25 / 26
第25話 知らないということは、ひどく時々残酷だ。
しおりを挟む
「サエナ?」
「ねえ。まだあなた、私を描きたい?」
糸を引かれるように、ワタシはうなづいた。
描きたいどころではない。描いているのだ。彼女の許しがあろうがなかろうが、ワタシは描いているのだ。描かずにはいられないのだ。
紅茶を一口含むと、じっとこちらを見据える彼女の視線に耐える。
強い視線だ。どこかもろい所は確かにあるのに、時々、やはり勝てない部分があるのだ。
「どうして?」
問いかける言葉。ワタシはそれに逆らえずに、口が動く自分に気付く。
「あんたが綺麗だから」
「私は綺麗じゃないわよ。外見は自分では判らないわ。あなたの目にどう映ってるかなんて私には判らない。けど私は、あなたが思ってるように、綺麗じゃないわ。少なくとも中身は」
「綺麗だよ」
「綺麗じゃないわ。だってそう、今そうやって、納得したような口ききながら、それでも心のどっかで、あの今の生徒会長に嫉妬してる自分が居るのよ」
「そりゃ」
「判る? 嫉妬よ? 嫉妬なのよ? 私が、そう思ってるのよ。気持ちわるいとか、そういうのではなく、嫉妬なのよ?」
それは。
「あの二人の姿が、扉開けてすぐ目に入った時、私すぐに、見ているものを疑ったわ。だけど嫌になるほどこの目は観察してしまうのよ。彼、綺麗だった。嫌になるほど、それまでに見たことない顔で、気持ち良さそうだった。それ見て、私、嫉妬したのよ?彼にそんな顔させる、あの今の生徒会長に」
「それは仕方ないだろ……」
「ええ仕方ないわ。私も人間だし女の子だし、そうかもしれない。だけど、それは私が許さないわ。それに、私には理解できないことを、やすやすとされていることにも、すごく腹が立つわ。その顔をした彼、にも嫉妬したのよ?私の知らない表情! 私が知らない、私ができない、そんな顔する彼、にも嫉妬したのよ?」
握りしめる手が白くなる。それに反比例するように、頬は赤らみ、目はきらきらとしてくる。
言葉を無くしているワタシに気が付いたのか、はっとして彼女は、握っていた手を開き、それをしばらくじっと見つめた。
「ごめんねヤナセ、私ばっかり何か」
「ううんそれはいい…… それより、何で絵のこと」
「うん、描いてもいいわ」
え、とワタシは思わず問い返した。
「そのかわり、お願いがあるの」
「何」
「あなた私のこと好きだと言ったわね?」
「え」
私は一瞬跳ね上がる鼓動を感じる。
そういう意味で言っているのではないのは判る。彼女が知る訳がない。
だからこの言葉は、前の、あの時初めて彼女が泣いた時の、その時の言葉だと思い付いた。
とっさに思い付いた。慌てて記憶の中から引っぱり出した。
「言ったよ」
「私に触れても平気と言ったわね」
「言ったよ」
「じゃあ私と寝てみて」
「サエナ!」
思わずワタシは声を荒げていた。
「自棄になるんじゃないよ!」
「自棄じゃあないわ」
静かにサエナは言う。首を横に振る。
「私は、知りたいのよ」
「何を」
「ショックだったのは、それでもホントよ。私は彼が、男と寝られる、というのは、確かにショックだったのよ。―――でもそれ以上に今は、知りたいのよ。それが、そんなに、彼にとって大切なことなのか」
「女の子でなくても――― ってこと?」
「それでもそうしたいというのは、どういうことなの? って、私は知りたいのよ。判らないから、知りたいのよ。だって私はあまりにも、知らないわ。判らないわ。だから同じことをしたら? そうしても判らないなら、それは私とは、違うのよ。だけど、何もしないうちに、それは、言えないじゃない」
「それで、同じ女のワタシと?」
彼女はうなづいた。
知らないということは、ひどく時々残酷だ。
もし彼女がワタシの気持ちを知っていたら、決して彼女はこんなことを口にしないだろう。
だが知っていたら、そもそもこんな風に、話し合えもしないだろう。
鼓動が、耳の奥でヴォリュームを上げる。
「あなたは、どうすればいいのか、知ってるでしょう?」
苦笑する。それをどう取ったか判らないが、彼女の表情が一瞬曇った。
「女の子を抱いたことは、ないよ」
「ヤナセ?」
「泊めてくれるの? ワタシはまだ痴漢のショックが抜けてないから。夜道を帰るのはやだ」
彼女の表情が、明るくなった。
「ねえ。まだあなた、私を描きたい?」
糸を引かれるように、ワタシはうなづいた。
描きたいどころではない。描いているのだ。彼女の許しがあろうがなかろうが、ワタシは描いているのだ。描かずにはいられないのだ。
紅茶を一口含むと、じっとこちらを見据える彼女の視線に耐える。
強い視線だ。どこかもろい所は確かにあるのに、時々、やはり勝てない部分があるのだ。
「どうして?」
問いかける言葉。ワタシはそれに逆らえずに、口が動く自分に気付く。
