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*20 タリーの台所 *
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「お久しぶりです。バルガスさん。空いてる席へどうぞ」
牛野郎が置いていったお金を回収しながら、兎族の彼が新しい客を笑顔で出迎えた。シルクハットを被り、ステッキを持った四十代くらいの男性は、人を使う立場の人っぽい。
「ああ、いつものを頼むよ。ところで、人を雇ったのかい? オルレア」
「いえ。あそこにいる彼が、お皿の片づけを手伝ってくれたんです」
紳士の視線が俺に向いたので、どうもと軽く会釈をする。紳士は、ほぉと軽く目を見張り、うむうむ、なるほどねえといった感じでうなずいた。その、なるほどねえは、なんなんだ? 不審者を見るような目で見てやったら、彼は肩をすくめ、空いている席に座った。
本当に、何なんだ。とはいえ、いつまでも観察し続けるのもよくない。紳士観察をやめて、机に置いてあるメニューを手に取った。A3くらいの厚紙でできたメニューは、バツ印が多い。ワンオペだから、提供する品数を絞っているのだろう。
「手伝ってくれてありがとう。それから、ロゲンさんを追い出してくれたことも」
「ロゲンっていうのは、あの牛族の?」
「そう。他のお客さんたちもそうなんだけど、正直ありがた迷惑だったんだ」
は~っと大きなため息をついて、兎族の彼は力なく笑う。だいぶ、お疲れのようだ。
昔からの常連なので、追い出したくても追い出せずにいたらしい。
「注文は決まった?」
「お茶とこのコシードのセットを」
「お茶とコシードのセットだね」
復唱をして伝票を書いた彼は、キッチンへと引っ込んでいった。
オルレアって呼ばれていた兎族の彼は、カワイイ系のイケメンだ。耳の色は、ピーターラビットそっくり。ふわふわの髪は、金色がかった茶色で、目はブルーベリーみたいだ。
さて、話は変わるがクァンベトゥーリアの地元飯は、スペイン料理に似ていることが多い。〈言語理解〉は、そのままスペイン料理に翻訳してくることもしばしば。パエリアあったし。
このコシードもそう。スペイン風ポトフって言えば、分かりやすいだろうか。
ショートパスタ煎りのスープと、肉や野菜の具材を別に取り分けて提供される煮込み料理だ。クァンベトゥーリア料理としては、ポピュラーな料理っぽい。
机の上を片付けるときに、食事中の人たちの机もちらっと見たけど、みんなコシードを食べていた。さっき、運ばれて来た料理もコシードっぽい。となると、これがこの店の名物なんだろうって予想するのは簡単だし、名物は食べてみなくちゃ。
しばらく待って、運ばれてきたコシードは……めちゃウマだった。なるほど、名物になるわけだと納得の味。前に食べたコシードとは、全然違う。
スープの味付けは、シンプルに塩コショウのみ。でも、たくさんの具材の出汁がめっちゃ出てて、美味い。超、満足。最高。これは、毎日食べても飽きないわ。うん。美味い。
ゆっくり味わい、店を出た俺はその足で隣のパン屋に入った。タリーの台所の事情を聞くためだ。何にも買わないのはよくないので、美味しそうなパンを四つ、いや……五つ、トレーに乗せた。
幸い、お客さんは俺だけだったので、店番をしていた狐族の女性に
「今、隣でお昼を食べてきたんだけど、なんであそこは一人でやってるのかご存知ですか? 人を雇えば、もっとお客さんが入りそうなものになのに」と聞いてみた。
「あぁ、隣かい? 元々あそこはダニエルとナンシーが二人でやってたんだよ。オリーは、雇われ従業員。でも、今から一年くらい前に二人が事故で亡くなってねえ……」
店は、マートルという一人息子が継いだらしい。彼がオーナー兼店長ということになるのだが、このマートルさん、本業は探索者らしく、滅多に戻ってこないのだとか。
「ってことは、あの兎族の彼は雇われ従業員のまま……?」
「そうなんだよ。だから、求人を出したくても出せなくて、一人でやらざるを得ないんだよ」
まったく、あのバカ息子は何をやってんだか! とパン屋のおかみさんはお怒りだった。
パンの代金を支払って外に出た俺は、今度はちょっと離れた雑貨屋へ。インテリア雑貨として使えそうなものはないかを物色。面白い形のポットカバーを見つけたので、購入することに決め、さっきと同じように聞いてみる。大体話は同じだったが、マートルさんのことになると、雑貨屋の親父は軽く肩をすくめて、
「勇猛なる鋼なんて、評判の悪いクランはさっさと辞めて、店の経営に集中するべきだと思うんだがね」
「店の経営……ですか?」
言外に、経営する気があるようには思えないんだけど? と匂わせれば、親父は
「マートルが探索者をやってんのは、店の改装費用を稼ぐためらしいんだよ。ダニエルが、俺は孝行息子を持ったよって、酒を飲みながら自慢してたからな」
声をひそめて、俺に教えてくれた。親父は、ご夫婦が亡くなった今、改装費用なんて後回しにするべきなんだがなあ、とため息をつく。
俺は、親父に礼を言って店を出た。
さらに井戸端会議をしていたご婦人方にも話を聞いてみた。ロゲンっていうあの牛野郎が、兎族の彼と付き合ってるとか、付き合うとか、そんなことを吹聴して回っているらしい、という話を聞いたとき、何て図々しいんだ、あの野郎と思った俺は、間違っていないはずだ。
