清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#2 聖女立ち向かった!①

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 エレクトス王国は内陸国だ。
 だから川はずっと下っていけば隣国まで続いている。カレンは船のハンドルの上に顎を乗せ風に髪を持っていかれながら、んー、と考えた。

 他国への亡命を目指すカレンはこのまま船に揺られ続けても良い。でもこの川の周辺を重点的に配置されるだろう追手のことを考えればあまり現実的では無かった。

 カレンが再び手を目の前にかざして呪文を唱えればここらの地図が浮かび上がって、王都周辺には森で隔たれてはいるが町が密に点在しているのが分かる。

「これは、森を縫って行くのが吉かな」

 王都からそこそこ離れ、川が森の中へと入って行ったところでカレンは川岸の少し開けたところに船を止めた。
 トップスピードのままいったので止めたというよりは突っ込んだに近かったけれど、船に積まれていた荷物が崩れてドンと鳴ってもカレンは気に留めることもしなかった。

「ん~、これ、か」

 カレンは先程空中に展開した魔動式船舶の設計図を時折確認しながら操縦盤の下を開けていく。その奥の方にはこぶし大の魔法石がキラキラと七色に輝いていた。

 今では魔法石と呼ばれているこの鉱石はエレクトス王国の特産品として有名な宝石だ。安定して輝き続けるものは今でも高級品として高値で取引されるが、しかしどちらかといえば庶民的な宝石として親しまれてきた。

 それが急激に価値を上げたのは今世紀に入ってから。
 魔法石からエネルギーを抽出する技術が確立し、それまでギフト持ちの人間しか使えなかった魔法とでも呼ぶべき力が魔動具を介することで誰でも扱えるようになったのだ。

 こぶし大の物ともなれば相当の値が付くことをカレンは知っていた。体が小さいのをいいことにずんずんと中に侵入し、手を伸ばして果実にでもするように魔法石をもぎ取ろうとする。

「あだっ」

 物に対しても自分の体に関しても扱いが雑な彼女は魔法石を外せたものの、思いっきり操縦盤の中で頭を打ち付けた。
 なんだよぉ、なんて頭を擦りながら口を尖らせて、そこで初めて周りを見渡したので彼女はようやく自分の足元にもう一人分の足があることに気が付いた。よく履きこまれ、ちゃんと手入れもされているのが分かる大きな男物の靴だった。

「およ?」

 入ったときとは逆向きにずりずりと這い出た彼女は、最後にもう一度頭をぶつけながら見知らぬ青年と目が合う。彼の方も先ほど船が突っ込んだ時に強く頭を打ったようで頭を擦りながらひどく不服そうに彼女を見下ろしていた。

 カレンは顎に手をやって彼の恰好を一通り眺めてからポンと心の中で手を打った。

「観光客か! すまないな、これ遊覧船だったのか」

 カレンが立ち上がって服を叩いて土を払う。それからもう一度彼と目を合わせようとしても背が頭一つ分違って見上げる形になったけれど、カレンは構わず青年の肩をちょいちょいと叩いた。

「重ねてすまないが、私は王都に戻ると都合が悪い。 船の操作方法を教えるから自力で……なんだ?」

 青年がすっとカレンの持つ魔法石を指さす。それにはカレンが無理やり外したので途中で千切れたエネルギー抽出のための管がぶらんと垂れ下がっていた。

 一拍考えた後青年の言いたいことが分かったカレンは明らかに取りつくろうように大きな声で言った。

「だ大丈夫! 直せる直せる!!」

 急いでまた操縦盤の下に潜っていくカレンに青年は溜息を吐いて、何も言わず川岸の方へと船上を歩き始めた。

 慣れた様子で地面に降り立つと空を見上げる。太陽の位置や雲の流れ、最後に見た時刻、川の向きから大体の方向を掴む。
 そうして一歩踏み出そうというときにカレンが叫んだ。

「おい!! えっと! ピアスの人!!」

 青年が振り返るとカレンもまた船から陸地へと飛び移ろうというところで、少し勢い余って青年が受け止める形になる。

 面倒な予感がして青年は顔をしかめつつカレンを引き離したが問題の本人は全くその表情を意に介さず明るい表情でのたまった。

「すまん無理だった! この近くの町まで連れて行ってやるから、それで手を打ってくないか?」

 青年は眉を寄せジトっとカレンを見返すが、カレンの純粋無垢なきらきらとした目が逆に高圧的で、また嘘を言っているようにも見えなかったのでしぶしぶと頷いた。

 カレンが満足そうに笑う。その顔があまりにも幼くて、しかしあまりに綺麗に笑うので青年は少し眉を上げた。

「よぉし、任せとけ」

 カレンは手の上の魔法石から管やらなんやらをペッと引きはがしてその辺に捨てた。それからそれを目立たない色のショルダーバッグにしまって軽やかに青年より前に出る。ぎこちないという訳ではないのに、その動きにどこか違和感があって青年は首を傾げた。

「っと、お前なんて言うんだ?」

 しかし青年がその正体に思い当たる前にカレンが振り向いて問いかけた。反応が遅れた青年に名前、とカレンが補足すると、青年は口を無気力に開けて明後日の方向を見始める。腕を組んで考えこんでいるようで今度はカレンが体ごと首を傾げて不思議そうに言った。

「呼べれば何でもいいぞ」

 カレンの言葉に少し青年は頭を掻いてから地面の落ち葉を足でよけ、その辺の棒を手に取る。がりがりと文字を書こうとするのだが地面は小石ばかりでなかなか上手くいかない。

「お前しゃべれないのか?」

 真正面に同じようにしゃがんだカレンが無遠慮に聞いた。
 青年が顔を上げれば鼻先が触れ合うほどの距離にカレンの顔が合って、彼は少し体を後ろにのけ反らせてしまった。

「いいぞ、書けなくても私が読めればいいだろ」

 カレンが青年の横へと移動してきて、地面を手で叩いて彼を急かす。青年の方はその距離感に眉を寄せたけれど結局それに従った。

「S?」

 一文字ずつ、カレンが読み上げて確かめながら書いていく。

「セム? であってるか?」

 青年が頷いたのでカレンは手を差し出しながら眉をクイっと上へ動かして言った。

「私はカレンだ。 よろしくな」

 セムはあまりにカレンのペースなので居心地の悪さを感じながらも癖で反射的に手を差し出して握手に応じる。するとカレンの手が彼の手を勢いよく迎えにいって、掴んだと思えば次の瞬間には駆けだした。

 なんとか足を前に出してカレンに合わせてやりながら、セムは先への不安にまた溜息を吐いた。

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