「あんたが綺麗だから」
「私は綺麗じゃないわよ。外見は自分では判らないわ。あなたの目にどう映ってるかなんて私には判らない。けど私は、あなたが思ってるように、綺麗じゃないわ。少なくとも中身は」
「綺麗だよ」
「綺麗じゃないわ。だってそう、今そうやって、納得したような口ききながら、それでも心のどっかで、あの今の生徒会長に嫉妬してる自分が居るのよ」
「そりゃ」
「判る? 嫉妬よ? 嫉妬なのよ? 私が、そう思ってるのよ。気持ちわるいとか、そういうのではなく、嫉妬なのよ?」
それは。
「あの二人の姿が、扉開けてすぐ目に入った時、私すぐに、見ているものを疑ったわ。だけど嫌になるほどこの目は観察してしまうのよ。彼、綺麗だった。嫌になるほど、それまでに見たことない顔で、気持ち良さそうだった。それ見て、私、嫉妬したのよ?彼にそんな顔させる、あの今の生徒会長に」
「それは仕方ないだろ……」
「ええ仕方ないわ。私も人間だし女の子だし、そうかもしれない。だけど、それは私が許さないわ。それに、私には理解できないことを、やすやすとされていることにも、すごく腹が立つわ。その顔をした彼、にも嫉妬したのよ?私の知らない表情! 私が知らない、私ができない、そんな顔する彼、にも嫉妬したのよ?」
握りしめる手が白くなる。それに反比例するように、頬は赤らみ、目はきらきらとしてくる。
言葉を無くしているワタシに気が付いたのか、はっとして彼女は、握っていた手を開き、それをしばらくじっと見つめた。
「ごめんねヤナセ、私ばっかり何か」
「ううんそれはいい…… それより、何で絵のこと」
「うん、描いてもいいわ」
え、とワタシは思わず問い返した。
「そのかわり、お願いがあるの」
「何」
「あなた私のこと好きだと言ったわね?」
「え」
私は一瞬跳ね上がる鼓動を感じる。
そういう意味で言っているのではないのは判る。彼女が知る訳がない。
だからこの言葉は、前の、あの時初めて彼女が泣いた時の、その時の言葉だと思い付いた。
とっさに思い付いた。慌てて記憶の中から引っぱり出した。
「言ったよ」
「私に触れても平気と言ったわね」
「言ったよ」
「じゃあ私と寝てみて」
「サエナ!」
思わずワタシは声を荒げていた。
「自棄になるんじゃないよ!」
「自棄じゃあないわ」
静かにサエナは言う。首を横に振る。
「私は、知りたいのよ」
「何を」
「ショックだったのは、それでもホントよ。私は彼が、男と寝られる、というのは、確かにショックだったのよ。―――でもそれ以上に今は、知りたいのよ。それが、そんなに、彼にとって大切なことなのか」
「女の子でなくても――― ってこと?」
「それでもそうしたいというのは、どういうことなの? って、私は知りたいのよ。判らないから、知りたいのよ。だって私はあまりにも、知らないわ。判らないわ。だから同じことをしたら? そうしても判らないなら、それは私とは、違うのよ。だけど、何もしないうちに、それは、言えないじゃない」
「それで、同じ女のワタシと?」
彼女はうなづいた。
知らないということは、ひどく時々残酷だ。
もし彼女がワタシの気持ちを知っていたら、決して彼女はこんなことを口にしないだろう。
だが知っていたら、そもそもこんな風に、話し合えもしないだろう。
鼓動が、耳の奥でヴォリュームを上げる。
「あなたは、どうすればいいのか、知ってるでしょう?」
苦笑する。それをどう取ったか判らないが、彼女の表情が一瞬曇った。
「女の子を抱いたことは、ないよ」
「ヤナセ?」
「泊めてくれるの? ワタシはまだ痴漢のショックが抜けてないから。夜道を帰るのはやだ」
彼女の表情が、明るくなった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
「風を切る打球」
ログ
青春
石井翔太は、田舎町の中学校に通う普通の少年。しかし、翔太には大きな夢があった。それは、甲子園でプレイすること。翔太は地元の野球チーム「風切りタイガース」に所属しているが、チームは弱小で、甲子園出場の夢は遠いものと思われていた。
ある日、新しいコーチがチームにやってきた。彼の名は佐藤先生。彼はかつてプロ野球選手として活躍していたが、怪我のために引退していた。佐藤先生は翔太の持つポテンシャルを見抜き、彼を特訓することに。日々の厳しい練習の中で、翔太は自分の限界を超えて成長していく。
夏の大会が近づき、風切りタイガースは予選を勝ち進む。そして、ついに甲子園の舞台に立つこととなった。翔太はチームを背負い、甲子園での勝利を目指す。
この物語は、夢を追い続ける少年の成長と、彼を支える仲間たちの絆を描いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる