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結婚五日目。毎日、律儀に食事の時間になるとメイドのリディアーヌが来る。
「奥様、食堂へお越しくださいませ。昼食のお時間でございます」
「もうそんな時間?今行くわ」
今日も彼女といつもどおり2メートルくらい距離があるけどあの家のメイド達みたいに見下してこないから離れてても別に良いわ。
スープにパン、野菜と豆のサラダに果物だけだから栄養バランス的にはもっとタンパク質が欲しい。豆があるけど少ないわよ。
「本日は旦那様が狩りに出て仕留めた鹿肉のソテーもありますのでどうぞご賞味下さいませ」
ぱちん、パチッと暖炉にくべた木が音をたてて燃えてる。暖炉がある食堂より地下の私の部屋の方が温かいって普通なのかしら?
食堂だけじゃなくて廊下も隙間風も入ってくるし、寒いのよね。
「ありがとう。話は変わるんだけど寒いんだから窓にプチプチを張ったりして対策しない?」
「ぷちぷち?とおっしゃいますのは……」
「え?知らない?ぷちぷちよ。ガラス容器とか壊れないように巻く透明なシート」
「申し訳ありません。存じ上げません」
嘘でしょ~!この世界にはガラスはあってもそういう技術はないの? あ、いや、あるけど庶民には普及してないとか?ん、でも辺境伯って貴族だからそういう技術がないのが濃厚ね。
「もしかして隙間風テープもない?」
「すきまかぜてーぷなる物は聞いたことがございません」
「そう。じゃあ、いらない布を用意してくれる?あとボンドも」
隙間テープがない時には、いらない布を棒状に巻いてドアの下の隙間を塞ぐように置くと冷気が入ってこないのよ。巻いているのがほぐれると巻き直しが面倒だからボンドで留めちゃいましょ。あと古いバスタオルとかも使えるって前世の記憶で見たテレビ番組で言っていたわ。
「奥様、ボンドとは何でございましょうか」
「……ボンドもない?」
ボンドって外国のが日本にきたんじゃなかったの?あ、世界っていうか星?地球じゃないのかも。異世界設定だから基本的に日本と違うんだったわ。
「はい、私が知っている限りではございません」
「そう、じゃあいらない布だけでいいわ」
「かしこまりました。用意いたします」
「お願いね」
「はい。では失礼いたします」
リディアーヌが出ていった後に私は食事を始めた。
食事中も前世の記憶を思い出しながらカーテンはもっと分厚いものにしたり、ベッドカバーは毛布みたいなのが欲しいわって考えたわ。
あと、防寒具がダサいのよね。皆もダサい防寒具を着るからどうってことないんでしょうけど。やっぱり可愛いのが欲しいわ。
▲▲▲
時間はたっぷりあるし、温かい地下室で工作タイムよ。
いらない布をドアの幅より少し長めの棒にするため何枚か重ねてぐるぐる巻いて、最期に針と糸でバラバラにならないようにブスッと縫ったわ。
「よし、できた!」
私の指にもブスッと針が刺さっちゃうくらい下手だから出来上がりはお察しだけど、どうせ床に置いておくものだし、汚れたら捨てるものだからいいわ。これを置いておけば食堂の寒さもちょっとはマシになるはずよ。
まだ布があるし、おじさんの部屋のドアにも置くやつを作ってあげようかしら。文句は色々言いたいことはあるけども良い生活させてもらってるもの。恩返しよ。
▲▲▲
今晩もおじさんはやってきたわ。
「おかえりなさい」
「ただいま。またここで歌ってくれないか?」
「いいわよ。でも先にこれを渡しておくわ」
椅子に座ったおじさんへ私は今日作った隙間風防止の布の棒を渡した。おじさんはソレを手に持って首をかしげた。
「これは?」
「ドアの下側に隙間があるでしょ?それをドアの隙間が隠れるように置いたら冷たい隙間風が入らなくなるの。このお屋敷、古いし隙間風だらけだから気休め程度だけどね。明日、食堂にも置いておくわ。ドアの開け閉めのときは踏んで転ばないよう気をつけてよ」
「ああ。分かった。ありがとう」
「いいわよ。毎日暇だし」
おじさんは縫うというより針で糸を差し込んだと言わんばかりの私の不器用な仕上がりに苦笑してたけど突き返したりしなかった。
