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*21 将来設計を見直す *
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さて、タリーの台所に関わる事情をまとめると、こんな感じだ。
先代のご夫婦が事故で亡くなり、一人息子のマートルさんが後を継いだ。しかし、彼は勇猛なる鋼というクランに所属して、探索者として活動中。普通に考えれば、自分はオーナーとなり、兎族のオルレアさんを店長に抜擢。商業ギルドにそう届け出るべきなのだが、なぜかマートルさんはそれをしていない。
結果、人を雇えずに、オルレアさんがワンオペで店を回している。
そんな彼を心配してか、常連さんが入り浸り。なかなか帰ってくれないもので、回転率が低下。その内の一人、牛野郎ことロゲンは、オルレアさんに好意を持っている、らしい……。
「でもそれって、絶対に伝わってないし、伝わっていたとしてもフラれるのがオチだな」
手伝いもせずに、あんな風に偉そうに言われるだけってのは……嫌がらせの間違いじゃないのか? って思ってしまう。好意を持っている相手に対する言動じゃないだろ。
ここまで調べ上げたところで、俺はある野望を抱くようになっていた。
「タリーの台所で働きたい!」
ワンオペじゃなくなったら、十分盛り返せると思うんだよ。コシード、めっちゃ美味いし。独立なんて、十年先、二十年先でもできるわ~い、と思っちゃうくらいには惚れこんだ。
そうして通うようになって一か月。二~三日に一回のペースで来てる。コシードがさ、ほんっとうに美味いんだよ。こんなにしょっちゅう食べてても、全然飽きない。
今日も今日とて、タリーの台所にやって来て、コシードを頼む。最近は、自分で食器をカウンターへ返しに行くお客もいるくらいだ。なので、俺の出番(?)は、ないこともある。
今日も出番はなかった。
ちょっと残念な気もしつつ、俺はお気に入りの窓際の席に座る。荷物の中から、移住局でもらってきた次の宿のリストと地図を出し、この店に通いやすそうな宿を探す。
十日後には、ユニライズホテルを出なきゃいけないからな。
「ん~、ここかな?」
俺が目を付けたのは、ベルガラの渡り鳥亭という宿だ。このあと様子を見に行って、良さそうだったら、予約をしてこよう。部屋が空いているといいんだが。
「お待たせ。今日も来てくれたんだね」
「この店のコシードは絶品だから。店の雰囲気もいいし」
ぜひ、この店で働かせてほしいんだけど、と続けるのはまだ早いだろうか。
「ありがとう、嬉しいな。ぼくは、オルレア・ビッケル。オリーって呼んでよ」
「俺は、スバル・フィルド。スバルって呼んでくれると嬉しい」
お。チャンス到来!? と思ったら、別のところからオルレアを呼ぶ声が。あ、残念。オルレアは「ごゆっくり」と言って、彼を呼んだお客さんのところに行ってしまった。
いやいや、チャンスはいくらでもある。それに、最終的に俺を雇うかどうかを決めるのは、オルレアじゃなくて、マートルっていうオーナー兼店長だしな。この人、いつ頃帰って来るんだろう。なるべく早く帰って来てくれると、俺としても助かるんだけど。
生活費には困ってないけど、日本人の性なのか、いつまでも無職っていうのは……どうも据わりが悪いんだよな。日数がかかるようなら、どこかでバイトでもしようかな~? なんて思っているうちに、ユニライズホテルを出る日が来てしまった。光陰矢の如しとはよく言ったものである。
次の宿泊先は、ベルガラの渡り鳥亭だ。一階はペンシオン・バールで、食事も美味い。近所の評判もいいみたいだし、ご主人とおかみさんもいい人っぽかったし。
渡り鳥亭に移る前の日はあいにくの雨。外出する気にはなれなくて、ホテルで過ごす最後の日を満喫していたら、移住局からのメッセージが届いた。
『ご希望されていた栄養成分表が届きましたので、引き取りに来てください』
おっと。すっかり、忘れていた。そういえば、そんなものをお願いしていたな。この天気の中、引き取りに行くのは面倒なので、明日行くことにしよう。明日は、晴れると良いな。
神様は、俺に優しい。っていうのは、ちょっとうぬぼれが過ぎるだろうか。昨日お祈りしたとおり、今日は晴れ。
この町に来たときは春だったけど、今はもう夏だ。毎日が暑い。場所によっては、海風のベタっとした感じが肌にはりつく。海辺の町なんだから、しょうがないんだけども。
マジックバッグや〈収納〉のおかげで身軽なもの。三カ月もお世話になったユニライズホテルのスタッフたちにお礼を言って、チェックアウト。その足で移住局へ向かい──
「鈍器ですか、これは」
「私どもも驚いております。フィルドさんあての手紙もありますので、落とさないようにしてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
