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2章 俺のイジワルな皇子様
60 翡翠の義眼
しおりを挟む一週間立ち、漸くユキト殿下からお迎えが来た。護衛兵に囲まれて研究棟のユキト殿下の部屋へ案内される。
兵士がドアを開けてくれ、案内されて室内に入るとユキト殿下とゼクセスト・オーデルド博士が待っていた。
テーブルの上には何か魔導具が置いてある。
「おはよう。待ってましたよ。」
オーデルド博士が和かに笑いかけてきたが、ユキト殿下は一週間前の通り無表情だ。
まだ怒ってたのかなと恐る恐る近付く。
「今日は以前から話してた義眼が出来上がったので、是非使用してもらいたくて呼びました。」
「義眼!?でも俺はその……魔石も用意してないし、費用も全然貯めてなかったんですけどっ……。」
慌てたロルビィへオーデルド博士は安心させる様に笑い掛けた。
「費用も翡翠の魔石もユキト殿下が出してくれました。」
「ええ!?」
ロルビィは驚いてユキト殿下を見たが、ユキト殿下の表情はあまり変わらない。ここで偉そうにするなり笑うなり、何か言って欲しい。
どう受け止めたらいいのか分からない。
「え、と……。ありがとうございます。掛かった金額は分割で払って良いですか?大人になったら働くので、それからでも良いですか?」
出来れば将来スワイデル皇国の軍隊に入れてもらえれば助かるのだけども、と思いつつ
ユキト殿下へお願いした。
ソファに座っていたユキト殿下が徐に立ち上がり、ロルビィの前まで来た。紫レンズの眼鏡を取って、ロルビィの左目の縁をゆっくりとなぞる。
前回眼鏡を取られた時右目のレンレンを塞がれた所為で、右目の中でレンレンがザワワと蠢いた。
「費用は要らない。試作品でもあるからロルビィが非検体として使用して貰えばいいよ。」
「ええ~~?でも………。」
パカリと口を手で塞がれてしまった。
紫の目が黙れと言っている。
「ふぐぅ…。」
「そんな高圧的に言わなくてもいいでしょうに。態々キトレイ侯爵領まで行って魔水を取ってきたんですよ。エリン・キトレイのソルトジ学院高等部入学と引き換えに。」
ん?エリン・キトレイの高等部入学?
中等部に入っておけば自動的に高等部に上がると聞いていたのに、どう言う事だろう?
不思議そうな顔のロルビィを見て、オーデルド博士ははぁと溜息を吐いた。
やれやれ、そこから説明してないなんて、と呟いている。
「そこはどうでもいいので、博士は退出して構いませんよ。」
ユキト殿下はニッコリと微笑んだ。
目配せされてついて来た護衛がオーデルド博士を追い出しにかかる。
「ちょ……っ!待って下さい!麻酔……つ、……」
パタン。
護衛共々扉の外に出てしまい、研究室にはロルビィとユキト二人だけになった。
麻酔……?
なんか物騒な言葉が出ていたが、大丈夫なんだろうか………?
「ロルビィ、義眼を入れてみるからここに寝て?」
しかしユキト殿下は優しく微笑みながら長椅子を指差した。
いつになく綺麗で優し気な笑顔は、前回のユキト殿下を彷彿とさせるが、今のユキト殿下がやると何やら空恐ろしい。
そろそろと後ずさると、腕を取られて引っ張られる。
「この髪飾りは喜んでつけるのに、私が用意した義眼は要らないの?」
背中に腕を回され、今日も結んできた髪を掬い取りユキト殿下は口元に持って行った。
紫の瞳がキラキラと輝き、逆さまに弧を描いた口元が怖い。
「い、い、い、いりますっ!欲しいです!」
ほぼ反射的に欲しいと訴える。
長椅子に仰向けで寝そべり、見下ろすユキト殿下を見上げた。
「君の魔植を右目から出しもらっていいかい?洗浄してから入れよう。」
ロルビィはドキドキと早鐘を打つ心臓に両手を乗せて手を組んだ。
「………………ごくり、………レ、レンレン、右目を空けてくれる?」
すっごく怖い。なんか怖い。歯医者でキーンと治療されるより怖い。思わず日本での記憶が出てくる。
ロルビィの緊張を感じ取り、レンレンは暫くモゾモゾと迷っていたが、言われた通りに外へ出た。
眼球の形が崩れて目から出てくる姿は、知らない人間ならば悲鳴を上げるところだが、ユキトは全く気にならなかった。
むしろロルビィに近づく度に、こちらを観察するかのように見て来た魔植が漸く出て行くのだ。清々しいとさえ思っていた。
右目は空洞となりポッカリと空いたので、ロルビィは反射的に両目の瞼を閉じた。
「じゃ、ちょっと痛いけど我慢だよ。」
そう言うとユキトはロルビィの上に跨った。ちょうど腰から下の辺り、足が動かないように自分の体重を使って抑えてしまう。
「え……痛い、ですか?」
震える声で質問する姿に、ユキトの笑みは深まる。
「………少し、ね。」
やけにユキト殿下の声が近いな……、と首を傾げると手で顎を固定され、右目の瞼を無理矢理開けられた。
スウ、と空気が流れ込み肩に力が入る。
レロ…と何か生暖かく柔らかいもので眼孔を舐められ、ロルビィの肩が跳ねた。
「…………えっ?……な、なに!?いたっ、あ、や、痛いっっ!」
あまりの痛さに左目を開けると、直ぐ近くにユキト殿下の顔があった。白い頬と形のいい耳が見えて、銀の髪が窓から入る光に反射している。
目の中を舐められているのだと気付き、ユキト殿下の服にしがみついた。
「……あぁ!!………やだっ!…いたい~~~~っっっ!」
どんなに痛いと言っても、ユキト殿下の身体を押しても辞めてくれない。
眼孔の中をユキト殿下の舌が動き回り、あり得ない刺激に涙がボロボロとこぼれ落ちた。
唾液に混ざる魔力がロルビィの魔力に混ざり、眼孔の中を濡らしていくのだが、まるで魔力譲渡されているように熱を放ち出し、ロルビィの身体がゾワゾワと疼き出した。
痛いのか気持ち良いのか理解出来ない。
「んんっ!ユキト、でん、か………、あ、ぁ、あ……………!」
ジュボッと舌が漸く抜かれた時には、ロルビィの身体は弛緩し震え、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだった。
「もう少し、我慢。」
どこか楽しそうに聞こえるユキト殿下の声に、返事する元気も無い。
コツンと言う音を立てて、何かを用意している様だなとは思った。
右目の瞼を何か器具のようなもので開かれ、硬い物を遠慮なく入れられた。
グリッ…!と音がしたかと思える程の衝撃に、ロルビィは叫んでいた。
「あぁーーーーーーー!!!!」
ビクビクと震えるロルビィの身体を、ユキトは恍惚と見下ろしていた。失禁するかもとは思っていたが、それは無さそうで意外と痛みに強いのだなと感心する。
ロルビィから降りて、ヒッヒッと泣く小さな身体を抱きしめた。
震える身体を大事にしまい込むように、頭を撫で背中を摩りながら、自分の膝の上に乗せる。
「…ひっ、ひっく………、ひ、ひど………。麻酔………何で…っ……………ひっ、ひっ!」
嗚咽を上げながら泣くロルビィをユキトはまじまじと覗き込んでいるのだが、そんなユキトに怒りたくとも右目の衝撃が凄すぎて涙が止まらず、ロルビィはユキト殿下の膝の上で泣き続けるしかなかった。
なんでこの人平気そうな顔して………!
それでもユキト殿下の事は嫌いになれないし、やっぱり好きだ。
ユキト殿下の手は片方はロルビィの背中を支えてくれているのだが、片方が何かが気になるのか股の間をゴソゴソしだした。
涙をポロポロ溢しながら下を向くと、ユキト殿下の右手がロルビィの股間を揉んでいた。
「………!!?!?」
驚いて涙が止まる。
何で今そこを触られているのか理解出来ない。
「………あぁ、小さくとも痛みで勃ったのか、魔力譲渡で勃ったのかと不思議でね。」
確かに勃ってるし、自分のチンコは小さい。でも今それが何だと言うのか。
「ところで魔植がまた出て来ているから引っ込めてくれないかな?」
周りを見るとレンレンが前回同様部屋中に広がっているし、今回は泣いている主人を心配して葉や花をハラハラと散らしていた。
レンレンはユキトがロルビィにとって大切な人だとしている事を認識しているので、命令が無い限りユキトを襲う事はないが、命令されれば直ぐ様動けるように出て来ていた。
「ユキト殿下のばかぁ~~~~~~。」
ロルビィの両目とも翡翠になった瞳を、ユキトは満足気に見つめ笑うばかりだった。
優しく抱き締める腕も、撫でる手も優しいのに、意地悪だ。
オーデルド博士がなんとか護衛達を説き伏せて部屋に入った時には、レンレンは亜空間へ引っ込んでいたが、ロルビィの顔は泣き腫らしてぐしゃぐしゃになっていた。
「すみません、ロルビィ君にこんな無態を働くとは思いもせず………。」
オーデルド博士はロルビィの顔に濡らして来た布を置いてくれた。
義眼を入れた右目は消毒し、暫くは腫れるので冷やして痛み止めを処方すると言われたが、帰ったらカーレサルデ殿下に治してもらうと言うと、魔力が安定するまでは他者の魔力は身体に入れない方がいいと言われた。
「ユキト殿下が作った義眼なので、ユキト殿下の魔力は大丈夫ですが、申し訳ありませんが暫く我慢して下さい。」
「………………分かりました。」
「まったくあの人は何を考えてるのかっ!」
ロルビィ君がまだ十一歳で良かったと言うべきか、こんな子供に何やってるんだと言うべきか!とブツブツとオーデルド博士は呟いている。
ユキト殿下の部屋からオーデルド博士の研究室に避難して来た。
義眼を入れた右目は暫く眼帯で保護する様にと言われ、迎えに来たトビレウスとカーレサルデと共にロルビィはシクシクと泣きながら帰ったのだった。
ユキトは不思議な高揚感に包まれていた。
翡翠色の両目から落ちる涙が、脳裏から離れない。
オーデルド博士から激怒されロルビィは連れ出されてしまったが、どんな学問よりも魔導研究よりもユキトの心を満たしていた。
こんな気持ちは初めてだった。
ユキトはスワイデル皇国の皇太子として、思慮分別ある温厚篤実な人柄であるべきと考え、実際にそうあってきた。だが良い人ばかりでは上には立てない。勿論冷酷無情な部分も持ち合わせている。だがそれを人に見せた事はない。
ロルビィが愛おし気に髪飾りを見せた時、心が揺さぶられた。
誰から貰ったのか言わなかったが、ロルビィの中に自分以外の人物が入り込んでいる様で不快だった。
例えそれが私の色をしている物で、私を連想させているのだとしても、私がそれを与えたのではないのならば、意味がない。
出来上がった義眼を無理矢理入れたのは、私を見ながら、それを与えたのは私で、私をロルビィの中に満たさせようと思ったから。
痛いと文句を言いながらも、そこに怒りも嫌悪もなく、翡翠の瞳から涙を流すのを見て、私の心は落ち着いた。
麻酔なしで嵌め込んだのはやり過ぎたかもしれない………。
でも………………。
ユキトの心はいつに無く幸せな気持ちになっていた。
物心つく頃には、隣の親戚の家にはやたらと綺麗でカッコいい従兄弟がいた。