「早速部屋に戻ったら使わせてもらうよ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ歌うわ」
「ああ、頼む」
いつものように私は歌い始めた。
今日の歌は、前世の好きな歌。応援ソングの定番で聞くと元気になれる。
私の歌が終わると、おじさんは拍手してくれた。
「君の歌は独創的でいつも素晴らしい。全てが俺を満たしてくれる」
「っ!?」
いきなり褒められて顔が熱くなった。
「な、何言ってんのよ!おだてても何も出ないわ。それに私の歌は全部作った人がいるのよ。この世界にいない人ってだけで……」
多分、この世界と向こうの世界は交わらないから何百年待っても私の知る前世の現代にはならないけど……皆、すごい歌を作れるから尊敬してる。
「そうだとしてもここで歌う君の歌声は君だけのものだ。素晴らしい歌を作って残し、広められなかった無念を考えると君が広めてくれることで向こうもきっと喜んでくれるはずだ」
「あ、あ~……そう、かもね?喜んでくれたらいいけど……」
ごめんなさい。あっちではめちゃくちゃ有名人です。めちゃくちゃ広まってます。ネットに動画までアップされて世界中に拡散されています。
こっちで有名になってもむこうには一円も入らないから損かもしれない、けど、私もお金は取ってないから許してください。作詞作曲してる人も歌手の皆様も尊敬してます。
「俺は、妻がいたんだ。とても美しく、聡明で優しい自慢の妻だった」
「……」
突然始まったおじさんの身の上話。
え、これって聞いてほしいってこと?
「彼女は、病気で死んだんだ。治療法のない病で、それでも一日でも長く生きて欲しくて彼女の治療費のために借金もした。だが……」
「……」
いきなり重い。なんか訳ありだろうなとは思ったけども……。
「国を守る重大な任を受けた一族として子を残さなければいけなかった。だから喪のあけぬうちに周りに言われ流されるまま結婚したが、その相手は俺がそれを説明する途中で大泣きしてね。君のことは俺が守るから、亡き妻のためにもせめて一年は待って欲しいと伝えたつもりが上手く伝わらなかった」
「……」
わたしのことね?ええ、話の途中で初夜なんてしたくないってギャン泣きしたわよ。でもそこは仕方ないじゃない。いきなり家のために子供を~なんて言われたら頭が真っ白になるわよ。その後の言葉なんて頭に入らないわ。
「ごめんなさい。あの時は私も色々混乱していて、結婚したその日に子供をって言われたら頭に血がのぼっちゃって……」
「いや、俺も説明が急すぎた。初日は、ただ一言、長旅で疲れただろうからゆっくり休んでくれと言って部屋を出て行けば良かったんだ。後日、改めて説明すれば君を泣かさずに済んだはずなのに」
そんなに優しくフォローされると困るわ。だって私、夫を毒殺して遺産もらっちゃえ~とかひどいこと考えてたのに……。
「話が逸れてしまったが、残された人間が覚えている限り、生きた証は残る。君が歌ってくれる歌も作り手達の記憶もきっと誰かの心に残る。俺はそう言いたかったんだ」
「うん、そうね。私の記憶の中でずっと生きているわ」
もう二度と会えないって意味では死んだ人と似ているのかもしれない。でも私の頭の中ではずっとキラキラと輝いている、手の届かない憧れの人達。
「ああ。だからどうか、この先もずっと歌い続けて欲しい」
「……分かったわ。ありがとう」
「こちらこそ。今日もありがとう」
おじさんが椅子から立ち上がった。おやすみなさいと挨拶を交わすとおじさんは階段を上がって出ていった。
結婚五日目。毎日、律儀に食事の時間になるとメイドのリディアーヌが来る。
「奥様、食堂へお越しくださいませ。昼食のお時間でございます」
「もうそんな時間?今行くわ」
今日も彼女といつもどおり2メートルくらい距離があるけどあの家のメイド達みたいに見下してこないから離れてても別に良いわ。
スープにパン、野菜と豆のサラダに果物だけだから栄養バランス的にはもっとタンパク質が欲しい。豆があるけど少ないわよ。
「本日は旦那様が狩りに出て仕留めた鹿肉のソテーもありますのでどうぞご賞味下さいませ」
ぱちん、パチッと暖炉にくべた木が音をたてて燃えてる。暖炉がある食堂より地下の私の部屋の方が温かいって普通なのかしら?