牛野郎が置いていったお金を回収しながら、兎族の彼が新しい客を笑顔で出迎えた。シルクハットを被り、ステッキを持った四十代くらいの男性は、人を使う立場の人っぽい。
「ああ、いつものを頼むよ。ところで、人を雇ったのかい? オルレア」
「いえ。あそこにいる彼が、お皿の片づけを手伝ってくれたんです」
紳士の視線が俺に向いたので、どうもと軽く会釈をする。紳士は、ほぉと軽く目を見張り、うむうむ、なるほどねえといった感じでうなずいた。その、なるほどねえは、なんなんだ? 不審者を見るような目で見てやったら、彼は肩をすくめ、空いている席に座った。
本当に、何なんだ。とはいえ、いつまでも観察し続けるのもよくない。紳士観察をやめて、机に置いてあるメニューを手に取った。A3くらいの厚紙でできたメニューは、バツ印が多い。ワンオペだから、提供する品数を絞っているのだろう。
「手伝ってくれてありがとう。それから、ロゲンさんを追い出してくれたことも」
「ロゲンっていうのは、あの牛族の?」
「そう。他のお客さんたちもそうなんだけど、正直ありがた迷惑だったんだ」
は~っと大きなため息をついて、兎族の彼は力なく笑う。だいぶ、お疲れのようだ。
昔からの常連なので、追い出したくても追い出せずにいたらしい。
「注文は決まった?」
「お茶とこのコシードのセットを」
「お茶とコシードのセットだね」
復唱をして伝票を書いた彼は、キッチンへと引っ込んでいった。
オルレアって呼ばれていた兎族の彼は、カワイイ系のイケメンだ。耳の色は、ピーターラビットそっくり。ふわふわの髪は、金色がかった茶色で、目はブルーベリーみたいだ。
さて、話は変わるがクァンベトゥーリアの地元飯は、スペイン料理に似ていることが多い。〈言語理解〉は、そのままスペイン料理に翻訳してくることもしばしば。パエリアあったし。
このコシードもそう。スペイン風ポトフって言えば、分かりやすいだろうか。
ショートパスタ煎りのスープと、肉や野菜の具材を別に取り分けて提供される煮込み料理だ。クァンベトゥーリア料理としては、ポピュラーな料理っぽい。
机の上を片付けるときに、食事中の人たちの机もちらっと見たけど、みんなコシードを食べていた。さっき、運ばれて来た料理もコシードっぽい。となると、これがこの店の名物なんだろうって予想するのは簡単だし、名物は食べてみなくちゃ。
しばらく待って、運ばれてきたコシードは……めちゃウマだった。なるほど、名物になるわけだと納得の味。前に食べたコシードとは、全然違う。
スープの味付けは、シンプルに塩コショウのみ。でも、たくさんの具材の出汁がめっちゃ出てて、美味い。超、満足。最高。これは、毎日食べても飽きないわ。うん。美味い。
ゆっくり味わい、店を出た俺はその足で隣のパン屋に入った。タリーの台所の事情を聞くためだ。何にも買わないのはよくないので、美味しそうなパンを四つ、いや……五つ、トレーに乗せた。
幸い、お客さんは俺だけだったので、店番をしていた狐族の女性に
「今、隣でお昼を食べてきたんだけど、なんであそこは一人でやってるのかご存知ですか? 人を雇えば、もっとお客さんが入りそうなものになのに」と聞いてみた。
「あぁ、隣かい? 元々あそこはダニエルとナンシーが二人でやってたんだよ。オリーは、雇われ従業員。でも、今から一年くらい前に二人が事故で亡くなってねえ……」
店は、マートルという一人息子が継いだらしい。彼がオーナー兼店長ということになるのだが、このマートルさん、本業は探索者らしく、滅多に戻ってこないのだとか。
「ってことは、あの兎族の彼は雇われ従業員のまま……?」
「そうなんだよ。だから、求人を出したくても出せなくて、一人でやらざるを得ないんだよ」
まったく、あのバカ息子は何をやってんだか! とパン屋のおかみさんはお怒りだった。
パンの代金を支払って外に出た俺は、今度はちょっと離れた雑貨屋へ。インテリア雑貨として使えそうなものはないかを物色。面白い形のポットカバーを見つけたので、購入することに決め、さっきと同じように聞いてみる。大体話は同じだったが、マートルさんのことになると、雑貨屋の親父は軽く肩をすくめて、
「勇猛なる鋼なんて、評判の悪いクランはさっさと辞めて、店の経営に集中するべきだと思うんだがね」
「店の経営……ですか?」
言外に、経営する気があるようには思えないんだけど? と匂わせれば、親父は
「マートルが探索者をやってんのは、店の改装費用を稼ぐためらしいんだよ。ダニエルが、俺は孝行息子を持ったよって、酒を飲みながら自慢してたからな」
声をひそめて、俺に教えてくれた。親父は、ご夫婦が亡くなった今、改装費用なんて後回しにするべきなんだがなあ、とため息をつく。
俺は、親父に礼を言って店を出た。
さらに井戸端会議をしていたご婦人方にも話を聞いてみた。ロゲンっていうあの牛野郎が、兎族の彼と付き合ってるとか、付き合うとか、そんなことを吹聴して回っているらしい、という話を聞いたとき、何て図々しいんだ、あの野郎と思った俺は、間違っていないはずだ。
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