清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#3 聖女立ち向かった!②

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「いいか、セム。 王都はモンスターを寄せ付けない高性能な撃退魔動具でぐるっと囲まれているから安全だけどな。 その分周辺の森には追いやられたモンスターたちが集まっていたりするんだ」

 先導するカレンが代わり映えのしない森の中、太めの棒で木々を叩いて音を立てながら進む。ふんふんと鼻歌を歌いながら跳ねるように歩くので、セムは彼女がいつこけるかと気が気じゃなかった。

「まあ大抵は臆病故にまだ生き残っている種族だ。 こうして威嚇しながら進めば出くわすことはまずなんぉっ!」

 茂みから何かが飛び出してきてカレンが尻餅をつく。素早いフラグ回収だな、とセムは思った。

 カレンの言っていることはおおむね間違っていない。だが問題はカレンのバックの中に入っている魔法石だ。装飾品サイズの魔法石から漏れ出る魔力は微弱なので心配はないが、こぶしサイズにまでなるとそれにモンスターが惹きつけられて出てくることがあることをセムは知っていた。

 姿を確かめれば、なんてことはないスライム状のモンスター。普段は好戦的になることもめったにないのだがやはり魔法石の気に当てられている様子で発狂状態だ。
 セムが剣に手をかけて一歩前に出る。するといつの間にか立ち上がっていたカレンが腕で遮ってセムを制した。

「セム、大丈夫だ。 ギフト展開オープン!!」

 カレンが手をかざしたところに光の文字が浮かび上がる。きょとんとそれを眺めていたセムに、カレンはふっと笑って言った。

「そうか、王都出身でもなければギフト持ちに会うこともそうそうなかろう。 私のギフトは歩く図書館Ambulans bibliotheca。 世界中の書籍に瞬時にアクセスできるギフトだ。 そして!」

 ツッコみどころが多すぎる。まず自分のギフトに名前なんて付けてる奴はだいたいどこかこじらせている奴だし、どことなくダサいし、ギフト発動時の呪文なんてセムは子供向けの物語でしか聞いたことがなかった。セムは共感性羞恥心にも似た感覚で片手を少し上げてカレンをとりあえず止めようとしたがそれをひょいと避けられてしまう。

 一歩前に出たカレンがショルダーバッグに手を突っ込んで何かを取り出し、高々と上げた。それはカレンの手の中に隠れてしまうようなサイズでセムからは全然見えなかった。

「私のビッグデータからはじき出されるコイツの弱点は塩だ!!」
「あ?」

 思わず声の出たセムは慌てて口を手で覆うがカレンは全く気が付いていない。
 それにセムが安堵したのも束の間、モンスターがキシャッと威嚇するのでカレンもまた同じようにキシャーと言いながら塩の小瓶を片手にじりじり近づこうとしている。セムは一周まわって感情の死んだ目で見守ることにした。

「すまん、これ持っててくれ」

 ショルダーバッグを降ろしてノールックでセムへと投げる。セムはこれまた反射的にそれを落とさず受け止めたが、モンスターは魔法石に惹き付けられている訳だからもちろんそのバッグを目がけて飛びかかってくる。

「な、セム!!」

 カレンには彼女の横をすり抜けてセムに襲い掛かるそれがスローモーションに見えた。
 卑怯者めと心の中で叫び、咄嗟の判断で蓋を外した塩の小瓶をモンスターへと投げつける。

 モンスターが大きく口を開けその牙が露わになってカレンは思わず目をつぶった。彼女が最後に見たセムの姿は両手でバッグを持ちながらジト目でこちらを見ている姿だった。
 すまない、こんな形で国民の命を犠牲にしてしまうとは。願わくばセムの来世に幸あれ――

 ベシャッ

 カレンが聞いたことのない音に続いて小瓶が転がる音がする。
 恐る恐る瞼を上げると拳を不自然に真横に上げているセムが頭から塩を被っている。

「は、はて?」

 目線をその拳が向いている方へとずらしていけば、その先にある近くの木には先ほどのモンスターの色のスライムがべっとりと付いてなんならしたたっている。
 しかしカレンの頭が状況を把握するよりも先に同じようなモンスターが右から左から、次々と姿を現した。カレンは再び腰を落として臨戦態勢に入る。

「セム! バッグを貸せ! まだ塩のストックはいっぱいっておい!」

 セムがバッグに寄ってきたカレンの首根っこを掴んで無理やり後ろに下がらせた。勢いあまってカレンは尻もちをつく。

 カレンはまた慌てて口を開いたけれど今度はしかとその目でカレンと同じようにバッグに群がるモンスターをセムが素早く拳で叩き落としていくのを見た。

「あ、お、おお……」

 カレンの口がとりあえず感嘆詞だけ紡ぐ。しかしそれも2、3匹目くらいまでの話だ。
 モンスターは相当な数で群れていたようで終わりの見えない状況にセムの拳が明らかに苛立ちを含み始める。時折べとべとしたその体液がカレンのすぐ近くを飛んで行ってヒョッと息を飲んだ。


 そうやって数十匹は始末してやっとモンスターは出てこなくなった。息一つ乱れていないセムは本当になんてことなさそうに拳を振ってスライム状の体液を払い落とす。

「あ、あの、セム、さん?」

 そこに途中からずっと正座で見守っていたカレンがおずおずと話しかけるが、セムはそれを無視してモンスターの残骸の一つへとズカズカ近づいていった。

 魔法石の魔力を抑える方法の一つとして、元々魔力を宿しているモンスターの死骸の中に入れてしまってごまかすというものがある。セムはバッグから魔法石を取り出してそれをスライムで包み、カレンの前に突き出した。

「え、それ私が持つのか……?」

 その見た目の気持ち悪さに渋ったカレンだったが、セムがその前髪の奥に隠し持った目力ですごんできたので半泣きで両手を差し出した。

「うへぇヌル、いやヌアヌアするぅぇあ」

 彼女が悲鳴に近い声を上げているにも関わらず、セムはさらにその彼女の手の中の魔法石へと自分の手にまたついたモンスターの体液を払い落とす。
 おかげでそれが彼女の小さい手から零れ落ちて腕を伝い始めたので、ますます彼女はぎゃーぎゃー鳴いた。

 その様子にセムは少しは腹の虫が治まったみたいだ。流石に彼女のショルダーバッグを代わりに肩にかけてやったセムが体を叩いて頭から被った塩を落とすのだが、これがまたやたらと高級な、粉のような塩なので叩いても叩いても出てきてキリがない。

 そこでセムは舌打ちを打って「毎日ドレスを着ているようなどこかの名家の家出娘か」と先ほどの違和感に納得した。

 そうなるとこの辺に置いて行けばまず間違いなく野垂れ死にするだろう。
 とんだ厄介事に巻き込まれたと何度でも溜息を吐いて、街を見つけたらすぐに置いて行くと心に決めたセムが先を歩き始める。振り返らずともカレンのトタトタいう足音が聞こえて来て、もう一度だけ、短く息を吐いた。
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