食堂だけじゃなくて廊下も隙間風も入ってくるし、寒いのよね。
「ありがとう。話は変わるんだけど寒いんだから窓にプチプチを張ったりして対策しない?」
「ぷちぷち?とおっしゃいますのは……」
「え?知らない?ぷちぷちよ。ガラス容器とか壊れないように巻く透明なシート」
「申し訳ありません。存じ上げません」
嘘でしょ~!この世界にはガラスはあってもそういう技術はないの? あ、いや、あるけど庶民には普及してないとか?ん、でも辺境伯って貴族だからそういう技術がないのが濃厚ね。
「もしかして隙間風テープもない?」
「すきまかぜてーぷなる物は聞いたことがございません」
「そう。じゃあ、いらない布を用意してくれる?あとボンドも」
隙間テープがない時には、いらない布を棒状に巻いてドアの下の隙間を塞ぐように置くと冷気が入ってこないのよ。巻いているのがほぐれると巻き直しが面倒だからボンドで留めちゃいましょ。あと古いバスタオルとかも使えるって前世の記憶で見たテレビ番組で言っていたわ。
「奥様、ボンドとは何でございましょうか」
「……ボンドもない?」
ボンドって外国のが日本にきたんじゃなかったの?あ、世界っていうか星?地球じゃないのかも。異世界設定だから基本的に日本と違うんだったわ。
「はい、私が知っている限りではございません」
「そう、じゃあいらない布だけでいいわ」
「かしこまりました。用意いたします」
「お願いね」
「はい。では失礼いたします」
リディアーヌが出ていった後に私は食事を始めた。
食事中も前世の記憶を思い出しながらカーテンはもっと分厚いものにしたり、ベッドカバーは毛布みたいなのが欲しいわって考えたわ。
あと、防寒具がダサいのよね。皆もダサい防寒具を着るからどうってことないんでしょうけど。やっぱり可愛いのが欲しいわ。
▲▲▲
時間はたっぷりあるし、温かい地下室で工作タイムよ。
いらない布をドアの幅より少し長めの棒にするため何枚か重ねてぐるぐる巻いて、最期に針と糸でバラバラにならないようにブスッと縫ったわ。
「よし、できた!」
私の指にもブスッと針が刺さっちゃうくらい下手だから出来上がりはお察しだけど、どうせ床に置いておくものだし、汚れたら捨てるものだからいいわ。これを置いておけば食堂の寒さもちょっとはマシになるはずよ。
まだ布があるし、おじさんの部屋のドアにも置くやつを作ってあげようかしら。文句は色々言いたいことはあるけども良い生活させてもらってるもの。恩返しよ。
▲▲▲
今晩もおじさんはやってきたわ。
「おかえりなさい」
「ただいま。またここで歌ってくれないか?」
「いいわよ。でも先にこれを渡しておくわ」
椅子に座ったおじさんへ私は今日作った隙間風防止の布の棒を渡した。おじさんはソレを手に持って首をかしげた。
「これは?」
「ドアの下側に隙間があるでしょ?それをドアの隙間が隠れるように置いたら冷たい隙間風が入らなくなるの。このお屋敷、古いし隙間風だらけだから気休め程度だけどね。明日、食堂にも置いておくわ。ドアの開け閉めのときは踏んで転ばないよう気をつけてよ」
「ああ。分かった。ありがとう」
「いいわよ。毎日暇だし」
おじさんは縫うというより針で糸を差し込んだと言わんばかりの私の不器用な仕上がりに苦笑してたけど突き返したりしなかった。
「早速部屋に戻ったら使わせてもらうよ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ歌うわ」
「ああ、頼む」
