛い弟が心配で邪魔しに入るものの、あの笑顔と纏う色が怖くて尻込みしてしまう。
カーレサルデ殿下が気をきせてユキト殿下の相手をしてくれるので良かったが、一番歳上なのに情けなくもある。
そもそもこのメンバーの中に自分がいるのも気が引けるのに、ロルビィが心配で魔術魔法師科に入ったのは早まっただろうか。
神の領域、リューダミロの第二王子、スワイデルの皇太子、そして魔力が少ない自分……………。何故お前がいるんだという周りの目、というか不快そうな色が周囲から漏れ出ていて早々に後悔している。
「トビレウスもそれでいいか?」
カーレサルデ殿下から突然聞かれて、は?と首を傾げる。
近々行われる班別魔獣討伐でこの四人で行こうという話だったらしい。
「いいけど、戦闘能力皆無だよ?」
人の感情が色で見えるだけで特に何も出来ない。普通討伐班は攻撃二人補助系一人治癒系一人が望ましい。俺は何系なのか自分でも分からない。ほぼ足手纏いにしかならない。
「私が全方位型だから大丈夫だ。」
カーレサルデ殿下が手を握ってきたが、この人も赤紫だよね~と思い悩む。何でこんな平凡な人間に執着してるのかよく分からないが、王族に対してどう接したらいいのか分からず、現在このままきてしまっている。
ユキト殿下からは邪魔するなよとでも言いたげな笑顔で、圧力を感じる。
ここで一番安心するのはロルビィの嬉しそうな黄色い色だけだ。兄弟で一緒にやれると喜んでいる。なんて可愛いんだろう。
涙が出そうだった。
ロクテーヌリオン公爵邸に帰ると玄関でピンクブラウンの髪の少年が頭を下げて出迎えてくれた。
パルは去年街を彷徨っているところをシゼが見つけたらしい。行くところもなく、職を探しているというので連れ帰って俺に報告してきた。年齢は今十七歳と言っている。見た目もそのくらいなので本当だろうと思うが、何故彷徨っていたのかは話してくれない。
今回のパルは前回のパルと全く違う性格だった。前回のパルはよく喋るし言葉使いも平民っぽく気さくな感じだった。恋バナが好きだといい、俺にユキト殿下を好きな気持ちは自分のものだと言ってくれた人だった。
今のパルは無茶苦茶上品だ。
そこらへんの貴族では太刀打ち出来ないくらいの所作だし、何をやらせてもそつなくこなす。
シゼの話ではあまり使用人の仕事は知らなかったが、教えたら何でもやり出したらしい。リューダミロ王国の常識的な知識は無いが、どことなく教養も感じると言っていた。
今は独学で勉強しているようで、暇な時間は本を読んでいる姿をよく見かける。
パルは予定通り俺の侍従として働いていた。
口数は少なく、別人かと思えるが、短かった髪が長くなって後ろに流しているだけで、そっくりそのまま本人だ。
大きな灰色の眼は感情が抜けているが、前回のパルもこの年齢の時はこうだったのだろうか?確かめる術が無いのが残念だ。
「ただいまー、パル。」
「おかえりなさいませ、ロルビィ様。」
うーん、姿だけ見ればどこぞの貴族子息だ。
シゼにパルが何処から来たのか出生を探らせたが、おそらくサクトワ共和国からきたのではと言われた。
サクトワ共和国には戸籍管理がまだちゃんと確立されていないので孤児だと本人からしか確認が取れないと言われた。だが、パルの所作を見れば孤児は有り得ず、何処かの貴族か金持ちの商人などの家で無い限り身に付かないらしい。
パルは何処から来たんだろう?
今はまだ立場上主従関係があるが、ちゃんとした信頼関係が出来ないと教えてくれないと思っている。
「パルは仕事に慣れた?」
「お陰様で問題なく職務につかせて頂いております。」
「そっかぁ、あ、お茶をお願い。」
自室に入り、お茶を頼むとカバンを置いて頭を下げて出て行った。
とっても硬い対応に、前途多難だとため息が出てきた。
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