まさか、栄養成分表が小学生向けの学習事典みたいなサイズで来るとは……。いや、ホント、持ってて良かった、マジックバッグ。
先代のご夫婦が事故で亡くなり、一人息子のマートルさんが後を継いだ。しかし、彼は勇猛なる鋼というクランに所属して、探索者として活動中。普通に考えれば、自分はオーナーとなり、兎族のオルレアさんを店長に抜擢。商業ギルドにそう届け出るべきなのだが、なぜかマートルさんはそれをしていない。
結果、人を雇えずに、オルレアさんがワンオペで店を回している。
そんな彼を心配してか、常連さんが入り浸り。なかなか帰ってくれないもので、回転率が低下。その内の一人、牛野郎ことロゲンは、オルレアさんに好意を持っている、らしい……。
「でもそれって、絶対に伝わってないし、伝わっていたとしてもフラれるのがオチだな」
手伝いもせずに、あんな風に偉そうに言われるだけってのは……嫌がらせの間違いじゃないのか? って思ってしまう。好意を持っている相手に対する言動じゃないだろ。
ここまで調べ上げたところで、俺はある野望を抱くようになっていた。
「タリーの台所で働きたい!」
ワンオペじゃなくなったら、十分盛り返せると思うんだよ。コシード、めっちゃ美味いし。独立なんて、十年先、二十年先でもできるわ~い、と思っちゃうくらいには惚れこんだ。
そうして通うようになって一か月。二~三日に一回のペースで来てる。コシードがさ、ほんっとうに美味いんだよ。こんなにしょっちゅう食べてても、全然飽きない。
今日も今日とて、タリーの台所にやって来て、コシードを頼む。最近は、自分で食器をカウンターへ返しに行くお客もいるくらいだ。なので、俺の出番(?)は、ないこともある。
今日も出番はなかった。
ちょっと残念な気もしつつ、俺はお気に入りの窓際の席に座る。荷物の中から、移住局でもらってきた次の宿のリストと地図を出し、この店に通いやすそうな宿を探す。
十日後には、ユニライズホテルを出なきゃいけないからな。
「ん~、ここかな?」
俺が目を付けたのは、ベルガラの渡り鳥亭という宿だ。このあと様子を見に行って、良さそうだったら、予約をしてこよう。部屋が空いているといいんだが。
「お待たせ。今日も来てくれたんだね」
「この店のコシードは絶品だから。店の雰囲気もいいし」
ぜひ、この店で働かせてほしいんだけど、と続けるのはまだ早いだろうか。
「ありがとう、嬉しいな。ぼくは、オルレア・ビッケル。オリーって呼んでよ」
「俺は、スバル・フィルド。スバルって呼んでくれると嬉しい」
お。チャンス到来!? と思ったら、別のところからオルレアを呼ぶ声が。あ、残念。オルレアは「ごゆっくり」と言って、彼を呼んだお客さんのところに行ってしまった。
いやいや、チャンスはいくらでもある。それに、最終的に俺を雇うかどうかを決めるのは、オルレアじゃなくて、マートルっていうオーナー兼店長だしな。この人、いつ頃帰って来るんだろう。なるべく早く帰って来てくれると、俺としても助かるんだけど。
生活費には困ってないけど、日本人の性なのか、いつまでも無職っていうのは……どうも据わりが悪いんだよな。日数がかかるようなら、どこかでバイトでもしようかな~? なんて思っているうちに、ユニライズホテルを出る日が来てしまった。光陰矢の如しとはよく言ったものである。
次の宿泊先は、ベルガラの渡り鳥亭だ。一階はペンシオン・バールで、食事も美味い。近所の評判もいいみたいだし、ご主人とおかみさんもいい人っぽかったし。
渡り鳥亭に移る前の日はあいにくの雨。外出する気にはなれなくて、ホテルで過ごす最後の日を満喫していたら、移住局からのメッセージが届いた。
『ご希望されていた栄養成分表が届きましたので、引き取りに来てください』
おっと。すっかり、忘れていた。そういえば、そんなものをお願いしていたな。この天気の中、引き取りに行くのは面倒なので、明日行くことにしよう。明日は、晴れると良いな。
神様は、俺に優しい。っていうのは、ちょっとうぬぼれが過ぎるだろうか。昨日お祈りしたとおり、今日は晴れ。
この町に来たときは春だったけど、今はもう夏だ。毎日が暑い。場所によっては、海風のベタっとした感じが肌にはりつく。海辺の町なんだから、しょうがないんだけども。
マジックバッグや〈収納〉のおかげで身軽なもの。三カ月もお世話になったユニライズホテルのスタッフたちにお礼を言って、チェックアウト。その足で移住局へ向かい──
「鈍器ですか、これは」
「私どもも驚いております。フィルドさんあての手紙もありますので、落とさないようにしてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
まさか、栄養成分表が小学生向けの学習事典みたいなサイズで来るとは……。いや、ホント、持ってて良かった、マジックバッグ。
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