いつものように私は歌い始めた。
今日の歌は、前世の好きな歌。応援ソングの定番で聞くと元気になれる。
私の歌が終わると、おじさんは拍手してくれた。
「君の歌は独創的でいつも素晴らしい。全てが俺を満たしてくれる」
「っ!?」
いきなり褒められて顔が熱くなった。
「な、何言ってんのよ!おだてても何も出ないわ。それに私の歌は全部作った人がいるのよ。この世界にいない人ってだけで……」
多分、この世界と向こうの世界は交わらないから何百年待っても私の知る前世の現代にはならないけど……皆、すごい歌を作れるから尊敬してる。
「そうだとしてもここで歌う君の歌声は君だけのものだ。素晴らしい歌を作って残し、広められなかった無念を考えると君が広めてくれることで向こうもきっと喜んでくれるはずだ」
「あ、あ~……そう、かもね?喜んでくれたらいいけど……」
ごめんなさい。あっちではめちゃくちゃ有名人です。めちゃくちゃ広まってます。ネットに動画までアップされて世界中に拡散されています。
こっちで有名になってもむこうには一円も入らないから損かもしれない、けど、私もお金は取ってないから許してください。作詞作曲してる人も歌手の皆様も尊敬してます。
「俺は、妻がいたんだ。とても美しく、聡明で優しい自慢の妻だった」
「……」
突然始まったおじさんの身の上話。
え、これって聞いてほしいってこと?
「彼女は、病気で死んだんだ。治療法のない病で、それでも一日でも長く生きて欲しくて彼女の治療費のために借金もした。だが……」
「……」
いきなり重い。なんか訳ありだろうなとは思ったけども……。
「国を守る重大な任を受けた一族として子を残さなければいけなかった。だから喪のあけぬうちに周りに言われ流されるまま結婚したが、その相手は俺がそれを説明する途中で大泣きしてね。君のことは俺が守るから、亡き妻のためにもせめて一年は待って欲しいと伝えたつもりが上手く伝わらなかった」
「……」
わたしのことね?ええ、話の途中で初夜なんてしたくないってギャン泣きしたわよ。でもそこは仕方ないじゃない。いきなり家のために子供を~なんて言われたら頭が真っ白になるわよ。その後の言葉なんて頭に入らないわ。
「ごめんなさい。あの時は私も色々混乱していて、結婚したその日に子供をって言われたら頭に血がのぼっちゃって……」
「いや、俺も説明が急すぎた。初日は、ただ一言、長旅で疲れただろうからゆっくり休んでくれと言って部屋を出て行けば良かったんだ。後日、改めて説明すれば君を泣かさずに済んだはずなのに」
そんなに優しくフォローされると困るわ。だって私、夫を毒殺して遺産もらっちゃえ~とかひどいこと考えてたのに……。
「話が逸れてしまったが、残された人間が覚えている限り、生きた証は残る。君が歌ってくれる歌も作り手達の記憶もきっと誰かの心に残る。俺はそう言いたかったんだ」
「うん、そうね。私の記憶の中でずっと生きているわ」
もう二度と会えないって意味では死んだ人と似ているのかもしれない。でも私の頭の中ではずっとキラキラと輝いている、手の届かない憧れの人達。
「ああ。だからどうか、この先もずっと歌い続けて欲しい」
「……分かったわ。ありがとう」
「こちらこそ。今日もありがとう」
おじさんが椅子から立ち上がった。おやすみなさいと挨拶を交わすとおじさんは階段を上がって出ていった。
応援ありがとうございます!
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