天使の残像

高端麻羽

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天使の残像

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目覚めた時、時刻は夜明け時。
閉めきったカーテンに光を遮られ、薄暗い視界の中、間近に細い髪が見えた。
愛しい相手はいまだ夢の中らしく、規則的な寝息をたてている。
昨夜は深夜過ぎまで眠らせなかったから、当然と言えば当然だが。
その穏やかな寝顔を眺めながら満足そうに微笑した。
瞳を閉じていると、彼女は実年齢よりずっと幼く見える。
無防備で、無邪気で、子供のようにあどけない面影に愛しさが増し、そっと額に口接けた。
すると聞き取れない程度の声を漏らし、無意識に擦り寄り、再び眠りの奥底へと戻ってゆく。
その際、自分の腕を敷き込んでしまった。
だけど動かずにいる。下手に起こして彼女の安息を乱したくないから。
多忙な仕事に就き、遠距離で務めている彼女。
せめて二人でいる間は、安らぎに満たしてあげたかった。
腕が痺れてゆくのもかまわず、二度寝に入る。
今から寝たら、きっと朝食時間をオーバーして可愛い彼女に叩き起こされるだろう。
それでも良かった。
彼女が自分より先に起きるのなら。

――― 以前にも、今回と同じく久しぶりに再会し、夜を共に過ごした事がある。

その翌朝、自分は彼女より早く目覚めてベッドを出た。
起床後、まずシャワーを浴びて髭を剃るのが習慣である。
しかしその日は彼女と一緒という事もあり、いつもより念入りに鏡に向かっていた。
やがて身繕いを完璧に済ませ、上機嫌でバスルームを出る。
だが次の瞬間、ハッとして足が止まった。
シンと静まりかえった部屋の中、彼女はベッドの上で毛布にくるまって座りこんでいる。
思わず、泣いているのかと疑った。
ふいに、俯いて髪に隠れていた顔が振り返る。
目に飛びこんだのは、まるで捨てられた子猫の表情。不安と寂しさで壊れそうなまなざし。
普段の彼女とは別人のような影の薄さに、息が止まる。
「……なんだ、浴室にいたの」
恋人の存在を認識すると、安堵まじりの淡い微笑に戻った。
おそらく本人は気付いていない、無意識の本心の表れだったのだろう。
途端に、激しい後悔に締め付けられた。
彼女を残して寝室を離れた事を心底から悔やむ。
誰だって、体温を分け合った相手が翌朝、目を覚ました時に姿を消していたら寂しく思うはず。
冷たくなった寝床で目を覚ましたら、どんな気がする?

――― バカだった。
配慮が足りなすぎた。
昨夜さんざん甘い台詞を囁いたくせに。

その事実に責めたてられ、自分こそ泣きそうな顔で駆け寄り、無言で抱きしめ続けた為、彼女にはずいぶん不思議がられたが。


この時の胸の痛みを戒めにして、誓いを立てた。
二度と彼女より先には起きないと。
決して冷たい寝床で目覚めさせはしないと。


愛する人の安らかな寝顔は、見ているだけで幸せになれる。
それは共に迎える朝にだけ堪能できる、ささやかな喜び。
いつまでも眺めていたいけれど、愛しい匂いと体温を感じながら共に眠るのは、更なる幸せだから。
もったいないけれど、目を閉じてしまおう。


寂しさの残像はもう見えない。
瞼を開けたら、天使はいつも微笑んでいる。



   END
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