黒い少し長めの髪に切長の目。長身でスラリとしているのに余計な肉の無い筋肉質な身体。少しだけ意地悪そうなとこも、たまに見せる優しさも、モテる要素満載な従兄弟だった。
地元の小学校は生徒も少なく小さかったが、中学校に上がると少し遠くの大きい中学に通うことになる。そうしたら生徒も増えるし、一瑶兄ちゃんを知らない人も増えるわけで、兄ちゃんは物凄くモテていた。次々と顔の違う彼女が、一瑶兄ちゃんの隣を歩いているのを見た。
俺はこのカッコいいモテモテの一瑶兄ちゃんが小さい頃から大好きで、見かける度に寄って行っては邪険にされていた。
抱きつこうとすれば長い腕で頭を抑えられ、話しかければ黙らせる為にお菓子を渡される。
そんな姿を歴代彼女達は可愛い~とはしゃいでいたが、今思えばそれは一瑶兄ちゃんの印象を良くする為の方便だったかもしれない。
彼女達や大人がいないところでは普通に足蹴にもされていたし、追いかけて行ってよく知らないところに置いていかれることも屢々あったのに、俺は全くめげる事が無かった。
優しくなったのは俺が小学校入ってからか、一瑶兄ちゃんが高校に上がってからかくらい。
邪険にしてても何と無く優しくなったのだ。置いていかれることもなく、彼女よりも優先される様になって、普通逆ではと小学生ながらに思ったが、嬉しかったのでそれは享受した。
でもたまに一瑶兄ちゃんは意地悪だった。
『うう~~~トイレ行ってい~~~?』
『駄目、ここまでやったらな?』
宿題を教えてもらうだけだったのに、ペナルティをつけられた。ここまで解けたら休憩というやつだ。
休憩には飲む、食べる、トイレも全部入ってた。
結局俺は漏らすまで我慢させられ、もう小学生なのに起きたままお漏らしさせられ、泣いたのを覚えている。
八歳歳上の一瑶に反抗するという考えが真白には無かった。
『う、う、う、お母さんに怒られる……。一瑶兄ちゃんのバカバカバカっ!』
『大丈夫、大丈夫、黙っとくし俺がジュース溢したって言っといてやるよ。』
泣き出した俺をお風呂に連れて行き洗ってくれて着替えさせ、オシッコまみれの服は自分家で洗っといてやると言って持って帰った。
濡れたカーペットも一回ジュース溢して誤魔化した後、綺麗に拭いてくれて、親にバレずにホッとした。
ジクジクと痛む右目に、フッと意識が戻る。
外は暗く、痛み止めで寝てしまったのだと、ぼんやりと辺りを見回した。
熱が出ると言われたが、少し熱っぽい気がする。
ウツラウツラとしながら過去の記憶なのか夢なのか分からない思い出に、ユキト殿下の顔を思い出した。
うっとりとする様な綺麗な顔。
「やっぱり今のユキト殿下の方が一瑶兄ちゃんに近い気がする…………。」
それでも真白の時は一瑶兄ちゃんが心を占めてたし、ロルビィの時はユキト殿下が占めてしまう。
一瑶の時も普段は優しいのに、なんでか時々意地悪をされたのだ。本当に時々だったから、その時はもう嫌だと思っても直ぐに忘れてしまって、仲良くなって、そしてまた意地悪をされる。
高校生だし、彼女いるし、邪魔したら悪いと思って距離を取ると、夕方や晩御飯後にお菓子買いに行こうと誘われて遊んでしまい、仲良くなってたまに意地悪されてを繰り返してた気がする。
前回のユキト殿下は優しい笑顔で話を聞く姿が一瑶兄ちゃんにそっくりだと思ったけど、意地悪する姿は今回の方がそっくりだ。
一瑶兄ちゃんも前回のユキト殿下も、今回のユキト殿下も、それでも大好きで守りたい。
今度こそ死なせない様に……、幸せになってもらう様に……。
ジクジクと痛む右目をそっと抑えて、またロルビィは眠りについた。
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