21 / 83
*21 将来設計を見直す *
しおりを挟む
さて、タリーの台所に関わる事情をまとめると、こんな感じだ。
先代のご夫婦が事故で亡くなり、一人息子のマートルさんが後を継いだ。しかし、彼は勇猛なる鋼というクランに所属して、探索者として活動中。普通に考えれば、自分はオーナーとなり、兎族のオルレアさんを店長に抜擢。商業ギルドにそう届け出るべきなのだが、なぜかマートルさんはそれをしていない。
結果、人を雇えずに、オルレアさんがワンオペで店を回している。
そんな彼を心配してか、常連さんが入り浸り。なかなか帰ってくれないもので、回転率が低下。その内の一人、牛野郎ことロゲンは、オルレアさんに好意を持っている、らしい……。
「でもそれって、絶対に伝わってないし、伝わっていたとしてもフラれるのがオチだな」
手伝いもせずに、あんな風に偉そうに言われるだけってのは……嫌がらせの間違いじゃないのか? って思ってしまう。好意を持っている相手に対する言動じゃないだろ。
ここまで調べ上げたところで、俺はある野望を抱くようになっていた。
「タリーの台所で働きたい!」
ワンオペじゃなくなったら、十分盛り返せると思うんだよ。コシード、めっちゃ美味いし。独立なんて、十年先、二十年先でもできるわ~い、と思っちゃうくらいには惚れこんだ。
そうして通うようになって一か月。二~三日に一回のペースで来てる。コシードがさ、ほんっとうに美味いんだよ。こんなにしょっちゅう食べてても、全然飽きない。
今日も今日とて、タリーの台所にやって来て、コシードを頼む。最近は、自分で食器をカウンターへ返しに行くお客もいるくらいだ。なので、俺の出番(?)は、ないこともある。
今日も出番はなかった。
ちょっと残念な気もしつつ、俺はお気に入りの窓際の席に座る。荷物の中から、移住局でもらってきた次の宿のリストと地図を出し、この店に通いやすそうな宿を探す。
十日後には、ユニライズホテルを出なきゃいけないからな。
「ん~、ここかな?」
俺が目を付けたのは、ベルガラの渡り鳥亭という宿だ。このあと様子を見に行って、良さそうだったら、予約をしてこよう。部屋が空いているといいんだが。
「お待たせ。今日も来てくれたんだね」
「この店のコシードは絶品だから。店の雰囲気もいいし」
ぜひ、この店で働かせてほしいんだけど、と続けるのはまだ早いだろうか。
「ありがとう、嬉しいな。ぼくは、オルレア・ビッケル。オリーって呼んでよ」
「俺は、スバル・フィルド。スバルって呼んでくれると嬉しい」
お。チャンス到来!? と思ったら、別のところからオルレアを呼ぶ声が。あ、残念。オルレアは「ごゆっくり」と言って、彼を呼んだお客さんのところに行ってしまった。
いやいや、チャンスはいくらでもある。それに、最終的に俺を雇うかどうかを決めるのは、オルレアじゃなくて、マートルっていうオーナー兼店長だしな。この人、いつ頃帰って来るんだろう。なるべく早く帰って来てくれると、俺としても助かるんだけど。
生活費には困ってないけど、日本人の性なのか、いつまでも無職っていうのは……どうも据わりが悪いんだよな。日数がかかるようなら、どこかでバイトでもしようかな~? なんて思っているうちに、ユニライズホテルを出る日が来てしまった。光陰矢の如しとはよく言ったものである。
次の宿泊先は、ベルガラの渡り鳥亭だ。一階はペンシオン・バールで、食事も美味い。近所の評判もいいみたいだし、ご主人とおかみさんもいい人っぽかったし。
渡り鳥亭に移る前の日はあいにくの雨。外出する気にはなれなくて、ホテルで過ごす最後の日を満喫していたら、移住局からのメッセージが届いた。
『ご希望されていた栄養成分表が届きましたので、引き取りに来てください』
おっと。すっかり、忘れていた。そういえば、そんなものをお願いしていたな。この天気の中、引き取りに行くのは面倒なので、明日行くことにしよう。明日は、晴れると良いな。
神様は、俺に優しい。っていうのは、ちょっとうぬぼれが過ぎるだろうか。昨日お祈りしたとおり、今日は晴れ。
この町に来たときは春だったけど、今はもう夏だ。毎日が暑い。場所によっては、海風のベタっとした感じが肌にはりつく。海辺の町なんだから、しょうがないんだけども。
マジックバッグや〈収納〉のおかげで身軽なもの。三カ月もお世話になったユニライズホテルのスタッフたちにお礼を言って、チェックアウト。その足で移住局へ向かい──
「鈍器ですか、これは」
「私どもも驚いております。フィルドさんあての手紙もありますので、落とさないようにしてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
まさか、栄養成分表が小学生向けの学習事典みたいなサイズで来るとは……。いや、ホント、持ってて良かった、マジックバッグ。
先代のご夫婦が事故で亡くなり、一人息子のマートルさんが後を継いだ。しかし、彼は勇猛なる鋼というクランに所属して、探索者として活動中。普通に考えれば、自分はオーナーとなり、兎族のオルレアさんを店長に抜擢。商業ギルドにそう届け出るべきなのだが、なぜかマートルさんはそれをしていない。
結果、人を雇えずに、オルレアさんがワンオペで店を回している。
そんな彼を心配してか、常連さんが入り浸り。なかなか帰ってくれないもので、回転率が低下。その内の一人、牛野郎ことロゲンは、オルレアさんに好意を持っている、らしい……。
「でもそれって、絶対に伝わってないし、伝わっていたとしてもフラれるのがオチだな」
手伝いもせずに、あんな風に偉そうに言われるだけってのは……嫌がらせの間違いじゃないのか? って思ってしまう。好意を持っている相手に対する言動じゃないだろ。
ここまで調べ上げたところで、俺はある野望を抱くようになっていた。
「タリーの台所で働きたい!」
ワンオペじゃなくなったら、十分盛り返せると思うんだよ。コシード、めっちゃ美味いし。独立なんて、十年先、二十年先でもできるわ~い、と思っちゃうくらいには惚れこんだ。
そうして通うようになって一か月。二~三日に一回のペースで来てる。コシードがさ、ほんっとうに美味いんだよ。こんなにしょっちゅう食べてても、全然飽きない。
今日も今日とて、タリーの台所にやって来て、コシードを頼む。最近は、自分で食器をカウンターへ返しに行くお客もいるくらいだ。なので、俺の出番(?)は、ないこともある。
今日も出番はなかった。
ちょっと残念な気もしつつ、俺はお気に入りの窓際の席に座る。荷物の中から、移住局でもらってきた次の宿のリストと地図を出し、この店に通いやすそうな宿を探す。
十日後には、ユニライズホテルを出なきゃいけないからな。
「ん~、ここかな?」
俺が目を付けたのは、ベルガラの渡り鳥亭という宿だ。このあと様子を見に行って、良さそうだったら、予約をしてこよう。部屋が空いているといいんだが。
「お待たせ。今日も来てくれたんだね」
「この店のコシードは絶品だから。店の雰囲気もいいし」
ぜひ、この店で働かせてほしいんだけど、と続けるのはまだ早いだろうか。
「ありがとう、嬉しいな。ぼくは、オルレア・ビッケル。オリーって呼んでよ」
「俺は、スバル・フィルド。スバルって呼んでくれると嬉しい」
お。チャンス到来!? と思ったら、別のところからオルレアを呼ぶ声が。あ、残念。オルレアは「ごゆっくり」と言って、彼を呼んだお客さんのところに行ってしまった。
いやいや、チャンスはいくらでもある。それに、最終的に俺を雇うかどうかを決めるのは、オルレアじゃなくて、マートルっていうオーナー兼店長だしな。この人、いつ頃帰って来るんだろう。なるべく早く帰って来てくれると、俺としても助かるんだけど。
生活費には困ってないけど、日本人の性なのか、いつまでも無職っていうのは……どうも据わりが悪いんだよな。日数がかかるようなら、どこかでバイトでもしようかな~? なんて思っているうちに、ユニライズホテルを出る日が来てしまった。光陰矢の如しとはよく言ったものである。
次の宿泊先は、ベルガラの渡り鳥亭だ。一階はペンシオン・バールで、食事も美味い。近所の評判もいいみたいだし、ご主人とおかみさんもいい人っぽかったし。
渡り鳥亭に移る前の日はあいにくの雨。外出する気にはなれなくて、ホテルで過ごす最後の日を満喫していたら、移住局からのメッセージが届いた。
『ご希望されていた栄養成分表が届きましたので、引き取りに来てください』
おっと。すっかり、忘れていた。そういえば、そんなものをお願いしていたな。この天気の中、引き取りに行くのは面倒なので、明日行くことにしよう。明日は、晴れると良いな。
神様は、俺に優しい。っていうのは、ちょっとうぬぼれが過ぎるだろうか。昨日お祈りしたとおり、今日は晴れ。
この町に来たときは春だったけど、今はもう夏だ。毎日が暑い。場所によっては、海風のベタっとした感じが肌にはりつく。海辺の町なんだから、しょうがないんだけども。
マジックバッグや〈収納〉のおかげで身軽なもの。三カ月もお世話になったユニライズホテルのスタッフたちにお礼を言って、チェックアウト。その足で移住局へ向かい──
「鈍器ですか、これは」
「私どもも驚いております。フィルドさんあての手紙もありますので、落とさないようにしてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
まさか、栄養成分表が小学生向けの学習事典みたいなサイズで来るとは……。いや、ホント、持ってて良かった、マジックバッグ。
42
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。
るて
BL
僕はシノ。
なんでか異世界に召喚されたみたいです!
でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう
あ、失明したらしいっす
うん。まー、別にいーや。
なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい!
あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘)
目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる